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第五話:推薦者のアルバーノ・ヴァリーニ先生の自宅へ行く

 あたしはアルバーノ・ヴァリーニ先生の家にルチオ教授と一緒に行くことになり、教授の愛車の蒸気自動車に乗せてもらった。


「なんだ、あの係長が一緒に来るんじゃないのか」

「すみませーん、係長忙しくてあたしが代理です。ダメですか」

「いや、別にかまわんよ」


 ルチオ教授の蒸気自動車に乗せてもらって、アルバーノ先生の自宅へ行くことになったわけだが、その自宅は首都の西方にある高級住宅街にある。

 向かう途中、ルチオ教授があたしに話しかけてきた。


「ローラさんはあの職場にどれくらい勤めてるんだね」

「えーと、まだ二週間経ってないです」

「え、そうなんだ。それにしてはずいぶん堂々としてるなあ。何年も勤めていて美術にも詳しそうに見えたんだが」

「そういう性格なんで。美術のことなんて全然知りませんよ。この職場も適当に選んで応募しただけです。頭も悪いですよー! いい加減な女ですいません。元気なだけが取柄ですねえ」

「いやあ、まあ、わしはそういう元気な女性は嫌いじゃないぞ」


 別にこの偏屈そうな爺さんに好かれてもなあ。


「もしかして、あの係長にわしのことを押し付けられたか。見張っとけとか言われて」

「はっきり言ってそうですね。まあ、係長はなにか問題とか起きて逮捕とかされたくなかったんじゃないですか」

「逮捕も拘留も出来ないぞ」

「あれ、さっき捜査妨害したら逮捕とか言ってませんでしたか」

「そんな権限はわしにはないよ。ちょっと調査してくれって頼まれただけだ。はったりだ、はったり。わはは」

 

 何だか嬉しそうにしてる爺さん教授。

 これでまともに大学で講義しているのかしら。

 ちょっとふざけて聞いてみる。


「教授は普段は大学で講義をして、その合間にクトゥルフとやらと戦っているんですか」

「そうだな、忙しくて日曜出勤も当たり前だな。クトゥルフ以外にもいろんなものと戦っているぞ」


 いろんなものと戦っているってどういうことよ。

 何と戦ってんだ、この教授は。

 吸血鬼とか狼男か。

 それとも研究費の配分をめぐって大学当局と戦っているのか。


 この爺さん、頭、まともなのかなあ。


「そのクトゥルフの目的ってなんですか」

「目的はわからない」

「あれ、わからないんですか」

「人間には理解不能ってことだな。人間が右往左往するのを見て楽しんでいるように見えるときもある。混乱を楽しむんだなあ。あの『深淵への誘い』を利用して人間を操ろうとしているかもしれない。クトゥルフが描かれているからな。もしかしたら、絵からクトゥルフが飛び出てくるかもしれないぞ。怖いぞー。クトゥルフの実体を見て、ローラさん気絶するかもしれないなあ。まあ、とにかく人類にとって危険な存在であることは間違いないな」


 人をおどかして楽しんでいる感じがしないわけでもない。

 うーん、この爺さんの言ってることの方が理解不能って感じだわ。


「あの、例の絵画作品『深淵への誘い』が危険ってことでしたけど、あたし、あの絵を見ても全然気にならなかったんですけど」

「まあ、君が鈍感ってことだなあ。後、頭の悪い人にはあまり影響を与えないようだ。バカは風邪を引かないと同じ理屈だな、わはは」


 なんじゃ、鈍感とか頭が悪いとかバカは風邪を引かないって。

 本当に失礼な爺さんだなあ。

 

 そんな会話をしているうちに、豪邸の前に到着。高級住宅街の中でもひときわ目立つ。やはり美文館会員というお偉い先生ともなるとこんな豪勢な家に住めるんだなあ。ドメニコ係長があらかじめ連絡してくれたようで、すんなりと家の中の応接室に通してくれた。高級ソファにルチオ教授と座る。


