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仮面舞踏会 ~隠密優等生《オタク》な俺と生徒会長《おさななじみ》の君と~  作者: 「S」
生徒会日誌Ⅱ ―波乱の球技大会(1学期編)―
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レポート92:『一方、その頃……3年体(女)』

 ここは体育館の半面。

 舞台側に集まる3年女子文化系とは別の3年女子体育会系が集まるコート。


 本番でも使われる場所で、彼女らもまたリーダー決めを行っていた。 



「――私がやるわ」



 そんな話の流れになって間もなく、彼女は即決する。

 堂々と挙手する彼女に辺りの視線は集中する。


 長い茶髪をポニーテールにしてまとめ、細い腕と美脚が高身長と合わさって、とてもスタイルがいい。

 何と言っても、体操服の下には大きく膨れた胸があり、それがまた彼女の美人度合いに拍車をかけている。


 

 バレー部部長――『岸昏弥生きしぐれやよい』。



 月刊バレーボール(通称:月バレ)に載るほどの選手で、巷では有名なWSウィングスパイカーである。

 中学ではベストサーバー賞を取った経歴を持っており、高校でも異様な戦歴を持つ。


 高校1年生にしてレギュラー入りを果たし、インターハイ出場。

 二回戦で惜敗するも、1月に開催される全日本バレーボール高等学校選手権大会(通称:春高)にて3回戦まで上り詰め、全国ベスト16に進出。


 昨年のインターハイ予選では準決勝で敗退。

 相手は岸昏が1年生の頃、インターハイ予選決勝にて下したチームだった。


 その際、己が弱さを知った苦い夏となった。


 時は過ぎて、迎えた二度目の春高。

 だが、五市波高校・女子バレー部が姿を見せることはなかった。

 春高予選・準々決勝にて惨敗してしまったがために。


 そんな屈辱を経て、高校最後の大会を順調に勝ち進んでいく彼女は燃えていた。

 この勢いで球技大会も制し、チームに勢いをつけようと燃えていた。


 彼女自身の得点源は申し分ない。

 寧ろ1年生の頃に比べ、向上していると言っていいだろう。


 それでも、彼女は一度勝った相手に負け続けている。

 それはなぜか。


 端的に言おう。


 彼女は強い。

 それゆえ、誰もが彼女に注目している。


 けれど、1年生の頃に手にした栄光は全て、サポートしてくれる先輩方がいたから。

 頼もしい先輩たちの助力もあって、あの全国の舞台まで駆け上がることができていた。


 だがしかし、先輩らがいなくなって、チームは途端に弱くなった。

 岸昏の一個上である先輩は、実力こそそこそこではあるが、バレーに全力を注ぐというほどではなかった。

 

 ただ楽観的な思考で、いなくなった3年生同様、岸昏が活躍できる場を用意すればいいと、そうすれば勝てると思考を止めていた。


 向上心の欠片もない先輩に囲まれ、先輩らのプレーに岸昏が憤りを覚えたこともしばしばある。

 それは互いに反省しているところで、岸昏自身、吹っ切れていることではある。


 ただ、そこに岸昏が埋もれ、絆されていたことは事実。



『――ごめ〜んっ! 今の私のミスだわ!』



 両手を合わせ、申し訳なさそうにする先輩に岸昏の表情は暗かった。


『……いえ、また取り返します』


 空笑いで受け流し、プレーに集中しようとするのに胸の中には確かな違和感があった。

 それが不快で仕方がない中、岸昏は点を取り続けていた。

 何本も何本も相手コートに叩きつけていた。


 それが決まることもあれば、悉く防がれた瞬間もあった。

 徐々に徐々にではあるが、ブロックに捕まり出していた。


 その理由をわかっていながら、岸昏は見て見ぬフリをしていた。

 そんなインターハイ予選準決勝の夏。


 最後に握手を交わす際、相手チームの選手に言われた言葉が今でも脳裏にちらつく。



『――あんたは確かに強い。けど、チームはそうでもないんだね。相も変わらず、凡人ばっか』



『……っ』


『去年と一緒で勝てると思った? 私たちがあんたらの対策をしてないとでも? してなくても勝てるって? バカじゃないの』


『……やめて』


 弱弱しい声で否定するのが手一杯で、彼女の顔を見れないでいる。

 

『思考をやめた時点で、あんたらの負けだよ』

 

