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レポート13:『いつか終わる夢』

 目安箱の件について、無事先生からの了承を得て、3階へと移動させる。

 廊下の窓際に机を一つ配置させ、その上に目安箱を置く。


 そして、職員室前には目安箱を移動させたことだけを記した小さなポップを立てる。


「よし、帰ろっか」


「ああ」


「おう」


「うん」


 生徒会メンバーで帰る夕暮れ時。

 4人で歩く帰路は少し新鮮で、謎の高揚感を生んでいた。


「なぁ鏡夜」


「んー?」


 そこに氷室は、ふと口を開く。


「何で旧校舎に移動させたこと、書かなかったんだ?」


「ああそれ、私も気になってた」


「うん」


 他の二人も、興味津々のようで説明しようと足を止める。


「ああ、それは……」


 皆も同様に立ち止まり、首を傾げる。

 素直に答えようと思うも、瞬時に気が変わる。


 ここでネタ晴らしをしたところで、実際に起こるかは不確かな話。

 狙い通りに上手く運んでもいない妄想を話したところで不毛でしかない。


 だから今は、やはり伏せておこうと再び足を動かし、皆の前を歩く。

 依然止まったままの彼らに向かって振り返り、軽く微笑む。


「後のお楽しみだ」


 そうやって、悪戯な笑みを浮かべて、三度歩き出す。


「はぁ? 何だよそれ」


 すると氷室は思わせぶりの態度に含み笑いをする。


「ほんとほんと」


 長重は笑いながら、呆れるようなため息を零す。


「ふふ」


 松尾も、頬を綻ばせていた。


「そんじゃ、また明日」


「ああ」


「バイバイ」


「うん」


 駅へと到着し、氷室と松尾はここでお別れ。


 取り残された生徒会長と副会長。


 互いに目が合い、長重は口元を緩ませる。

 自然と隣り合う形で歩き出し、その距離も先ほど同様、並んで歩いている。



 ――だから、



 徐々に距離を取って、後方へと回る。


 たった一瞬、されど一瞬、彼女の隣を歩いていた。

 ただそれだけで、胸の中がいっぱいになる。


 だから一人、虚空を見つめるように足を止めた。


 これ以上、彼女の隣にいてしまったら、どうにかなってしまいそうだったから。


「真道?」


 ふと長重の声が耳に届き、彼女へと目を向ける。


 微笑み掛けてくる姿は、恰もこちらを待つ人のもので、仕方なく目を瞑って近づくのだった。


「……真道も下りなんだね。知らなかった」


 横に長重を置いて、駅のホームで何気ない会話をする。

 ずっと夢見ていた青春の一コマに少し心が躍る。


 でも、もう一人の冷めた自分が、浮かれることを許さず、表情に出すことさえ拒ませていた。


「俺は、知ってたけどな」


「え……?」


 行く道も帰る道も、幼馴染なのだから、一緒に決まっている。

 さすがに家まで隣同士というのは、漫画や小説の中だけの話だけれど。


「いつもどこで乗ってるの?」


「……玖日くじつ駅」


「え、一緒」


「乗る時間は違うけどな」


「何時の電車?」


「7時15分」


「私より2本遅いじゃない」


 つまり、長重はいつも2本早い電車に乗っている。

 だから駅で鉢合わせるようなことがないのだと知る。


「6時55分か……」


「まぁでも、生徒会がある時だけだけどね」


 ひと段落するように会話が途切れ、静寂が訪れる。

 その少しの間が長く感じる。


「……ねぇ、真道」


「んー?」


「明日から、一緒に学校行かない?」


「……は?」


 あり得ない現実が、そこにはあった。


 とても信じ難い発言だった。


 夢にまで見た青春を彼女はくれると言う。


「……何で?」


「行きも帰りも、知り合いがいた方が寂しくないでしょ?」


 長重の口から出た言葉に唖然とする。


「そう思わない?」


 自分がずっと、頭の中に描いていた妄想。


 『彼女』であれば気づくこともなく、知る由もない。

 そんな絶対に吐くことのない言葉。


 しかし彼女は似たような思想を持っていた。

 衝撃的すぎて、夢なのではないかと思わず頬を抓る。


いへぇ」


「何してるの?」


 それがおかしかったのか、長重は苦笑する。

 その姿を傍観し、改めて思う。


 彼女は彼女であっても『彼女』ではない。

 自分とよく似た思想でも、全く一緒なわけじゃない。

 似ているだけで同じじゃない。



 ――ただ、



「類は友を呼ぶ、か……」



 望みに手が届くのなら、許されないことだとわかっていても、手を伸ばしたいと、そう思えていた。


「考えとく」


「え?」


「電車、来たぞ」


「ああ、うん」


 下り方面の列車。

 3両目の一番前が最寄り駅の改札口前に丁度で停車する。

 故にそこへいつも通り乗車するのだが、隣にいる彼女の存在で違和感が生じる。


