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侯爵様に愛をささやかれるだけの、とっても簡単なお仕事です。  作者: 朝姫 夢
おまけ

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4.オーギュスタンの本心

「まさか、ワインに仕掛けが施されていたとは……。全く気が付かなかったよ」


 ユゲットとフェルナンの前でオーギュスタンがそう呟いたのは、数日前のこと。

 あの日は、確認しなければならない重大な事項があるので以前のように人払いをした状態でユゲットと三人のみで話すことはできないか、とフェルナンに相談を持ち掛けられていたオーギュスタンが、それならばと成人祝いの際に使用した部屋を用意していたのだ。まさかそこで、ユゲット以外誰も知り得なかった衝撃的な事実を聞かされることになるとは夢にも思わないまま。


「……結果論だね」

「殿下?」

「あぁいや、なんでもないよ。さて、これで今日の分の書類は終わりだから、私は自室に戻るよ」

「はい、お疲れ様でございました」


 最後の書類に目を通しサインをした瞬間、これまでのことを思い出してしまったオーギュスタンがふと呟いた言葉に反応したのは、執務室で控えていた部下の一人だった。とはいえすぐに誤魔化して部屋を出てしまったので、それ以上追及されることはなかったのだが。


(私もフェルナンも、これから歩む道は決して平坦ではないだろうし、常に平和な場所にいられるとも限らないからね)


 それは城の中という意味だけではなく、国内や国外であろうとも同じだった。だからこそ、せめてなにか一つでも心安らぐものがあってほしいと願っていたオーギュスタンは、幸運にも国益によって定められた婚約者である帝国の姫と心を通わせたことで、その願いを叶えたのだ。

 けれどフェルナンにはずっと、そういった安らぎのようなものは存在していないのだと思っていた。決して焦る姿を見せない彼は、アマドゥール公爵家の嫡男として常に己を律しており、しかしだからこそ気を抜く瞬間がないのだと。


(まさか、学園時代にすでに見つけて癒されていたなんて、考えもしなかったよ)


 彼にも幸せになってほしいと思っていた。それは確かに間違いない。だから成人祝いと称して集まったあの日、ユゲット特製のワインを飲んでいたせいで本心を口にしてしまったのだから。

 ワインに仕掛けが施されていたことを先日知ったばかりだというフェルナンは、最初からユゲットに対して怒りをあらわにしていた。特に、王太子であるオーギュスタンまでをも巻き込んでいたことを。だがまさか、あれだけの数のワイン全てが実はユゲットのお手製だったという事実は初耳だったらしく、フェルナンと共に驚いた表情のまま顔を見合わせてしまったことはオーギュスタンの記憶に新しい。

 ちなみに、途中でフェルナンが空のワインと共にまだ封の開いていないワインも下げさせていたことを、あの日のユゲットは完全に見抜いていたらしいのだが、そこはあえて黙認していたのだとか。そもそも残ったワインはあとから全て回収できるようにしていたので、下げられたところでなんの問題もないのだと彼女は語った。しかしそれを聞いた二人は、万が一城のワインと混ざってしまえば大変なことになっていたと顔を青くし、別の意味でユゲットに釘をさす結果になってしまったのだった。

 幸いなことに、ワインのアルコールが抜けるのと同時にその効力も消えるようにしていたらしいので、翌日には誰の体にも残らず影響も出なかったのだが。そういったことも簡単にできてしまう魔女という存在は実はかなり恐ろしいのだということを、オーギュスタンもフェルナンも改めて思い知ることとなった出来事である。


(とはいえ、ユゲットのおかげでフェルナンが幸せになれたことは確かだからね)


 あの日、もしもユゲットがワインにそんなことを仕込んでいなければ、今頃フェルナンは父であるアマドゥール公爵が選んだ婚約者候補の中の一人との婚約発表がなされていたことだろう。場合によっては例の降爵になった家の娘だった可能性も否定できないとなれば、それはそれで空恐ろしいものでもある。

 だが最終的に、フェルナンは学園時代からの片思い相手を捕まえることに成功した。しかもそれが初恋だというのだから、幸運だったと言っても過言ではないだろう。


(私の本心は、あの日彼に伝えた通りだからね)


 幸せになってほしい。ただそれだけが、オーギュスタンの本心だった。それ以外はある意味おまけで、相手がブランシェ伯爵家の令嬢で『雪野菜』を生産するための要であったことは、ただ運がよかっただけ。そして縁付いておきたいので相手としてちょうどいいというのも、あくまで後付けの理由でしかないのだから。

 とはいえ、実際に『雪野菜』が注目され始めていたというのも事実。特に王家としては、今まで皆無と言っていいほどつながりのなかった伯爵家との結びつきを強固なものにしておきたいという明確な理由があったので、フェルナンの恋した相手が彼女でよかったというのもまた別の真実ではある。


(フェルナンがブランシェ伯爵令嬢に恋をしたのは、まだ彼女がなにかを成し遂げる前ではあったけれど)


 むしろ何者でもない時期から目をつけてくれていたからこそ、おかしな家や別の国に彼女を連れて行かれずにすんだのだ。そういった意味では、フェルナンはかなりの先見(せんけん)(めい)の持ち主だと言わざるを得ない。


(いずれにせよ、これで今後は彼女(・・)にも安心して友人を紹介してあげられるかな)


 最近は婚約者が周囲にも認められてきたからか、特に機嫌のいいフェルナンのことを思い出しながら、同時にオーギュスタンは自らの婚約者である帝国の姫のことを考える。知り合いの少ない彼女がデュロワ王国に嫁いできても、すぐに仲のいい友人を作ることができるだろう、と。

 まさか未来の王妃の一番の友人候補として考えられていることなどなにも知らないままのソフィアは、いずれ自国の王太子と挨拶を交わした際、唐突に彼のその計画を聞かされ驚愕することとなるのだが。それはまだまだ、ずっと先の未来の話である。



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