『……わかってるわよ、そんなこと』


 岸昏はぼそぼそと呟くばかりで、その気持ちは相手には届いていない。

 ただ一向に離れない彼女の手を目に岸昏は俯き続けている。


『去年はまだ、チームとしてのまとまりがあった。良い先輩たちに恵まれてたんだろうねぇ。けど今は、見る影もない。それが何故だか、わかる?』


 聞きたくない。信じたくない。

 その原因を理解してはいても、受け入れがたいでいる。


『あんたが強いだけだからよ』


『やめてって言ってるでしょ……っ!!』


 いつしか、岸昏の怒は爆発し、その声は体育館中に響き渡っていた。


 彼女の言葉は酷く、岸昏の胸に突き刺さっていた。

 ようやく相手の顔を見れた時、審判からの無駄話を注意され、握りしめられた手は解放されていた。

 そうして去り際、彼女は頭を掻き毟ると振り返りざまにこちらを指をさしてこう言った。


『この際だから、はっきり言ってやる! つまりはあんたらは、あんた以外味噌っかすのワンマンチームだってこと。去年まではそれでも統率の取れたチームだったけど、今はどうだろうね?』


 凡人の中に埋もれた天才。

 そう言われているような気がしてならなかった。


 不敵に笑う彼女の笑みが脳裏に焼き付いて離れない。

 自分でもわかっていることをまさか相手チームに指摘されるだなんて思いもしない。


 叩きつけられた現実に目の前が真っ暗になる。

 まるで暗闇に飲み込まれたかのようにそこからの記憶はなかった。


 そんな苦い過去おもいでがあったから、岸昏は自分だけでなく自分以外を強くすることも考えるようになった。


 今まで先輩たちの力を借りて舞台に上がらせてもらっていただけに同学年以下の実力差は著しく、足りないものだらけだった。


 幸いにして、岸昏の1年の頃の活躍を聞いて、中学でも強豪と言われるところから何人か有名な選手が入部してくれていたため、圧倒的な戦力の低下というほどまでには発展しなかった。


 されど、彼女らの実力はあくまで中学レベルであって、高校バレーで通用するというレベルでもなければ、今すぐにでも先輩の穴を埋められるというほどの実力でもなかった。


 故に受験だ何だと一個上である先輩らがいなくなった昨年の夏以降、岸昏はチームの強化に勤しんでいた。


 自分が誰かに何かを教えるというのは、あまり得意でなかった岸昏も、教えた経験がないというわけではなく、コツを聞かれれば素直に答えるというもので、それを教えたところで周りがすぐにできるかと言われたら、そうじゃない。


 ただ岸昏は、コツを教えた後の対処が異様に上手かった。

 どこに問題があるのか、そんな時にどうすれば解決するのか。

 それを見つけ、指摘し、改善する。


 岸昏はそれに優れていた。


 それは1年生の頃の球技大会、運動が苦手な子に足を引っ張っられないために岸昏が偽善で提示した『バレーのコツ』を伝授した時と同じ解決法だった。


 意外にもそれが好評で、1年・2年とクラスでチームを組んだ者の実力は見る見るうちに向上していた。


 だが、それを部内で活用したところで、すぐにでもチーム全員が先輩らのようなプレーができるという話ではない。


 練習で一度や二度できたところで、本番で成功させなければ意味がないし、球技大会でそれが成功したのも、周りが並以下の選手だったから。


 岸昏のバレー知識はバレーを極めた者なら誰だって持っているものだし、基礎というほどではないが知っている者は多い。


 しかし、知ってはいてもそれを活用できるかどうかはまた別の話。

 

 それを体得できるのは、ほんの一握りの強者のみ。


 頭で理解していても、身体が追いつけない。

 そういった場合にどう対処すればいいのか、岸昏はそれを指摘する。 

 試行錯誤した結果、誰しもが岸昏の言った技術を身に着けていく。


 その経験に加え、部内では、同級生や後輩の足りないものや特技を活かす術、メンタル面などにおいても相談に乗って、チームの強化に励んだ。

 

 それでも春高予選までに全てが身につくかと言われたら、そうじゃない。

 最初までは順調だったものの、今度はインターハイ予選では当たったことのない別の強豪に完膚なきまでにやられていた。


 今まで先輩らが活躍していたことで、岸昏以外の試合経験が足りておらず、いくつか練習試合は組めていたものの、彼女らもまたバレーに全てを捧げているというほどでもなかったから。


