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侯爵様に愛をささやかれるだけの、とっても簡単なお仕事です。  作者: 朝姫 夢
第二章 侯爵様は重症です。

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20.驚き

 フェルナンと街の本屋に出かけた、その数日後のこと。ソフィアは普段通り、昼食後もアマドゥール公爵邸の図書室にこもって、一人黙々と本を読み進めていた。談話室でフェルナンに抱きかかえられながら眠ってしまって以来、二度とあんなことにはならないようにと、なるべく部屋には本を持ち込まないようにした成果か。夜にはしっかりと眠るようになったソフィアに、心なしかウラリーも満足そうな表情で側に控えている。

 とそこへ、誰かが図書室へと足を踏み入れたのか、扉が開く音がした。それに気が付いたウラリーは、誰が来たのかを確認するために入り口のほうへと顔を向けるが、読書中のソフィアの耳には当然のようにその音は届いていなかった。それどころか、入ってきた人物が誰なのかを理解したウラリーが急いでソフィアへと声をかけようとしたことにも、その人物がその行動を片手で制したことにも、そしてウラリーがそれを受け了承の意味を込めて頭を下げたことにも、全く気が付いてはいなかったのだ。


 こうして昼過ぎに図書室へと足を踏み入れた人物が、ソフィアに一切存在を気取られることもないままその隣の席へと座り、彼女が本を読み終えるまで待つ間その横顔をただひたすらに眺めていたのだが。それは時計の針が一周する時間を、優に超えるものであった。

 この間、当然のことながらソフィアがその人物に気が付くことは一度もなく。最後のページを読み終わり、背表紙を閉じた彼女が満足気に小さくため息をついた、その瞬間――。


「本当にソフィアは、本に夢中だね」

「っ!?」


 いきなり声をかけてきた、その人物――満月のような優しいクリームイエローの髪と、神秘的なアメシストのような瞳の持ち主であるフェルナンの登場に、それはそれは驚いたのだった。なにせ飛び上がりそうなほどにソフィアの肩は大きく跳ね、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳はこれでもかと見開かれ驚愕を如実(にょじつ)に表していたのだから、その驚きは相当なものだったろう。


「フェ、フェルナン様!? え!? い、いつお戻りになられたのですか……!?」


 なにせ動揺を隠そうともせず、いやむしろ隠す余裕どころか隠そうという考えが浮かばないほどに頭も働かないまま、素直にそう問いかけるソフィアは。目の前で頬杖(ほおづえ)をついて、どこか楽しげな様子のフェルナンへと、帰宅後の挨拶をすることすらすっかり頭から抜け落ちていたのだから。


「少し前、かな。昼過ぎに今日できる分の仕事が終わったから、久々に早く帰ってこられたんだよ」


 ここで、時計の針が一周するほど前だと正直に答えなかったのは、フェルナンの優しさだった。もしもそれをソフィアが知ってしまえば、きっと今以上に焦るだろうと考えてのことだ。実際そんなことを今この状況下で聞かされれば、ソフィアの顔は自らの失態を自覚して、真っ青になっていたことだろう。

 その甲斐(かい)あってというべきか。気遣いの言葉と同時に、フェルナンの優しい口調は徐々にソフィアの思考を落ち着かせていき、彼女の表情から少しずつ驚きの色が消えていく。


「その……。お迎えに出られなかったばかりか、こちらにいらっしゃっていることにも気が付かず、申し訳ありません……」


 ようやく冷静さを取り戻したソフィアが、仕事の時間をすっぽかしてしまったのだと自覚して、そう頭を下げる。だがフェルナンは緩く首を振ることで、彼女のその発言を否定した。


「ソフィアが謝る必要はないよ。私が君を驚かせたくて、黙っているように指示したんだからね」


 そう言って、フェルナンはウラリーに視線を向ける。事実、彼女がソフィアに声をかけなかったのは、その行動をフェルナン本人に制されたからだ。そうでなければ、ソフィアはすぐにその存在に気が付くことになっていただろう。そういう意味では、彼の言葉は間違ってはいない。

 けれど。


「いいえ、フェルナン様。私が読書に夢中になっていたせいで、やるべきことを怠ってしまったことは事実です。ですから、私が悪いのです。大変失礼いたしました」


 顔を上げてフェルナンの目を見て告げると、再び頭を下げるソフィア。彼女がこの時間を享受(きょうじゅ)できているのもまた、フェルナンから魔法を解いてほしいという依頼を受けたから、という事実に変わりはない。であれば、彼女の主張もまた間違ってはいないのだ。

 このままでは、二人で平行線をたどることになる。そのことに先に気が付いたのは、フェルナンのほうだった。

 だから、というわけではないのかもしれないし、もしかしたら不毛な言い合いを終わらせるためだったのかもしれないし。そのどちらなのかは、定かではないが。


「確かに、ソフィアはとても集中していたね。思わず私が、本に嫉妬してしまいそうになるくらいには」


 頭を下げ続けるソフィアの、雪原を彷彿とさせるようなスノーホワイトの髪を、そっと彼女の耳にかけながら。甘い声で、そんなささやきを落としていくフェルナン。

 今まではかなり抽象的な愛のささやきばかりだったというのに、今回はかなり具体的な内容だったことに、思わずソフィアはその場で固まってしまったのだが。そんな彼女に構わず、さらにフェルナンは言葉を続ける。


「いっそのこと今すぐにでも、君にピンクの花束を贈りたい気分だよ」


 だが、その言葉の意味を理解した瞬間。先ほどとは違う意味での驚きに、急いで顔を上げたソフィアが目にしたのは。一点の曇りもなく、それはそれは愛おしそうな目でこちらを見つめている、令嬢たちの憧れの存在の姿だった。



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