レポート79:『ルール改定案』
『――続いて、生徒会からのお知らせです』
とある朝会。
体育館に全校生徒は集まり、少し蒸し暑い。
その終盤、長重は壇上に上がる。
たったそれだけで、無気力に項垂れていた生徒の大半が顔を上げていた。
「生徒会からは、2週間後に迫った球技大会について、お知らせがあります」
その一言に辺りの視線は、長重へと集中する。
話題が生徒全員が対象の行事内容ということで、多少なりとも生徒の気を引いていた。
ただ長重が前に出ると、大体の生徒が目を向けるため、さして変わらないような気もする。
兎にも角にも、話題に興味を持ってくれていて何よりだと思う。
「今回の球技大会は、今までとは違った取り組みをします。テーマは『交流を深めよう!』です。今までは、クラス対抗の総当たり戦でしたが、今回は他クラスと合同でチームを組み、総当たり戦後、優勝チームでトーナメント戦を行っていきたいと考えています」
クラス合同のチーム編成ということで、チーム編成はクラス替えの如くランダムだと、誰もが思っていることだろう。
総当たり戦後のトーナメントというのも、おそらくはピンと来ていない。
例年であれば、他クラスとの試合で勝ち星が多いチームが表彰される方式だった。
学年ごとに優勝、準優勝したクラスには、次週の朝会で校長からトロフィーを受け取り、教室に飾るというもの。
けれど今回は、そうではないということだけは皆にも理解できたのではないかと思う。
おそらく、皆の頭には今、どういうチーム編成をするのかに意識が向いている。
だからお望み通り、その情報を解禁する。
「皆さん。先週のアンケート、覚えていますか? あれは、今球技大会のために行ったアンケートなんです」
「アンケート?」
「あれじゃね? あの『自分は体育会系か、文化系かー』みたいなやつ」
「ああ、あれか」
チラホラと聞こえる生徒の声により、皆はまだ、気づいていないのだと見て取れる。
長重は生徒の反応を一通り伺うと、言葉を紡ぐ。
「今回の球技大会におけるチーム編成ですが、私たちはそのアンケートをもとに決定しました」
生徒会がチーム編成を決めた。
誰もがそう思っていることだろう。
けれどそれは、半分嘘であり、半分本当である。
いや、皆が思っているような編成ではないと言った方が正しいか。
皆はきっと、チームが幾つか存在し、自分がどれかに配属されていると思っている。
けれど答えは、少し違う。
そこまで具体的な編成は、生徒会では行っていない。
もちろん、先生方でもない。
何が言いたいかというと、今から皆の期待を裏切るということ。
そして今を表すなら要するに『皆の度肝を抜く3秒前』である。
「ずばり、文化系VS体育会系! 勝つのはどっちだ選手権~!」
「「「「「―――」」」」」
まるで、動画配信者のような何の捻りもない煽り文句に周りは唖然とする。
一人笑顔で盛り上がる長重に置いてきぼりの皆は気を取り戻す。
「マジかああああ!?」
「ええええ!?」
「そのまんまやんけ!?」
「試合になるわけねぇじゃん!」
「当日休もうかな……」
それは、案の定の構図だった。
体育会系は活気づく半面、勝つ自信に塗れており、暇な一日になりそうだと退屈そうに嘆いている。
文化系はと言えば、げんなりしており、大半がサボることを考えていた。
そんな騒然とする生徒一同を前に長重は笑顔を崩すことなく、説明を続ける。
「皆さん。今回は今までとは違うと、そう言いましたよね?」
長重が微笑んだ直後、先生たちに目配せする。
各クラスの担任は動き、一枚のプリントを生徒たちへと配布していく。
「チーム編成が違うということで、ルールに関しても大幅に改定があります。それが、こちら」
長重は皆に渡ったものと同じ用紙を天に掲げ、生徒の視線を集める。
その中身を目に生徒一同は驚愕を露にする。
そこにあったのは衝撃の『ルール改定案』だった。
「表面には男子ソフトボールの試合ルール10か条が載っています。女子バレーボールは裏面に試合ルール7か条が載っています」
生徒の大半は驚きのあまり、開いた口が塞がらない。
長重の声が聞こえていないほど、辺りは静まり返っていた。
皆が唖然とする理由。
その内容はこうだった。
―――――――――――――
