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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゲームの悪役貴族に転生した俺が筋肉で大体のことを解決してたら、助けた奴らが俺を持ち上げて原作を滅茶苦茶にしようとしてきます

作者: 胸肉

「ロゼリア、貴様を我が魔法師団から追放する!」


 そう傲慢に言い放った俺は、直後に強い頭痛がして前世を思い出した。

 残業の疲れでふらふらする足。目の前には車に轢かれそうになってる美人。

 助けたらワンチャンあるかなと思って突き飛ばし……そうか。

 俺は死んだのか……。


 ごちゃごちゃだった記憶が安定する。そして俺は現状に絶望した。

 自分があの悪役貴族、ギル・リンバースに転生したと理解して。


 ギル・リンバース。

 それは俺が前世でやり込んだ学園ファンタジーRPG、スクール・エンカウンターズに登場する侯爵家の三男だ。


 このキャラクターは、青年時に主人公の勇者に殺される。

 それはもう爽快な殺されっぷりだ。

 序盤から登場する小悪党の雑魚キャラの癖に、なんだかんだで終盤までしぶとく生き残って、勇者一行の足を引っ張る。そういったヘイトが溜まりに溜まった結果、ギルの死にっぷりはユーザーから大絶賛された。

 かくいう俺も歓喜したユーザーの一人だ。


 しかし、その運命をたどると俺が困る。俺はまだ死にたくない。幸運にも新たな人生を手に入れたのだから、今度は長生きしたい。

 ではどうすればいいのか。決まってる。悪役の汚名を拭い去って、勇者達の邪魔をすることなく、死のイベントを回避するんだ。


 それから保険として、自分の強化もやっていく。

 力こそパワー。強さは大体のことを解決してくれる。

 ギルはしょぼい魔法使いなので、杖や水晶などのアイテムは回収して……とそこまで考えた辺りで、俺は自分の体に違和感を覚える。

 いや、違和感というより、これはむしろ逆。


 全能感だ。


 具体的には身体能力が異常に向上している感覚がする。前世ではあり得なかった感覚だ。なんだか、手を羽ばたいて空を飛べそう。

 俺は自分の掌を眺める。少年の手だ。13歳くらいだろうか。原作登場時点の16歳よりも幼い。

 こんな柔らかそうな手ではゴブリンも殴り殺せそうにないが……。俺は地面に落ちている小石を拾うと、軽く握りしめる。

 何の抵抗もなく、小石は粉々に砕けた。


「…………」


 俺は絶句する。

 なぜ魔法使いであるギルにこれほどのフィジカルが……。これはまさか……"裏設定"だろうか。



 このゲームの製作元は設定厨だ。

 現代日本の作品なのに、バグの修正よりもDLコンテンツで設定を追加したがる。


 そんな狂気の製作が生み出したギルの、戦闘面でのユーザーからの評価は、「固いだけ」「雑魚のくせにしぶとい」「回復魔法まで使って遅延する害悪」といった散々なものだった。

 使ってくる魔法はどれもしょぼい。でもダメージがクッッッソ通りにくい魔法使い。それがギルだ。

 ……思い出したら俺までイライラしてきた。まあ、今は俺がそのギルなんだが。


 とにかく、俺が言いたいのはそういうことじゃない。


 原作でギルが固かった理由に説明がつく、ということだ。

 物理ステータスが異常に高いからこそ、ダメージが通りにくかった。至極簡単な理屈だ。

 もしギルが物理で攻撃してくるような事があれば、その裏設定に気づけただろうが、あいにく原作では魔法しか使ってこなかった。


 ようはこいつ、脳筋キャラだ。


 自分は魔法使いだから魔法しか使わないっていうアホ。

 でも今は中身が俺だ。ちゃんと考えて物理で戦える。ひょっとしたらだけど、ギルは割と強いんじゃないか?

 どこかで試してみないといけないな……。

 そうやって俺が色々と考えていると、悲痛な叫び声が届いた。


「ギル様! 何卒お慈悲を! いまお給金を断たれれば私達親子は立ち行かなくなります!」


 聞き覚えのあるロゼリアのセリフ。これは……ギルがユーザーから嫌われる原因となった初めての回想イベントか。

 ギルが率いる魔法師団が、第二王女のアリシアから盗賊退治の任務を命じられ、失敗に終わる。それを部下のロゼリアのせいにしてクビにするというシナリオ。

 だが、実際にはロゼリアに非はない。それどころか、ギルの魔法制御が下手すぎてロゼリアの魔法とぶつかってしまった結果、任務は失敗したんだ。


 ……改めてクズだな、ギルは。

 とはいえ、これは早速やってきた名誉挽回のチャンスだろう。俺はすぐさま行動しようとして──さっき自分が口走った言葉を思い出す。


 あれ? 俺、ロゼリアを追放するって言ったっけ……?


