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仮面舞踏会 ~隠密優等生《オタク》な俺と生徒会長《おさななじみ》の君と~  作者: 「S」
生徒会日誌Ⅱ ―波乱の球技大会(1学期編)―
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レポート82:『先行き不安』

「えー、ではこの中で、運動が得意な人〜……挙手!」


 サブグラウンドのバスケットコート。

 そのゴールポストを背に一人の女子生徒は声高らかに手を挙げる。


 長い黒髪を靡かせ、掲げた手は太陽の光を浴びて、より一層、肌の白さを際立たせる。

 体操服の下には、隠しきれない確かな胸の膨らみがあり、明らかに標準よりは大きい。


 そんな常に明るく、誰にでも優しい彼女を前に2年体育会系女子、略して『2年体(女)』はこぞって手を挙げる。


 『五市波高校うちの生徒会長はなんて可愛いさなのだろう』と、手を挙げた誰もが微笑ましそうに見つめている。


「ふむ」


 50名中、3分の2ほどの手が上がったところで『2年体(女)』のリーダー『長重美香ながえみか』は安堵する。


 思っていた通り、体育会系の中に文化系らしき人物がチラホラと混在している。


 『さすが、うちの副会長は頼りになる』と長重は感銘を受ける。


「それじゃあ、今手を挙げた人はこっちに集まってください」


 右手にぞろぞろと運動が得意な女子が集まったところで、今度は残った生徒に対し、長重は新たな質問を持ちかける。


「じゃあ、次。運動がそこそこできるよ〜って方ー……こっちに集合!」


 同様に一般層に向け、左手に集まることを指示する。

 すると、残りのほとんどがそちらへと流れていき、人数差の激しいグループが3つできあがる。


「ふーむ……」


 中央に取り残されたグループこそ、運動を苦手とする体育会系に迷い込んだ文化系たち。

 今一度、自分たちが体育会系のリーダーに任命された理由を思い出し、長重は眉を顰める。


 右手、左手、真ん中の順に割合としては3:2:1と言ったところか。

 うち紛れ込んだ1のために長重たち生徒会は派遣された。


 彼女らのサポートに周り、体育会系とのいざこざを治めながら、チームを盛り立てていく。

 橋渡しやカンフル剤としての役割を担ったリーダーであると自負している。


 ただ、彼女ら体育会系を相手にしながら、数名の文化系をサポートするというのは、少々難儀である。


 その逆であれば、ヒエラルキーをもとに上下関係を築くことができたのだが、体育会系のほとんどは自らが下だという自覚をしないため、先導しづらい。


 文化系は控えめなために引っ張りやすいが、体育会系は対等か自分が上、もしくは頭が一個分下というような立ち振る舞い方をするため、道理が通じなかったりする。


 男子であれば楽観的で済むのだが、女子の場合はお淑やかで品があるというより、気が強かったり、物怖じしない性格が多い。


 特にそれは体育会系にこそ当てはまるもので、下手なリードは反感を生む。


 敵をつくらず、穏便に事を済ませながら、それぞれの仲を取り持たなければならない。

 これに関しては、本当に億劫な話だった。


 けれどそれは、チームを引っ張るのが、長重一人だったらの話。


「エミリー」


「んー?」


 長重の隣にはもう一人、副リーダー的存在が配属されている。


 桃色の髪をさくらんぼの髪ゴムでサイドテールにした色白な少女。

 長重よりも胸は少し小さいが、これもまた標準より大きいレベル。


 常に真顔というのが標準だが、人と話すと途端に笑顔を見せる。

 その愛らしさに周りは彼女を『天使』と謳う。


 そんな誰もが愛おしいと思う存在『松尾まつおあかね』は長重に歩み寄る。


「集計終わった」


「ありがと〜♪」


「……うん」


 松尾は分かれたグループのそれぞれの人数を分析し、まとめていた。

 故にそれを終えて、クリップボードを抱えて報告に来たわけなのだが、彼女を見るなり長重は飛んで抱きついていた。

 松尾も満更でもないように頬を赤らめ、受け入れている。


 顔を見合わせては微笑み合う彼女ら二人を目に女子一同は揃って『尊い』と和む。


「それじゃあ……」


 気を取り直し、長重は満面の笑みを向ける。


「改めまして! 生徒会長の『長重美香ながえみか』です! 2年体育会系女子、略して『2年体(女)』を引っ張るリーダーとして、このチームの勝利に貢献すべく配属されました。何かわからないことがあったら、何でも聞いてください!」


