1.殿下、御成人おめでとうございます
この作品は、家紋 武範先生の「約束企画」に参加させていただいています。
とある王国の宮殿──
例年、新年明けてすぐに行われる、デビュタント・ボール。
魔石をちりばめた豪奢なシャンデリアがきらめく大広間には、着飾れるだけ着飾った国内外の貴族千人あまりが参集していた。
皆が見守る中、この国で成人とされる17歳になった王太子アルフォンスと、シャラントン公爵家の長女ジュスティーヌを先頭に、百人近い新成人達が男女別に列を作って入場する。
この国の場合、女子は髪を結い上げ、純白のドレスに同色の長手袋、男子は燕尾服にホワイトタイ、胸ポケットにカトレアの花を挿すのが習わしである。
入場が終わったところで、管弦楽団の調べに合わせ、相手をどんどん取り替えながら皆で踊るフォーメーションダンスの披露。
練習を重ねた甲斐あって、滞りなくダンスは終わり、国王が手短に祝辞を述べ、万雷の拍手で式は終わった。
新成人達は見守っていた家族のもとに戻り、後は自由に皆で踊る舞踏会となる。
アルフォンスも父母のもとに戻り、各家からの挨拶を受けた。
まずは宰相ノアルスイユ侯爵一家。
銀縁眼鏡の次男もアルフォンスと同い年の幼馴染で貴族学院の同級生。
親同士の付き合いも長いから、親同士がおめでとうの言い合いでわちゃわちゃになる。
そして騎士団長サン・フォン侯爵一家。
赤毛でやたらガタイのよい三男も同い年の幼馴染で以下略。
国の両輪である文武のトップの挨拶が終わったので、次は家格順。
筆頭公爵家であるシャラントン公爵一家が挨拶に来て、アルフォンスはピキンと緊張した。
公爵は、背の高いアルフォンスよりさらに頭半分高い。
薙刀をとっては大陸一と謳われ、魔羆くらいなら一閃で首を刎ねる。
見事な銀髪から「銀獅子公」という二つ名のある偉丈夫だ。
同じく銀髪高身長だが、父に比べればだいぶ線の細い長男とその妻。
そして、銀髪紫眼の長女・ジュスティーヌがおっとりとほほえみ、支族から養子に迎えたドニがジュスティーヌに寄り添う。
ドニは一歳下だが、貴族学院で飛び級をしているので、今回、特例としてデビュタントに加えられたのだ。
若くして病気で亡くなったジュスティーヌの母は、王妃の親友だった。
残された幼いジュスティーヌを案じて、王妃はよく王宮に招き、王女達やアルフォンスと遊ばせた。
半分、家族のようなものだ。
王妃は「こんな立派な令嬢になって」と、自分の娘のことのように涙ぐんでいる。
実際、ジュスティーヌは立派な令嬢だ。
神秘的な美貌は圧倒的。
いつも穏やかで、立ち居振る舞いも美しい。
貴族学院の試験では全教科パーフェクトをキメ、7ヵ国語を自在に操る才女だ。
魔法は火属性のみなのが惜しいが、その代わり技を磨きに磨いて、まだ生徒の身でありながら魔獣討伐でも成果を上げている。
アルフォンスは、父母と公爵一家の会話の切れ目をじりじりと待っていた。
誰にも漏らしたことはないが、アルフォンスは幼い頃からジュスティーヌに恋している。
今日はなにがなんでも、ジュスティーヌをダンスに誘いたいのだ。
実は、アルフォンスの婚約者はまだ決まっていない。
十数年前、とある国で、王太子が婚約者を断罪して婚約破棄を宣言。
あっという間に騒動は飛び火して内乱となり、結局、某大帝国に併合されてしまったのだ。
元はと言えば、子供の時に婚約を決められた王太子と婚約者の相性が致命的に悪く、そこに付け込まれて某大帝国に色々と工作されてしまったらしい。
震え上がった中小国の間では、あっという間に「子供の時に政略で結婚相手を決めてしまうのヨクない」ということになった。
アルフォンスも「王家に娘を嫁がせられる家の令嬢」、もしくは「国母とするに足りる突出した魔力を持つ令嬢」のいずれかであれば、あとは諸々の交渉次第だと言われている。
なので、アルフォンスとしてはジュスティーヌと結婚したいという意向を、このデビュタント・ボールから示していきたいのだが──
いつのまにか国王夫妻との会話は長男夫婦に任せ、公爵はじいいっとアルフォンスを見下ろしていた。
怖い。
めちゃくちゃに怖い。
「威圧」をかけられてるのかと思うほどの圧だ。
そもそも、アメシストのようなジュスティーヌの瞳よりももう一色淡い、わずかに灰色がかった紫の瞳は感情が読みにくい。
公爵は微妙に立ち位置も変え、そのせいで公爵の向こう側にいるジュスティーヌは、ドレスの端がギリギリ見えるだけだ。
なんだこれ。
もしかして、公爵は自分がジュスティーヌに声をかけるのを阻もうとしているのだろうか。
アルフォンスは、立派な嫡男がいるのに公爵が支族のドニを養子にしたのは、将来ジュスティーヌと結婚させ、公爵家に留めるためだという噂を思い出した。
「殿下、御成人おめでとうございます。
せっかくの宴、うちのカタリナと一曲、いかがでしょうか?」
そこに割って入ったのが、片眼鏡を光らせたサン・ラザール公爵だ。
こちらは中肉中背の優男風だが、切れ者として知られる。
アルフォンス達と同い年の三女・カタリナを連れている。
カタリナは金髪碧眼。
誰もが二度見する華やかな美少女で、太陽を思わせる濃い金髪の印象から「陽の君」と仇名されている。
ちなみに、銀髪で物静かなジュスティーヌは「月の君」だ。
カタリナは貴族学院でも常に見事な縦ロールでキメているが、今日は薔薇の文様を同色の糸で全面に刺繍した純白の絹のドレスに、家宝級の大きなエメラルドのネックレスと揃いのイヤリングをつけている。
深い胸元の刳りから谷間ものぞかせてファビュラス極まりない。
「ああ、すまぬ。つい長々と話込んでしまった。
ドニ、ジュスティーヌと踊ってきなさい」
シャラントン公爵がドニを促し、ジュスティーヌはしとやかに会釈をして、二人はフロアの方へ行ってしまった。