レポート59:『これが終わりへの始まりだったのかもしれない……』
「というわけなんだよ」
「いや全然さっぱり意味がわからん」
突然とやって来た氷室を前に放課後のハプニングに理解が行かず。
とりあえず、言われたことを整理する。
『1、目安箱に2枚の投票用紙があり、昨日のものを含め内容が浮気であったこと』
『2、同一犯ではないかと仮定し、それらしき人物を発見したこと』
『3、中間テストの勉強をしよう』
「俺がいない間に何があったんだ……」
1と2までは理解できても、最後の繋がりのない文脈に項垂れる。
それに答える気もなく、氷室は笑顔でノートを取り出す。
「とりあえず、授業のノート、別で取ってやったから」
「……」
今日一日の授業をまとめたノートに軽く目を通す。
その間、氷室は頬を掻いており、申し訳なさそうな顔を見せていた。
「昨日は、その……悪かった」
気まずそうに視線を逸らし、謝る姿に茫然とする。
『煩わしい』と言われたことを気にしていたのか。
それとも瑠璃を使ってまで、壮大な計画を企んでいたことなのか。
長重の情報を漏らしたことなのか。
どちらにせよ、ちゃんと伝わっていたことに安堵する。
だが、それを許せるかどうかはまた別の話。
正直言って、一日やそこらで気持ちに変化はない。
この件に関して、真道鏡夜が氷室輝迅を許すことは一生ないだろう。
「そうだな、全部お前が悪い」
「ぐっ……」
氷室には確かに反省の色は見える。
こちらに怒りをぶつけられるほどの気力はない。
氷室に科す罪と言えば、その過ちを二度と犯さぬよう、それを努々忘れさせぬものにしてやること。
そして今の自分にできるのは、この関係にできた『しこり』を取り除いてやることくらい。
恨み続けるほど、自分もそこまで鬼じゃない。
これを糧とし、今後ともギブアンドテイクの関係として、氷室にはまだ役立ってもらわなければならない。
そのために今回の件に関しては、大目に見てやることにする。
「手の込んだ企み。謝るなら『いじめ案件』を持ち込んだ1週間分だろ」
悪かったのは昨日だけではない。
その案を考えた時点で、氷室はあまり良いヤツとは呼べないだろう。
「けど、まぁ……」
全部が悪意に満ちたものだったなら、絶対に許せはしなかっただろう。
けれど実際、そこには善意しかなかった。
富澤を救いたい意思。
部長を助けたい意思。
先輩に報われてほしいと思う意思。
そして、真道鏡夜への恩返しからなる意思。
身勝手で独り善がりな行為ではあったけれど、偽善者とは呼び難い。
氷室の優しき理由が起因としているために全てを悪と見なすことはできなかった。
「半分は俺がやったことだ。手引きしたのはお前でも、結局いつかはああなってた。そこまで気に病む必要はねぇよ。気にするなとは言わないがな」
「お、おう。わかった」
嬉しそうに頬を緩ませ、一安心とでも言うべきか。
亀裂が入りかけた皿に早めの修正を加えたことで、なんとかまだ使えそうな関係だった。
「で、何でテスト勉強?」
一つだけ、やはり解せない部分がある。
『浮気騒動』の犯人らしき者を見つけ、何故テスト勉強へと事が運ぶのか。
それが未だに理解できない。
「ああ、それなんだけどな……」
途端、氷室の顔は凛とした表情へと変わる。
「浮気騒動の件、俺に任せてくれねぇか」
何を考えているのか、屈託のない笑みを浮かべては、そんなことを口にする。
「昨日の借りってことで。な?」
わかることがあるとすれば、その無邪気な笑みは何かを企んでいるといったもので、敵にすると面倒だが、味方にすると心強いという、いつもの氷室の立ち振る舞い方だった。
「……わかった」
今度は何をするつもりなのかわからないが、不思議と心配はなかった。
「サンキュ」
また悪戯っ子のように微笑んでは、陽気な姿に可笑しく思う。
「さてと、そんじゃ俺は帰るわ」
「おう」
玄関へと移動し、氷室の見送りに向かう。
「明日は学校来れそうか?」
「たぶんな」
「了解。じゃあな、ミー」
「ミー」
ミーの可愛い鳴き声を合図として、氷室は出ていく。
再度、一人と一匹は取り残され、静寂な黄昏れ時に目を見合わす。
「さて、もうひと眠りするか」
「ミー」
のんびり気ままに、今は何も考えずに眠りへと誘われる。
今度はいつも通り、ミーと一緒に。




