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レポート46:『企みを隠すなら企みの中』

氷室輝迅視点。

 長重が鏡夜を連れ去ってから、空が黄昏時へと変わる。

 そんな中、一人茫然と旧校舎の屋上に佇み、先ほどの鏡夜の顔を思い出す。


 今まで、フードという仮面を被った表の姿ばかり目の当たりにしてきた。

 初めて出逢ったときから、何となく直感で、鏡夜には何かがあると悟っていた。

 だから1年生の頃は、探りを入れるような真似ばかりしていた。


 鏡夜を秘かにストーキングし、家を突き止めたはずが、何故だか春乃校長と出くわし、学校とは別人の姿に驚愕した。


 そこから普通に家に招かれ、鏡夜が平然と居座っていたことに愕然とした。


 トイレに行く振りをして、部屋を探索してみれば、春乃さんの部屋で鏡夜の写真を4枚ほど見つけ、これは使えるなと思った。


 裏で春乃さんに鏡夜の隠し撮り写真を渡す。

 その代わり、春乃さんからは有益な情報を貰うという取引を持ち出した。


『いいわよ』


 写真に釣られ、春乃さんはあっさりと許諾し、交渉は良くも悪くもあっけなく成立した。


 自分が春乃さんから仕入れていた情報は、鏡夜の過去を1つ知るというもの。


 ただやはり、抜け目ない女と言うべきか。

 春乃さんのガードは堅く、何でも教えてくれるというわけではなかった。


 他人の情報であるため、答えられる範囲で答えるというのはもちろん、聞かれた内容に対して、写真1枚につき1つの解答を提示してくれるというものだった。


 この時、自分からは発信してくれないことが、どれだけ不便なものだったことか。


 質問に対する回答の情報量は、春乃さんの独断と偏見によるさじ加減で、その査定額に応じて答えをくれる。


 ある時は、写真がぼやけているからと、曖昧な情報しかくれず。

 またある時は、写真が見切れているからと、片言で何を言っているのかわからない。

 上手く撮れた日でも、厳正なる審査によって、情報の価値も変わってくる。


 中でも最悪だったのは、綺麗に撮れた場合でも、質問の内容と写真の価値が不釣り合いだと判定され、聞きたいことも聞けずに違う質問で妥協するほかなかったこと。


 これなら下手な取引や交渉などはせず、友人として春乃さんに相談すればよかったと、何度後悔したことか。


 表の春乃さんは、クールビューティーで八方美人な学校長として、教師や生徒、保護者問わず信頼が厚い。


 裏の春乃さんは、教師と生徒という間柄でありながら、鏡夜を度々、校長室に呼びつけ、誰も知らないヤンデレな部分を披露している……らしい。


 そして、自宅を訪問してわかったことにプライベートの春乃さんは、子供のように純粋で素直な人だった。


 だから単純に素の春乃さんに聞けば、鏡夜について簡単に聞き出せたのではないかと思う。


 そうこうしているうち、今では絵になる構図を見つけては、反射的にカメラのシャッターを切れるという技術を身に着けてしまい、盗撮に磨きがかかった毎日を送っている。



「―――」



 誰にも気づかれず、盗撮できる術を磨きながら半年が過ぎた、1年生の後半。


 鏡夜に勉強を教えてもらう名目で、いつものように情報を買いに春乃さんの家へ訪れた、ある日。


 鏡夜から春乃さんが遅く帰ることを知らされた直後、さりげなく放たれた一言に衝撃を覚えた。


 体中に電気が走ったかのように驚いたあの日は、今でも忘れられない。


「聞かれないと答えないタチ、か……」


 今日の鏡夜の姿から、あの日の言葉が必然と重なってしまう。


『いちいちコソコソと嗅ぎまわるくらいなら、聞いた方が早いと思うぞ。俺は聞かれないと答えないタチだからな』


 鏡夜は盗撮されていることに気づいていた。

 今までの言動が全て見抜かれたうえで、鏡夜はあえて、それを見逃していた。