男子ソフトボール ~試合ルール10か条~
・両チーム、フォアボールによる出塁はなし
・両チーム、盗塁はできないものとする
・両チーム、全試合中(総当たり戦の中で)1回は出場しなければならない
・両チーム、打席が一巡したら選手総入れ替えを行う
・体育会系チームのピッチャーはど真ん中のスローボールしか投げられない
・体育会系チームは特定の指名選手1名以外、連続して試合出場することはできない
・文科系チームは固定メンバーを選出できる
・文化系チームに見逃し三振はない
・文化系チームのピッチャーは相手バッターからのファウルを通常のストライクとして換算する
・文化系チームの特定の選手はポジションを無視して守備を行うことができる
―――――――――――――
―――――――――――――
女子バレーボール ~試合ルール7か条~
・両チーム、全試合中(総当たり戦の中で)1回は出場しなければならない
・両チーム、攻撃はなるべくレシーブ・トス・アタックの3回で返さなければならない
・両チーム、ローテーション毎に出場していない選手と交替する
・体育会系チームは特定の指名選手2名以外、連続して試合出場することはできない
・文科系チームは固定メンバーを選出できる
・文化系チームのタッチネットはノーカウントとする
・文化系チームのサーブはライン内外を問わないものとする
―――――――――――――
本来であれば、男子ソフトボールのルールは上記3つ目までだった。
女子バレーボールも、上記2つ目までが例年のルールだった。
けれど今回は、今までとは違う。
サボる生徒に参加させることが目的であり、参加して損はないと思わせることが絶対条件。
そのために用意されたのが『ルール改定案』であり、誰もが楽しめられるようにと考えられた内容だった。
例年の球技大会は、体育祭同様、体育会系の活躍の場であり、たとえ全員参加を義務付けられていても、試合に出れるメンバーは決まっており、退屈な生徒が半分を占める。
当日に休む生徒も多くいた。
それを改善するべく、長重の『伝統を壊す』という一言から閃いたのが、今までにない『ルール改定案』という取り組みだった。
サボる生徒のほとんどは、出番の少ない文化系。
ならば、彼らにも出番を与えてやればいいだけの話。
ただ出番を増やしてあげるだけでは、活躍できなかった時、クラスの連中から野次を飛ばされ、嫌な思いをするだけである。
だからこそ、彼らが楽しめる環境が必要だった。
無理に一緒にしなくとも、仲の良い者同士でチームを組めば、多少は気が楽になる。
文化系を別のチーム枠で出場させることで、暇を持て余すことはなくなる。
しかし、単に体育会系と文化系に分けただけのチーム編成で戦っても、勝負は歴然。
体育会系チームが勝つに決まっている。
当たり前だが、ハンデをつけさせてもらう。
文化系の者の中には、各スポーツのルールを知らないという素人はいない。
皆、どこかしら体育の授業で習ったことのある競技だから、最低限のルールは把握している。
よって、文化系チームに必要なのは、勝てる見込みのある試合であるかどうか。
出場できても、勝てないのであれば惨めな思いをするだけ。
それならば誰も、参加しようとはない。
では、その差を埋めるためのルールがあれば、試合結果がわからないほどのバランス調整ができたのだとしたら、どうだろうか。
先の見えない戦い。
力の差は歴然であるというのに波乱万丈の展開を用意できたなら、多少は面白くなるのではないだろうか。
テレビでも、初心者VSプロの試合では特別ルールを設けることがよくある。
今回の球技大会も、それと同じような試みである。
「男女ともに試合はまず、文化系・体育会系で5回戦行います。それまでに必ず、チーム全員を試合に出場させてください。全員出場した後は、ルールに基づき、出場するメンバーを各自で決めてください」
普通なら5クラスの総当たり戦であれば、10試合はある計算となる。
うち4試合の中でクラスチーム全員を出場させなければならない。
それが去年までの習わしだった。
けれど今回は、各学年で5試合の総当たり戦があり、去年と比べて全員の出場枠を1試合多く確保できた。
