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すごい新入社員(中編)



前の話の続きです。



 さて、件の彼女の話は続く。


 初日に色々とあったが、二日目は特に揉めるようなことはなく順調に過ぎていった。

 昼休憩も、昨日のことがあったのでどうかな、と思っていたが、淡海さんはちゃんとお弁当を持参していたので、二人でオフィスで食べた。電話が数件あったが、彼女の受け答えは問題なく、わからなければ勝手に判断せず保留にして俺に確認を取ってくれる。なかなか飲み込みの早い子だった。


 午後からは研修ビデオを見てもらってから、実際に俺の仕事を横で見てもらいながら説明していたのだが、話の途中で終業チャイムがなってしまった。


 うちの会社はみなし残業代が給与に含まれているので、一定時間までは残業をしてもしなくても変わらない。新人のうちは残業するほどの業務は与えられないので入社半年くらいは定時退社が可能である。

 一方で、業務量が増えてくると定時退社などほぼ不可能。しかも、俺のように新人教育を任されていると、就業時間は新人に取られるので、新人が帰った終業後が実質労働時間となってたりする。


 話の切りも悪かったので、今説明しているところだけでも終わらせちゃおう、と話を続けようとしたところを、すみません、と彼女に遮られた。


「うん?」

「定時のようなので、続きは明日お願いします」

「………え?」


 大げさでも何でもなく、一瞬、なんの話か理解できなかった。


「チャイム鳴りましたよね」

「ああ……鳴ったね。でもここだけ説明させて」

「え、時間なんですけど」

「五分で終わらせるから。……で、ここは」

「いやいや、残業ですよね、これ?」

「…………残業だけど、給料に固定残業代付いてるから」


 また遮られて流石に苛ついた俺は、暗に“ちゃんと給料として貰ってるんだから、五分位聞け”というニュアンスを盛り込んだつもりだった。

 だが、彼女は聞かない。


「お給料に入ってるんだからその分働けってことですか?それってパワハラになりません?」


 俺は言いたかった。

 こんな議論している間に説明は終わったのに、と。

 でも、彼女が独特な思考回路をしているらしいことはすでに十分承知していたので、これくらいはいいか、と折れることにした。


「わかったよ、明日改めて説明する」

「はい、お願いします、それではお先に失礼します、お疲れ様です〜」

「お疲れ」


 と、このような具合でちょこちょこ小さな問題がありつつも数日が経ち、今年入社の新入社員歓迎会と親睦会を兼ねた飲み会の翌日。


「木附さん、私いろいろ我慢してきましたが、この会社のやり方には賛同できません」


 出社直後、彼女にそう言われた。


「どういうこと?」

「総務部の同期の子から聞いたんですが、飲み会の後始末のために始業一時間前に出社ってどういうことですか!?」

「え?なにそれ?」


 我が社では飲み会は自社ビルの会議室を使って行われ、飲食関係はデリバリーや配達依頼をする。少し前に居酒屋等での集まりを自粛するようになってからこういう風に変わったのだが、その事前準備は総務部が業務の一環として担っていた。


「知らないんですか?」


 曰く。

 飲み会の準備は就業中に行うが、会社で行われるために帰宅時間が全員バラバラになる。なので、解散してからの後片付けは難しく、翌日(その日が休日だったら翌営業日)に片付けるらしいのだが、会社には来客や会議があり、始業後では間に合わない可能性があるから出社時間を早めて片付けなければならない、ということだった。

 寝耳に水の話である。


「始業時間を早めるなら、当然時間外労働扱いになりますよね、普通は。なのに、その子が言うにはそれは労働時間に含まれてないらしいんです!しかも、なぜ平の女性社員だけなんですか?おかしくありませんか?」

「いや、俺に言われても…」

「そんなことは分かってます。なので、社長ないし専務に面談してもらうにはどうしたらいいか教えてください」

「え、ちょっと待った!まずはその子が直接総務部長に言った方が良いと思う」


 俺は慌てて待ったをかけた。


「正直、本当にそんなことになってるなら俺もおかしいとは思うけど、もしかしたら誤解が生じてるかもしれないし、総務部全体で確認してもらったほうがいいよ」


 だが、彼女は譲らなかった。


「今回のことはきっかけに過ぎません。今まで納得できないこととかたくさんあって、でも会社員ってこういうものなのかなとか、新人だからしょうがないのかなとか、社会人になるってこういうことなんだろう、て自分に言い聞かせてきましたけど、今後もこういうことが続くと思ったら長くこの会社で働いていける気がしないんです。なので、社長にアポ取る方法教えてください」


 頭を下げられた。


 実のところ、俺は第一印象はともかく、彼女にはあまりいい気持ちを持っていなかった。

 雇われている側なんだから。

 その分お給料もらってるんだから。

 会社の規則なんだから。

 俺達もそうやってきているんだから。

 きっと新卒でまだ大学生気分だから。

 社会を分かってないから。

 そう思ってきたけれど、ここまで言うからには彼女なりに真剣に考えているってことなんだろう。


 少しだけ彼女の考えていることが理解できた気もしたので、俺は社長にはメールでお伺いを立てたらいいよ、と言ってあげた。


 彼女がどういう風にメールを書いたのかは知らないけれど。その日のうちに社長から呼び出され、終業時刻まで面談は続いていた。


 そして翌日、始業前に社長名義で社員全員に“全体会議を行う”といった旨のメールが送られてきた。

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