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第四話:ルチオ教授が美文館に訪ねてくる

 次の日、あたしは寝坊しちゃった。

 朝食抜きで慌てて出勤する。

 何とか間に合ったが、美文館の玄関でジュシファーさんと会った。


「おはようございます。ローラさん」


 ジュシファーさんはいつも通りニコニコしている。

 外出するようだ。


「あれ、どちらに行かれるんですか」

「係長に頼まれたんです。マルセル先生の葬儀の件で王室からとは別に美文館からもお花を出すので花屋さんに行ってきます」


 事務室へ行くとドメニコ係長しかいない。

 例のマルセル会員が亡くなった件で、サルヴァトーレ事務長は弔辞を作成して内容を確認してもらうため院長のご自宅へ、ベルトランド主任は出勤する際に国王官房へ寄って王室から出るお花とお悔やみのカードを受け取りに行ったそうだ。


 今は展示もしてないし、この大きい建物にはあたしとドメニコ係長しかいない。

 ちょっと手持無沙汰な状態。

 なんとも静かな職場だなあ。


 以前の騒がしい酒場でのバイト生活とはえらい違いだなあとあたしが思っていると、大きな音を立てて白煙を出しながら蒸気自動車が美文館の入口前に停車した。あたしが窓から見ていると老人が降りてきたのだが、よく見るとあのルチオ教授じゃないか。美文館の門の入口を杖でガンガン叩いている。ちょっとまた鍵を壊す気ですかって、慌ててあたしが走って行って扉を開けた。


 あたしを見るなりルチオ教授が、

「おお、あんた確かローラさんとか言ったなあ、その節はどうも」なんて笑顔で話しかけてきた。


 その節はどうもじゃないよ、あの時は散々あたしを怒鳴り散らしたくせに。


「おはようございます、ルチオ教授。ところで、えーと、何のご用でしょうか」


 すると教授はまた難しい顔になって言った。


「例のクトゥルフの件だ。そのことで調べに来たんだよ」


 ルチオ教授を応接室に通して、お茶を出した後、ドメニコ係長に報告すると嫌な顔をされた。


「あのクトゥルフとかわけのわからないことを言ってる人でしょ。ほっとけばいいんじゃない」

「本人が来ちゃったし、ほっとくのはまずいと思いますけど」

「私はベルトランド主任とジュシファーさんが戻って来たらお花とカードを受け取って、マルセル先生の葬儀に行く予定なんだよ。館長とサルヴァトーレ事務長とは葬儀場で会う予定なんだけど、ちょっと遠い地方なんで一泊するつもりだ。そんなんで、ローラさん、教授の相手してくれないかなあ」


 こらこら、また絵画の点検の時みたいに面倒な事はあたしに押し付ける気か、この人は。


「まだ主任もジュシファーさんも帰って来てないし、その間だけでも対応して下さいよ」


 あたしは今にも逃げようとするドメニコ係長を応接室に連れて行った。

 教授は葉巻を吸いながら怖い顔で係長を睨む。

 なんとなくビビり気味の係長。

 で、あたしとドメニコ係長でルチオ教授に対応したんだけど、例のミケーレ先生の作成した絵画『深淵への誘い』が受賞作品に選ばれた経緯を教えろってうるさい。


 係長が簡単に説明した。


「会員の先生が推薦して、総会の日に展示室で先生方が候補作品を審査して、後は無記名投票で出席者の過半数以上を取ったら美文館賞の受賞作品が決まるんですよ。で、その中で一番得票が多かった作品がナロード王国賞を授賞するわけです」

「あの作品を推薦した会員とは誰なんだ」

「それは一応、秘密事項なんで外部の方には教えられません」


 係長が断ると、ルチオ教授がおもむろに封筒を取り出し中から紙を取り出してテーブルに置く。

 内容は情報省からの捜査の依頼通知。

 情報省参事官なんて人のサインもしてある。


「わしは特別捜査を依頼されたんだ」と教授が胸を張った。


 情報省って、つまりスパイじゃないの。

 この爺さんえらい組織とコネをもってるなあとあたしは感心した。


「そういうわけで、わしには捜査権限がある。あなたが答えない場合、捜査妨害ということになるな。まあ、妨害した場合は当局に逮捕、そして留置場に拘留されても仕方がないな」


 ニヤつきながらルチオ教授が脅迫してきた。

 権力を笠に着る人はあたしは好きではない。

 やはりむかつく爺さんだ。


「これは脅しですか。そういうことはやめていただきたいんですけど」とあたしが文句を言ったら、ドメニコ係長が慌ててる。


 あたしをおさえて、「今、調べてお教えしますんで」と事務室に戻った。


 ルチオ教授を応接室に待たせて、ドメニコ係長が事務室で書類をドタバタと探している姿を見て、この人、権威とかに弱そうだなとあたしは思った。


「さっきクトゥルフとかわけのわからないことを言ってる爺さんなんかほっとけばいいとか言ってませんでしたか」

「いや、まずいよ。おかみには逆らえん。逮捕されたくないしね」


 額に汗をかきながら書類をひっくり返して、「お、あった、あった。これが推薦書だ」とドメニコ係長が応接室に戻って行った。


 情報省だか何だか知らんがあたしは協力する気はないよとドメニコ係長がひっくり返した書類を事務室で片付けていると、「ローラさん、ちょっと来て」と係長に呼ばれた。


 何だろうと廊下に出ると、ルチオ教授が係長と話している。


「じゃあ、自動車の推進機関を起動させるのに時間がかかるから、ちょっと待っててくれるか」

「はい、わかりました」

 

 係長が教授に頭を下げている。

 なにをヘイコラしてるのかと見てたんだけど、教授がいなくなると係長に頼まれた。


「ローラさん、ルチオ教授と一緒に行ってもらえないか」

「え、どこに行くんですか」

「ミケーレ先生の『深淵への誘い』を推薦した会員はアルバーノ・ヴァリーニ先生。ルチオ教授は直接会いに行くって言うんだよ。そこで、あの教授がアルバーノ先生なにか変なことを言い出さないか、聞いておいてほしいんだ。教授は美文館職員も一緒に行ってかまわないと言っている」

「なんであたしが行かなきゃいけないんですか」

「いやあ、ローラさんは物怖じしない感じがしてね。頼むよ、人手不足なんだ」


 また人手不足を理由に面倒事を押し付ける気なのか、この人は。

 まあ、あたしは今することないし。

 仕方がない。

 行ってやるわよ。

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