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第九話:ミケランジェロ館長と初対面

 カルロさんの依頼で『深淵への誘い』は美文館の収蔵庫で保管することになった。

 受賞作品が寄贈されるのはよくあることなんで特に問題はなかった。

 ルチオ教授は「燃やしちゃえ」とは言ってたけどね。


 但し、梱包材の上から『展示厳禁』って紙を貼ったらサルヴァトーレ事務長に怒られちゃった。


「あんなクトゥルフとかわけのわからないことをいまだに信じているのかね、ローラさんは」

「いや、そうじゃないんですけど。あの、念のためとか思っただけです。申し訳ありません」


 結局、普通に梱包しておくだけになった。

 どうしよう、あたしもいつまでも美文館で働いているわけじゃないし。引継ぎ書類の一番最初に書いておくかな。『深淵への誘い』はクトゥルフを描いているから危険です、展示しないで下さいって。後任の人からはアホと思われるかもしれないけど。


 また、その後もルチオ教授から『深淵への誘い』に異常はないかどうか、たまに電話がかかってくるようになった。一応、地下の収蔵庫に確認しに行っては「全然、異常ありませんよ」と答える。

 全く、面倒だなあ。


 さて、三週間の期間、開催した文化芸術庁買い上げ美術展も無事終了。

 また手持ち無沙汰になったあたしは事務のみなさんにお茶とか入れたりと雑事ばかり。


 サルヴァトーレ事務長はすっかりご機嫌斜め。

 宮殿の王室の間に、例の『深淵への誘い』を飾ることは親族が辞退したので中止となった。


 なんとかお願いして、今年は特別ってことで来年からも例年通り受賞作品を飾ることは王国官房に依頼して了承を得たようだ。しかし、例の外部からの評価ってのに頭を悩ませているらしい。


 係長は相変わらずせわしなく仕事をしている。ベルトランド主任はやる気なさそう。ジュシファーさんはマイペースって感じ。


 さて、ある日の事。

 あたしは前々から企んでいたことを実行した。

 それは館長室のソファで少しだけ昼寝すること。

 いつも誰も居ないし、大丈夫だろうとマスターキーを使って忍び込む。


 豪華な三人掛けソファー。あたしの家の安くてかたいベッドと違って、うわ、最高級品じゃないの。まあ、触り心地のいいこと。さすが美文館。横になったらすっかりいい気分になって、眠ってしまった。まあ、昼休みが終わる前に起きるつもりだったんだけど。

 スカーっと寝てしまった。


 誰かにポン! と肩を叩かれた。

「うわっ!」と起き上がる。

 目の前には、お盆を持ったジュシファーさん。

 いつも通りニコニコと笑っている。


「ローラさん、お昼寝の邪魔してすみませんが、もう勤務時間ですよ」

 時計を見ると、昼休み終了から十五分も過ぎている。

 ソファが高級品過ぎて、あたしはぐっすりと眠っていたらしい。


 あれ、気がつくと館長室の豪華な机に人が座っている。

 まさか、館長! 

 やばい!


「おはようございます」とちょっとくすりと笑いながらその人は立ち上がった。

 背がすごく高い。白皙の肌。けど、ちょっと白すぎるかな。

 髪の毛は全て白髪だが、それがかえって似合っている。

 あたしは焦りまくり。


「あの、もしかして館長様ですか」

「はい、ミケランジェロ・アンプロジーオと申します。ローラさんは四月から採用されたとジュシファーさんから聞きましたが、お会いするのは初めてですね。今後ともよろしくお願いいたします」

「は、はい、こちらこそよろしくお願いいたします」


 もう、ドメニコ係長並みにヘイコラするあたし。

 そこに、サルヴァトーレ事務長が入って来た。


「いや、大変遅れて申し訳ありません、館長。資料がたくさんあったものですから。あれ、なんでローラさん、ここに居るの」

「あの、採用されてから館長様にはご挨拶していなかったので」

「おお、そうだったか。まあ、ちょっと館長と大事な話があるので、席を外してくれないかな」

「は、はい、わかりました」


 館長室を出て、ジュシファーさんに文句を言った。

「もう、何でさっさと起こしてくれないんですかあー!」

「そうですねー、館長が出勤されたんで、お茶をお部屋に持って行ったらローラさんがソファで寝ているんで起こそうと思ったんですけど、ミケランジェロ先生がずいぶんと気持ちよさそうに眠っているから、ローラさんが自分から起きるまでそのままにしておけばって言うんですよ。けど、なかなか起きなくて、勤務開始から十五分も経ったからそろそろ起こさないといけないと思いまして」

 クスクスと笑うジュシファーさん。


 おーい、笑ってる場合じゃないですよー!

 ああ、これからあたしはミケランジェロ館長から、自分が出勤してきたのに平然とソファでスカーっと昼寝をしていたしょうもない女と認識されてしまったのか。穴があったら入りたいとはこのことだ。恥ずかしいー!


 さすがにいい加減なあたしも落ち込んだ。

 この落ち込みを仕事で紛らわしたい。


「あのー、ジュシファーさん、なにか仕事ありませんか。あたし、ちょっと手持ち無沙汰なんです」

「そうですねー、では、美文館の概要の初稿が出来上がったんで、それのチェックをお願いします」


 概要の原稿と初稿をジュシファーさんから渡された。

 ざっと、内容を見る。


「これ原稿はいつ業者に渡したんですか」

「三月ですね。毎年、内容はほとんど変わらないようですよ」


 ふう、当分の間、この校正作業に没頭することにしよう。

 ああ、思い出しても恥ずかしい。

 館長は全く怒らなかったし、ものすごく丁寧に対応してくれたけど、内心、この女はアホだと思ったんだろうなあ。

 もう昼寝はこの仕事机だけでしようっと。


 しかし、校正と言ってもジュシファーさんのいう通りほとんど内容は毎年同じのようだ。原稿を見ると受賞者の欄が増えるくらいかな。あと、会員数が九十名から八十九名。そう、確かこの前マルセル・パニョーニ会員が亡くなったから人数が一名減少か。


 確か、あの時はマッシモ・プピーロって人から変な電話が来て、例の『大人の事情』について知ったんだよなあ。おかしな電話だと思ったもんだ、その時は。今後、美文館の改革が行われれば、『大人の事情』についてどうなるかわからないなあ。


 ああ、しかし、さっきの昼寝女事件。

 何度思い出しても恥ずかしい。

 とは言え、ミケランジェロ館長、ちょっと顔色がよくないような気がした。


 そっと、ドメニコ係長に聞いてみる。

「あの、ミケランジェロ館長って、ちょっと顔色が悪いような気がしたんですが」

「えーと、確か去年の十月頃、病気して入院しているんだよね。その後遺症かな。まあ、だいぶお年でもあるしね」


 そうか、体調はあまりよくないかもしれないな。

 まあ、館長にはとにかく体調をもっとよくされて、昼寝女の件はさっさと忘れてほしい。

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