「あんまりいきなりクトゥルフとか言わないほうがいいんじゃないですか。お偉い先生だから、『わけのわからないこと言うな!」って怒って叩き出されるかもしれませんよ」

「わかってるよ。まあ、この前の大学での廊下の件は、あんたがクトゥルフの絵を作ってるように見えたんでな。つい興奮してしまった。いきなり怒鳴りつけてローラさんにはすまんことしたな。謝るよ」


 あっさりと謝るルチオ教授。

 そんなに悪い爺さんでもなさそうだ。


 お手伝いさんが出してくれたお茶を飲みつつ、アルバーノ先生が来るのを待ちながら広い応接室を見回すといくつかの抽象画が飾ってある。絵画の隅に書いてあるサインを見るとアルバーノ先生の作品だ。


 ただ、どっかで見た記憶があるなあとあたしは思った。そう、椅子に座ったまま亡くなったミスカトニク市立大学のミケーレ教授の部屋にあった絵画になんとなく似ている。あたしは素人なんで絵画のことはよくわからないけど。

 ルチオ教授は絵画には興味ないのか、むすっとした顔でソファに座って葉巻を吸っている。


「やあ、お待たせしてすみません」と言いながら、小柄なお爺さんが応接室に入って来た。

 アルバーノ先生だ。


「で、ご用はなんでしょうか。美文館の事務の方からミケーレ君の件とは連絡があったんですが」とアルバーノ先生が聞いてくる。偉ぶってなくて、優しそうな先生だなとあたしは思った。


 なぜかルチオ教授がむすっとしたまま無言。

 なんか失礼な態度だな。

 そういうわけで、とりあえずあたしがご挨拶。


「美文館職員のローラと言います。お忙しいところ、突然訪問して申し訳ありません。えーと、先生はミケーレ教授とは親しかったんですか」

「そうですね。私がミスカトニク市立大学芸術学部で教授を勤めていた時の教え子だったんですよ。亡くなられて残念です」

「体調が悪いことはご存じだったんですか」

「うん、それは知っていたんだが、こんなに急に亡くなるとは思っていなかったんですよ。せっかく美文館賞も獲得したのにねえ。まだこれからの人だったのに」


 すると、突然、ルチオ教授が身を乗り出してきて、アルバーノ先生に聞く。


「ミスカトニク市立大学文学部教授のルチオというものだ。単刀直入に聞くが、先日亡くなったミケーレ氏の作品をなんで美文館賞の候補に推薦したんだね」

「まあ、彼も頑張って良い作品を出し続けたし、そろそろ授賞させてもいいんじゃないかと思いましてねえ」

「美文館賞とは人に対して授与するもんなのか」

「いや、作品が対象ですね」

「じゃあ、あんたはあの作品のどこが賞にふさわしいと思ったんだ」

「いや、実は私は作品を見てなかったんですよ」


 あたしはアルバーノ先生の発言に仰天した。

 作品を見てないってどういうことよ。

 ルチオ教授もちょっとびっくりしている。


「作品を見ないで、あんたは推薦したのか」


 すると、アルバーノ先生はちょっと焦りだした。

「ああ、いや、なんていうか、彼も長年いろんな優れた作品を出品してきて周囲からも評価は高かったのでねえ。本人に聞いたら、今製作中の作品は体調を崩して時間がかかっている。しかし、美文館の総会までには必ず完成させるって言い張るもんだから、多分、今までのような作品だろうと思って、その、まあ、題名だけ聞いて推薦したんですよ」


 ああ、これは例の『大人の事情』だなとあたしは思った。ミケーレ教授はこの先生の生徒と言うか弟子だったんだろう。で、アルバーノ先生の作品を買って、その代わりに受賞候補に推薦してもらったんだろうなあ。


「美文館賞とはそんないい加減なものなのか」とあきれ顔のルチオ教授。 


「うーん、いや、そうじゃなくて、その芸術家同士の信頼関係と言うか……」

 アルバーノ先生が答えに窮している。

 ある意味正直な先生かもしれないなあとあたしは思った。


「今回は特別だったんですよね。完成させるのが、美文館賞の推薦期限に間に合うかどうかってことで仕方がなかったんですよね」とあたしは意味不明なことを言ってごまかそうとした。


