レポート66:『黄昏時の会話』
6月となり、迎えたとある放課後。
旧校舎の屋上にて、缶コーヒーを片手に黄昏る。
もうすぐ夏と言うか、もうすでに夏とでも言うか、普通に気温が高く、暑い。
ただ衣替えの許される時期となり、紺色のブレザーは速攻で仕舞い、半袖シャツを取り出し水色のギンガムチェックが入った紺色ズボンも薄手のものへと変えた。
そのおかげか、多少なりとも涼しい。
そして忘れてはいけないのが、自分のシンボルとも言えるパーカー。
今までは赤色のリバーシブルパーカー(裏地が青色)を着用していたが、衣替えということで同デザインのノースリーブパーカーへと移行。
それにより、熱がりで寒がりの変温動物である自分にとっては、調度いい体温調節ができているのではないかと思う。
いや、本当はめちゃくちゃ熱いけど、パーカーなしでは生きてはいけない体だから。
何といっても、常にフードを被っていることを余儀なくされている身として、素顔をさらすわけにはいけない。
素顔をさらすことと暑くてもパーカーを着用することでは、圧倒的に後者である。
黒髪くせっ毛、垂れ目の童顔、中学の頃と全く変化のない容姿。
早くも、身長や体重は停滞期を迎え、華奢な体つきに筋肉がつきごつくなるわけでもなければ、肉付きが良くなってブクブク太っていくわけでもない。
オタクにしては体力も筋力もある方ではあるが、見た目に現れないのがおかしな話。
精々、遺伝的に異様な力こぶが出ること、腹筋は割れていることくらいが肉体的男らしさを表しているのだが、服で隠れて周りの誰にも分らないというのがおかしな話。
自然と自分の男らしさを隠す体質をしているあたり、影が薄いということも相俟って隠密スキルに拍車をかけている。
自分は天性のステルス機能を兼ね備えているのではないかと、心地のいいそよ風が頬を撫でる中、呑気にも思う。
そんな自分の隣にはもう一人、黄昏る人物がいる。
くるんと跳ね上がったもみあげとツンツンと後ろ髪だけが尖っているインコのように刺々しい茶髪を靡かせる、切長の目に緑茶色の瞳をした高身長のイケメンさん。
自分と違い、太く筋肉質な男らしい腕と、見るからに長い足をした彼は、体育会系でありながら白い肌をしており、モデルと言われても信じられるくらい大人びている。
そんな男二人『真道鏡夜』と『氷室輝迅』はグラウンドを眺める。
中間テストを終えて、夏の大会へと向け、本腰を入れて活動する運動部。
部によっては既に予選が開始されている。
勝ち残り練習に更に力を入れるもの、負けて終わりを告げたもの、それぞれ思うところはあるだろう。
勝って浮かれて笑顔に満ちるか、気を引き締め険しい表情でいるか。
負けて笑顔なら呑気なもの、未だ悔しがっているなら、それだけ取り組んでいたという証拠だろう。
兎にも角にも、運動部ではない自分にとっては関係のない話。
ただ隣にいる生徒会・会計であり、バスケ部のエースである氷室は勝ち組であり、それが当然のようであるかの如く、氷室は落ち着いた表情を見せている。
本人から勝ったと報告を受けるより先に学内の噂で知った自分にとって『勝ったのか』という感想しか出てはこなかった。
氷室が凄いやつであることは周りの誰よりも知っている。
だから勝って当然なのだと思っていた。
ただ後に氷室から聞いて一番驚いたのが、その試合に氷室は出ていないということだった。
氷室曰く、自分が出てない試合のことを話して何になるんだよと言われたため、話さなかったのはそれが原因なのだと理解した。
次いで聞けば、監督の意向により、切り札は最後まで取っておくもの、何より氷室がいなければ勝てないチームであればこの先のし上がっていけるはずもないと、出させてもらえなかったらしい。
前生徒会長ことバスケ部の主将・榊燎平率いる、他3年生3人の起用、1年生にも経験を積ませたいということで富澤を加えた5人で難なく突破。
青春を謳歌している彼らを遠目に『氷室は部活に出なくて大丈夫なのか』と思うも、今日は月曜日で生徒会があるため、休みなのだと理解した。
「鏡夜の言った通りになったな」
「何が?」
そんな中、ふとして口を開く氷室は嬉しそうな表情で話題を振る。
「目安箱のこと」
「ああ……」
そのたった一言に察しがつく。
生徒会発足して間もなく、目安箱の配置を変えた。
ただそれだけの出来事に氷室は面白味を感じていた。
「今じゃ学校中の噂になってる。前生徒会に負けないくらいに今の生徒会は頼りになるって。富豪の浮気騒動を解決して以来、目安箱にはもう5枚以上入っているのが当たり前になっている」
事実を淡々と語る氷室に自然と納得する。
クラスや廊下で目安箱の件が話題になっている。
狙っていた通り、目安箱の存在が五市波高校に新たな風を齎し、活気付いている。
まさか、本当になるとは思いもしない。
だからこそ酷く単純な連中だなと、呑気にも思う。
「3階旧校舎の廊下にひっそりと置かれた目安箱……のはずが、時々2階にまで投票したやつらの声がする。生徒の期待大とは、プレッシャーですね~」
「ほとんど悪ふざけだろ」
「まぁなー」
人気のなかった旧校舎を徐々に広まる噂が賑やかにする。
その秘かな発信者となり、集まる悩みを解決していくことで、悦に浸れるという仕組み。
陰気で誰の目にも止まらぬ変人が画策していた出来事にその真相を誰も知らない周りは見ていて滑稽。
自分より格下だと思って侮っていたやつが活躍しているにも拘らず、何も知らない周りは騒ぎ立てるばかりで、変な勘繰りさえ起こさない様に低脳さが窺える。
そんな性格の悪い発想から生まれた目安箱の配置換え。
最初までは良かったものの、現状は無暗矢鱈と案件が募っては解決の繰り返しで、疲労が溜まる一方。
それがための息抜きとして、こうして氷室と駄弁っている。
「というか、どうでもいい」
眠気が強く、何度も『くわ~』と欠伸する。
そして同時に襲ってくる睡魔をブラックコーヒーで対抗していた。
もう飽きた事項に対し、退屈すぎて更なる眠気を誘ってくる。
やはりコーヒーだけではこの眠気は飛ばないらしい。
「寝不足か?」
「ああ……昨日は瑠璃が寝かせてくれなくて」
「ほほう?」
ふと零れた事実に何を勘違いしてか、氷室はニヤニヤと頬を緩める。
「……別に、お前が思っているようなことは何もないぞ」
「何があったんだよ?」
さっと氷室の態度が切り替わり、口にしようか迷う。
けれど対して問題ないだろうと、眠気がありのままを語らせていた。