 顔から血の気が引く。

 まずい。もうとんでもないことを言った後じゃないか。

 どうしよう。原作だと、追放もののお決まりで、俺はこの後痛い目に遭ってしまうんだ。

 なんとしても彼女を引き留めないと。

 必死に頭を働かせた俺は、ロゼリアの肩に優しく手を置く。優しくしておけば、大抵のことは何とかなる筈だ。


「ひっ!」


 怯えられた。

 俺は悲しくなる。

 まあ、確かにゲームのギルであれば、ここで魔法の一つでも撃ちそうではあるが。


「お、お許しを……。私が死ねば娘は明日も生きていけません……」


 どうやら俺に殺されると思い込んでるらしい。ロゼリアは震えながら嘆願する。

 でも、そんなことする筈がない。娘を思いやる母親を手にかけるなんてあり得ない。そもそもロゼリアは何も悪くないんだ。


「せめて娘だけは……あの子の面倒を見ていただきたく……」


 怯えるロゼリアに、俺は訂正の言葉を述べる。


「何を勘違いしているか知らないが、先の決定は撤回すると伝えたかっただけだ。あなた──貴様には我が師団でやるべきことがまだまだある。娘の面倒は貴様が見るんだな」

「……え?」


 ロゼリアは唖然とする。続いて周囲にいる他の兵士達も。


「ど、どういうことだ……? あのギル様がご自分の発言を取り下げた?」

「悪魔に乗っ取られたんじゃないのか?」


 普通に聞こえてますよ。それと、ちょっと正解に近いこと言うの止めてね。

 部下の陰口に少しショックを受けた俺は、マントをばさっと翻して高らかに吠える。


「諸君! 確かに先ほどの襲撃は失敗に終わった。しかし、だ。精鋭たる我が魔法師団が、このままおめおめと帰還してもよいのか!」


 俺が煽動すると、部下達は困惑しながらも同調してきた。

 ちなみに、口調は意図的にさほど変えないようにしてる。子供とはいえ貴族だから立場とかあるし。一応俺がこの魔法師団の団長だし。


 あと今さらだが、このイベントは今の俺にとって非常に都合がいい。というのも、これはギルの回想イベント。キャラクター紹介の側面があり、ロゼリアはこれ以降、原作には登場しない。

 つまり、ストーリーを改変しても原作の本筋には大きな影響を及ぼさないわけだ。


 俺は不敵な笑みを浮かべると、前世の記憶を思い出しながら告げる。


「存分に暴れろ! 失敗を恐れるな! あとのことは任せろ! 全ての責任は上司であるこの私が取る!」


 俺がそう言った途端、部下達は幻でも見ているみたいに目を擦り始めた。

 これが前世なら、13歳の少年にそんなことを言われれば失笑してしまうだろうが、この世界なら純粋に良い上司に映っている筈。

 いやまあ、前世でもクソだった上司が突然こんなこと言い始めたら、みんな困惑するだろうけど。


 そして実際、目の前にいる部下達も固まったままだったので、俺は救いを求めるように視線をさまよわせた。やがて偶然にもロゼリアと目が合う。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 ロゼリアは泣いて感謝してくれた。

 でも、こっちとしては謝りたいくらいだ。だって、こんなん殆ど自作自演だし。

 部下達がまたこそこそ話し始める。


「もしかして、俺達はギル様のことを見誤ってたんじゃないか?」

「本当は清廉な心の持ち主だったのか?」

「そうだ! なにか崇高な目的があったに違いない!」


 全然違います。自己保身のためです。悪役の印象を払拭したいんです。

 とまあ、そんなことは言い出せる筈もないので、俺はやはり不敵な笑みを浮かべるのだった。


「さあ、盗賊退治のリベンジだ」


 俺は師団を率いて盗賊のねぐらへ向かった。





 盗賊達が住み着いている廃城に到着した。

 先ほど俺達を撃退して浮かれてるらしく、酒盛りしてる。

 隙だらけだ。不意打ちするのは容易い。

 だが、俺は正面から乗り込む。改心した俺の雄姿を部下達に見せつけなくてはならないからな。

 それと、俺の筋肉がどの程度やれるかの確認も兼ねている。


「いい夜だな、盗賊諸君」


 俺は部下を後ろに待機させると、酒盛りをしてる盗賊達に堂々と近づいていく。


「なんだ!?」

「はっ! また来やがったぜ! 小悪党貴族のギルだ!」


 俺の悪名は盗賊にまで知れ渡ってるのか。これを払拭するのは大変だぞ。

 未来を憂いた俺は、ゆっくりと歩みを進めながら、盗賊達に死を宣告する。


「王女殿下の命により、貴様らは皆殺しだ。ここから逃げることは叶わないと知れ」


 悪人は死すべし。慈悲はないのだ。


「雑魚い魔法しか使えないガキの分際で性懲りもなく絡んできやがって!」

「やっちまえ!」


 叫びながら飛び込んできた一人の盗賊に、俺は挨拶代わりのジャブを放つ。

 これで俺の実力もはっきりするだろう。そう軽く考えていたのだが、直後にまるで予想だにしてなかった事態が起こる。


「ぷげらっ!」


 奇妙なうめき声を発して、盗賊は爆散した。

 吹き上がった血や肉片があちこちに散らばる。


「「「……は?」」」


 盗賊達は呆ける。

 後ろで待機している部下達も似たような反応をした。

 どうやら誰も状況を理解できていないらしい。


 そして俺もまた、呆然としている。

 いや、見えはしたんだ。俺のパンチを腹に受けた瞬間、全身が弾け飛ぶ盗賊の姿が。

 でも、その光景に現実感がなさすぎて受け入れられない。


 誰もがショックを受けて動けない中で、最初に正気に戻ったのは、盗賊の親分みたいな男だった。


「魔法だ! 魔法を使ってきたぞ!」


 ……魔法? なにを言ってるんだ、こいつは。


「あれは上級魔法のショックウェーブだ! お前ら、気を付けろ! 奴は不可視の衝撃波を発生させる魔法を使ってくるぞ!」


 いや、ただのパンチなんだが……。

 もしかしてこいつ、俺の拳があまりにも速すぎるから、それを魔法と勘違いしてる? 敵の視点だと俺はただ突っ立ってるだけに見えるとか?