 非常勤ではあるが美文館職員として、『大人の事情』についてあまり外部の人に知られたくはない。


 ルチオ教授は不快な顔をしている。


「まあ、美文館の締め切りとかそんな事情はどうでもいい。で、実際にあの作品を見てあんたはどう思ったんだ」

「美文館で総会が行われる日に展示室で初めて見たんですが、正直、変な作品だなあと思いましたよ。彼は抽象画を得意としていたんですけど、今までの作品となにか違っている。なんとも薄気味が悪い。そこでどうしたんだろうとミケーレ君に問いただそうと投票前に事務室で電話を借りて彼の家に連絡したんだが、誰も出なかったんです」

「それで仕方なく投票したのか」

「いや、私はあの作品には投票しなかったんですよ」


「え、そうなんですか」

 またあたしは驚いた。

 推薦しておいて投票しないとは。


「ちょっと今回の作品は美文館賞にはふさわしくないと思ってね。彼には悪いが、来年、また推薦すればいいと。それに他の会員も投票しないだろうと思ったし、落選するだろうと思ったんだが、実際開票したら一番票を取ったんでびっくりしたんですよ」

「他の会員たちからは反対意見とかは出なかったのかね。あんたは変な絵と思ったんだろ」

「あまり総会で意見を言う会員はいないんですよ。まあ、私はその時、ミケーレ君は他の会員の作品も購入したんだろうなって思ったんですけど」


 こらこら、また『大人の事情』の話をしているぞ、この先生は。

 正直すぎる。


「なんで他の会員の絵を買ったら一位になるんだよ」

「あっ、いや、そのですねえ……」


 またアルバーノ先生が焦っている。

 どうやらルチオ教授は、『大人の事情』についてわかってないらしい。

 けっこう無邪気な人なのかな、この爺さん教授。


「会員の先生方の作品を購入してその芸術的な影響が見られるから、投票で一位になったんですよね」とあたしがまたわけのわからないことを言ってお茶をにごす。


 ちょっと話を変えようとあたしは思った。


「つまりあの作品は芸術的に優れた作品ってことなんですか」

「うーん、難しいね。私は感心しなかったんだけど、抽象画だから技術的な事は後回しだし……」

 どうも、歯切れが悪いアルバーノ先生。


 急に疑問がわいてきた。

 そもそも抽象画ってなんだろう。

 思わず聞いちゃった。


「アルバーノ先生、すみません。あたし事務員なんでよくわからないんですけど抽象画って結局どういうものなんですか」

「そうだねえ、簡単に言うと存在しないものを描くのが抽象画ですね。いろいろと種類があるんだが、ミケーレ君が今まで製作してきた作品は『純粋抽象絵画』に分類されるかな。まあ、自分の感情をそのまま絵画として表現するってことですね」


