18.急激な変化
スイーツが運ばれてきてからは、一通り口に出して魔法の効力が弱まったからなのか、普通の会話を楽しむことができた。おかげでソフィアは、美味しいスイーツと紅茶をしっかりと堪能することができたのだが。結局そのあとの帰りの馬車の中では、しっかりと愛をささやかれてしまうというオチがついていたのである。
そしてこの翌日から、なぜそうなったのかはよく分からないのだが。
「今日もソフィアは美しいね」
朝の挨拶を口にしながら、その手はソフィアの頬に優しく触れて。
「ソフィアと一緒にいられないのは寂しいよ」
出かける直前にはそう言いながら、雪原を彷彿とさせるようなソフィアのスノーホワイトの髪を一筋すくい上げて、くちづけを一つそこに落とし。
「ただいま、ソフィア。ようやく君に会えたよ」
出迎えたソフィアの姿を見つけると、そう言葉と表情で喜びを表しながら、帰宅するなりその腕の中にソフィアを閉じ込めて。
「それじゃあおやすみ、愛しい人。また明日」
極めつけが、就寝前恒例の部屋の前までのエスコートの最後の挨拶に、額へのキスが加わっていた。
「……」
あまりにも変化しすぎたフェルナンの行動と距離感に、ただただ戸惑うばかりのソフィアは、今日もまた自室へと向かうその背中を無言で見送ることしかできなかったのだが。
(いったい、どういうこと……?)
一人、柔らかなベッドの中でここ数日のフェルナンを思い出しながら。今までにはなかったはずのその変化の原因について、ソフィアはかなり真剣に考え込む。
(もしかして、魔女様の魔法の効力が強くなっている……? いえ、でも。私はちゃんと毎日、愛をささやかれるというお仕事を続けているのに?)
それが仕事だというのも変な話ではあるが、こればっかりは事実なので仕方がない。
むしろ今考えなければならないことは、そんなところではなく。本来であればその魔法を解くために、ソフィアはアマドゥール公爵邸に滞在しているというのに。魔法を解くどころか、むしろその効力が以前よりも強くなっているなど、あってはならないはずだということ。
(でも、実際には……)
王立図書館へと出かけた翌日から、フェルナンの行動は急激に変化してしまって。つい先ほど交わした就寝前のやり取りのように、暇さえあればソフィアに気軽に触れてくるようになってしまっているのだ。そうなってくると、さすがのソフィアでも焦り始める。もしかしたら悪化しているのではないか、と。
ただ残念ながら、彼女にはそれを確かめるための術がない。そもそも魔女との連絡手段も持たなければ、連絡先などもちろん知るはずもなく。それ以前に、ソフィアはまだ一度も魔女と会ったことがなかった。それではどうやったって、真相を知る方法などあるはずもない。
「いったい、どうしたら……」
不安から思わず口をついて出た言葉は、とても弱々しいもので。ソフィアをよく知る人物が聞けば、普段とは違うその様子に驚いていたことだろう。もちろんこの場所には彼女一人だけだったので、そんな人物は存在していなかったのだが。
(とにかく、まずはフェルナン様とちゃんとお話をして……。それでもダメそうだったら、魔女様を紹介していただかないとよね)
どうして以前までとは、こんなにも変化してしまっているのか。なにか変化するようなきっかけはあったのか、そしてこの状態で問題はないのか。それら全てをフェルナン本人に確かめてみないことには、どうすべきなのか判断を下すことすらソフィアにはできないのだ。
ただ、一つだけ確かなことは。この状態のままのフェルナンでは、婚約者候補たちどころか普通にどこかの令嬢に会わせることすら、どう考えても不可能だということ。
今の彼は以前とは比べ物にならないほど、相手を勘違いさせてしまうような状況を生み出しかねないのだから。もはやその恐ろしさに、ソフィアは恐怖すら覚えてしまう。と同時に、自分だけがフェルナンから愛のささやきを受けているのだという事実を、決して誰にも知られてはいけないのだと再認識した。
(今までは、フェルナン様の婚約者候補の皆様と顔を合わせたこともなかったけれど……)
万が一にも、今後知り合うような場面が来てしまえば、別の勘違いを生む可能性もあるのだということに気付いて。先ほど考えていた以上の修羅場を想像してしまい、思わずソフィアは体を震わせる。
悲しいかなその場合、中心にいるのはフェルナンだけではなく、その隣には自分も間違いなく居るだろうという事実に戦慄してしまったのだ。
(と、とにかく……! そうなる前に、まずはフェルナン様に色々と確認しておくべきよね!)
大勢の女性に睨まれるという、恐ろしすぎる想像をかき消すように。ソフィアはベッドの中で頭を振って、そう結論づける。
だが、彼女のこの決意とは裏腹に現状が改善する日など、一向に訪れることはないのだという事実を。この時のソフィアが知る術は、一つも存在していなかった。