 敢えて忘れられていた自己紹介をここで行い、疎らな拍手が飛んでくる。

 そこへ割り込むように一人の女子生徒が挙手をする。


「はい!」


「はい、何でしょう?」


「会長は彼氏いますか!?」


「いません!」


「え~、意外!」


 球技大会など関係ない、思いもよらぬ質問に長重は即答する。

 こんなに人当たりのいい彼女に男がいないという解答に女子たちは「へ~、そうなんだっ♪」と騒めき合う。

 このままでは話が良からぬ方向にずれてしまいそうだなと察した長重は、すかさず松尾にバトンタッチする。


「同じく、生徒会から来ました。書記の『松尾あかね』です」


 無難な挨拶を済ませ、またも余計な詮索が入らぬよう長重は早速、本題に移ろうと動き出す。


「それではまず、当日の流れから」


 そう言ってプリントに視線を落とし、周りも目を通していく。


 球技大会本番の試合の流れは以下の通り。


 ①総当たり戦

 ・体育会系と文化系で5試合行う。


 ②敗者復活戦

 ・①にて負けたチームで総当たり戦を行う。


 ③トーナメント戦

 ・①にて勝ち星の多かった各学年+②にて勝ち星の多かったチームでトーナメント戦を行う。


 ④エキシビションマッチ

 ・③の優勝チームと先生チームとの対戦。


「①は必ず5試合行います。うち3試合先取したチームにトーナメント戦への出場権が与えられます」


 勝った方に決勝戦進出が許される。

 それだけはわかる物言いに周りの反応は似たり寄ったりだった。


 まるで、自分たちが勝つと言わんばかりに自信満々の不敵な笑み。

 きっと皆の頭の中には決勝戦に来た後の対戦相手が誰なのかということに思考は働いている。


 予想通りの反応にその危うさを懸念しながら、長重は何の質問もない現状に肩を竦める。


 逐一答えるというのは面倒で、答えられない質問が来ないかだけが心配だった。

 ただ今までの傾向からして、女子たちの理解は十分なようで安心する。


 おそらくはこのまま何事もなく終えられるだろうと、長重は説明を続行する。


「②からは、試合ルール7か条を適用するかしないかの選択権が発生します。それは対戦カードによって変わってきますが……ここはあまり気にしなくていいですね。ただうちは、ハンデを与える側がメインなので、油断のならないように行きましょう」


 ②から、面倒なルールが追加されていき、生徒の誰もが不満を垂れるかと思いきや、メンバーの皆の反応は無言の相槌だった。

 依然とプリントに視線を落としたまま、頰を緩ませており、自分たちには関係のない試合だとでも見ているのか、強者の余裕だった。


「③は、①でそれぞれ3勝した1年から3年と、②の敗者復活戦にて勝ち上がったチームで、トーナメントを行います。ここも、どこと当たるかはわからないので、覚悟だけはしておいてください」


「「「「「……」」」」」


 ここに来て、皆の表情が硬くなり、気が引き締まったのを感じる。

 ここだけは別なのだと、ここからが本番なのだと、どう勝ち上がるかだけに意識が向いている。


 上ばかり見ていると足元を掬われかねないというのに下を向いているのは、紛れ込んだ文化系だけだった。

 案の定の構図に長重は呆れて、秘かにため息を零していた。


「④に関しては、おまけみたいなものなので、出たい人はどんどん声をかけてください」


 それでも崩さない笑みは、生徒会長としてさすがと言うべきものだろう。

 明るい声音に変わりはなく、誰もが好意を抱く『長重美香』を貫いている。

 