 いやいや、そんな馬鹿な。

 この体はあの小悪党のギルだぞ? いくら裏設定が組み込まれてるからって、そんなに強いわけない。


 うん。一度だけだと偶然だったということもあり得る。

 俺は再びパンチを繰り出すことにした。ただし、今度はジャブ程度ではなく、本気で。


 しかし次の瞬間、俺は前世の格言を思い出す。



 ──高度に発展した科学は魔法と見分けがつかない。



 なるほど、一理あるだろう。


 では……高度に発達した筋肉は?



 答え。同じく魔法と見分けがつかない。



 俺が本気で放った拳の風圧は、巨大な竜巻を引き起こした。

 それは天空に浮かぶ雲まで巻き込んで、無数の雷を食らう。

 食らって、食らって、食らい尽くす。

 その先に顕現したのは……稲妻で構成された竜巻だった。


 あるいは雷の螺旋、とでも言うべきだろうか。

 それが全てを飲み込みながら一直線に突き進む。

 廃城が消し飛び、大地が割れて、天が震える。


 天変地異だった。

 人が決して支配できない自然災害を、俺の筋肉は再現していた。


「ば、ばかな! これは千年前に世界を支配した大邪神ガイザール様の究極魔法、ゴッドジャッジメント!?」


 全然物理ですけど。

 俺は白目を剥きながらそんなことを思う。

 一体どうなってるんだよ、俺の筋肉は。


「ようやく分かったぞ……。最強だったガイザール様がお亡くなりになった理由が。お前がガイザール様を滅ぼしたんだろう、大魔法使いギル・リンバース! ガイザール様の魔法を奪ったな!」


 いいえ、人違いです。これは俺の筋肉が勝手にやったんです。

 ……と答えそうになったがそうはいかない。俺は魔法師団の団長としての立場を守らないといけないんだ。ここは肯定あるのみ。


「そ、そのとーりだ」


 あまりにも嘘すぎて、声が震えてしまった。

 というかどうでもいいけど、なんで千年前の魔法のことをただの盗賊の親分であるお前が知ってるの?


「ぐわぁあああ! まさか、こんなところで大魔法使いと出くわすとはっ……! 申し訳ありませぬ、ガイザール様ぁあああ!」


 雷の螺旋に飲み込まれて、盗賊の親分は消し炭になった。

 他の盗賊達も既に塵一つ残さずに死んでいる。

 それと共に、螺旋はほどけて消えた。


 もしかしたら、この親分にも裏設定があったのだろうか。原作にはガイザールなんて邪神、名前すら出てこないし。


「ギル様!」


 部下達が駆け寄ってくる。

 そして一斉に跪いた。


「あれほどの魔法を使いこなせる大魔法使い様だったとは知りませんでした!」

「やはり何かお考えがあって悪党のフリをしていたのですね!」

「一生ついていきます!」


 こ、これはいかん。あまり担ぎ上げられると勇者と接触する羽目になるかもしれない。俺は目立ちたくないんだ。悪役でも勇者でもなく、普通でいいんだよ。

 というか、やっぱりお前達もさっきの天変地異が魔法だと思ってるのか。あれはただのパンチだぞ。


「そんなに威張ることではない。さっきのは偶然だ」


 俺の答えに、部下達はまた湧く。


「偶然だなんてそんな!」

「なんて謙虚なお方なんだ……」

「流石は大魔法使い様です!」

「い、いや本当に──」


 否定しようとしたら、ロゼリアが被せてきた。


「承知しております。なにか深遠なる理由があって正体を隠されているのですよね? ご安心ください! 私達は誰も口を割りません!」


 熱く語るロゼリアに、部下達が追従する。

 やばい……。傷が浅い内に否定しないと。

 そう思った俺は、ごくりと唾を飲み込んで、言った。


「わ、分かればいい。内密に頼むぞ」


 また嘘をついてしまった。

 部下達のキラキラした瞳に負けたのだ。

 彼らの期待の眼差しを否定することは、俺にはできなかった。

 あと、褒められてちょっとだけ気持ちよかった。


 しかし……これでもう後戻りできなくなったかもしれない。ひょっとして、勇者に殺されるシナリオに突き進む可能性が高くなったんじゃないか?