 春乃さんが鏡夜にばらしたのかと思うも、鏡夜が自らの手で暴いたとのことだった。

 交渉内容についても粗方の予想をつけており、こちらはまんまと泳がされていた。


 鏡夜はなぜ、今まで何も言わなかったのか、なぜ今になって触れてきたのか。


 その理由を問えば『いつかばれることをひた隠しにしても仕方がない……が、わざわざ言う必要もないだろ』と、尤もな意見が返されていた。


 これまで秘かに調べていたことが、バカらしく思えた瞬間だった。


 自分でもよくやっていたなと思っていたことは、やはりたかが知れていた。


 ただそれ以上に半年も黙って、無駄な努力だと証明する嫌なヤツだと知った時は、とてつもない敗北感を覚えた。



 ――こいつには絶対に勝てない、と。



 周りは鏡夜のことを読書好きでアニメ好きな陰キャだと思っているようだが、1 年の3学期に手渡された成績表を覗き見した時は、笑いこけそうになった。


 テスト返しで、周りからテストの点数を聞かれた時、鏡夜はいつも『平均ぐらいだ』と言って、あしらっていた。


 けれど、鏡夜の成績表の右下には、学期ごとの学年順位として、1学年生徒:200人中/ 1位という数字だけが記載されていた。


 そこに改めて凄いなと思ったと同時、鏡夜といると退屈しないなと面白味を感じていた。


 そうしていつしか、鏡夜の過去を知っていくうち、報われてほしいと願う自分がいた。

 たとえ鏡夜に嫌われてでも、幸せにしてやりたいと思う自分がいた。


 だから、鏡夜には助けてもらった恩があるからと、恩返しと託けて、その場しのぎの下手な演技で『鏡夜、大人気作戦:序』を決行していた。


 鏡夜が表立って生徒の悩みを解決するために動き、周りから評価されることで、自分も晴れて友の偉大さを知らしめ威張れるという、なんとも画期的な作戦を企てていた。


 そんな作戦は案の定、初手にして鏡夜本人から忠告を受け、計画はもう断念するほかないだろうと思われる。


 他にも『鏡夜、大人気作戦:破』や『鏡夜、大人気作戦:急』などを計画していたのだが、鏡夜なら本気で絶交しかねないため、残念ながら廃止することにした。


「まぁ、目的は達成したし、いいか……」


 ただそんなものは、本気で企てた計画であっても、単なる捨て駒に過ぎない。


 実行しようとしまいと、鏡夜の評判は自然と目安箱の内容を解決していくことで、必然的に評価されていくものであるから。


 こんな大それた恩返しを計画しなくとも、鏡夜が生徒会に入った時点で、この運命からは逃れられない。


 鏡夜は自ら、クラスに埋もれた地味な存在という地位を手放し、生徒会などというのもとへと足を踏み入れた。


 長重のためとはいえ、そんな者が目立たないはずがなく、評価されないわけがない。


 鏡夜がそれに気づいていようといまいと、既に1つ目の『いじめ案件』をまんまと解決してくれている。


 この流れを回避するには、鏡夜が生徒会に非協力的な行動を取ることだが、それは絶対にありえない。


 何故なら『真道鏡夜』は、長重美香のために五市波いつしば高校へとやってくるほど、彼女にぞっこんなのだから。


 そんな彼女を裏切る真似や、迷惑を掛ける行為など、絶対に取れないと断言できる。


 それほどまでに鏡夜は、一途でひたむきな信念を曲げない男だから。


 このまま行けば、鏡夜は嫌でも日の目を浴びることになる。


 それを本気で企んでいたからこそ、鏡夜は気づけなかった。


 否、本気であったからこそ、ここに隠れたもう一つの企みに気づけず、おかげでその疑うことをやめない彼の目を欺くことができていた。


「んで? これでいいのか?」


 一人待ち惚けをくらい、ようやく現れた人物に嘆息する。


 屋上の入り口に立てつけられた掃除ロッカーに隠れていたのを知ってはいたが、本当に隠れていたとは思いもしない。


 鏡夜同様、常に無表情でありながら、時折見せる笑顔が眩しく、天使のように愛らしい。