 様々な柵が岸昏の行く手を阻む。

 勝利という栄光から、我が身を遠ざけていく。


 岸昏にとって、とてもバレーが楽しくない時期だった。


 それよりも、そのままでいることの方が岸昏には耐え難いものだった。

 だから、岸昏が指導をやめることはなかった。


 同時に自己の強化にも重点を置き、徹底マークされる自身のプレーの見直しと解決策を考案し、ひたすらに見えない壁と向き合っていた。


 先輩の誰一人がいなくなり、高校最後の夏。

 同級生の実力は先輩たちを超える勢いで成長し、後輩もまた強豪と名を連ねる超高校級の選手プレーヤーに勝るとも劣らない実力を身につけている。


 昨年の屈辱を晴らすべく、挑んでいる夏の予選。

 順調に勝ち進んでいるチームの雰囲気は良好。


 心配なのは怪我やメンタル面のケアと言った部分。

 選手の誰しもが調子のいい状態を維持することができるわけではない。


 プロならまだしも、岸昏たちはまだ学生であり、高校には成績によって補修になったり、遠征に行けなかったりするわけだから。


 選手一人一人が自己管理を徹底することも促しては来たけれど、10代やそこらの学生がそこまで徹底できるはずもなく。


 故に岸昏のような存在が厳しく管理し、強さの定着を図っている。


 もう既にキャプテンの域どころか、監督やマネージャーの仕事を兼任しているようなものだが、バレーに関して思考を働かせることは、岸昏にとっては学校の授業なんかより何倍もマシなことであるため、苦ではなかった。


 その一環として、球技大会という学校行事も女子バレー部にとっては重大なイベントだった。


 五市波高校の球技大会は年に2回あり、1学期と3学期で種目が違う。

 女子の場合、1学期の種目がバレーということで、バレーを本業とする女子バレー部の皆は活気に満ち溢れていた。


 というのも、バレー部に所属する面々は大体が体育会系で、気になる男子にアピールする場として人気だった。


 先輩方の中にも、自身の活躍を披露することで彼氏ができたなど、恋が成就したという噂を耳にすることが多い。


 それは男子にも置き換えられる話で、こういうイベント事で活躍した選手は一躍クラスの人気者になり、恋が実るというジンクスがある。


 試合に勝ち、恋愛も上手く行くことで縁起を担ぎ、インターハイ予選もこの勢いに乗って勝ち抜けるという流れを形成する。


 かく言う岸昏もまた、そのジンクスに中てられていた。


 岸昏も一人の女の子。

 恋に現を抜かすことだってある。


 今まではチームの強化に徹してばかりいて忙しくはあったけれど、学校では普通に一生徒として活動している。


 そんな岸昏の印象についてだが、学内では以下の内容で通っている。


 部内では練習に厳しい先輩として名高いものの、とやかく怒鳴るというわけでもなく、注意やコツなど的確な指示で選手一人一人に真摯に向き合っており、好評がある。


 が、チームで慕われると同時に恐れられてもいる。


 普段はクールで優しく温厚ではあるが、バレーになると途端に熱くなる。



 ――『THE 体育会系』。



 それが彼女に対する皆の印象だった。



「「「「「―――」」」」」



 そして、岸昏の一声に皆の反応はと言えば、予想通りのものだった。


 彼女はバレー部であり、体育会系。

 例年ではチームのまとめ役として買って出ていた。


 そこに周りの不満は特になく、あるとすれば不真面目な生徒には目もくれず、ひたすらに勝利に貪欲であるという点。


 それは文化系に対しての扱い方で、彼女曰く『やる気のない人に強要したところで意味ないでしょ』とのこと。


 彼女はさっぱりしていた。

 球技大会では体育会系ばかり起用する生徒であり、勝つために不要な者は切り捨てるというほど、はっきりした性格をしている。


 ただ、全員参加が絶対付けられている球技大会において、彼女が今までにしてきた対応としては、ぞんざいという言葉とは程遠いほど真摯なものだった。


 強要はしない。

 ただサポートはする。

 声掛けもする。

 