 上に立つ者が暗くては、その輪は広がり、周りも暗く沈んでしまう。

 先導する者に自信がなければ、周りも不安がってしまう。


 だからこそ、長重がどんな心境を抱いていようとも、周りにはお構いなしという対応が必要とされている。


 明るい笑顔で、いつも優しい。

 そんないつも通りの『長重美香』を貫き通さなければならない。


 いつしか周りの誰も、本当の長重に気づけなくなる。

 そういう行為であると、長重自身気づいている。

 すでに幾度か、切ない思いもしている。


 それでも長重が笑顔でいられるのは、皆のため。

 皆が笑顔でいられるというのであれば、喜んで身を粉にして働く。


 それは、かつての『彼女』が築き上げた『長重美香』の根っことも言える本質。


 どこまで行っても、彼女は『彼女』のままで、何も変わらない。


 ただ一つ、例外があるとすれば、今の彼女には皆だけで成り立つほどの理由ではないということ。


 たった一人だけ、言葉を交わさなくても理解してくれる存在が一人だけいる。

 今はまだ、突出して光りを帯びているわけではないけれど、彼女の心を確かに照らす光である。


 少年の存在が、胸に暖かな灯火を宿らせる。

 まるで暗闇の中、灯された蝋燭の火が、辺りを照らすかのように小さな熱が胸の内に広がっていく。


 その正体が何なのかは、長重自身わかってはいない。 

 けれど、ちっぽけでありながら、胸の奥に広がる名も知れぬ感情に少なからず思いを馳せている。

 

 それに長重が気づくのは、もう少し後の話である。


「はーい!」


 脳裏に過った少年をとある少女の声が掻き消し、長重は気を取り戻す。

 一人の女子生徒(小麦色の肌に金髪のショートボブをした元気のいい生徒)の反応により、皆の理解は十分なようで、長重は話を進める。


「次にルールのおさらいです」


 今球技大会における本命、試合ルール7か条の説明に入り、皆は静かに耳を傾ける。


 女子における球技大会のルールは以下の通り。



 ―――――――――――――


 女子バレーボール ~試合ルール7か条~


・両チーム、全試合中(総当たり戦の中で)1回は出場しなければならない

・両チーム、攻撃はなるべくレシーブ・トス・アタックの3回で返さなければならない


・両チーム、ローテーション毎に出場していない選手と交替する


・体育会系チームは特定の指名選手2名以外、連続して試合出場することはできない


・文科系チームは固定メンバーを選出できる

・文化系チームのタッチネットはノーカウントとする

・文化系チームのサーブはライン内外を問わないものとする


 ―――――――――――――



「上記二つに関しては、今まで通りです」


 1項目目に関しては、男女問わず適用されるもの。

 よって誰も気にしてはいない。


 2項目目はバレーボールの基本であり、体育の授業でも言われていること。

 1回や2回でボールを返してもいいが、無闇矢鱈とそれだけを繰り返しても意味がない。

 授業で習った技術を活かして戦う。

 これに関しても、体育が得意なチームに関しては気にする要素でもないだろう。


 気にするべきは以降の項目である。


「3項目目に関しては、見ての通り。5試合ある総当たり戦にて、チーム全員の出場。1試合、25点先取の3セットマッチを先に2セット取った方が試合を制することになります。それが5試合あるので、最低でも10セットの中で、全員出場を果たさなければなりません。一方的な試合であれば、全員出場できず敗北する可能性もありますので、ここだけは注意してください」


 バレーボールに関しても、タイム制から本来あるべきルールの形へと移行し、例年に比べ少し複雑になった。


 されど、それも体育の授業でやっていたことであるため、運動の得意な体育会系にはさほど気にする要素でもなく、問題視している点は別にある。


 バレーでは基本、相手の攻撃を凌いだ際、ローテーションが行われる。

 それにより、メンバーの一人と交替する機会が発生する。

 それは、ずっと攻撃をし続ければ訪れないし、逆に展開の早いものであれば幾度となく訪れる。

 

 そのうちにチーム全員(50名)を出場させなければならないというのだから、計算のしようがない。


 ただ10セットもあれば、たとえ1試合ごとにメンバーを固定していたとしても、6人の出場枠を確保できるため、60人分の出場機会を設けられる。


 とはいえ、必ずしも連続して2セット先取できるほど、この世は甘くできていない。

 どんなに強い体育会系でも、編成次第で連携の上手い下手は変わってくる。


 何より、この『試合ルール7か条』は体育会系を勝たせないためにできている。


 それを後押ししているのが、次の事項である。

 

「4項目目に関しては、事前に選手を指名しておくことで、最大2名まで連続で出場可能になります」


 ほとんどそのままの文章を読み上げ、皆は顔を顰める。

 