 そういう印象で名高い少女だが、本当は誰よりも落ち着いているように見えて、ただ能天気なだけなのだから、何とも言い難い。


「松尾」


 そんな桃色の長髪にサイドテールが特徴的な色白の生徒会書記が、何だか嬉しそうに頬を綻ばせながら歩み寄ってくる様に肩を竦める。


 やはり彼女の名字呼びは、何年経っても慣れやしない。


「あかねでいいのに……けんちゃん」


「だから、けんちゃんって呼ぶな」


「だって……」


 小学生からの幼馴染ということで、昔は互いに名前呼びをしていたけれど、中学か小学あたりから付き合っていると勘違いされても困るため、彼女を気遣ってやめた。


 高校に入ってようやく苗字呼びが定着してきたものの、やはり名残で時折『あかね』と呼びそうになる。


 当の本人は周りの目など気にせず、名前で呼んでくれていいと言うけれど、嫌でも気にしてしまう。


 保育園の頃から付けているというさくらんぼの髪留めを大切にし、初恋相手を今でも思うような子が、周りに好き勝手言われるなど、黙ってはおけない。


 そういった厄介事を防ぐためにも、名前呼びは封印して正解だった。


 学校では極力会話する機会を控え、帰りもたまに一緒になるだけで、互いに人当たりがいいという人望も相俟あいまって、周りから変な目で見られることが少ない。


 変な虫が寄り付かないためにも、松尾の傍から離れるわけにもいかない。


 ただ松尾は、常に清らかで気品のある変な空気を漂わせているため、告白を断っても、誰からも恨み言一つ言われない。


 逆に荒くれ者は浄化され、更生されるという摩訶まか不思議な体質を持ち合わせている。


 今でこそ、互いに生徒会役員という名目で、学内で会話することも問題なく行えるようになったはいいが、念には念を入れて人目はなるべく避けている。


 それこそ、ばれたら怪しまれそうな気もするが、そこら辺には昔から最大限の気を遣っているため心配は無用だった。


「ていうか、ほんとに掃除ロッカーに隠れてたんだな……」


「うん?」


「あんな汚いとこ、よく入っていられるな」


「使われていないせいか、意外と綺麗だったよ?」


「そういう問題じゃねぇよ……」


 密会のためとはいえ、一部始終のやり取りを観察しながら、狭くて暗い空間に今時の女子が数十分も入っていられるとは思えない。


 見た目が綺麗な容姿だけに中身が昔のまま成長していないのだと思うと、なんだか複雑な気持ちになる。


 『この子は本当に女の子なのだろうか……?』と、疑わしく思えてならない。


「でも、エミリーが戻ってきたときは、正直ヒヤヒヤしたけどね」


「ああ……確か、鏡夜のフードが風に飛ばされて、素顔が露になった時か」


 今思い出しても、あの二人のやり取りには毎回、見ていて微笑ましいと同時、もどかしくてじれったいという感じが否めない。


 二人の事情は春乃さんを通じて知っているけれど、こればっかりは鏡夜の役目であるため、手を出すわけにはいかない。


「あいつ、見る目はあるくせに恋には奥手で、根が卑屈だからなぁ……」


 積極性皆無で、言葉にするのを面倒臭がる。


 そのせいか大抵の人間からは、冷たい人間だとか、甲斐性なしだと思われがちになる。


 けれど、好きな相手には真正面からぶつかる男気があり、誰よりも真摯なやつである。


 彼の暗い過去が、彼自身を黒く染め上げているせいか、自身を過小評価してしまうほど、自信を喪失してしまっている。


 話してみれば、なんてことはない面白くて優しいやつであるというのに長重の前だけは、過去が邪魔して、素直になれないでいる。


 だから、長重の単純に照れただけの仕草にも気づかず、自分を好きになるはずがないだろうと諦めて、勘違いしないように努めている。


「深読みしすぎて、逆に鈍感な男に成り下がっているとは、世話ないねぇ……」


 鏡夜の頭が良いようで、どこか間抜けで控えめな性格は、誰かさんとそっくりで、呆れてものが言えない。