トータルの試合数で言えば10試合と5試合で少なくなっているけれど、他クラスの観戦をするよりも、全ての試合で自分チームを見る今回の方が幾分かマシであると思われる。
ただ、試合数が減った理由は、それだけではない。
「また、総当たり戦後のトーナメントについてですが、これは各学年の優勝チームに加えて、各学年の敗者から総当たりで復活戦を行ったのち、4チームによりトーナメントを行います。トーナメントを勝ち上がったチームには、エキシビションマッチとして、先生チームと対決してもらうので覚悟しておいてください。なお、敗者復活戦以降の試合ルールにつきましては、対戦するチームによって、どちらが文化系か体育会系か決める、もしくは通常通りの試合を行うかの選択ができますので、頭に入れておいてください」
総当たり戦後にトーナメント戦を行う。
その内容は体育会系・文化系のうち勝ち星が多い方がトーナメント戦へと進めるというもの。
この場合、総当たり戦で5回戦中3試合先取した方に出場権は与えられるが、総当たり戦自体は5回戦まできっちり行うため、生徒の出場機会が減ることはない。
また、総当たり戦で負けた各学年の体育会系、もしくは文化系のチームにも敗者復活戦でトーナメントの出場枠を賭けた試合ができる。
つまりトーナメント戦は、1年生から3年生までの出場枠が確定されており、プラス敗者復活戦で勝ち上がったいずれかの学年のチームが戦うという学年対抗の試合。
交流を深めようということで、他クラスだけでなく他学年の生徒とも試合を重ねることで人間関係の輪は広がるというもの。
一番想像につきやすいのが、運動会などで行われる紅白リレーなんかがそう。
小学では1年生から6年生までの生徒に学年に囚われず知人ができたりする。
されど今回は敵チームとしての交流であるため、他学年と絆を深めるというのは難しいかもしれない。
その分、他クラスや自分のクラスの人と関係を深めるチャンスは増えており、他学年でも部活や委員会で顔馴染みの人の新たな一面を見れて、信頼関係に何かしらの影響は見込めるのではないかと思う。
兎にも角にも、これで総当たり戦の5試合と敗者復活戦の総当たりで3試合、トーナメント戦にて準決勝を同時に行い、決勝を含め2試合の計算で、球技大会の試合数は例年通り10試合となる。
そこに例年通り、優勝チームと先生チームとの試合を加えて、計11試合。
これは、出場しない生徒・先生方の大半が観戦できる仕様となっている。
自軍であっても、そうでなくても、知人の試合は気になるというもの。
故に出場しない選手は男女ともに1回試合に出れば、あとは観戦できる仕組みとなっている。
とはいえ、これも例年通りの取り組みである。
違うのは、総当たり戦後の試合は対戦カードによって『ルール改定案』を適用するかしないか、決定権が発生するということ。
たとえば、エキシビションマッチで言うと、体育会系チームが優勝したなら、先生方と本気の試合を楽しむもよし。
実力差があるのであれば、どちらかを体育会系・文化系に分別し『ルール改定案』を適用する。
これは両者が文化系チームでああった場合も、同様である。
「優勝チームにはトロフィーのほかに豪華優勝賞品をご用意しております。そして――」
ルールについては一通り説明した。
あとは、生徒に参加する意欲を満たす何かがあればいい。
それが優勝者だけではないと、それを知らしめるべく、長重は大きく息を吸う。
今までで一番の笑みをつくり、男子の大半はその笑顔に釘付けになる。
女子もまた、目を奪われる。
俺か? 俺はもちろん、射抜かれたに決まってんだろ。
「最下位のチームには罰ゲームとして、期末試験における各教科の課題を倍こなしてもらうことになります。これは、ルールを破った者にも適応しますのであしからず」
満面の笑みで何を言うのかと思えば、今回の球技大会には敗者に罰ゲームがあり、ルールを守らなかった者にさえ適用する決まりがあるよということ。
ようするにペナルティである。
「「「「「ええ――――っ!?」」」」」
長重の笑顔に目を奪われた連中は、途端に揃って驚きの一声を上げる。
体育館に響き渡るその声に長重の笑みは絶えず、崩れることはなかった。
「荒れるぞ? 球技大会……」
そこにふと知れず嘆く氷室の表情は、相も変わらず怖いくらいに鬼気とした悪戯な笑みだった。