 気を紛らわすべく窓の外へと目をやれば、海沿いだから見える綺麗な青が、茜色に染まっていた。


 けれど頭の中は、長重と何を話すかに思考は囚われ、何も浮かぶことなく諦めて、スマホを触っていた。


「何見てるの?」


「ツウィッター」


「……」


 おどけた口ぶりに長重は呆れて黙り込む。

 それを流すように視線をスマホへと戻す。


「……っ!」


 途端、フードが外れ、視界が広く解放される。

 久しぶりの日差しがこの身を眩しく照らし出す。

 何が起きたのか辺りを見回せば、目の前に真顔の長重がいた。


「……何するんだ」


 その原因は、言わずもがなの彼女のようで、今は弱い自分を見せないよう、取り繕うだけで精一杯だった。



「―――」



「……?」


 まじまじとした長重の視線に首を傾げる。

 そういえば、今の彼女に素顔をさらすのは初めてだったなと呑気にも思う。


 今までの検証から、長重に顔を見られても彼女の記憶が戻ることはなかった。

 というのも、1年時に距離を置きながら、素顔ですれ違う程度の実験はしていた。


 見覚えがあるのなら、それらしい反応があってもいいものの、彼女がそんな素振りを見せることはなかった。


 制服だろうと、私服だろうと『彼女』なら見覚えのある姿で、どれだけ立ち回ろうと『彼』の存在に気づくことはなかった。


 記憶を失ったあの日から、長重は『彼』に関する記憶を一切覚えていない。

 だからまだ、落ち着いていられた。


 しかし何かの拍子で思い出してしまうこともある。

 その危険性が自分を恐怖の淵へと追いやる。


「……かっこ悪い顔だろ?」


 くせっ毛の黒髪。

 垂れた目つき。

 

 自分の見た目も性格も、モテル要素などどこにもない。

 現実に出会う者は全て、見た目で判断する。


 けれどネットは、中身からその人を知る。

 だから好印象に持って行きやすい。


 現実は、目に見えるものが全てで、醜いものが散漫している。

 その仲間入りするのが嫌で、汚れた自分を隠すようになった。


 あまり顔を見られたくはない。

 そう思い始めたのは高校に入ってからのこと。


 特別変というわけではなく、ただこんな自分を見てほしくない。

 大嫌いな自分の姿を見せたくはなかった。


 それがためのフードだった。


「いや、別に……」


 そんな自分を長重は食い入るように見つめ続ける。


 別に見られても構いはしないのだが、意識すると恥ずかしくなるため、ツイッターを見て気を紛らわせる。


「……っ!」


 ふと体中に電気が走るような衝撃に見舞われ、目を疑う。

 瞳に映ったのは、無邪気にはしゃぎ回る子猫の日常。

 そんな癒し動画に思わず頬が緩んでいた。


「ふふ」


 気づけば傍にスマホを覗き込む長重がいて、こちらを見るなり、笑っていた。


「真道って、そんな風に笑うんだね。もっと取っ付きにくい人なんだと思ってたから、なんか意外」


「そうか?」


「いつもそうしていればいいのに」


「……俺だってフード外してる時くらいあるぞ」


「え?」


「まぁでも、俺の素顔を知っているのは担任と氷室と、他幼馴染たちと身内ぐらいのもんだ」


「そうなんだ」


 一番大事なところは伏せたプライベートな話。

 スマホに視線を戻す寸前、またあの光景が目に映る。


 異性の男女が仲睦まじく駄弁っている。

 今朝にも見た微笑ましい光景。


 違うのは、隣を見れば自分の隣にも異性がいるということ。


 生徒会長で、幼馴染で、帰る方向が一緒。

 記憶喪失という傷害を除けば、ただそれだけの関係。


 ただそれだけのことなのに。


「なぁ……」


「何?」


「俺らって、傍から見たら、どう見えるんだろうな」


「へ?」


 至近距離にいる彼女がスマホを覗こうとしている。

 そのせいで肩と肩が触れ合っている。

 制服越しに感じる温もりが、彼女という存在を強くする。


 そんな中、こちらの視線を追うことで、彼女は言葉の意味を察していた。


「あー、カップル……じゃない?」


 はにかむように長重は苦笑する。

 頬を朱色に染め、視線を逸らす。

 慣れない冗談に照れているのかと思うも、瞳は虚空を見つめていた。


 普通であれば引かれたに違いないと悲観的になるのだが、長重はそんなことをしない人間だと誰よりも知っている。


 何を考えているのかはわからないが、ただその横顔に魅入られてしまう。

 窓の外を眺めれば、海と空の色が交わって、沈む太陽が眩しい。


 隣には意中の女の子がいる。

 揺られる電車は、まるで心の中のようで、複雑な想いに駆られながら傍観する。


 『俺はこの瞬間を一生忘れないだろう』と、そう思っていた。



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