4.屍累々の大惨事
ここでノアルスイユが眼鏡をくいいっと押し上げた。
「覚えていらっしゃいませんか?
殿下の五歳の誕生日会で、シャラントン公爵に超高速『高い高い』をされたことを。
あのせいで、シャラントン公爵をお見かけすると、私は身体が強張ってしまうのですががががが」
「あー、あれかー!」
アルフォンスより先に、サン・フォンが大きくうなずいた。
「なにそれ? どういうこと?」
ノアルスイユは語りはじめた。
そろそろ「御学友」選びを進める頃合いだったアルフォンスの五歳の誕生日、伯爵家以上の同世代の子女が王宮に招かれた。
もちろん、両親同伴でだ。
広大な庭園で開かれた誕生会では、まず全員で「ハッピーバースデー」を歌い、アルフォンスが簡単な挨拶を述べて、果実水で乾杯。
模擬店や遊び道具、演し物もあれこれ用意されていて、最初は緊張していた子どもたちもすぐに打ち解けて遊ぶようになった。
特に人気だったのが、いわゆる怪力芸人。
珍しい東方風の衣装を着た、身長が2mを超える、縦にも横にも大きい男で、開幕、鎧をつけた騎士を両肩に一人ずつ乗せて悠々と歩き回って、皆度肝を抜かれた。
両腕に子どもたちを5、6人掴まらせ、そのまま腕を水平に上げて持ち上げると、ぐるぐる回ってみせたりする。
普通の「高い高い」だって、強烈な高さだ。
貴族の子女にとっては初めて見る芸で、肩の上に載せてほしいとか、高い高いしてほしいとか、皆が夢中になった。
当時からおっとりしていたアルフォンスは出遅れ、列を作って順番を待つ子どもたちから少し離れたところで、主役だというのにぽかんと眺めていた。
そんなアルフォンスを不憫に思ったのか、シャラントン公爵が「殿下、よろしければ私が『高い高い』をしましょうか」と申し出たのである──
「あああああ、思い出したあああああ!」
アルフォンスは声を上げ、ぶるぶるっと震えた。
「怪力芸人のことはうっすら覚えていますけれど。
で? その『高い高い』がどうしたんです?」
ノアルスイユの長話にイライラし始めていたカタリナが問いただす。
「凄かったんだ!
普通、『高い高い』は、子供の顔が胸のあたりに来るくらいに持ち上げた状態からスタートして、頭の少し上あたりまで持ち上げて『たかいたかーい』とか言いながらあやして、下ろすものだろう?」
「ええ」
「公爵のは違うんだ!
地上に立っている状態で掴まれて、一気に公爵の頭上、限界まで高く持ち上げられるんだ!
しかも、ガッと持ち上げられて、ガッと降ろされる。
あれじゃ、『高い!低い!』だ!」
アルフォンスが暑苦しく力説し、ノアルスイユとサン・フォンもんだんだと頷く。
「閣下は背も高いし、手足も長い方ですから……
一気に2m50cmくらいまで持ち上げられて、一気に地上に降ろされる感じだったんでしょうか?」
レティシアが訊ねた。
「高低差も酷かったが、空に突き刺さるんじゃないかと思う勢いの『高い』が……
で、かろうじて泣くのはこらえたが。
まぁまぁヤバいことになり……」
アルフォンスは思いっきり視線を泳がせた。
ジュリエットが「まぁまぁヤバいって? なにがどうやばかったんですか?」と首を傾げ、色々察した表情のレティシアが「そこは流して差し上げて」と小声でたしなめる。
納得してない顔のジュリエットが「おもらししちゃった☆とかそういうやつですか?」と重ね、カタリナが「だから流せって言われたでしょ!」と叱る。
男子組は、無の表情だ。
「……殿下はご立派でした。
ちょっと立てないご様子で芝生にしゃがみこまれましたが、『こんな高い高いは生まれて初めてだ、公爵に感謝する』とおっしゃいました。
ただ、公爵の『高い!低い!』に感銘を受けたと伝えたかったのか、勢い余って『本当に貴重な体験だ。他の者もぜひ』とおっしゃって」
ノアルスイユはジト目でアルフォンスを睨んだ。
「え? そうだったっけ?」
「そうそうそうそう! それで近くにいた俺らも『高い!低い!』をくらったんですよ!
気がついたら、そこらへんの芝生に男子が屍累々の大惨事になって。
だから、俺ら世代は『シャラントン公爵マジやべえ』『あの方に逆らっちゃなんねえだ』って刷り込まれてるんです」
サン・フォンも熱弁する。
「で? 『高い!低い!』のせいでシャラントン公爵が怖くて? ジュスティーヌが誘えなかった?
そういうこと?」
「そういうことだ! たぶん!」
きぱぁとアルフォンスが胸を張る。