14.高級レストラン
結論から言えば、ソフィアのその判断はとても正しかった。なにせ馬車から下りて目にしたのは、王都でも有数の高級レストランだったのだから。
この時点で軽いめまいを覚えたソフィアだったが、今さら違う店にしてほしいなどとは言えるわけもなく。フェルナンにエスコートされるまま、高級店の中へと足を踏み入れることになったのだった。
案内された場所は当然、フェルナンが普段から利用しているというこの店の個室。色合いと照明の具合からか落ち着いた雰囲気ではあるものの、逆にソフィアからすると過剰な装飾などで華やかさを演出していないからこその本物の高級感を感じ取ってしまって、どこか落ち着かない気分になってしまうというのが本音ではあるのだが。
「このあとの予定も考えて、軽く食べられる程度のものだけにしてもらっているからね」
「は、はい。ありがとうございます」
アマドゥール公爵邸の食堂にいる時と全く変わらないフェルナンの様子を見ていると、そんなことは口が裂けても言えないという気分になってしまう。だというのに、フェルナンはそんなソフィアに気付いているのかいないのか。普段通りに、彼女へと話しかけるのだ。
「そういえば王立図書館はとても広いけれど、ソフィアが今一番興味があるのは植物に関する本でいいのかな?」
「え? あ、はい。そうです」
「となると、少しだけ奥のほうになるね」
わずかに考え込むような仕草を見せたフェルナンの様子に、ソフィアはふと疑問に思ったことを口にしてみる。
「フェルナン様は、王立図書館へはよく行かれるのですか?」
まるで色々と中を知っていそうなその口ぶりからも、外交に関わるような仕事内容であることからも、その可能性は非常に高かった。むしろそうでなければ、ソフィアが何に興味を持つかなど彼には予想できなかったはずなのだから、すぐに場所が分かるなどということはあり得ないだろう。そういった意味では、事前に調べておくといったこともおそらくできなかったはずだ。
だからおおよそ間違ってはいないのだろうとも思いつつ、フェルナンの返答を待っていると。
「そうだね。主に仕事の関係で色々と調べるのに、王立図書館ほど一か所で様々な資料が集まる場所はないからね」
間髪入れずに返ってきた言葉は、やはり予想通りのものだった。
そしてさらに、フェルナンはこう続ける。
「だからある程度ならば、どこにどんな本があるのかは把握しているから。場所が分からなければ私が案内するから、そこは気にしなくて大丈夫だよ」
だが、その言葉に思わずソフィアは焦ってしまう。
「い、いえっ、そんなっ……! 私は私で色々と見て回るつもりですし、フェルナン様もどうぞご自由に――」
だから、必死に言葉を重ねようとしたのだが。
「あぁ、私のことは気にしなくていいから。むしろ私は、楽しそうにしているソフィアを見ていたいからね」
「っ!?」
なぜか、このタイミングで魔法の効力が発動してしまったのか、どこか愛おしそうな視線をソフィアに向けてくるアメシストの瞳。その表情は、穏やかに微笑んでいた。
と、ここでソフィアが何か反応するよりも先に、頼んでいた食事が到着する。そのことに、どこか安堵を覚えたソフィアだったのだが。
「わぁ……!」
テーブルの上に用意されたオードブルの美しさに、思わず小さくではあるが感嘆の声をあげてしまう。まるで芸術作品のような色どりやデザインは、今まで彼女の人生の中では目にしたことのないものだったのだ。
もちろんアマドゥール公爵邸のシェフの料理も、それはそれは美しいものではあったのだが。こちらはさすがに高級店なだけあって、見た目でも楽しんでもらおうとより繊細さを感じさせるような一皿に仕上がっている。
「こちらは季節の彩り野菜を使用し、花畑をイメージした一品でございます。花は生ハムと旬の魚となっておりまして、その間を行き交う蝶も全て野菜で出来ておりますので、こちらも含めて全てお召し上がりいただけます。爽やかさを感じさせるオレンジソースと、オリーブオイルを使用したバジルソースの、お好きなほうでお召し上がりください」
給仕をしてくれた男性からの説明を聞きながら、野菜でこんなにも繊細な蝶を表現できるのかということや、同じ皿の上に別々の味のソースをアートのようにそれぞれ用意しているのかと、まだ一皿目だというのにソフィアにとっては驚きの連続だった。
「さぁ、ではいただこうか」
鮮やかなエメラルドグリーンの瞳を輝かせながら、美しいオードブルを見つめるソフィアに。どこか楽しそうな表情を浮かべつつ、フェルナンがそう声をかける。
「あ。は、はいっ」
その言葉に、ソフィアは自分が夢中になっていたのだとようやく気付いて、急いで返事を返す。そこには個室に案内された時のような、若干緊張しているような様子は一切見られなかった。
だが、結局。このあとも要所要所でフェルナンから、「美味しそうに食べているソフィアを見ていられるだけで幸せだよ」だとか、「好みの食材が同じだなんて、気が合うね。もしかしたら私たちは、共にいるべき運命なのかもしれないね」だとか。供給過多だと言いたくなるような愛のささやきを、美しく美味しい食事の合間合間に、それはそれは大量に浴びせられることになるのだという事実を。この時のソフィアはまだ、何一つ知ることはなかった。