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5.楽しい時間

 こうして、ほぼ確定事項であった約束を果たすため、フェルナンに頷きを返したソフィアだったのだが。気が付けばしっかりとエスコートされたまま、談話室へと足を踏み入れることになり。そしてなぜか全て準備された状態で待機していた使用人たちの手によって、二人が座るテーブルの上にはしっかりとクッキーと紅茶が用意されていた。この(かん)、当然のことながらフェルナンは一度も指示は出していない。


(す、すごいわ……)


 つまり朝のあのやり取りから、こうなるであろうことをしっかりと予定に組み込んだ上で、アマドゥール公爵家の使用人たちは動いていたということになる。実際には朝のあの会話の直後、フェルナンが馬車に乗り込む直前に指示を出していたのだが、その連携のよさにソフィアは思わず感心してしまう。これが公爵家なのか、と。

 だが、フェルナンにとってはこれが日常であり、いたって普通のことなのだろう。特に気にする様子もなく、紅茶で口を潤してから普段通りにソフィアに話しかけてきたのだった。


「それで、我が家の図書室はどうだったのかな?」


 その言葉にハッとして、ようやく目の前に座るフェルナンへとソフィアが視線を向けると、そのアメシストの瞳は先ほどと変わらず優しい色を(たた)えたまま、ただただ真っ直ぐにソフィアへと向けられていた。それに安心するのと同時に、アマドゥール公爵邸の図書室の広さや蔵書数の多さを思い出して、知らず知らずのうちに笑みこぼれた状態で。


「とっても素敵でした! 学園の図書室でも見たことのない専門書もありましたし、広いはずなのに色合いのおかげなのか落ち着く空間になっていましたし、我が家の本を収めているだけの部屋とは大違いです!」


 鮮やかなエメラルドグリーンの瞳を、それはそれは大いに輝かせながら。若干興奮したような様子で、一生懸命に感動を伝えようとするソフィア。その笑顔はキラキラと輝いているようにも見えた。


「しかも、あの照明! もしかしてあれは魔道具なのではないですか?」

「おや、よく気付いたね。さすがソフィアだ」


 だがそれを真正面から受け止めているフェルナンの表情も、どこか楽しげで。彼がこの時間を楽しみにしていたというのも、あながち間違いではないのだろう。それにソフィアが気付いているのかといえば、残念ながら否としか言いようがないのだが。

 むしろ今の彼女は、とにかく素晴らしい場所だったと言葉にすることに夢中になりすぎているあまり、フェルナンの様子にまで目を向ける余裕がなかったとも言えるだろう。それほどまでに興奮していたのだ。


「やはりそうなのですね! 学園ではあちらこちらに使用されていたので目にしたことはあったのですが、お屋敷で使われているところは初めて見ました!」

「そうかもしれないね。王宮ですら限られた場所にしか採用されていないものだから、個人的に所有するということはあまりないことだと思うよ」

「高価なものですし、導入するのにも色々と条件があって難しいのでしょうか?」

「そうだね。価格以外にも、課題は多いかもしれないね。そもそも魔道具というものは、定期的に魔力を供給しておかなければならないものだから。そのため予備の魔力石の購入も必要になってくるし、それ以前に国内の魔力持ちの人数はまだまだ少ない。だから一番の問題点は、大量の魔力石に魔力を込められるだけの十分な人員が、なかなか確保できないことなのかもしれないね」


 王太子や外務大臣の嫡男の友人だからということもあるが、デュロワ王国が魔女を受け入れるのに抵抗がなかったのは、この魔力持ちの人数の少なさもあった。

 残念ながら魔力というのは誰もが持って生まれてくるものではなく、限られた一部の人間だけが発現する特殊な能力なのだ。しかもそれは血筋が関係することもあれば、全く関係ないところで魔力持ちが生まれたりもするので、その法則に一貫性がない。そのせいで一部の国を除いて、基本的にどの国でも魔力持ちというのは貴重な存在になっている。