 俺は少しの不安と罪悪感を抱えながら、街へと帰還した。





 それからは各地の悪人を倒す日々を送った。

 大体のことは筋肉で解決し、それを魔法だと言われるので肯定してしまうという素直に喜べない毎日。俺が大魔法使い──実際には筋肉だが──だと知ってるのは、部下達だけだ。というのも、俺は基本的にジャブを繰り出して、盗賊の親分が言っていたショックウェーブの魔法を再現して戦っている。これでも十分だからな。


 ただ、密かに特訓はしている。今は時系列的に原作の前なので、この時間差を利用して俺の筋肉をさらなる次元へ引き上げようと企んでいるのだ。



 そんな生活が続いたある日、第二王女のアリシアに呼び出された。

 彼女の命令で盗賊退治をしていたので、その報告をしろということだろうか。

 でも、本音はあんまり絡みたくない。この王女は同い年の超重要キャラで、原作にもよく出てくるんだ。

 ちなみに勇者も同い年。16になる年に、俺と勇者は学園に入学する。


「近頃、どこかの小悪党貴族が改心したという話をよく耳にします。あなたはそれが誰かご存じですか?」

「はて。何者でしょうか、その御仁は」


 俺は神妙な顔で否定する。

 アリシアは主人公の勇者の攻略対象なので、親密になるわけにはいかない。


「しらばっくれる気ですか……。まあ、いいです。今日はあなたにお話があって呼びました。率直に問います。あなたは何か欲しいものはありますか? 直近の功績を称え、褒美を取らせます」


