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第二話:クトゥルフの絵

 いきなり大柄な老人に怒鳴りつけられてあたしはびっくりして体が硬直、側にいた運送屋さんもポカーンとした顔をしている。


 何やら鬼の形相で近づいてくるご老人。

 ちょっとビビりながらあたしが対応する。


「あのー、失礼ですが、どちら様ですか」

「この大学の教授、ルチオ・アタラチという者だ」


 絵を再びまじまじと見た後、さらに怖い顔を近づけて、絵を指差しながらあたしを詰問してくる。


「これはクトゥルフを描いている絵だぞ。わかってんのか、お前は! いったい何者なんだ!」


 なんだか、ぶしつけで偉そうな爺さんだなとあたしは思った。まあ大学教授なんで実際偉いんでしょうけど。しかし、初対面なのにお前呼ばわりされて腹が立った。

 あたしはけっこう気が強い。


 あと、クトゥルフってなんのことよ?


 ちょっと慇懃無礼っぽく返事することにした。

「あたしは国立美術文化会館の職員でローラって言います。この絵はこの大学の芸術学部教授のミケーレ・ソアービ先生が製作したものでナロード王国美術文化会館賞及びナロード王国賞という名誉ある賞を授賞した作品です。授賞式には国王陛下も列席したんですよ。多分、この大学内でも話題になったと思いますが、同じ学部でそんなことも知らないんですか」

「わしは文学部で考古学専攻だ。芸術学部のことなんて全然興味ないよ。この建物に入ったのも今日が初めてだ。急に雨が降ってきたんでな」


 ふーん、この爺さん芸術学部の先生ではないのか。


「それから、さっきから言ってるクトゥルフって何のことですか」

「太古の地球を支配していたが、現在は姿を隠している異世界の者たちの総称だ。非常に危険な存在なんだ」

「はあ」

「人間の中にはクトゥルフに取り憑かれたり、クトゥルフを呼び出そうとする不届き者がたまに現れたりするんだ」


 ルチオ教授は嫌悪感を露わにして、受賞作品の絵画『深淵への誘い』を見る。

 なにをわけのわからないことを言ってるんだ、この爺さん教授。

 頭大丈夫かしらとあたしは思った。


 そして挙句の果てに、

「こんな絵は直ちに焼き捨ててしまえ!」と暴論を吐く始末。

 爺さんが今にも絵を破り捨てようとしている。


「そ、そんなこと出来ませんよ」


 あたしが焦っていると大学の事務員さんもやって来て、ちょっとした騒ぎになった。

 ルチオ教授がまた怖い顔で事務員に文句を言っている。


「おい、この絵を描いたとかいう大馬鹿者に会わせろ!」

「あの、それがミケーレ先生は自宅で療養中でして、本当は今日出勤するはずだったんですが、まだ来られてないみたいです」


 事務員さんがおろおろしながら説明しているけど、教授は怒った顔で言った。


「じゃあ、そのミケーレって奴が来るまでここで待たしてもらう。お前らも残ってろ」


 偉そうにあたしや運送屋さんたちにも命令するルチオ教授。

 なんだか強引な性格の爺さんね。

 困ったなあ。

 帰れなくなったじゃないの。

 お腹すいてんのにさあ。


 その時、ルチオ教授がなにか異変に気づいたようだ。

 事務員さんにまた偉そうに命令している。


「なにか変な異臭がするぞ。この研究室から臭ってきているみたいだ。おい、部屋の鍵を持って来い」

「それがミケーレ先生が勝手に鍵を変えちゃったんで開けられないんです。その合鍵も事務にはないんです」


 事務員さんが恐縮してる。


「どうもこの研究室おかしいぞ。ミケーレって奴を待ってられん。鍵を叩き壊して中に入ろう」


 ルチオ教授が辺りを見回すと、ナロード王国賞の銀の盾を掴んだ。


「ちょ、ちょっと、やめてくださいよ。それ国王陛下からの御下賜品ですよ」


 とめようとするあたしを無視。


「うるさい、緊急事態だ」


 銀の盾で扉の鍵を叩き壊すルチオ教授。

 乱暴な爺さんだなあ。王室からいただいたものなのに。盾にキズが付いちゃったじゃないの。後で怒られてもあたしは知らないぞ。


 中に入ると、薄暗い部屋の真ん中で椅子に人が座っている。


「ミケーレ先生」

 

