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第十話:所蔵作品展の準備

 六月になった。

 美文館では「所蔵作品展」なるものを例年七月から八月まで開催しているようだ。

 夏休みを狙って開催するらしい。


 展示室だけではなく講堂も使用する。

 毎年、二十作品程度を展示する予定だそうだ。

 今月はその準備期間。


 まあ、所蔵作品の展示関係についてはドメニコ係長の仕事なので、あたしは引き続き美文館の概要の校正を行っていると、事務室に一人の男性が入って来た。

 よく見ると、ロベルト調査官ではないか。「文化芸術庁買い上げ美術展」の準備の時に会ったなあ。


「やあ、ローラさん。その後、絵の作成は捗っているかい」


 なんのこっちゃと思ったが、『君も絵を描いて美展にでも出品してみたら。参加賞として美展の無料鑑賞券くらいならもらえるかもしれないよ』って前に言われたなあ。それで頭にきて、油絵セット一式を購入。そして、そのまま全く触らずに部屋の片隅にホコリがかぶったまま放置状態。


「ああ、ちょっと進んでないですねえ」

「ふふん、美展に出品したら教えてくれないか。君の作品を見に行くから。楽しみにしてるよ。出品できたらの話だけどな」

 

 なんか相変わらず嫌味な人だな。

 むかついた。

 よし、こうなったら何としてでも、絵を描き上げて美展に絶対出品してやるぞ。

 けど、ロベルト調査官は何しに来たんだろう。


「今日は、何のご用で来られたんですか」

「所蔵作品展の打ち合わせさ。毎年テーマを決めて、美文館の所蔵作品の中から選んで展示するんだ。作品選出の指導を依頼されたんで来たんだよ」

「今年のテーマは何ですか」

「『海』って聞いているな。前回は『空』だったんでなあ」

「『海』をテーマに描いた作品を展示するってわけですか」

「そういうことだな」

「誰がテーマを決めているんですか」

「事務長が適当に決めているみたいだよ」


 適当に決めているのか。どうせなら『山』にしてほしかったなあ。四月に受賞作品展で見た紅葉が綺麗な山を描いた作品をもう一度見たい。あの作品は一旦、美展に返却したが、作者が美文館に寄贈したはずだ。


 けど、まあ『海』でも素晴らしい作品が見れるでしょう。

 なんせ、天下の美文館所蔵作品だからね。


 そんな話をしていると、ドメニコ係長がドタバタと事務室に入って来た。


「ロベルト調査官、お待たせしてすみません。資料の用意が出来ましたので事務長室に来てください」


 相変わらずヘイコラしているドメニコ係長。


 さて、むかついたがロベルト調査官は一応お客様でもある。

 あたしはお茶を出しに事務長室へ向かった。


 部屋の中に入ると、ソファに事務長、係長、ロベルト調査官が座って、三人でいろいろと議論している。

 机の上に何枚かの写真が置いてあった。

 所蔵作品展で展示する候補作品のようだ。

 目録よりデカい写真だ。

 テーマ通りに海を扱った作品ばかり。

 

 邪魔にならないように机にお茶を置いていたら、その写真の中にとんでもないものを見つけてしまった。

 例の『深淵への誘い』が入っているじゃないか。

 おもわず、お茶をこぼしそうになってしまった。


「どうしたんだい、ローラさん」


 ドメニコ係長に聞かれて思わず言ってしまった。

「この『深淵への誘い』も展示するんですか」


 すると、サルヴァトーレ事務長が渋い顔で言った。

「なんだい、まだローラさんはクトゥルフとやらにこだわっているのか」

「あ、いえ、そうじゃないんですけど」


 うーん、もし展示されて、ルチオ教授がこの事知ったらどうなるのだろうかとあたしは悩んだ。また、美文館に乱入してくるんじゃないだろうか。


「クトゥルフって何のことですか」

 ロベルト調査官が不審気な顔でサルヴァトーレ事務長に聞いた。


「この『深淵への誘い』はクトゥルフって化け物かなんか知らんが、それを描いているので危険なんだとわけのわからないことを言っているルチオ教授という爺さんがいてな。その爺さんのせいで、本来、王室の間に美文館賞とナロード王国賞受賞作品のこの絵が飾られるはずがダメになったんだよ。一応、表向きは親族が辞退したってことになっているんだがな。どうやら、あの爺さんが画策したらしいんだ」