 ほほう、ご褒美か。それならちょうど考えていたところだ。


「王女殿下をお守りする御仁を、お近くに控えさせるようお願い申し上げます」


 勇者とか。あとは勇者とか。それに勇者とか。


 というのも、原作ではストーリーが幾つかのルートに分かれており、その中で勇者とアリシアが結ばれるルートが一番クリアしやすいのだ。

 アリシアのおかげで助かった場面は多い。ラスボスの魔王なんかもかなり倒しやすくなる。


 たしか二人が結ばれる最初のきっかけは……。

 アリシアが街の視察に行った際、スタンピードが起こってそれを勇者が退けた姿に感銘を受けて、姫付きの騎士として召し抱える……だった筈。


 ゲームだとこの誘いを受けるかどうか選択できるが、俺としてはこの世界の勇者には断ってほしくない。

 ならば、今からアシストしておくのは悪くない手だろう。


「私の側付きですか……。難しいですが、考えておきましょう」

「ありがとうございます」

「構いません。それで、他になにか私にして欲しいことはないですか?」


 なんかエロいセリフだな。

 でも、この時期でいうと……そうだ。もう少ししたら俺達の王国が魔国から戦争を仕掛けられるんだ。

 歴史年表みたいなものでちらっと触れられたくらいだったけど、俺達の王国が勝ったってことは覚えてる。

 ふふふ。これはいい事を思い出した。勝ち馬に乗ろう。


「近く、我が国が魔国から戦争を仕掛けられるという情報を得ました。その戦に、我が魔法師団を参陣させていただきたく思います」


 俺は軽い気持ちでお願いする。

 だがしかし、アリシアは目を見開いて驚いた。


「どうして戦争のことをあなたが知っているのです! それはまだ王族とごく一部の者しか知らない筈!」


 あ、やっべ。

 情報の出所とか一切考えてなかった。そんな機密情報だったのか。

 ゲームでやったからとか言えるわけないし、なんて言い訳しよう。


「……驚かれるのも無理はないでしょう。しかし王女殿下、その先に踏み込むのは止めておいた方がいい」

「? どういう意味ですか?」


 それは俺の方が聞きたい。うまい言い訳が思いつかなかったんだよ。


「……これ以上は私の口からは言えません。ご理解ください。私はあなたを危険に晒すわけにはいかないのです」

「甘く見ないでください! 私はこの国の王女! 身も心も祖国へ捧げる覚悟はできています!」


 王女は立ち上がって声を荒らげる。

 俺はゆっくりと天を仰いだ。


 終わったかもしれん。

 もう時間稼ぎはできそうにないし、このままだと王族への虚偽報告で俺は死罪だ。

 ……いや、諦めるな。思い出せ。辛く苦しい筋トレの日々を。スクワットをあと一回増やすには、諦めない心が大事なんだ。

 俺は人生で最も頭を回転させる。そして脳が焼き切れそうになった先に、俺は微かな光明を見た。


「ガイザール……」

「ガイザール?」

「そう、殿下もご存知でしょう。あの千年前に世界を支配した大邪神ガイザールが、この現代に復活しようとしているのです」

「まさか! あれはおとぎ話では!?」

「おとぎ話なんかではありません。だからこそ私は、各地の悪を滅していたのです」

「なんですって! 私の命令を受けて任務をこなしていたのには、そんな狙いがあったと!? 単なる小銭稼ぎではなかったのですか!?」


 俺はふっと寂しげに笑う。

 その通りだよ。おかげで貯金が増えた。しかも悪役の印象まで少しずつ払拭されていったんだ。


「ああ……! すみません、ギル・リンバース。あなたは孤独な戦いをしていたというのに、暴言でした」

「頭をお上げください、殿下。謝罪の必要はありません。それで、ガイザール復活には無数の生贄……魂が必要なのです。そしてそれを回収するのに最も適しているのが……」

「此度の戦争、というわけですね」


 俺は真剣な表情で頷く。


「私はそれを阻止せねばなりません。殿下、我が魔法師団の参陣。お許しいただけますね?」

「もちろんです。なんとしても父上……国王陛下を説得してみせます」

「ありがとうございます。これで私に憂いは無くなりました」


 俺は内心でほっと息をつく。

 なんとかなったか。

 今の話は全部適当だけど、戦争で倒した奴らの首を持って帰って、「こいつらがガイザール復活を企んでた連中です。全滅させました」とか言っとけば辻褄は合う。


 ありがとう、盗賊の親分。お前のおかげで命拾いしたよ。


「それで、ギル。今の話は陛下にもお伝えしましょう。きたるべき災厄に備え、周辺各国にも厳戒態勢を敷くよう使者を派遣するのです」

「い、いけません!」


 俺は慌てて口を挟む。


「今回は長年追ってきたガイザール復活を企む組織を根こそぎ炙り出す唯一のチャンス。もし逃がすようなことがあれば、奴らは今後数十年は闇に潜り、二度と壊滅させることは叶わないでしょう」

「確かに。あまりことを大きくして敵組織に警戒されてしまえばそうなりますね……。ですが、あなたに可能なのですか? あなたが失敗してしまえば、世界は混沌に包まれてしまいます」


 俺は不敵な笑みを浮かべる。この笑みだけは、数多の経験を積んで得意になった。


「問題ありません、殿下。私は必ずやり遂げます」


 俺はゆっくりと立ち上がると、かつての記憶を洗う。



 俺の筋肉には無限の可能性が広がっている。

 それを自覚してからは、とにかく筋トレを繰り返した。各部位ごとのメニューをこなして、休憩中は疲労した筋肉と対話する毎日。

 やがて俺は思った。


 頑張って鍛えたんだから、この肉体美を誰かに見せたい。


 そんな浮わついた気持ちで、俺は原作クリア後に潜れる、深淵のダンジョン……ファイナルアビスへ向かった。

 しかし、そこの魔物は強かった。いくら裏設定を盛られた筋肉とはいえ、俺の体はまだ13歳。一階層の雑魚敵さえ倒すのには苦労した。


 それでも次々に現れる魔物の群れ。

 逃げるしかなかった。

 でも、俺はこけた。暗かったので、足元が覚束なくて石ころに躓いたんだ。


 死ぬと思った。魔物の手がすぐそこまで迫っている。もうダメだぁ、と地面に手をついて受け身を取った、その瞬間。

 俺の筋肉と地面の間で摩擦が起きて、強い光が発された。そしてそれが目眩ましになって……俺は辛くも逃げることができたんだ。


 あの偶然がなければ、俺は死んでいたかもしれない。

 本当にいい教訓になった。

 未熟だった俺は学んだのだ。


 摩擦とは偉大なり、と。



 記憶の旅から戻った俺は、親指と中指を勢いよくこすり合わせる。

 いわゆる指パッチンである。

 すさまじい摩擦熱が生じて、俺の親指に神々しい輝きが宿った。

 これこそが俺の新たな筋肉魔法、シャイニング・ザ・シャイニング。またの名を目眩ましという。

 相手は怯む。


 さて、今の内に逃げるか。

 俺が背を向けようとしたその時、アリシアが叫んだ。


「な、なんてことなの! この輝きは伝説の賢者マーリンが死に際に放ったとされる必殺の退魔魔法、シャイニング・ザ・シャイニング!?」


 また知らない人が出てきた。しかも俺とネーミングセンスが被ってるらしい。もし今も生きてるなら、仲良くなれるだろうか。


「なるほど、あなたは真の力を隠していたというわけですか……。ならば私から告げることはありません。次の任務はガイザール復活の阻止ですね。大変危険な任務です。生きて帰ってきてくださいね、ギル・リンバース。これは命令ですよ」

