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15.王立図書館

 場の高級な雰囲気などすっかり忘れ去ってしまうほど、フェルナンから愛のささやきを浴びせられ続けたソフィアは、美味しく美しい料理を口にする瞬間だけが癒しの時間に感じられていた。ある意味では、そのおかげで十分食事そのものを楽しむことができたとも言えるので、若干複雑な思いを抱きつつ馬車に揺られていたのだが。


「わぁっ……!」


 ようやく王立図書館へとたどり着いた瞬間、その全てが吹き飛ぶほどの感動に包まれていた。

 三階建ての巨大な建物は、赤いレンガ造りの間に白い柱が見え、屋根は青い半円の形をしている。外観だけならば三階建てではあるのだが、実はこの建物の下には地下室も完備されており、そこでは本の修復などが主に行われているのだという。また一般来訪客が触れることができないような貴重な資料なども、その地下室にある専用の部屋に保管されているのだ。


「ソフィアは、ここに訪れるのも初めてなのかい?」

「はいっ。ずっと気にはなっていたのですが、四年では学園の図書室の本を読むだけで精一杯で……」


 王立図書館ほどではないとはいえ、学園の図書室の蔵書量もかなりのものだ。それをたったの四年間で読み切るなど到底不可能で、当時のソフィアは泣く泣く王立図書館へと足を向けることを諦めていた。事実、彼女のように授業以外の時間を全て費やした人物であっても、その全てに目を通すことはできなかったのだから、当然といえば当然だろう。

 領地のために必死だったらソフィアですらそんな状況なのだから、相当な速読の達人でない限りは、学園の図書室で十分すぎるのだ。実際ソフィアはその四年間で、必要だと思える膨大な知識を得ることができたのだから。


「それなら我が家に滞在している間は、気兼ねなく訪れるといいよ。とはいえ中はとても広いから、ソフィアが慣れるまでは私が案内するけれどね」


 そんな風に優しく声をかけながら、エスコートするように手を出したフェルナンは、最後に少しだけお茶目に片目を閉じてウィンクをしてみせる。その表情は、学園時代からあまり彼の噂に興味を示したことがなかったソフィアですら、魅力的に見えるほどで。


「は、はい。ありがとうございます」


 だからというわけではないが、その手に素直に自らの手を重ねたソフィアは、そのままフェルナンにエスコートされながら初めての王立図書館へと足を踏み入れたのだった。


 余談ではあるが、この時彼女がフェルナンの「案内する」という言葉を一度も否定せずに受け入れたのは、本に夢中になりすぎて迷子になってしまうのではないかという危機感があったからである。本狂いと言っても過言ではないソフィアではあるが、本に触れてさえいなければある程度の冷静さは保つことができるのだ。

 そして、もう一つ。普段は思慮深い彼女だからこそ出てきた結論ではあるのだが、客人として滞在しているとはいえアマドゥール公爵家の使用人たちを個人的な理由で連れ出すというのは、あまりよろしくない行為なのではないかと考えたからである。

 たとえフェルナンから許可が下りたとしても、あの屋敷の使用人たちはあくまでアマドゥール公爵家の人々に仕えているのだから、部外者である自分の外出のためだけに付き合わせるわけにはいかないというのがソフィアの出した結論なのだ。だからこそ王立図書館に足を運ぶのは、彼らの主であるフェルナンと共に外出する時だけと決めていた。

 そうでなくとも今のペースでは、依頼を達成するまでの間にアマドゥール公爵邸の図書室の中の蔵書を読み切れるとは、到底思えないのだから。ソフィアがそう判断するのも、そうおかしなことではないだろう。


「わぁっ……」


 今まで見たこともないほど上から下までずらりと並ぶ本たちの姿に、外観を見た時以上の感動を覚えたソフィアではあるが、もうここは図書館の中。大きな声を出すことは厳禁だとよく知っている彼女は、(あふ)れんばかりのその感情を声以上に吐息に乗せて、けれどその鮮やかなエメラルドグリーンの瞳を誰が見ても分かるほどキラキラと輝かせながら、感動に浸っていた。その姿はまるで、夢見る少女のようで。


「お気に召したかな?」

「はいっ、とっても!」


 小声で話しかけてくるフェルナンに、ソフィアも同じ声量で返す。だがその瞳は、まだまだ輝きを放ち続けていた。

 そんな彼女の様子にどこか満足そうな表情のフェルナンは、小声での会話を続けながらも同時に移動を促すように、ソフィアにこう問いかける。


「それはよかった。ところで、植物に関する蔵書が置かれている場所までは少し歩くけれど、それよりも先に気になっている本はあるのかな?」


 それに対するソフィアの返答は、ある意味で予想通りでもあり。


「いいえ。この場所が素敵すぎていくらでも眺めていられそうですけれど、ここまで来て目的の本を読まないなんて、王立図書館にも本にも失礼ですから」


 ある意味で、予想とは全く違うものでもあった。


「それじゃあ、行こうか」

「はいっ」


 人ではなくモノに失礼だと口にしたソフィアのその発想に、フェルナンは思わず声を上げて笑いそうになったが。なんとか口の端を少し持ち上げるだけにとどめて、平常心を(よそお)いながら歩き出したのだった。すれ違う人々の邪魔にならないようにと配慮し差し出した彼の腕に素直に手を置きながらも、あたりを楽しそうに見回しているソフィアのそのエメラルドグリーンの瞳を、それはそれは楽しそうに眺めながら。



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