 2名までしか、体育会系は連続して試合に出れない。

 その2名によって、チームの指揮は大きく変わる。


 チームで一番強い選手を配属する。

 そんな単純な話だと、大抵の者は思うだろう。

 他のメンバーも体育会系なのだから、誰と組ませても最強、負けるはずがないのだと。


 誰を選ぼうと一緒というのは、思考を止めた面倒臭がり屋の言い訳。

 チームを引っ張る意識のない連中が持つ、冷めた熱情。


 上っ面の言葉だけを重ね、雰囲気に流され盛り上がる。

 ノリよく調子をこいているだけの沸き立ち。

 ほとんど悪ふざけでしかない。

 

 だが、そこに本気で勝利を狙う先導者が現れたらどうだろうか。

 指導者でさえ厳しい意見を飛ばし、できるまでは終われない。

 そういう状況へ追いやられると、人は嫌でも終わらせようと努力する。

 

 その結果、皆の気持ちは一つになり、いつしか笑顔と涙で溢れていたりする。

 声を掛け合い、意識の差はあれど多少なりとも努力をし、感情の共有を図る。

 どんなに短い期間であっても、同じ目標を持って共に走る仲間がいれば、絆は育む。


 それほどまでに選手の存在は大きく、行きつく先は異なってくる。

 その違いに、はてさてどれほどの人間が気づいていることだろう。


 それだけではない。


 6名のうち、2名が連続して出場できるということは、10セットであれば40名しか出場機会が訪れない。


 勝利を本気で狙うのなら、この2名は絶対に代えられない。

 そして、全試合で勝ち星を挙げてしまっては、全員出場を叶えられず、ルールに基づき敗退の恐れがある。


 ただしこれは、一方的な試合であったらの話。

 3勝したのち、わざと負けてしまえば、全員出場の条件は悠々と果たせることだろう。


 しかし、わざと負けるというのを嫌うのが、彼女ら気の強い体育会系女子。

 

 故にまず『2年体(女)』が片づけなければならないのが、この『チーム編成』に対しての問題だった。


「ちなみにこれは私の予想ですが、おそらくどこのチームもリーダーを選出していると思われます。この中で連続して出たいという人はいますか?」


 指名選手によって、チーム編成は異なってくる。

 逆に言えば、指名選手を決めてしまえば、編成に関しては後からどうにでもなる。


 ここで重要なのは、誰が選出されるか。

 やりたい者が挙手をすることに始まり、皆の総意があれば連続出場者に任命される。


 誰も自分より下手な人間に従いたくはない。

 加えて、優しさの欠片もない物言いをする選手の指示は聞きたくないというのが本音だろう。


 よってここでは、たとえ実力があろうとも、人望も伴う人材が優先して決められていくことになる。


 そして消去法により、最終的には生徒会長である『長重美香』が任命される。

 それが彼ら生徒会が導き出した答えであり、文化系同様、当初より予定していた事項。


 長重が体育会系にリーダーとして配属されたのは、アンケートの件により紛れ込んだ文化系のサポートに回るため。

 リーダーに選ばれた者の大半は、プレーでもチームを引っ張っていける選手を起用されている。

 長重たちは連続出場の枠も自分たちが埋めることを想定して動いている。


 だが運動が苦手な文化系とは違い、体育会系は運動が得意な連中の集まり。

 当然、長重たちよりも上手い選手がゴロゴロといる。


 より上手い者が扇動するのが基本であり、強者に付き従うのが生物としての本能。

 長重たちはリーダーに任命されただけで、実力に関してはそこそこでしかない。

 