「畏まりました」


 俺は深々と頭を下げた。

 まあ、納得してくれたなら何でもいいや。案外ちょろかったな、この王女。

 ラッキー。





 戦争が始まった。

 もちろん、俺の師団も参戦してる。

 勝ち戦だと知ってるから、いつもとは違って俺の肩はすこぶる軽い。

 とりあえず、ピンチになってる人を助けながら戦って、いい奴感を出しておこう。


 俺は辺りを見回す。

 お、早速見つけた。今にも猫型魔人に切り裂かれそうになってる青年がいる。

 俺はその場でジャブを繰り出して、猫型魔人だけをぶっ飛す。これも筋トレの成果で、衝撃波を自在に操れるようになったんだ。


「な、なにっ!? あれはショックウェーブの使い手だ! お前ら、あいつに近づくな! 離れろ!」


 敵の魔人達が俺の周りから下がっていく。

 いいね。襲われてた彼を助けることができた。


「助かったよ、あんた! って、ギル・リンバースか? どうしてあんたがこんな最前線に……」

「ここは俺に任せておけ。貴様は下がっていろ」

「そうか……。あんたが改心したっていう噂は本当だったんだな。俺、故郷に帰ったらみんなに伝えとくよ。ギル・リンバースはいい奴だったって!」


 それは是非お願いします。口コミは最強の宣伝だからな。

 さて、戦場だけあって、どこもかしこもピンチな人だらけだ。どんどん助けていこう。


 それから人助けという名の宣伝をしばらく続けていると、俺達側がかなり優勢なことに気づいた。


 このままだと思ったより早く敵が撤退するかもしれない。

 よし。その前にあれをやろう。

 俺は首を巡らせると、ピンチになってるジジイを発見する。ジジイの背後からは、魔人の剣が迫っていた。


「じいさん、後ろだ!」


 俺は叫びながらジジイと魔人の間に割り込んで、剣を体で受ける。肩口から切り裂かれて鮮血が吹き出した。俺はその勢いのまま仰向けに倒れる。


「り、リンバースの坊主!? なぜワシなんかを助けたのじゃ! 老い先短い老人を助けてなんになる! 未来あるお主が生きるべきじゃろう!」


 悲痛な叫びを上げるジジイに、俺は掠れた声で答える。


「短い人生だからこそ……存分に楽しまなければ悔いが残るだろう……」

「おお……なんと心優しき少年か! 持ちこたえろ、リンバースよ! お主を必ず助けてみせる! 救護班! ここへ来てくれ! まだ息がある! この若者を助けてやってくれぇえ!」


 完璧だ。味方を庇う姿を見せつけると同時に、戦線離脱を図る。あまりの狙いどおりの展開に、俺は思わず笑みがこぼれそうになる。

 無論、最前線では負傷者の救護は困難だが、速やかにやってきた救護部隊によって、俺は医療テントへ運ばれた。


「ギル様、すべて手筈どおりに」


 救護部隊の隊員に声をかけられた俺は、むくりと起き上がる。


「うむ。よくやってくれた」


 彼らは救護部隊に扮した俺の部下だ。

 予め俺がやりたいことは伝えておいたので、指示どおりに動いてくれた。


「ギル様、お怪我の方は……」

「問題ない」


 俺は肩口から切り裂かれた傷に触れる。

 これは自分で自分を傷つけたのだ。魔人の剣では俺の筋肉を突破できないので、自分でやるしかなかった。

 こういう無理ができるのは、ギルが回復魔法を使えるからこそだ。

 とはいえ、それを使って治療はしないけどな。


 俺は筋肉を膨張させて、傷口を瞬時に塞ぐ。それから細胞を活性化させることで自己治癒能力を促進させ……完治。

 切り裂かれた傷はもはや跡さえ残っていない。完全に元通りだ。


 俺は立ち上がって体を伸ばす。

 万能とも思える俺の筋肉だが、まだまだ出来ないことは多い。他人を治癒するのは無理だし、時間だって操作できない。

 もっと精進しないとな。目指すは筋肉タイムリープだ。


 あ、そうそう。時間と言えば、俺は空間に関してはある程度コントロールできるようになった。

 というのも、原作だと主人公パーティーは全員デフォルトでアイテムボックスが備わっていたのだが、ギルは敵キャラである影響なのか使えなかった。

 そのため困ったら筋トレだ、と思って頑張ったところ、空間をこじ開けることに成功したんだ。


 早速、俺は筋肉で空間を開く。それから中に仕舞っておいた仮面とマントを取り出す。

 仮面はカラスみたいなやつ。いわゆるペストマスクだな。

 マントは漆黒で、身を隠すのに手頃だ。


 これこそが俺が今回の戦争でやりたかったこと……ギルの代わりに本気を出してもいい人物の創造だ。


 ずっと思ってたんだよ。ギルの姿で全力で戦えないのは不便だって。ならどうすれば……と構想を練った結果が、この仮面の魔法使いの誕生だった。自由に動ける英雄を作っておけば、いつでも本気が出せるという、単純ながら効果的な回答。

 これで勇者のアシストはしやすくなるし、偶像だから好きなタイミングで表舞台から退場できるしで、本当にいいとこ尽くめだ。


 それで名前は……決めてなかった。何にしようかな。前世の名前から取ってくるか? いや、ダメだ。日本人の名前は世界観に合わない。

 なら……クロウ。カラスの仮面を被ってるから、クロウだ。見たまんまだがそれでいいだろう。


 よし。それじゃあ、行くか。

 俺は颯爽とテントから飛び出した。

 地面を駆けて、次に空間を踏んで、そして宙を飛ぶ。


 もちろん、これも筋肉だ。さっき言った通り、空間系の技は大体再現できる。というか、俺ができることは全部筋肉によるものだ。


「……ん?」


 空を飛んで最前線へ向かっていると、戦場の雰囲気が不気味になっていることに気づいた。敵味方問わず、一方向に注目している。

 まったく、クロウの初陣を邪魔するとは何事か。

 そんなことを思いつつ、俺は騒ぎの中心に近づく。


「ふはははは!! すばらしい! すばらしい量の魂の収穫だ!!」


 あれは……さっき俺が助けた青年?

 魂の収穫ってどういうことだ?


「なにも知らぬ愚者どもよ! 貴様らは贄だったのよ!」


 あっちは俺が助けたジジイだ。

 何をはしゃいでるんだ?


「さあ、大邪神ガイザール様の再降臨だ! 幸運に思うがいい! 世界を支配した最強の存在を見れるのは、貴様らが最初で最後だ!」


 ……待ってくれ。どうしてお前達がガイザール復活を目論んでるんだ。いや、まあ、俺が適当に言ってた組織が本当に存在してたのは百歩譲って受け入れよう。

 でも、どうしてよりにもよってお前達なんだ。

 お前達は約束してくれたじゃないか。俺が実はいい奴だったって宣伝するって……!