 そうしたプレーで、いつもチームを支えてきた。


 たとえ文化系がミスをしようと怒らないし、どんまいや頑張れなどの励ましも送らない。


 ただ『もっとこうすればよくなるよ』『ごめん、今の私のミスだわ』『トスの高さはこれぐらいでいい?』など、周りのプレーの向上に気を配っていた。


 『繋ぐ』ことが重要なバレーボールという球技において、コート上でたった一人上手い選手がいても、訓練された組織には敵わないと、彼女は誰よりも知っているから。


 勝つためには、誰かの協力が必要不可欠で、わざと負けるというのも論外。


 だからこそ、彼女はチームの強化に徹してきた。

 

 そんな彼女の指導で、過去2年間に開催された球技大会は白熱なものになっていた。


 運動が苦手なはずの子は、平均並みにまで成長し、運動が得意な者は、レギュラーを張れるくらいにまで実力を上げていた。


 彼女の指導で、誰しもに言えることが、バレーの楽しさを知ったということだった。


 痛くて辛いレシーブの快感。

 スパイクに必要な助走とテンポ。

 ブロックに入るタイミング。


 ことバレーに関して、彼女は優秀だった。


 試合中、追いつかないほどの点差が開いていて、そのセットを落とすことになったとしても、わざと落とすなんて考えには至らない。


 最後まで必死に足掻く。

 そして、次のセットで勝つためにどうすべきかを考える。


 次のセットで勝つために体力の温存を図るにしても、ただセットを落とすのではなく、粘って相手の体力を少しでも削るだとか、相手のミスを誘ったプレーでイラつかせ、さらにミスをさせやすくするだとか、一本一本に意味を持たせたプレーを最後まで心掛けている。


 バレーをやっている者なら、いずれは辿り着くであろう思考を彼女は既に持っている。

 

 だから彼女は強いのだと、彼女を知る選手は皆その見解に至る。


 ようするに彼女は生粋のバレー好きで、ただのバレー馬鹿なのである。



「――そんじゃ、リーダーは岸昏で」



 岸昏を後押しするように一人の少女が手を挙げる。

 それは岸昏にとって聞き馴染みのある声だった。


 黒髪ショートカットに切れ長の目と、175センチという身長に加え、女子にしては低い声音が男子と見紛うほどの存在感をを醸し出している。

 クールビューティーという宝塚のような印象を受ける彼女に対し、勘違いをする生徒の多いこと。

 だが彼女の胸には確かな膨らみがあり、岸昏と同等のサイズが男子でないことを強調している。



 そんな男女ともに人気の高い人物像を作り上げている、バレー部副部長――『黄浜千代おうはまちよ』は口を弧にして賛同していた。



 彼女はいつもおおらかで、気のない返事をしているように見えて、話しをよく聞いてくれるうえ、助言をくれる。

 話しかけやすい人物として相談相手には持って来いということで、部内では後輩から親しみを持たれている。


 黄浜は岸昏と同小同中の幼馴染で、同じクラブチームに所属していた。

 当時は天真爛漫だった岸昏とは違い、黄浜の常に落ち着いた風貌は相変わらず。

 中学、高校と進級進学を繰り返してもなお、岸昏の補佐役として立ち回っており、今の岸昏があるのは彼女のおかげ。


 黄浜の存在があったから、岸昏は腐らずにここまでやって来れていた。


 セッターというスパイカーの道を切り開くポジションも。

 岸昏が苦手な理系分野を得意であったことも。

 感情の起伏の激しいはずの岸昏とは別で、常に冷静な目で物を見られるようなところも。


 それら全て、岸昏のためになるようなことばかり。

 無論、それは黄浜自身が選んで進んできた道であって、自然とそうなったに過ぎない。


 黄浜もまた、岸昏から刺激をもらい、影響を受けてきた。


 岸昏の頑張り屋なところ。

 無鉄砲でありながら、バレーに常に真摯であるところ。

 何事にも全力で、ひたむきなところ。

 誰かや何かに本気で怒れるところ。


 上げ出したらキリがないほど、彼女は自分には持ってないものを持っているからと、互いに惹かれ合っていた。


 それぞれ対極的で、普通なら決して交わることのない道。

 互いにないものを補い合っていた結果、今がある。


 ただ、一度だけ。

 黄浜が岸昏に合わせて行動していることが一つ。


 彼女の傍にいると退屈しないからと、それに彼女が活躍している姿は見ていて気持ちがいいからと、岸昏と同じ五市波高校の進学を選んだこと。


 中学でも有名だった岸昏は、周りに天才と謳われていた。

 その分、影で努力している姿も知っていれば、日常では抜けている面もあり、放っては置けないという点から、志望校を同じにした。


 昔から自分に頼り切りだった彼女が自分なしでやって行けるのかという心配が少なからず黄浜の胸にはあり、そこだけは岸昏に合わせて、同じ志望校だからと勉強を見てあげたりもしていた。