 いくら自分に自信がないからと言って、好きな女が好きな相手を前にあんなにもあからさまに照れているだけの素振りを見逃せるものなのだろうか。


 自分には全く持って理解できない。


「んで、お前の見解はどうだった?」


 その事情を知っているのは、同級生の中において『氷室輝迅』以外に他にいない。


 本来であれば、目の前にいる松尾にも話しておきたいところではあるが、春乃さんと交わした取引の条件下には、情報を他言してはならないという盟約が含まれている。


 破ってしまえば、春乃さんに何をされるかわかったものじゃない。


 不用意に話せるはずもなく、開示する場合は事前に話す相手を春乃さんに教えておかなければならず、話す内容も限定される。


 今回、榊部長に話した内容も『長重の記憶がない』という情報だけを共有した。


 おかげで、榊部長から『え? どういうこと?』と当然の反応が返ってきたが、素直に『いや、それ言うと、俺が何されるかわかったもんじゃないので……』とだけ答えておいた。


 もしもの時のために春乃さんから、榊部長から質問を受けた場合は、そう答えることを勧められていた。


『氷室君が榊君にそう答えた場合、彼はきっと何も聞けないだろうから』


 何を言っているのか、その時はわからなかったけれど、榊部長の反応を見て腑に落ちた。


 聞かないのが相手のためであると察してくれていた。

 そう判断しての大人の対応だった。


 さすがは元生徒会長と言うべきか。


 いや、ここで賞賛すべきは春乃さんの方だろう。


 互いの関係図、性格、会話の内容から未来を予測してしまう春乃さんの技量は、はっきり言って恐ろしい。


 鏡夜は目で見て肌で感じた情報と、相手の性格から、環境下に応じて相手の思考を限定し、そこへ巧みに誘導する。


 それに対し、春乃さんは相手の性格と状況から、未来を予測し、対策を講じることで、自分に最も都合のいい未来を選択し、構築する。


 鏡夜が『感情の支配者』であるならば、春乃さんはさながら『感情の覇者』とでも言うのか。


 相手の思考を相手の性格と状況をもとに先を読むことに長けている。


 相手を知ることで相手を誘導し操る鏡夜とは違い、春乃さんは知らない相手ですら盤上の駒のように意のままに操ってしまう。


 春乃さんの恐ろしいところは、鏡夜とは違い、万人受けする思考の読み方をしているため、選択肢が限定されないということ。


 榊先輩に『長重美香の記憶がない』という情報を漏らす許可を貰う時でさえ、どう受け答えする気なのかだけを問われたぐらいで、こちらの事情など一切聞いては来なかった。


 『氷室輝迅ひむろけんしん』と『榊燎平さかきりょうへい』という互いの性格と関係図を把握しているから。

 二人がどういう会話をすれば、どういう受け答えをするのかがわかる。


 鏡夜であれば精々、どちらか一方の話し相手となり、相手の癖や仕草、声色や表情などから発言の中に含まれた嘘を見抜くことしかできない。


 その芸当も十分、凄いことではあるのだが、春乃さんと比べたら霞んでしまう。


 何より、春乃さんが一番恐ろしいと思える理由は、必ずどこかで暗躍しているということ。


『私が君に協力する理由? そんなの決まっているじゃないか……』


 初めて協力を依頼した時、春乃さんに聞いてみたことがある。


 『いいよ』というあっさりとした返事を前に疑わない方がおかしい。


 だから『どうして協力してくれるのか』問うてみれば、彼女は不敵に笑っていた。


『私のためだよ』


 てっきり『鏡夜のため』だと、そう言い張るのだとばかり思っていた。


 だから『鏡夜のためじゃなくて?』と問い直した。


 すると春乃さんは、自分が企んでいた大それた恩返しよりも壮大な計画を暴露していた。



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