「いでよ、大邪神ガイザール! そして世界を混沌へ導きたまえ!」


 扉が開かれるように、空中から巨大な存在が現れる。それはビルほどの大きさの、悪魔じみた化け物だ。全身には黒い雷を体に纏っている。

 その悪魔は精神を狂わすような声を発した。


「我が名は大邪神ガイザール。余を再びこの世に呼んだのは誰か」

「ははあ! ここにおりまする!」


 青年とジジイが平伏する。


「褒めてつかわす。貴様らの望みを言ってみよ。財宝か? 玉座か? 不老の肉体か? どんな望みもひとつだけ叶えてやろう」


 二人はより一層深く頭を下げる。


「あなた様の配下に!」

「配下の末席に加えていただきたいのです!」


 二人の声には渇望があった。


「ほう? 余の配下になりたいと申すか。なるほどなるほど……。本当に、それでいいのだな?」


 ガイザールは邪悪な笑みを濃くする。

 あ、これはまずい。絶対殺されるやつだ。もしくは望まない形で願いを叶えるパターン。

 でもあいつらの首はアリシアへの手土産にする必要があるので、殺させるわけにはいかない。


 俺は急いで奴らの前まで筋肉飛行した。

 仮面の魔法使いの突然の登場に、ガイザールは訝しげな声を上げる。


「では……。ん? なんだ、貴様は? 羽虫が余の前をうろつくな。不愉快である。それとも余の邪魔をする腹積もりか?」


 俺は普段より少し声を低くして、ガイザールの問いかけに答える。


「私の名はクロウ。貴様を滅ぼす者だ」


 ガイザールは一瞬固まる。それから吹き出すように大口で笑いだす。


「ふぁっふあっふあっ!!! 余を滅ぼすだと? 千年前に余が世界を支配したという歴史を知らぬのか? 無知は罪であるぞ、仮面の男よ」


 俺はわざとらしく首をひねる。それは挑発するために行った動作だ。


「つまり、貴様の名はたった千年で歴史に埋もれる程度だったというわけだ。存外、大した相手ではなさそうだな」

「なんだとっ!」


 ガイザールは唾を飛ばしながら怒号を放つ。それから手を俺に突きつける。


「余を愚弄して生きて帰れると思うな、矮小なる者よ! 骨の一片も残さんぞ! ダークスフィア!」


 ガイザールが巨大な漆黒の球体を投じる。対して、腰を落として待ち構えた俺は、手刀でその球体を彼方へ弾き飛ばす。


「なっ……!」


 飛んでいった球体は遠くの山に着弾する。山は消滅した。


「な、なかなか厚い魔力障壁を展開できるではないか! ならば余の最強最高の魔法で粉砕してやろう! ゴッドジャッジメント!」


 その魔法、実在してたのか。

 そんなことを思いつつ、俺は雷の螺旋を掌底で消し飛ばす。

 触れた瞬間に強い痺れは感じたが、全身の筋肉を張れば耐えられた。


「ば、バカなぁあああ!!」


 ガイザールは信じられないとばかりに叫ぶ。しかし、俺からすれば別に不思議な話ではない。

 なにしろ、ラスボスである魔王や、ファイナルアビスの最下層に潜む裏ボス、そして最終的な勇者の強さを、俺は知っているんだ。

 あいつらが繰り広げる戦闘は、この戦いとは規模がまるで違う。


「貴様、何者だ! クロウなどという名は聞いたことがない! その仮面の下は当代の勇者なのか! 姿を見せよ!」


 必死なガイザールの問いかけを、俺は冷徹に切り捨てる。


「それを知ってどうするんだ? 貴様はこれから死ぬというのに」

「くっ……!」


 小さく呻いたガイザールは、俺への恐れを振り払うように虚勢を張る。


「おのれ! だが、魔力障壁を使いこなせるのは余も同じこと! 余には魔法も物理も効かん! つまり、余が一方的に攻撃できるのだ! その大層な魔力障壁で余の猛攻をいつまで凌ぎ切れるか、見せてみよ!」


 ガイザールの両手に魔力が集中していく。

 だが、それを指を咥えて待つ義理はない。俺はその場で蹴りを放った。

 お互いの距離は離れている。しかし、俺の蹴りは空間ごとガイザールの魔力障壁を割ると、物理耐性さえ突破して、その巨大な体を半分にする。


「ぐぎゃああああ!」


 ガイザールの上半身と下半身が分かれた。どす黒い血が大地を汚す。

 まともな生物なら死ぬ筈の損傷を負ったガイザールは、しかし生きていた。


 これは予想外だ。

 俺の現段階の最強の遠距離攻撃が耐えられた。

 こいつ、ファイナルアビスの雑魚敵と同じくらい強い。


「ぐおおおお! 余の守りを打ち破るなどあり得ぬ! その魔法……まさか、いやそうか! 貴様、空間を分かつ異次元魔法、ワールドブレイクを使ったな!」


 ガイザールは上半身だけで絶叫すると、続けて意外な名前を口にした。


「どうしてなのだ! どうして貴様が奴と……ギル・リンバースと同じ魔法を使えるのだ!」


 俺の頭の上に、はてなマークが点灯したような気がした。

 ギル・リンバースというのは、もちろん俺のことだよな。でも、なんでここで俺が出てくるんだ? こいつは千年前の邪神。俺と関わりなんかある筈がない。ひょっとして、これも裏設定なんだろうか。