 そんな時、岸昏から「私に合わせてない?」と申し訳なさそうな顔で疑われ、『こんな時にだけ勘が鋭いんだから』と呆れた瞬間を黄浜は今でも覚えている。


 それでも、黄浜がそれを口にすることはなかった。


「何言ってんの。家から近いからに決まってるじゃない。それに五市波高校は偏差値が地味に高いところなのよ? 逆にあんたの『制服が可愛いから~』とかで受ける方が余程よっぽど無謀なことに思えるんですけどぉ? 私より成績、下のくせに」


「く……っ」


 そうやって誤魔化して、岸昏を真実から遠ざけていた。


 彼女と一緒にまだバレーを続けていたいという気持ちが、黄浜の胸には確かにあった。

 そして、それを強くしたのが、あの2年の夏の終わり。


 ベンチから岸昏のプレーをただ指を加えて見ていることしかできず、どんどんと止められる彼女のスパイクに歯軋りする。


『どうして彼女を一人にした?』

『どうして私はここにいる?』

『どうして私はあそこにいない?』

 

 1年性の頃は、頼もしい先輩のもと、全国で活躍する彼女の勇姿を目に只々自分が誇らしかった。


 『どうだ、うちの岸昏は凄いんだぞ』と、自分のことのように得意げになっているだけだった。


 同時に少し寂しい気持ちに駆られながら、翌年にはレギュラーになろうと期待に胸を膨らませるだけだった。

 

 だが、2年生になっても夏の大会には出られず、仕方がないと済ませていた。


 別段、努力を惜しまなかったわけじゃなく、盗める技術は盗めるだけ盗んでいた。

 それでもレギュラー入りを果たせなかったのなら、致し方ない。

 自分の努力が足りていなかっただけだと、割り切るほかない。


 少なくとも春高予選には試合に出たいなと、そう思っていた矢先、インターハイ予選で敗北した自チームを前に悔しそうに唇を噛む岸昏に怒りを覚えた。


 否、どうしてあんなにも凄い岸昏が手も足も出ず、去年のような活躍ができなかったのか。

 その理由が、不甲斐ない先輩と岸昏に頼り切りだったチームにあるとわかっていながら、自分は何もできず終わってしまっていた。


 あの場に自分がいたら、岸昏を孤独な英雄のまま終わらせはしなかった。

 いや、今の自分が出しゃばったところで、先輩たちの二の舞にしかならないだろう。


 そうだとしても、彼女一人に責任を負わせるのは間違いであると。

 悪いのは弱い私たちなのだからと、彼女にそう言って上げたかった。


 そういった励ましの類でさえ、試合にも出ていない自分が言える存在ではないことは、一番わかっている。


 それが悔しくて堪らない。

 自分への怒りが煮え滾った夏だった。


 それからというもの、黄浜はセッターとして磨きをかけていった。

 スパイクサーブが得意な岸昏に対し、自分の得意なジャンプフローターサーブを極め、彼女を活かすプレーも研究しながら、戦略を練る。


 時には岸昏に相談して、彼女は彼女でチームの強化に徹していることを知り、後輩たちの考えも汲み取りながら、部長との間を取り持つ役柄として、少しでも岸昏の負担が軽くなるようにと動くようにした。


