3.よかったら私と踊っていただけませんか!?
不自然な沈黙が続き、周りの者もざわっとしてきた。
「ああああああ……アル様!
よかったら私と踊っていただけませんか!?
姫様に教えていただいて、だーいぶワルツが上手になったので!!」
場を救おうとしたのか、ジュリエットが無邪気さ特盛りで言い始めた。
令嬢本人が男性に踊って欲しいと直接言うのはあまりよくないのだが、こうなったら断るという選択肢はない。
「で、では……」
アルフォンスはジュリエットに左腕を差し出し、ジュリエットが掴まる。
「……グザヴィエ卿、ジュスティーヌと一曲どうだろうか」
ジュスティーヌが「余る」かたちになるのを嫌ったのか、公爵が手近なノアルスイユに振った。
「ももも、もちろん!」
固まっていたノアルスイユが、ぎこちなくジュスティーヌに腕を差し出す。
実はノアルスイユはジュリエットのことが好きだったりするのだが、この流れではどうしようもない。
「ジュリエット、楽しんできてね」
「姫様も!」
令嬢たちがなごやかに言い交わすのと裏腹に、男子二人はやってもうた感にうなだれながらフロアへと出た。
「アールーさーまーーー!!
なんで黙って突っ立ってたんですか!?
てっきり、姫様をお誘いしに来たんだと思ってたんですけど!!」
組んで踊り始めた途端、ジュリエットにもキレられてしまった。
ブチ切れながらも笑顔は崩さずにワルツを踊りきったカタリナと違い、鬼の形相だ。
「そ、そのつもりだったんだがッ
公爵が……怖くて……」
「はぁあああ!?
閣下、そりゃ見るからにいかついですけど、めっちゃ優しいのに」
「いや、それはそうなんだろうが……なぜだか竦んでしまったんだ」
もがもがと言い訳するアルフォンスのつま先を、ジュリエットは思いっきり踏んだ。
「あうち!」
「ご、ごめんなさい……」
わざとではなかったのか、慌ててジュリエットは謝る。
「というか、閣下がそんなに怖いんだったら、今日は姫様をお誘いするのナシなんですか?」
「いやいやいや、誘う!
絶対にジュスティーヌと踊るんだ!」
アルフォンスは前のめりに主張した。
そんな駄々っ子みたいな、とジュリエットが呆れ顔になる。
「じゃ、どうするんです??
姫様が閣下のところに戻る前に、巧くお誘いすればいいのかな」
呟くジュリエットに、アルフォンスは眼を輝かせた。
「それだ、ジュリエット!
曲が終わる前にジュスティーヌとノアルスイユを見つけよう!」
アルフォンスとジュリエットはワルツを踊っているフリをしながら、人混みをかきわけかきわけ、ときに他のカップルにぶつかったりしながら、ジュスティーヌ達を探した。
が──
「「ぁぁぁぁぁぁ……」」
二人が見つけたときには、ジュスティーヌは既に父の隣に戻ってしまっていた。
「殿下、ちょっと顔を貸してくれませんか。
ジュリエットも一緒に」
がっくりとうなだれたアルフォンスとジュリエットに、赤毛のサン・フォンが仏頂面で声をかけてきた。
連れていかれたのは、大広間の奥にある控えの間の一つだった。
人払いをしたのか従僕の姿はない。
大きなソファのど真ん中にカタリナがふんぞり返って座り、別途捕獲されたらしいノアルスイユが小さくなって絨毯の上で正座していた。
すみっこのオットマンに、気まずそうにサン・フォンの婚約者である伯爵令嬢レティシアも腰掛けている。
「ええと、これは……」
戸惑うアルフォンスに、カタリナは無言のままノアルスイユの隣のあたりを顎でしゃくってみせる。
しおしおと、アルフォンスはノアルスイユの隣に正座した。
「もしかして、私もですか??」
ジュリエットがおろっとする。
「椅子に座りたければ、座ってもいいのよ」
カタリナが凄みのある笑顔で告げる。
さすがに空気を読んだジュリエットは、アルフォンスの隣にちんまりと正座した。
やらかした三人が雁首揃えたところで、カタリナはパチリと扇を鳴らした。
カタリナだって今日が社交界デビューのはずなのに、何十年も社交界を仕切ってきたような風格はどこから湧いてくるのだろう。
「わたくし、なにがなんでもジュスティーヌと踊れと殿下に申し上げましたよね。
どうして殿下がジュリエットと踊って、ジュスティーヌはノアルスイユと踊ることになったのよ!」
ぽん、ぽん、と扇を手のひらの上で弾ませながら、カタリナはアルフォンスを問いただした。
見かけはこの上なく優雅なのに、言葉は鞭のようだ。
「いや、それは……」
「アル様が、閣下の前でめっちゃ固まっちゃって。
周りもざわってなったから、とりあえず誤魔化そうって思ったんです!」
もがもがと口ごもる王太子を差し置いて、ピンク髪の男爵令嬢が説明する。
カタリナは眉を寄せた。
「シャラントン公爵は、そりゃつよつよだけれど。
そのへんの雑魚令息ならとにかく、これでも一応王太子ってことになっている殿下がなんでそんなに怯えるの?」
「え。な、なんでだろう。
とにかく、公爵と眼が合った瞬間、竦み上がってしまって」