「まさか、貴様の正体は──」


 その先のセリフを遮るように、俺は全力で踏み込んだ。瞬時にガイザールへ肉薄すると、右の拳を振り上げて、筋肉を肥大させる。

 なんだかんだでずっと遠距離攻撃を軸に戦ってたが、俺の本領は近接戦闘。純粋なパンチを繰り出してるんだから、相手に直接叩き込んだ方が強いに決まってる。


 力こそパワー。筋肉は大体のことを解決する。


 俺は右ストレートを放つ。完璧な体重の移動まで込めたその拳は、ガイザールの無防備な腹部に突き刺さった。

 莫大なパワーが吹き荒れて、ガイザールの腹に巨大な風穴が空く。


「ぁああああ! 余はまた貴様に滅ぼされるのか……! 恨むぞ、ギ……!!」


 叫んでいる途中で、残った体がガラスみたいに砕けていき、ガイザールは消滅した。

 もはや大邪神が存在したという痕跡はどこにも残っていない。

 見上げれば、空は青かった。

 王国側と魔国側、すべての者に注目される中、俺はマントをばさっと翻す。


「我が名はクロウ! 闇を払う者なり! 王国の兵士達よ! 勇者に告げるのだ! より強くあれと! そうでなければ魔王は打ち倒せないと!」


 そう大声で伝えると、俺はダッシュで逃げた。


 まあ、途中想定外なこともあったけど、終わりよければすべてよし。

 ガイザールのせいで有耶無耶になったけど、戦争も王国側が優勢だしな。

 さて、忘れない内に青年とジジイをぶっ殺して、首を回収したら帰ろう。





 戦後、すぐにアリシアに呼び出された。


「見事な働きでした、ギル」

「勿体なきお言葉です」


 俺は恭しく礼をする。


「敵組織の首は討ち取りました。部屋に血の匂いを漂わせないよう奴らの首は外に保管しておりますが、殿下がご所望であればお持ちいたします」

「いいえ、結構です。あなたを信頼していますから。身を呈して人助けに奔走し、その上で組織の壊滅。よくやってくれましたね、ギル」

「私はなにも……。それどころか、ガイザールを復活させてしまいました。クロウという仮面の魔法使いが現れなければ、私は大口を叩いて任務を失敗した咎人になっていたでしょう」


 俺が暗い声で言うと、アリシアはゆっくりと首を横に振った。


「いいんです。あなたはあなたにできることをやってくれましたから。ですが……そのクロウというお方にもお会いしたかったですね」


 アリシアはうっとりとした表情で両手を組む。


 ふふふ。それ、俺です。

 なんかいいな。裏で憧れられるって。カッコいい。まあでも、惜しむらくはアリシアと結ばれるのは勇者でないといけないってところか。


「ガイザール復活で一時中断はされましたが、此度の戦争は勝利で終えることができました。これはあなたの活躍によるところも大きいでしょう」

「滅相もございません」


 元々勝てるって知ってたからな。俺のおかげじゃない。否定する俺に、アリシアは笑いかける。


「おかげであなたの願いを叶えてあげられました」

「はい。……へ?」


 願い? なんだそれは?


「おめでとうございます、ギル。晴れてあなたの魔法師団は私直属の部隊へ配置転換されました」


 頭が混乱する。

 彼女が何を言っているのか分からない。

 俺の師団がアリシア直属の部隊へ配置転換? なぜ?


「あなたの希望を叶えるのは大変でしたよ。第二王女である私のお付きとなる者ですからね。それ相応の家柄や実績がなければなりません。しかし……」


 お付きと言われて、俺の脳裏に前回呼び出された記憶が蘇る。そうだ。確かに俺はアリシアを守る者を配置しろと提言した。でも、それは勇者を推薦したんであって、俺が志願したわけじゃない。

 気づけ、アリシア。いや気づいてくれ。お前の隣には勇者が相応しいんだ。決して俺みたいな小悪党貴族なんかじゃない。


「戦争での功績を理由に、陛下へ嘆願する。うふふ。すべてあなたの計算通りというわけですか、ギル?」


 それは勝ち馬に乗りたかっただけだ。

 俺はそんなに深く考えてない。


「新たな人員が必要であれば私に相談なさい。魔法師団ではありますが、騎士を加えても構いません。命じる任務は多岐に渡りますからね。ある時は最前線での激闘、ある時は魔国へのスパイ、ある時は勇者の陰。無数の仮面を持つ魔法師団です。コードネームは……リバース。リバース魔法師団です!」


 可愛らしくウインクした王女に、俺は心の中で叫んだ。



 頼むから原作を滅茶苦茶にしないでくれ!





最後までお読みいただきありがとうございます。

ガイザールがギルを知っていた理由ですが、この先の話でギルがタイムリープするので、そこで出会ったという単純なものです。

ご好評いただければその辺りの話も書きたいなと思っております。

少しでもお気に召しましたら、★★★★★評価やブックマークなど、よろしくお願いします。

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