 その後、先輩たちがいなくなったチームで春高予選の正セッターとして出場は叶うも、強豪には敵わず。


 岸昏以外、高校初めての公式戦であったものの、練習試合と比べれば、そこそこ活躍ができていた。

 それでも、彼女らのミスは多く、じわじわと広がる点差は自力の差で、その焦りから早る黄浜のセットアップに合わないなんてこともあった。


 以降、自分のせいで負けたのだと、黄浜は自分を責めた。

 それを予選終了後の練習中、二人だけの体育館で黄浜は口にした。


「確かにミスは多かった。でも、それは千代が必死で流れを変えようとした結果。そして、あのトスに合わせられなかった私たちのせいでもある」


 所詮は先輩の穴を埋めるための代理人で、消去法で決められただけなのだと、それまで黄浜は思っていた。


 だが、黄浜がセッターに選ばれた理由としては、確かな実力があったからだと、岸昏は言う。


「あの早いトスに合わせ続けられるだけの体力が1年にはまだない。この前の試合だって、追い縋るのでやっとだった。だから、私一人、あのトスに合わせられても意味がない。私も、あんな早いセットアップからの無茶な攻撃、何本も打てるわけじゃないし。そもそも、あんな早い攻撃があるだなんて知らなかったし……ほんと、あれができるなら、もっと早く言ってほしかったわ」


「ごめん……」


 彼女は人に励ますことを言わない。

 故に彼女がくれる言葉は単なる事実で、それ以上でも以下でもない。

 だからこそ、彼女の言葉には嘘偽りがなく、説得力がある。


「ただ、あれをいつどこで、誰とやろうと打てるようになれば、このチームは確実に強くなる。だから今、練習してるんじゃない」


「……そうだね」


 インターハイ予選で悔しがる彼女を励ませるくらい、対等の存在になりたくて、その横に並び立ちたくて頑張ってきたのに。

 今はまだ、励まされているのは自分の方で。

 情けない話ではあるけれど、その言葉に救われた。


 こんな屈辱をもう味わいたくない。

 だから必死こいて、先輩たちの技術を学び、自分のものにして。

 彼女の隣に立つことを目標にここまで頑張って来れた。


 二人が出会ったのは偶然か、必然か。

 神様の悪戯か、はたまた運命か。


 二人はいつも、そうやって、互いに互いを鼓舞し合う。

 