 事務員さんが呼びかけるが動かない。

 部屋の明かりを点けた瞬間、事務員さんが悲鳴を上げた。

 あたしもミケーレ教授を見たが、明らかに死んでいる。

 椅子に座ったまま、少し腐りかけた死体。

 異臭の原因はこれだったのか。

 さすがに鈍感なあたしも驚いた。

 

 あたしが事務員さんに聞いた。


「ミケーレ先生は自宅で療養しているんじゃなかったんですか」

「そういうことだったんですけど……」


 事務員さんも青ざめた表情をしている。


「おい、ミスカトニク市の警察に連絡しろ!」と怒鳴るルチオ教授。


 事務員さんがあわてて警察に連絡するため事務室へ走って行った。研究室には他にも絵があったが、受賞作品とは全然違う感じの抽象画だ。明るい色彩を多く使った作品。これもミケーレ先生の作品なのかな。まあ、あたしにはよくわからないけどね。


 ミケーレ教授の遺体が座っている椅子の目の前には例の軟体動物を描いたような絵があった。寸法は小さいが受賞作品と似たような感じの作品だ。


「この絵も例のクトゥルフとやらを描いたもんなんですか」

「うむ、この人物はクトゥルフに魅入られて自ら絵を作成して、ついにはそれを見続けたまま亡くなったようだな」

「ただの絵画作品を見るだけで人に対してそんな影響を及ぼすんですか」

「ああ、それがクトゥルフの怖いところだ。このような絵を見ていると頭がおかしくなる。この作品も廊下に置いてあるバカでかい絵も早急に処分したほうがいい」

「いや、それはまずいですよ。この小さい作品はともかく、受賞作品を処分するなんて」

「だいたい、なんでクトゥルフを描いた作品に賞なんて与えるんだよ、その国立美術文化会館ってとこは!」

 

 また怒り出すルチオ教授。

 そんなことあたしが知るかって。

 受賞作品に選んだお偉い先生方に聞いてよ。


 しかし、えらいことに巻き込まれてしまった。警察がやって来て、ミケーレ教授の死体を部屋から運び出し、あたしらもその場で事情を聞かれることになった。


 このクトゥルフとやらを描いたらしい作品をルチオ教授が、「いますぐ焼き捨てろ!」と相当騒いでいたが、そうするわけにもいかず、と言ってデカい絵画作品を廊下に置いておけないし、また、事件現場に無理矢理搬入するのもまずいということで、一旦、ミケーレ先生の自宅へ運んでもらうことになった。あたしは大学の事務に電話を借りて美文館のドメニコ係長にことの次第を連絡しておいた。


 かなり遅くなって運送屋さんに送ってもらって、近くの弁当屋でパンを買って夜中に自宅のアパートに帰る。二階建ての安アパート。家賃は最低。あたしは貧乏だ。


 あたしはパンを食べながら、あのルチオ教授はクトゥルフの絵を見ていると頭がおかしくなるって言ってたけど、ミケーレ教授は最初から頭がおかしくてあんなヘンテコな絵を描いたんじゃないだろうかと思った。


 しかし、なんでそんな絵が受賞作品、それも最優秀作品に選ばれるんだろう。

 芸術とはわからんなあ。


 すっかり疲れて硬いベッドに横たわる。

 展示室であの絵を見て、その夜にうなされたってドメニコ係長が言ってたなあ。 

 あたしもうなされるのかと思いつつ、ぐっすりと寝てしまった。

 疲れてたからかな。

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