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一間集合住宅
靴箱を積み重ねた下駄箱 擬きの上に置いた
小物入れに自室の鍵を放ろうとして、其の手を止める
其のまま鞄の中へと戻す
「お茶、淹れるから」
何時から待っていたのか、春先とはいえ未だ未だ寒い
服越し、掴んだ腕が何処迄も冷えていた気がした
幾分、手狭な玄関 三和土
其れでも家主(少女)を差し置いて入室する気 等、少年にはない
昔馴染みの少女も理解していた
此の少年には独自 規則が存在する
其れに付き合わされる此方としては若干、煩わしい
壁際に身を寄せる少年の脇を擦り抜ける
深靴に手を掛けて、上がり框に腰を下ろす少女の目前
屈み込んだ少年が手伝う
大いに助かる
足が浮腫んで深靴が脱ぎ難くて堪らない
「ありがと」
小声で礼を言うが
目も合わせないで頷く少年が話し出す
「此方の大学に受かった」
「近い内、上京する」
「はー、へー、ふーん」、とは流石に言わないが
高校卒業を待たずに上京した自分には少年の進路 等、興味ない
新居探しか
手続きの準備か、何かの序でに此処に寄ったのか
然う思い至る少女の深靴を
玄関 三和土に揃えて置く、少年が続ける
「お前と暮らす」
予想外過ぎて少女は言葉も出ない
「お袋も」
「お前の母ちゃんも賛成してる」
其れは然うだ
彼の母親二人は何時頃からか
若しかしたら人生の始めからなのか?、等と疑いたくなる程
自分と少年を結ばせようと企んでいる頭の可笑しい人達だ
「何処ぞの妄想だ?!」と、問い質したくなる
「無理」
一言、残して立ち上がる
廊下を歩き出した少女の後を付いて行く少年が訊く
「何で?」
「何で?」じゃない
「鈍感」にも
「無神経」にも限界がある
「無理なモノは無理」
其れでも「何で?」を繰り返す
らしくもなく食い下がる少年に振り返る少女が吐き捨てる
「貴方、忘れた?」
「貴方、私に「告白」したじゃん」
途端、少年が此れ見よがしに鼻を鳴らす
「お前、振ったじゃん」
振ったから何だ?
振ったから一緒に暮らしても「無問題」だと言いたいのか?
そんな馬鹿な話しがあるか!
そんな馬鹿な話しは母親二人の「妄想話」で充分だ
然うして彼の日の事を思い返す
少女が何となしに訪ねる
「抑、彼れ「告白」だった?」
思い掛けず訊ねられて
「今更?」とは思うも曖昧に頷く少年が笑った
其れは滅多に御目に掛かれない
「笑う猫」に良く似た、微笑みだった