調合師リゼル
リゼルは森の奥に住む調合師の一族に生まれた。
両親ともに調合師、一緒に住んでいた祖父も調合師である。
代々、調合を生業とし、子の中で調合師の判定を受けた者が家を継ぎ繋いできた。
昔は街の一等地に大きな屋敷兼研究所を持っていたが、調合師の需要が減るにつれ、郊外、そして森の奥へと住居を移していくこととなってしまった。
沢山いた研究員も、屋敷の従業員も今は散り散りとなってしまった。
それでも、この一族は腐らず、調合の研究を続けていた。
それは世の為人の為、なんて高尚で狂った事の為ではなく、この一族の代々の悲願である「伝説の秘薬」を作り出す為である。
「伝説の秘薬」とは
その者の目に映る全ての人の傷も病も毒も、全ての状態異常を治し、体力も回復するという夢のような薬である。
古の神々がまだこの地上で暮らしていた時代に作り出されたとされる薬で、苦しむ人々を見兼ねて1人の神が人間に与え給うた、という伝説がある。
その製法などは伝わっておらず、ただその効果と人々を絶滅から救ったとされる伝承が残されているのみとなっているので、今の世では単なるおとぎ話であろうと認識されている。
しかし、この一族は「伝説の秘薬」が実在した。と信じて疑わず、その失われた秘薬を再び作り出そうと研究を続けている。
根拠はこの一族に代々伝わる1冊の本と口伝による。
その本は、神より秘薬を与えられた者の半生を綴った日記のような物で、世界の惨状や秘薬によって救われていく様が書かれている。
この本と「我ら一族はこの与えられた者の子孫である」という口伝。
これを根拠に一族は研究を続けてきた。
しかし、研究が実を結ぶことはなく今日に至っている。
リゼルは両親と祖父の4人暮らし。
リゼルの両親は冒険者だった。研究の傍ら、資金稼ぎと素材採取を兼ねて冒険者をしていた。
両親は家を空けがちだったので、主に祖父に色々なことを教わった。
生活の事、調合の事、そして、一族に伝わる本と口伝。
両親の研究を手伝いながら、祖父から教育を受ける。そんな生活だった。
そして、リゼルが16歳になったころ、冒険者の宿命と言うべきなのか、両親がクエスト中の事故で帰らぬ人となり、祖父も老衰で亡くなってしまった。
1人になったリゼルは荷物をまとめ、母の愛、父の心、そして祖父の教えを胸に生家を後にした。
自分も両親の様に冒険者となり、研究を続け、「伝説の秘薬」を作り出す。
両親と祖父の願い、一族の悲願、そして何より、己の知的好奇心の為に。
「ここから……始まるんだ。」
リゼルは期待と、不安と、決意を胸に秘め、冒険者ギルドの門を叩いた。