5.食堂のおばちゃんまで察している
「ふざけんなコラ!!!!」
今度こそガチでブチ切れたカタリナは、アルフォンスの顔に扇を投げつけた。
アルフォンスは必死にのけぞって躱す。
避けられたカタリナはガッと立ち上がった。
「まままま! 抑えて!抑えて」
「カタリナ様ッ 落ち着いてください!
トラウマなら、ご本人にもどうしようもないではないですか!」
サン・フォンとレティシアが2人がかりで、蹴りを入れようとするカタリナを止めている隙に、アルフォンスは正座したままさささささと後退りして距離をとった。
カタリナは盛大な溜息をつくと、ソファに座り直し、行儀悪く脚を組んだ。
床に転がった扇を、ジュリエットが拾ってそうっとカタリナに返す。
「ッたくもー! どうすんのよ!
サン・フォン、レティシア、ノアルスイユ。あなた達も真剣に考えてちょうだい。
言っておくけど、わたくしが王妃になったら、顔のいい貴公子を侍らせまくって、派手派手ドレスを作りまくって、宝石だって買い漁ってやるわよ。
もちろん国費でね。
それで国が傾こうが、滅ぼうが、わたくしの知ったことじゃないわ!」
「「ええええええ……」」
国の未来を人質に取るような発言に、皆ドン引きする。
「王妃様って、そんなことしてもいいんですか??」
ジュリエットがきょとりと訊ねる。
「あからさまに他の令嬢を恋い慕っている殿方のところにわざわざ嫁ぐんですもの。
馬鹿馬鹿しい。
それくらいしたって、バチは当たらないわよ」
カタリナは、めちゃくちゃなことを言い始めた。
「は? 『あからさまに〜』というのは、私のことか!?」
「決まってるじゃない」
カタリナが仏頂面で答える。
アルフォンスは動揺した。
「だ、だだだだだ……誰を私が恋い慕っているって!?」
「ジュスティーヌ」
カタリナの答えを聞いて、アルフォンスは、ぼむっと真っ赤になった。
「どどどどどうして、そういう話になるんだ!?
私は! 皆に! できる限り平等に接しているのに!」
「あんだけ好き好きアピールしておいて、なによそれ。
寝言は寝て言いやがれ、ですわ!」
カタリナは露骨に半笑いした。
「そ、そんなはずは……」
アルフォンスはもがもがと口ごもる。
「まさか、本当にわかっていらっしゃらないの?」
カタリナは訝しげに眉を寄せた。
アルフォンスはこくこく頷く。
「じゃ、殿下が普段どう振る舞われているかお見せしましょうか。
レティシア、ちょっとそこに立ってくれる?」
なんぞ?とレティシアが少し離れたところに立つ。
「じゃあ、わたくしが殿下役ってことで……」
言い置いて、カタリナは立ち上がると、レティシアにひょいと片手を上げた。
「ああ、レティシア。魔導理論演習の発表の準備、どうなったかな?」
そのままつかつかと近づいて、レティシアの手前で立ち止まり、くるりと皆を振り返る。
「殿下って、学院の女子生徒にはだいたいこんな感じよね?
基本、フレンドリーだけどあっさり。
ま、わたくしに対しては、あからさまにびくびくしているけれど」
全員が頷いた。
「カタリナ様すごい! すっごくアル様っぽいです!
私バージョンもやってみていただいていいですか!?」
ジュリエットがぴょこんと立ち上がって、レティシアのもとに行く。
めんどくさいわね、とぶつくさ言いながらカタリナは一度戻った。
さっきより気さくな様子で、カタリナはジュリエットに歩み寄る。
「ジュリエット、襟がひっくり返っているぞ。
動かないで……よし、これでいい」
制服の襟を直すふりをしたカタリナは、最後にぽんとジュリエットの頭を軽く叩いた。
下に妹が二人いるアルフォンスは、意外と世話焼きなのだ。
「うわああああ……ほんっとにアル様みたい!
カタリナ様、女優さんになったらいいのに!」
ジュリエットは全力で拍手した。
レティシアが「公爵家の令嬢が女優なんて、ありえないことなのよ」とジュリエットを小声で諭す。
ジュリエットへの説教はレティシアにまかせて、カタリナは振り返った。
「ジュスティーヌ役は……ノアルスイユ、あなたがやってくれるかしら。
そこに立っているだけでいいから」
「あ、はい」
正座しっぱなしだったノアルスイユがぐぎぎと立ち上がると、カタリナが指した壁に近いあたりに立つ。
いきなり、カタリナがパァアアアと効果音が聞こえるような、満面の笑みになった。
「ジュスティーヌ!」
彼女の名を呼ぶこと自体が嬉しくてたまらない様子で声を上げると、さささと足早にノアルスイユの元へ向かう。
「時間はあるか? よかったら、ティールームで少し休憩しないか?」
話しかける表情も、でろでろに蕩けている。
美しいカタリナにそんな表情を間近で向けられたノアルスイユが、あうあうと赤くなった。
どうよ、とカタリナは皆の方を振り返った。
「さーて、ジュスティーヌへの接し方と、レティシアやジュリエットへの接し方、どこが違うかしら?」
はいはいはーい!とジュリエットが元気よく手を挙げた。
「表情が! 表情が全然違いますー!
わんこで言ったら、嬉ション状態っていうか!」
「そもそも用事がなくても、わざわざ話しかけに行っているんだよな」
「名前の呼び方も、気合が入っていましたね」
「歩き方も全然違いますわ」
アルフォンス以外の者が口々に答える。
「いや、しかしこれは……
さすがに誇張しすぎだろう、カタリナ」
真っ赤になったアルフォンスは、涙目でカタリナを見上げた。
「いいえ。殿下はジュスティーヌ様にはいつもこんな感じですわ」
無情なレティシアの言葉に皆が頷く。
「もしかして……私の思いは……バレバレだった?」
皆が顔を見合わせる中、ノアルスイユが口を開いた。
「鈍い鈍いと皆から言われる私ですら、『そういうことなんだろうな』と思っていました。
生徒だけでなく、学院関係者のほとんど──学院長から食堂のおばちゃんまで察しているかと」
「あびゃああああああああ……」
食堂のおばちゃんまで生暖かく見守っているのなら、当然家族だって王宮の者だって悟っているだろう。
恋を忍んでいるつもりで、周囲の者皆に好きバレしていたことを初めて認識したアルフォンスは、頭を抱え、恥ずかしさにのたうち回るしかなかった。