 されど、この学園において誰よりも人望を持っているのが『長重美香』という女。

 それを鑑みて、指名選手枠もゲットできるだろうと鏡夜は踏んでいた。


 何の不安要素もなければ、だが。


「ん?」


 ふと、金髪ロングの長身色白ギャルが挙手をする。


「ねぇ、それっていつまでに決めればいいの?」


「当日にメンバー表を提出してもらうので、それまでに決めていれば問題ないけど……」


「ふーん……」


 気怠そうな声とは裏腹に思考は何かに向いている。

 意味深な空気を漂わせる彼女に続き、今度は黒髪ボブと金髪ボブが手を挙げる。


「はいはい! 私も出たい!」


「私も私も!」


 案の定、運動が得意な体育会系こと、バレー部に属している女子たちが数名ほど名乗り出てくる。

 実力としては申し分なく、彼女らについて行けば負けることはないだろうとチームの皆は考えている。

 このまま行けば、例年通り、強者に付き従うだけのつまらない編成になるだろう。


 この流れはよくないなと思ったとき、透き通るような声がメンバーの耳には届いていた。


「はい」


 それは長重の隣にいた松尾だった。

 松尾の名乗りに周りは騒然と彼女を見やる。


 あまり目立つことをしない彼女が積極的に動いている。

 本来であれば、この場において手を挙げず遠慮するのが彼女であると、誰もの頭に印象付けられている。


 それ故に誰もが『意外だ』と、騒めいていた。


「私は……エミリーと出たいな」


 皆の考えなど知る由もなく、松尾はか細い声で長重に告げる。

 周りの反応を窺いながら、脳裏には少年の言葉を過ぎらせて、はにかむように頬を朱色に赤らめていた。


「私、エミリーがいてくれたら頑張れる気がする」



「―――」



 嬉しそうに零す笑顔に見惚れながら、松尾の思わぬ発言に長重は唖然とする。

 よくない流れだと互いに察知してはいたけれど、まさかこんな形で彼女が助け舟を出してくれるとは思いもしない。

 松尾の意外な告白に長重の表情は、嬉しさで滲み溢れていた。



「「「「「―――」」」」」



 対し、皆の脳裏には仲睦まじく笑い合う二人の光景から、二人を傍らに置き、試合を行う姿を想像している。


 それはとても眩しく、美しい世界だった。

 そこに誰もが頬を緩ませ、決まりだなと内心で呟いていた。


「じゃあ、この中で誰がいいか……挙手!」


 金髪ロングが仕切り、前に並んだ数名に対し指名選手の投票を行う。

 続々と数名の女子に手が挙がっていき、松尾と長重は最後に回される。


「じゃあ、松尾と長重がいいという人……挙手!」


 ここまであまり手の上がらなかった女子たちは案の定、最後の二人に向けられたものだった。

 名乗り出た女子たちでさえ、満場一致で連続出場枠に長重と松尾を推薦している。

 松尾が即興で提案してできた流れとしては、文句なしの出来だった。


「それじゃあ、指名選手は私と松尾さんということで……」


 思いもよらぬ展開に少々、長重は動揺するも、結果としては案の定の結果であったため、よしとする。


「続いて、5項目目からですが……これはほとんど、文化系に向けたハンデですね。文化系は人数問わず、連続して出場でき、文化系はタッチネットによる失点がない。文化系はネットを超えるサーブが打てないということで、ラインの内側からサーブを打つことができる」


 どれがどういう意図で作られたものなのか。

 文化系は非力と侮っているからか、それが決め手となって体育会系の女子たちは、己が持つ価値観によって勝手に納得し、頷き合っていた。


「以上で、説明を終わります。何か、質問のある人はいますか?」


 粗方ではあるが、経緯は語った。

 それがため、周りから不満の反応は見られない。

 理解は十分ということで、長重は最後に締めを括る。


「それじゃ、一緒に頑張りましょう!」


 皆の顔色を窺い、長重の目の前に広がっていたのは高揚感に満ち足りた笑顔だった。

 のちに長重は、大きく息を吸い、拳を空高く、天に掲げる。


「優勝するぞー!」


「「「「「おおー!!」」」」」


 その掛け声は、大空に乱反射する。


「解散!」


 可愛い敬礼を披露して、微笑む長重に皆もまた口元を緩める。



「―――」



 徐々に解散していく皆を眺めながら、最後尾を歩いていく文化系を目に思う。


 こちらを一瞥する彼女らと視線が合い、長重は口を弧にして目配せする。

 『大丈夫だよ』と、安心させるような素振りに彼女らは瞬きして去っていく。

 

 今はまだ、不安で仕方ないかもしれない。

 もしかしたら、上手く行かないかもしれない。

 失敗してしまうかもしれない。


 そういう疑念が長重の中にもなかったわけじゃない。

 それでも彼ができると言ったのだから。

 彼に任せておけば、なんだってできるような気がする。


 根拠のない話だけれど、確信にも似た思いが胸にはある。


 きっとできる。

 きっと叶う。

 大成功に終わる。


 そんな自信で満ち足りていた。


「よし!」


 彼が言ったことが正しいと証明するためにも、そして全員参加の目的を果たし、楽しい球技大会にするために自分ももっと頑張らなければなと、気合を入れる。


 そうして振り返った矢先、松尾に見せた長重の表情は、夏に煌めく素敵な笑顔だった。

 


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