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6.理想的すぎる環境

 結局、夕食の時間ギリギリまで談話室でのおしゃべりに興じていた二人は、そのまま再びフェルナンのエスコートで食堂へと共に向かい。いつもの時間にいつもの席で、会話を楽しみながら食事を終えたのだった。

 その後は、当然のようにソフィアの部屋の前までフェルナンが見送りに来たかと思えば、もはや日課となっている「お休み、愛しい人」というささやきを耳元に落としてから「また明日」と何事もなかったかのように自分の部屋へと戻っていく彼の後ろ姿を、ソフィアはその場で見送ることとなったのだが。今日はそのあとが、少しだけ違っていて。


「すぐにお休みになられますか? それとも読書の用意をいたしましょうか?」


 着替えを終わらせて、侍女たちが下がっていくタイミングを見計らったかのようにウラリーからそう提案されたソフィアは、すっかり忘れていた本の存在をそこでようやく思い出した。フェルナンを出迎える前まではしっかりと覚えていたのだが、その後が色々と今までにない状況だったのでそれどころではなく、完全に忘れてしまっていたのだ。

 だが一度思い出してしまえば、ソフィアの心は一気に浮き立ち、本一色に染まってしまうほどそれしか考えられなくなってしまう。そんな状況下での彼女の返答など、当然一択しかないだろう。


「読書がしたいわ!」

「かしこまりました。ご用意いたしますので、少々お待ちください」


 ソフィアの即答に特に驚いた様子も見せず、頭を下げてただ粛々と手元用のランプと、運ばせた本の準備を始めるウラリー。おそらく彼女は今日一日で、ソフィアがどれだけ読書好きなのかを最も理解した人物だっただろう。でなければこのタイミングで、ソフィアに対して読書という選択肢を提示できるわけがないのだから。

 だがそれを言われた当の本人は、そんなことを考えることすらなく。むしろ今から本が読めるのだという喜びに、ただその表情を緩めていただけだった。当然その頭の中は、こんな時間からでも読書ができるなんて嬉しい、というただそれだけ。


「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」

「ありがとう、ウラリー」


 好きな時に中断して眠れるように、という配慮なのだろう。ベッド横のナイトテーブルの上に、図書室から持ち込まれた数冊の本と、手元の明かりとして十分な光量を放つランプが用意されていて。つまり贅沢にも、ベッドの中でゆったりと座りながら読書できるということなのだが。あまりにも理想的すぎる環境に、ソフィアは感動と共にウキウキとベッドの中に入り枕代わりの大量のクッションに背中を預け、さっそく一冊の本へと手を伸ばしたのだった。

 だが、それを開くよりも先にふと気が付いたソフィアは、顔を上げてウラリーへと笑顔を向けて。


「ランプの扱いには慣れているから、今日はもう大丈夫よ。ありがとう」


 そう告げることで、彼女へ今日の仕事の終了を宣言した。そうでなければ読書中もずっと、この部屋の中に待機してくれているのだろうと予想したからである。実際ウラリーは、そのつもりでベッド横に控えていたので。


「承知いたしました。それでは、おやすみなさいませ」

「えぇ、おやすみなさい」


 ソフィアからの言葉に頭を下げて、その返答をもらってから部屋をあとにしたのだった。

 そうして訪れた、完全なる無音の中。


「……危なかったわ。読書に集中していたら、気が付かなかったかもしれないもの」


 そんなソフィアの呟きだけが落とされたのだが、それを耳にした者は誰一人存在していなかった。だが同時に彼女のその言葉通り、あと一歩遅ければ完全にウラリーの存在を忘れていた可能性もあったのだ。その場合はおそらく、かなり時間が経ってから一人焦っていたことだろう。

 だがこうして、今は部屋に一人。万全の準備が整えられた中でゆっくりと、何を気にすることもなく読書を堪能できると満足気なソフィアは、今度こそ手に持っている本のページを開いたのだった。そしてこれこそが、ある意味で間違いの始まりでもあったのだと周囲が気付くのは、もう少し先のことになるだが。今この時はまだ、誰もそれを知る(よし)はない。

 ただ、この日のソフィアは結局、部屋へと持ち込んだ本を朝まで読みふけってしまい。翌朝、彼女を起こしに来たはずのウラリーから一睡もしていなかったことを驚かれるのは、あと数時間後の出来事である。



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― 新着の感想 ―
分かる!うっかりすると夜って勝手に終わってるよねぇ!
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