 そういった意味でも、個人の邸宅に大きな魔道具がいくつも置かれているということは、まだまだ少ない。にもかかわらず、アマドゥール公爵邸の図書室にはそれがふんだんに使われているのだから、ソフィアがそこに興味を持つのもおかしな話ではないのだ。

 だが結局、魔道具の話はそう長くは続かず。すぐに話題は蔵書数やその内容へと移っていってしまったあたりに、ソフィアの本好きが現れていたと言っても過言ではないだろう。


「アマドゥール公爵領のここ数十年の収穫量の変化などの資料も、大変興味深く拝見させていただきました。どうしたらあんなにも安定しつつ収穫量を増やせるのかと思ったのですが、やはり気候が安定していることも要因の一つになるのでしょうか」

「そうだろうね。国内では毎年局地的に荒れた天候になることもあるけれど、アマドゥール公爵領は比較的そういった変化が少ない場所だから」

「温暖な気候に恵まれていると、植物も育ちやすいですものね。あ、温暖といえば、今まで見たことも聞いたこともない果物についての詳細が書かれている、面白い図鑑があったのですが――」


 次から次へと今日読んだ本の話が広がり続けるソフィアに、時折紅茶を口に運びながらもどこか微笑ましそうな様子で頷きつつ、ところどころで相槌(あいづち)までしっかりと打つフェルナンだったが。時計の針が二周を過ぎたあたりで、ふと冷静になったソフィアはようやく気付いたのだった。夢中になって、一方的に話しすぎてしまった、と。


「あ……。すみません、フェルナン様。私、その……」


 しかも彼のその視線や表情が、その間ずっと変化していなかったことにも気付いて。これではまるで一生懸命話す子供の話を、大人が微笑ましそうに聞いているだけのような状態なのではないかと思ったソフィアは、急激に恥ずかしくなってしまったのだった。


「ソフィア? どうしたんだい? まだ時間はあるから、続けてくれていいんだよ?」

「いえ、その……お仕事から戻られてからずっとですし、お疲れでしょうから……」

「君が楽しそうに話している姿を見られるだけで、私は十分癒されているよ。だからもう少しだけ、私に癒しの時間を提供してくれないかな?」

「うっ……」


 だが、雇い主であるフェルナンにそう言われてしまえば、否とは言えない。むしろそういう約束だったのだから、彼が望む限りはそれを叶えるのもまたソフィアの仕事の一つでもあるのだろう。事実、この短い間に交わされた会話はどこか、甘い響きを含んでいたのだから。


「え、っと……その……」


 しかし冷静になってしまった今、先ほどまでの勢いは完全に失ってしまい。何をどう話せばいいのかも分からなくなってしまったソフィアが、苦し紛れに絞り出した返答は。


「わ、私のことばかりになってしまうので、次はフェルナン様のこともお聞きしたいです」


 そんな、ありきたりなものだった。

 だが言われた本人は、どこか不思議そうに首をかしげながらも、決して表情は不快そうなものではなく。むしろそのキョトンとした様子は、珍しく幼さを感じさせるようなもので。


「私の話? 仕事の話では、面白くもなんともないよ? それでもいいのかい?」

「も、もちろんです! むしろ私は領地と学園のこと以外をあまり知らないので、ぜひお聞きしてみたいです!」


 けれど他の貴族令嬢であれば喜びそうなフェルナンの表情も、ソフィアにとっては全く興味を引かれるようなものではなく。むしろ今の彼女にとって最も重要だったのは、自分が会話の主導権を握らなくていいという、その一点のみだった。

 そして同時に、その仕事内容のほうがフェルナンの外見よりもよほどソフィアにとっては興味のある事柄であったというのも、大きな要因だったのかもしれない。


「そうか。ソフィアがそう言うのならば、そうだね。少し、私の仕事について話をしようか」

「はいっ」


 そして、これはこれでソフィアにとっては知らない世界を知ることのできる、楽しい時間でもあったので。ある意味、お互いにとって有意義な時間になったと言えなくもないだろう。



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