 下っ端事務員の初歩的な質問にも優しく答えてくれるいい先生だなあと思っていたら、ルチオ教授が怒り出した。


「存在しないものを描くって、あの受賞作品には実際に存在するクトゥルフが描かれていたぞ! わかってんのか、お前は!」


 急に怒鳴りつけられて、さすがに温厚なアルバーノ先生もむっとしている。


「あ、先生、申し訳ありません。あのー、教授、もっと穏やかに話せないんですか」


 あたしが焦っていると、

「そのクトゥルフとはなんですか」と不快な顔をしてアルバーノ先生が聞いてくる。


 すると、突然、ルチオ教授が立ち上がった。

「あー、いや、すみません。だいたい、話は聞いたのでこれでお暇します」


 なぜかルチオ教授はそそくさと応接室から出て行った。

 アルバーノ先生が呆気にとられている。


「お忙しいところお邪魔いたしました。大変失礼いたしました」

 先生に何度も頭を下げてルチオ教授をあたしは追った。


 アルバーノ先生の豪邸を出るともうもうたる白煙が立ち込めている。

 路上でルチオ教授が蒸気自動車の推進機関を調節していた。


「なんで急に部屋から出ちゃったんですか。あと、あの態度はアルバーノ先生に失礼じゃないですか」


 あたしが文句を言うと、教授がニヤリと笑う。


「わざと怒らせたんだよ」

「え、なんでそんなことしたんですか」

「わしは美文館会員にクトゥルフの関係者、もしくはクトゥルフそのものがいると睨んでいる。クトゥルフのなかには人間に化ける奴もいるんだ」

「まさか、本当ですかあ」


 ルチオ教授のとんでもない発言にあたしはあきれるばかりだ。


「ただ、今の先生はあのクトゥルフを描いた作品には投票しなかったんだろ。つまりクトゥルフとは関係無しってことだ。それに最初は穏やかだったけど、怒鳴りつけたら明らかに怒っていたからな。『深淵への誘い』の推薦者がクトゥルフじゃないかと思っていたのだが違うようだな。それですぐに部屋から出たのさ。居ても時間の無駄だと思ってな。多分、あの先生は何も知らないな。推薦したのはミケーレ氏が自分の生徒だったからだろ」

「そうですねえ、推薦したのは個人的に知ってたからでしょうね」


 どうやらルチオ教授は『大人の事情』については興味ないらしい。


「けど、クトゥルフってのは怒らないんですか」

「そういうわけではないんだが、人間のふりをしたクトゥルフは普通の人とは感情の出し方が違うんだよ。わしには分かる」

「本当ですかあ。人に化けたクトゥルフってどんな表情してるんですか」

「薄笑いしている奴が多いぞ。後、青白い顔した背の高い男に化けることが多い。それに、気の弱い、または何かつらい事があって心が弱っている人を操ったりするぞ」


 本当かなあ。

 なんだかクトゥルフってこの爺さん教授の妄想じゃないの。


「とにかく美文館の会員でお偉い先生なんだから、もう少しましな態度を取ってくださいよ。あたし、冷や冷やしましたよ」

「わはは、まあ、相手がクトゥルフでも人間でも、わしはいつでも傲慢な態度を取るけどな」


 そう言って笑うルチオ教授。

 いい気なもんだ。


「さて、美文館に戻るとするか」

「戻って、ルチオ教授はなにをされるんですか」

「クトゥルフの痕跡がないか調べるんだよ」


 再び、ルチオ教授運転の蒸気自動車で美文館に戻ってみると、事務室にはベルトランド主任とジュシファーさんがいた。係長はすでにマルセル先生の葬儀に出発したらしい。

 ルチオ教授を館内へ案内することになったけど、主任にマスターキーを借りるときちょっと聞いてみた。


「部外者を館内に入れて案内してよろしいでしょうか」

「いいんじゃないの。国立機関だしね」


 なんだか興味なさそうなベルトランド主任。

 いつものようにヘラヘラしている。

 いいのかな。


 あたしが教授を館内へ案内する。

「ここが例のミケーレ先生の作品を展示していた部屋です」


 展示室の中に入るとルチオ教授が突然、「ウッ!」と腰をおさえて倒れそうになった。


「教授、大丈夫ですか」

 なんだろう、慌てたあたしは教授がクトゥルフにやられたのかと一瞬思ってしまった。


「いや、大丈夫だ。以前から腰を痛めていてな。これはクトゥルフとは全く関係ないぞ」


 驚かすな、爺さん! 

 思わずクトゥルフがいないかと周りを見回しちゃったじゃないの。

 しかし、あたしもこの爺さんの妄想に巻き込まれつつあるのではないだろうか。


 展示室の他に講堂とかも見回るが特にルチオ教授がおかしいと思う点はないようだ。地下室にある作品の収蔵庫にも案内する。ただし、作品は彫刻と一部の工芸品以外は全て梱包されているので中身を見ることができない。


「絵画作品とかは見れないのか」

「梱包されているから無理ですよ。彫刻と複雑な形で梱包していない工芸品のいくつかは見れますよ」

 

 彫刻の収蔵庫へルチオ教授を案内する。普通のブロンズ像から巨大で怖そうなお爺さんの木像、ほかにもなんだかわけのわからない彫刻が何体も置いてある。あたしにはわけのわからないものでも、一応、有名作家の作品だけどね。


