6.もちろんです。殿下
というわけで、6人は、どうやったら巧くジュスティーヌを誘えるのか、喧々諤々議論した。
といっても、カタリナは、しれっと持ち込んでいたワインを一人手酌で飲みながら「根性キメろ」「本気を見せろ」とやさぐれた顔で、おっさん精神論のようなことを繰り返すばかり。
ジュリエットは、「サン・フォンがいったんジュスティーヌを誘い、一曲終わったらそのままアルフォンスに引き渡すのは?」とさっきと似たようなことを提案したが、サン・フォンに「そんなズルをしたら、公爵は殿下に不信感をもたれるだろう」と却下された。
レティシアが、トラウマを軽減するために、恐怖を感じる行動を安全なかたちで繰り返して慣れる心理療法があるらしいとか言い出して、サン・フォンがアルフォンスを持ち上げてみたりしたのだが、そこそこアルフォンスは怯えたものの、大人になったアルフォンス相手にあのスピードを再現することはできない。
ノアルスイユがくいいっと眼鏡を押し上げた。
「舞踏会自体は夜明けまで続きますが、真夜中になったらいったん中締めとなります。
少なくとも、国王陛下ご夫妻が退席される前に、レディ・ジュスティーヌと踊らなければならないのでは」
慌てて時計を見上げると、11時半をだいぶ過ぎている。
時間がない。
「しまった。せめてワルツの練習をもう一度したかったがもう無理だな。
と。ところで……」
アルフォンスは緊張した面持ちで皆を見回した。
「ジュスティーヌは、私のことをどう思っているんだろうか」
ジュスティーヌは、誰に対しても微笑みを絶やさない。
アルフォンスに対してももちろん微笑んでくれるし、ほんのり多めに微笑んでいるようには見える。
だが、ジュスティーヌも自分を愛していてくれたらよいのにという願望による思い込みなのか、それとも客観的に見てもそうなのか、アルフォンスには自信がなかった。
ジュリエットとレティシアが顔を見合わせて、眉を顰めた。
「いや、それは……感情の波をほぼほぼ出さない方ですから。
もちろん、殿下に好意をお持ちだとは思いますが、どの程度の好意なのかというと」
にぶにぶのノアルスイユが首を傾げる。
ケッとカタリナが嗤った。
ジュリエットがびっくりして二度見する。
「殿下」
ゆらりとカタリナは立ち上がった。
「わたくし達が、ジュスティーヌは殿下をお慕いしていると申し上げたら、他人の憶測をあてにして、ほいほいと誘いに行くんですか?
わたくし達が、ジュスティーヌは気がないようだと申し上げたら、そこで諦めてしまうんですか?
殿下の『思い』とやらは、その程度のものなんですか?」
ずいずいずいっと扇を差し付けて、カタリナは据わった眼でアルフォンスに迫る。
「いや、そ、それは……」
「お気持ちはわからないでもないですけれど。
無様な真似をしないでちょうだい」
睨めつけられて、あ、ああ、とアルフォンスは頷いた。
ツンとカタリナは顎先を上げて、アルフォンスに背を向ける。
「そろそろ参りましょう。
皆の者、出撃ですわ!」
カタリナは、扇を握った片腕を突き上げた。
「「「「「「おー!!」」」」」
なんでカタリナが指揮をとっているのか誰にもわからなかったが、なにはともあれ気勢を上げた一同は大広間に向かった。
ちらりと扉を開けて廊下から覗き込むと、大広間は宴たけなわ。
年配者もフロアに出て、皆、楽しそうに踊っている。
シャラントン公爵は、さきほどの位置から動いていない。
長男夫妻やジュスティーヌとともに踊る人々を眺めながら、親しい貴族達と歓談している。
ほほえみを浮かべてはいるものの、いつになく憂わしげなジュスティーヌの隣には、心配げなドニの姿も見えた。
「殿下、俺達がお供しましょうか?」
サン・フォンが小声で訊ねてきた。
レティシアも心配そうにアルフォンスを見る。
「いや、いい。一人で行く。ありがとう」
さすがに覚悟した眼でアルフォンスは断った。
後ろでカタリナがノアルスイユに耳打ちし、二人がすっと離れる。
「アル様、しっかり!」
ジュリエットがぐっと両手を拳に握って励ましてくれる。
頷いて、アルフォンスは大広間へ出た。
王太子に気づいた人々の視線を、ちらちらと肌に感じながら足早に大広間を突っ切る。
胸がドキドキし始めた。
アルフォンスに気づいたジュスティーヌが、はっと眼を伏せるのが見えた。
近づいていくと公爵もアルフォンスに気づいて、じろりとこちらを見る。
相変わらず表情は見せないが、わずかに眼が細められた。
身が竦む。
胸のドキドキは止まらず、頭がくらくらする。
だが、もう逃げてはいられない。
アルフォンスは勇気を振り絞り、自分より身体が一回り大きな公爵の真ん前に立ち、全力でその眼をまっすぐ見上げた。
「シャラントン公爵」
どうにか噛まずに呼びかけることができた。
「ご息女と踊る栄誉を私に与えてくれるだろうか」
一息に言い切れたのは、奇跡だったかもしれない。
ほんの一瞬、ためらうような間があった。
公爵はジュスティーヌをちらりと見やる。
眼を伏せたまま、ほのかに頬を染めたジュスティーヌは、小さく頷いた。
「もちろんです。殿下」
公爵はジュスティーヌをそっとアルフォンスの方に押しやった。