「世の中にはけったいな事を考える人もいるもんですねえ」

 薄笑いを浮かべるロベルト調査官。


 そして、いつもの通り馬鹿にしたようにあたしに話しかける。

「で、ローラさんもそのクトゥルフなんて存在を信じているのかい」

「いや、あのー、信じているわけではないんですが、その、実際にこの『深淵への誘い』を作成したミケーレ先生がこの絵と似たような作品を描き続けて、ついには亡くなってしまったんですよ。あたしはミケーレ先生が『深淵への誘い』によく似た絵の前で死んでいるのを見ちゃったんで、なんか不気味と言うか……」


 ついでに、ミケーレ先生が手帳に書いたわけのわからない呪文について言おうと思ったが、頭がおかしいと思われそうなんで、今回はやめた。


「それはクトゥルフとかいうものとは関係ない個人的事情でもあったんじゃないのかな。まあ、芸術家は繊細な人もいるからね。君とは違って」


 君とは違ってとは、なんじゃ、その言い方は。

 ホント嫌味な人だなあ、このロベルト調査官って人は。


 腹を立てながら事務室に戻る。

 しかし、今回のテーマは『海』。

 あの『深淵への誘い』と何の関係があるんだ。

 選ばれないんじゃないのかなあ。


 しばらくして、ドメニコ係長が事務室に入って来た。


「所蔵作品展の展示作品が決まったので、このリストを使ってパンフレット作成をローラさんにお願いしたいのだが、いいかね」

「はい、わかりました」


 あたしがドメニコ係長に渡されたリストを見ると、二十作品中にあの『深淵への誘い』が入っていた。

 まずくないかなあ。

 ルチオ教授が大暴れする姿があたしの脳裏に浮かんだ。


 その時、ロベルト調査官が事務室に顔を出した。


「じゃあ、俺は帰るんで」

「どうも今日はお忙しいところありがとうございました」


 例よってヘイコラしてるドメニコ係長。

 あたしは廊下に出て帰ろうとするロベルト調査官に声をかけた。


「ロベルト調査官、あのご質問があるのですが」

「なんだい、美展への出品の仕方でも知りたいのかい。事務局へ聞けばすぐに教えてくれるよ」

 また、嫌味かよ、この人。

 ただ、今はそれどころじゃない。


「あの、今回は『海』がテーマですよね。この『深淵への誘い』ってそれにあてはまるんですか」

「うーん、あの絵は『海』とは関係ないなあ」

「えー、じゃあ、何で選んだんですか」


 ロベルト調査官があたしの顔をじーっと見る。

 そして言った。


「俺は気が進まなかったけど、サルヴァトーレ事務長がやたら推すんで仕方がないよ。見ようによっては深海のような感じもするって事務長がまくし立てるからさあ。まあ、ひとつくらい変な絵があってもいいかなと思ってさ」

「サルヴァトーレ事務長が推薦したんですか」

「どうも、王室の間に飾ることが出来なかったのが相当悔しかったみたいだな。その、クトゥルフがどうとか言っている変な爺さん教授に邪魔されたことがね。だから、今回の展示で『深淵への誘い』が全く安全であることを証明したいみたいだ。ただ、ドメニコ係長から聞いたんだが、三月の展示ではその絵を見て倒れた人もいるって聞いたけど、大丈夫かねえ。俺は知らないよ」

 何だかニヤニヤと笑っているロベルト調査官。

 おいおい、あたしたちが混乱するのを楽しんでいるのかしら、この人。


「あの、ロベルト調査官はこの『深淵への誘い』の本物を見た事はあるんですか」

「授賞式の際は文化芸術庁から事務員が大勢応援に行くんだよ。国王陛下が来られるんでな。俺もこの前の三月の授賞式は応援に行った。その時に見たよ」 

「どう思われました」

「うーん。まあ、正直、奇妙な絵だなあと思ったよ。抽象画と思わせておいて、実体を描いているようにも見えたなあ」


「受賞作品に相応しいと思いましたか」

「いや、俺なら選ばないね。はっきり言って下らん作品だな。ゴミだね。ただ、会員が選んだから仕方がないね。これも感性の違いかな」

「ゴミって。だったら、今回の展示からも外せばいいじゃないですか」

「しょうがないだろ、サルヴァトーレ事務長がやたら推しまくるからさあ。もしかして、事務長がそのクトゥルフかもしれないな、あはは」


 なんなのこの人、美文館が混乱状態になるかもしれないっていうのに、完全に楽しんでんじゃないの。こっちは真面目に話をしているっていうのに。

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