「この彫刻にクトゥルフが関係してるんですか? だとしたら大変ですけど。何年も置いたままみたいですよ。係長に聞いたことがあるんですけど絵画とかはよく他の美術館に貸し出したりしてるようですが、彫刻は全然人気ないみたいです。係長がこの美文館に異動してからも彫刻はあの巨大なお爺さんの像くらいだそうですよ、外部に貸し出しをしたのは。それ以外はほとんど置きっぱなしみたいですよ。そうするとクトゥルフがずっとここにいたってことになりますねえ。あら大変だわ、どうしましょう。あたし怖いわ、体が震えてきちゃう」とちょっとふざけてあたしはルチオ教授に聞いてみる。


 しかし、あたしの嫌味などあっさり流して、

「うーん、いや、ここに置いてある彫刻作品には特に異常はないな」となにやらうなずきながら彫刻作品群を見るルチオ教授。その他、梱包されていない工芸品も見たが異常はないようだ。


 ミケーレ先生の作品を見て暴れたけど、本当は教授が勝手にクトゥルフを描いているって思い込んでいるだけじゃないのとあたしはちょっとしらけた。


「他に絵画とか工芸作品もあるようだが、梱包を解くのは面倒だし、させてくれないだろう。どんな作品が収蔵されているのか知る手段はないのか」

「そうですね、主任に聞いてみましょう」

  

 事務室に戻って相談するとベルトランド主任が美文館の所蔵作品目録をルチオ教授に渡した。


「最新版ですよ。作品の写真も載ってます。白黒写真なので色とかはわかりません」

「すまんな。ところで美文館会員の連絡先がわかるものはないか」

「これが会員一覧ですよ」


 主任はあっさりと会員の住所や連絡先が載っている冊子をルチオ教授に渡した。


「ありがとう。それじゃあ、ローラさん、今日はお疲れだったな。わしはこれで帰る。おっと、一応、ローラさんにはわしの連絡先を教えておくか。あと、ローラさんの自宅の電話番号も教えてくれないか」

「え、なんであたしの自宅の電話番号が必要なんですか」

「クトゥルフはいつ活動するかわからない。夜中かもしれん。そういう場合、緊急に連絡することもあるからな」

 

 なんであたしがクトゥルフ担当係員にならなきゃいけないのよ。

 けど、まあ、いいか。

 電話って言っても、あたしが住んでいる安アパートは一階の大家さんの部屋に一台あるだけだからね。電話帳にも載ってるし。その番号をルチオ教授に教えてやった。


 教授が帰った後、ベルトランド主任に聞いた。


「いいんですか、会員名簿とか外部の人に渡すのって。あの教授、全会員に連絡を取るかもしれませんよ」

「会員であることは公表されているし、うちの先生方、皆有名人だから連絡先は市販されている美術名鑑とかにも載ってるよ。断って、また騒がれると面倒だろ。いいんじゃないの、さっさと頭のおかしい爺さんを厄介払いできて」


 いいのだろうか、ベルトランド主任って面倒くさがり屋だな。


 翌日、マルセル・パニョーニ先生の葬儀から帰って来たドメニコ係長にルチオ教授の件について報告した。


「世の中にはおかしな人がいるもんだねえ」


 ドメニコ係長が困惑した顔をしている。


「今後も美文館に現れるのかなあ。困るなあ。面倒だし。ルチオ教授が来たら、その時はローラさんが対応してくれないかなあ」


 こら、なんであたしがルチオ爺さん担当になるんじゃ。

 全く適当な人だな、ドメニコ係長。

 そのドメニコ係長から深刻な話が事務員全員に知らされた。


「一応、秘密事項なんだけど、美文館職員は知っておくべきだと思うので話すけど、マルセル・パニョーニ先生は表向きは急性心不全なんだけど、実は自殺だったんだ。それで、こちらへの連絡も遅れたんだよ」

「なんか悩みでもあったんですかね」

 主任がヘラヘラしながら聞いた。


「それが、全然そんなことはなかったって親族の方たちは言ってたけどねえ」


 芸術家なんで作品の製作に行き詰って自殺でもしたんだろうかとあたしは思った。

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