 そんな過酷な時を経て成長した二人からは、隠し切れぬ熟練感があり、その風格が3年女子体育会系には頼もしく映っていた。


「では、リーダー? まずは自己紹介から」


 なぜだか、この場を黄浜が仕切っており、岸昏は眉を顰めつつも、前に出る。


「……岸昏弥生です。バレー部部長で、ポジションはWSウィングスパイカー。よろしくお願いします」


 仏頂面で、愛想など感じられない様に疎らな拍手が飛ぶ。

 聞き慣れない単語に首を傾げている生徒もおり、黄浜は肩を竦める。


「それじゃ、ルールのおさらいだけど……」


 資料を読み上げ、互いに理解を深めていく。

 所々、黄浜が解説を入れてくれては、岸昏が深掘りする。

 特別なことなんて何もなく、ただチームの雰囲気的には悪くない流れだった。


 読み終わると、岸昏たちは『これからどうしよっか?』と言った具合で、皆の顔色を伺う。

 前面側のコートでは、解散していく文化系たちの姿があり、3年女子体育会系チームの中にも帰りたそうにしている者がいる。


 その反面、練習をするんだろうなと予感している生徒も少なくはなく、遠慮なく練習に力を入れようと岸昏は動く。


「文化系も解散しているみたいだし、今日はコート全面使えるわね」


 岸昏の息巻いた発言に『やっぱり』と落胆する生徒半分、やる気に満ちている生徒半分と言ったところか。

 案の定の結果に仕方なく受け入れている様子だった。


 そうして、コート二面を使って、チームをクラスごとに4つに分割し、余ったチームを審判として観戦させ、試合形式の練習へと移る。


 皆が用具など準備をしている中、ふと体育館の隅で、解放された扉の前に佇む一人に目が行く。


 長い銀髪をおさげにし、ゴールド色の丸眼鏡をした、赤眼の少女。

 色白な肌と華奢な体つき。

 身長は女子にしては高めの170センチにして、胸は岸昏と同等か、それ以上のサイズ感。


 文化系にしては細身でスタイルのいい彼女に岸昏は秘かに対抗心を燃やしている。

 彼女の視線の先に映る者を目にその温度はさらに上昇する。


「はい、そこ! 適当に跳ばない! ブロック、タイミング遅い!」


「気合入ってるわねぇ……」


 周りのプレーを観察し、指摘する立場にいる二人。

 他クラスとチームを組むなんて機会は全くなく、一風変わった球技大会に岸昏は少し期待に胸を膨らましていた。


 なぜなら、今まで2年間。

 隣にいる黄浜とは別クラスで、球技大会においてチームを組んだことがなかったから。

 1、2年と互いのチームが優勝争いするのが恒例で、共に白熱の試合で盛り上がっていた。


 それもそれで構わないのだが、結局はバレー部対決になるわけで、マンネリ化したオチに岸昏は物足りなさを感じていた。


 故に二人して体育会系を選択し、現バレー部最強の二人がタッグを組める今回の球技大会は、過去最高に熱を帯びたものとなっていた。


 傍から見れば、体育会系が圧勝するだけの試合に見えるかもしれない。

 けれど、チームの強化に徹してきた自分にとって、自分の指揮が正しいものなのかどうか、采配などを試される場というのは、ありがたいもので貴重な機会だった。


 同時に岸昏には、倒したい相手がおり、それがまた闘争心を掻き立てる。


「……あいつには負けられないもの」


 『近江乃々《このえのの》』の視線の先。

 そこにいたのは、彼女が腹心として支えてきた生徒会長『榊燎平さかきりょうへい』だった。

 彼女は彼女で生徒会を通じて彼と仲を深めてきたようだが、彼と仲を深めているのは彼女ただ一人ではない。


 岸昏もまた、彼と仲を深めた人物の一人であり、彼を慕っている者の一人でもある。

 榊と同じく運動部で、バレー部とバスケ部は体育館の半面を使って時を何度も共にする機会が多くあった。

 その際、休憩の合間に駄弁って団欒したり、冗談を言って笑い合ったりと、仲睦まじい空間が確かにあった。

 それが岸昏の胸に暖かな気持ちを齎していて。


 月日が経つにつれ、彼に思いを募らせて。

 二人はそれぞれ、同じ男子に好意を寄せていた。


 それを当の本人、榊が気づくことはなく。

 ただ彼女ら二人が揃う度、軽く言い争いをしており、なぜか知らない間にライバル関係にあるという、そのことだけは認知していた。


 つまりはようするに『近江乃々』と『岸昏弥生』は『榊燎平が好き』だということ。


「え? なんか言った?」


「……いいえ、なんでも」


 そんな岸昏に思いを寄せる人物が一人。

 体育館の解放された扉の向こう、グラウンドには円陣を組んだ筋肉質な男の集団がいる。


 その中心で声を張り上げている黒髪短髪のスポーツマン。

 榊・元生徒会長と同様バスケ部所属であり、彼を敵対視する体育会系。

 自分と同じく元生徒会を敵に回すあたり、岸昏の胸には少しばかりの親近感が湧く。


 必死になって勝利に足掻くところ。

 挫折を味わっても尚、好きな事にひたむきで、努力を苦だと思っていないところ。

 

 スポーツを極めし者なら誰だって行きつく『自己管理』の徹底に彼もまた根っからのスポーツマンなのだと思う今日この頃。


 それが岸昏の目に映った『黒木達央くろきたつひさ』という男の印象だった。


「バカ……」


 彼が必死になる理由を知っていながら、脳裏に過ぎった情景に岸昏は唇を尖らせる。


『言ったな? 約束、守れよ』


 ほんの冗談のつもりで放った言葉に彼は真剣な声音で答える。


 できもしない条件を突きつけたはずなのに彼の瞳には確かな覚悟があって、真に受ける彼を前に『ふーん? できるもんならやってみなさいよ。ま、あんたには無理だろうけど』と売り言葉に買い言葉。


 いつもなら、黒木もまた『上等だ! やってやろうじゃねぇか!』とでも捨て台詞を吐いて、言い争いの果て、その場を後にするのが恒例のはずだった。


 それなのに彼は不敵に『ふっ』と賺した笑みを零して、立ち去って行った。

 

 何も言わずに去るあたり、それだけ真剣なのだと伝わった。

 今更、冗談よと訂正もできず、今に至るという。


 思わず交わした口約束に『叶ってしまったらどうしよう』という不安と焦り。

 『叶うわけないわよね』という呆然と安堵。


 どっちに傾くかわからない天秤にヤキモキしつつ、今は目先のことに集中しようと頭を切り替える。


 そう自分に言い聞かせながら、プレーには一切支障をきたさない岸昏だが、暫くの間、内心穏やかじゃない日々を送っていたのは言うまでもない。



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