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ざんねんな妖精

作者: 黒いたち
掲載日:2023/03/04

「だから、この本屋をつぶしてカフェにしましょう!」

「却下」


 即答すると、リーフはぷくっと頬をふくらませた。

 こしに手をあて、緑の羽をふるわせる。


「おい、鱗粉(りんぷん)とばすな。本が汚れる」

「また虫あつかいして! わたしは由緒ただしき紅茶の妖精ですよ!」

「由緒ただしき妖精が、ハエトリガミにひっつくのか」

「あ、あれは、ちょっと甘い匂いにさそわれて……」


 もごもご言いよどむリーフに、俺はためいきをつく。

 三日前、ハエトリガミに人形がひっかかっていると思ったら、妖精だった。

 令和も五年目、俺も正直、自分がおかしくなったと疑ったが、現実だった。

 妖精が見える人間は、一定数いるらしい。

 特に人の念をあびつづけるような職種――うちのような古書店を営む人間は、見える確率が高いらしい。


 リーフと名乗った妖精は、どうしても俺に恩返しがしたいと言い張った。

 断っても、それが妖精界の決まりだからと、(かたく)なにそばを離れない。

 ならばと店のしごとを手伝わせてみたが、本の一冊も持ちあげられない。

 そのうえ、自分は紅茶の妖精だから、紅茶に関するしごとしかできないと開き直るしまつだ。

 

「俺はコーヒー派だからな」

「わたしをハエトリガミ派だと思ってます!? ひどいです、ご主人様」

「『ご主人様』はやめろって」

「じゃあ、か……奏和(かなと)さん……」

「却下」

「うええ!?」


 店の扉があいた。

 むかしながらの引き戸は、カラカラと軽快な音をたてる。

 手でリーフを追いはらうと、彼女はすごすごとカウンターの下に隠れた。


「こんにちは、かなとくん。きょうも男前ねぇ」


 常連客の坂本ばあさんだ。

 注文した本をうけとったついでの、世間話がくそながい。

 それにつきあえてしまうぐらい、この店はひまだ。


 やっていけるのか、と聞かれることも多いが、半年前までブラック企業につとめていた俺は、金をつかう暇がなかったおかげで、そこそこ貯金がある。

 職場で大量に吐血した思い出がなつかしい。

 ただの胃潰瘍(いかいよう)だったが、死を意識したあの瞬間に、退職を決意した。


 しばらく家でごろごろしていたら、両親から、世界一周旅行にいきたいから店を継いでくれ、と頼まれた。

 つぶれてもいいなら、と引き受けたが、のんびりとした古書店の空気が、意外と肌に合っていた。

 

 日がな一日、書架の整理をしたり、読書をしていたある日、ハエトリガミ事件が起きる。

 それからは、店をつぶせと(おど)してくる妖精に立ちむかう日々――自分でつぶすのはいいが、人に言われてつぶすなどお断りだ。


「それじゃまたね。かなとくん」

「はーい。そこの段差でころぶなよ」


 うふふ、と笑って、坂本ばあさんは帰っていった。

 カウンターから、リーフがひょっこり顔を出す。


「はあー、今日のおはなしも面白かったですね」

「どこがだよ」

「商店街で猫がケンカして、水をぶっかけた魚屋のご主人が、動物愛護家のおばさんにしこたま怒られているところに、通りかかった警察官が駆けよったら、生き別れた姉におばさんが激似で、泣きながらの職質に、お散歩中の園児たちがなぐさめに突撃した感動の実話……! 猫も浮かばれます!」

「猫は生きてる」


 つっこみ、イスに座って肩をまわす。


「あー、つかれた。今日もよく働いたな」

「坂本のおばあちゃんと、おはなししただけですよね」

「いちばんの重労働だろ」


 いって、おおきく伸びをする。


「おつかれなので、紅茶を()れますね」

「コーヒーがいい」

「紅茶の妖精は、コーヒー豆には(さわ)れません!」


 プリプリ怒りながら、リーフは店の奥にある居住スペース――キッチンのほうに飛んでいった。

 俺は近くのハードカバーをひらき、文字の世界に没頭していく。


「どうぞ、奏和(かなと)さん」


 呼ばれて、顔をあげる。

 カウンターのティーカップには、琥珀色の液体。柑橘系の香りに、薄雲の湯気が立つ。

 そっと口にふくめば、マイルドな苦みとふくよかな香りが鼻にぬけた。 

 コーヒーとはちがう。だけどおいしい。


 じっと俺を見ていたリーフは、頬を上気させ、ほこらしげに胸をはる。

 

「どうです! 本屋の一角(いっかく)に、カフェスペースをつくる気になりましたか?」

「却下」

「ええー! めちゃくちゃ譲歩したのにー!」

「おまえ、いつまでうちにいるつもりだ」

「それは、ええと……奏和さんに恩返しするまで、ぜったいに離れません!」


 プイッとリーフが背を向ける。

 緑の羽は、夕陽をあびてうつくしくきらめく。

 ながめていると、「夕焼け小焼け」のメロディチャイムが聞こえてきた。

 五時だ。


「今日は閉店。またあした」

「あしたこそは、カフェの経営者講習を受けに行ってもらいますよ!」

「いちいちハードルが高いな」

「わたしのすばらしい恩返しのためです」

「……いろいろとおかしいだろ」

「えー、なんでですかー」


 口をとがらせるリーフに、俺はおもわず吹きだした。


「わたしは真剣ですよ!」

「だって……おまえ……」

「どうして笑うんですか!」


 頬をふくらませるリーフを前に、俺はえんりょなく笑いつづける。

 どうしてもなにも、リーフの提案など、すべて却下だときまっている。

 おまえの羽をもうすこし見ていたいだなんて、おかしくて笑いが止まらない。

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