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(仮)彼女と僕の奇妙な日常  作者: MOH
『 4月 突然の来訪者 』
7/14

【ただいま休憩中】

 彼女が地図に書き込んでいるお店の情報は、本好きの人が見たらすぐに分かる、小説家に関わるお店の数々。

 地図に書き込んでいるお店の名前と小説家との由来を読んでいると、彼女が横から覗き込んでくる。

 やっぱり距離が近いんだけど、彼女はパーソナルスペースを気にしないのかな。


「どう? エムくんは昨日の夜、すぐに、お眠ねむだったけど私はあれからその地図を作ったのよ。凄いでしょう?」


 昨日はあんなに疲れていたのに、この地図を作ったのは凄いと思うけど、よく見ると銀座のお店は2〜3軒だけ。あとのお店は地図の外に書かれていて、銀座の地図に書き込んだ意味はないと思うけど。

 僕が微妙な表情をしているのに気がついたのか、彼女は地図を取り上げて説明を始める。


「思いついて作り始めたけど、文豪が通った銀座のお店はあまり残っていなかったの。少し範囲を広げてネットで調べてみたら、いろいろなお店が紹介されていて、面白い逸話も読めたから、余白に書き足したわ」


 新橋や浅草は近くだから分かるとしても… だから新宿のお店も出てくるのか。

 この地図のことは分かったけど、結局、お昼はどこへ食べに行くのかな?


「エムくんの表情は分かりやすいなぁ。今、どこへ食べに行くのか分からなくて途方に暮れたのでしょう?」

 はい、正解です。

 彼女が真面目に人物観察をやった成果です。途方には暮れていませんが。


「エムくんの初めての銀座到達記念に、お店を予約しました」


「わざわざ、予約を?」


 銀座が初めてではないことは、あえて話さなかった。

 あの時は深夜で、バタバタしていて余裕がなかったから、彼女も自分がどこに居るのかを考える余裕が無かったのだと思う。

 それよりも予約が必要なお店に入る格好を、してこなかったのですが。


「予約したといっても、普通の洋食屋さんだから、緊張しなくても大丈夫。さあ、行きましょう」


「これ、どうするの?」

 自分たちが座っている折り畳み椅子を指差す。


「大丈夫。ちゃんと持って来ました」

 椅子から立ち上がった彼女は、肩下げバッグの中から折りたたんだ紙とセロテープを取り出して、椅子の座面に貼りつける。


『ただいま休憩中』


 僕もそれを見て立ち上がり、紙とテープを借りて椅子に貼り付けた。

 なるほど、彼女らしく用意周到。


 紙を貼り終わると、彼女は歩行者天国の車道に駆け降りて歩き出し、振り返って『こっちこっち』と両手で手招き。

 彼女の身振りが大きいので、近くを歩いている人たちが彼女を見て、その視線の先にいる僕を見ている。

 みんな、そんなにがっかりした顔をしないで欲しいのだけど。


 彼女に追いつき、初めて銀座の歩行者天国を歩いてみる。

 国道1号線中央通り、道幅は広いが両側に立ち並ぶビル群が壁のように続いている。

 しばらく歩くと、彼女が思い出したように急に左に曲がり、脇道へ入っていく。

 追いかけるように、その脇道を入って行くと両側のビルがますます高い壁のように感じられ、4月の昼間なのに陽も差さず、夕方のよう。


 先を行く彼女に、急ぎ足で追いついて聞いてみる。

「予約したお店がこの辺にあるの?」

 彼女を見るとスマートフォンで誰かと話をしている。

 チラッと僕の方を見てから「はい、もうすぐ着くので、よろしくお願いします」と応えて通話を切った。


 スマートフォンをジャケットの内ポケットに仕舞ってから、僕の方を向く。

「お店を予約した時間を過ぎたから、電話をしたの」


「じゃあ、急がないと」


「大丈夫。今日、お店は空いているそうよ」


 彼女は歩行者天国から入った脇道、更にそこから右に折れ細い路地へ入って行く。

 銀座にもこんな通りがあるんだなと意外に思う。

 その路地は薄暗く、クルマが通れないくらい細い。商売をするのに不便じゃないのかな?

 そんなことを考えながら、路地に並ぶお店の見慣れない看板の文字を読みながら歩いていると突然、彼女にぶつかった。


 正しく説明をすると、急に立ち止まった彼女の肩甲骨部分と腰のあたりに、前を見ていなかった僕の身体が接触した。


「ゴメン」


 振り向いた彼女がニヤッとして宣う。

「エムくんは、薄暗くなると襲ってくるタイプなの?」


 それって犯罪者じゃない?

 18歳を過ぎたら改正少年法で刑が厳しくなるので、そんなことはしません。18歳未満でもしないけど。


「銀座にも、こんなところがあるんだなと、ついよそ見をしていただけです」

 不慮の事故なのに、言っている自分が言い訳がましい。


「その『こんなところ』にあるお店に着きました」


 彼女が指差す先には、木製の古びたお店の看板。

『煉獄亭』

 

(つづく)

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