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仮面舞踏会 ~隠密優等生《オタク》な俺と生徒会長《おさななじみ》の君と~  作者: 「S」
生徒会日誌Ⅱ ―波乱の球技大会(1学期編)―
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レポート106:『開幕・結』

 クラス内で出席を取り、担任から一言もらい受けながら、生徒はグラウンドへと集合する。

 その並びに関しては、各学年チームごとというもので、先頭にはリーダーがいる。

 副リーダーはあくまでサブ扱いとなるため、普通にチームの列に紛れる。

 そうして人の目もつかぬまま、開会式をやり過ごす。


 開会式と言っても、生徒指導であり体育の先生と、絶対零度クールビューティーこと春乃校長、憧れの生徒会長などから二言三言挨拶があり、体育委員長による準備体操など、合わせて10分やそこいらのもの。


 まずは体育の先生のお言葉から。


 お家が寺ということで坊主に金縁の丸眼鏡をした細目の高身長おじ様なのだが、若い頃は大層オモテになったそうで。


 1年の頃に当時27歳くらいの写真を見せてもらったことがあるが、茶髪で色白のイケメンという、まるでヨ○様。


 現在40代後半で、1、3年生の体育担当。

 初心忘れるべからずのスタンスで授業を受け持っているため、2年生は気を緩みがちな時期ということで色々と厳しい顧問が就いており、よって管轄外。

 

 2年担当の体育の先生に関して言えば、年季の入った非常勤講師のお爺ちゃん先生で、野球部顧問により肌が焼けて橙色。

 前校長とは親しい友人のようで、普段は大らかだが、体育になると途端に熱い。


 本当にどっちが生徒指導なのか、時折わからなくなるくらい対照的な二人だった。



「――皆さん、本日は天候に恵まれ、絶好の球技大会日和です。数少ない高校生活。悔いのないよう、怪我にはくれぐれも注意し、全力で楽しみましょう」

 


 なんとまぁ天気に負けない晴れやかな笑顔。

 爽やかすぎて一部ファンの騒めきが熱い。

 それに手を振って応える先生の小慣れた感よ。

 まるで選挙の演説である。


 ほんともうなんで教師なんてやってるの?


「ささ、春乃校長も一言どうぞ」


 サッと立ち位置をずれ、礼儀正しく場所を譲る先生のなんと腰の低いこと。


 あの人は常に自分を下に相手を上に立てる謙遜の塊のように紳士な男。

 それは生徒にだって例外ではなく、その人当たりの良さは長重と通ずるものを感じる。


「私もか?」


 先生のフリに意外だったのか、春乃校長は素っ頓狂な声を上げる。

 その渋々と皆の前へ出ていく様は初々しく、生徒の心を揺さぶる。


 だが自分は知っている。

 それさえも演技だということを。


 瑠璃が何も把握していないわけがない。

 どんなことにだって手を抜かず、順応してやり過ごす。


 だからこそ今までボロを出さなかったし、誰の目からも逃れた生徒との同棲生活を送りながら、仮面の下を見破られずにいる。


 さすがは『感情の覇者』であると、最強の女に内心、震え慄く。


「えー、では……」


 コホンと、愛らしい咳払いを一つして、春乃校長は凛とした笑顔を生徒に向ける。


「皆、頑張ってくれたまえ」


 しっとりと落ち着いたお淑やかな声で生徒たちにエールを送り、いとも容易く男子の心を射抜いていく。

 そしてしれっと、2年男子文化系チームの方を向くなり、さり気なく目配せをするのだから、うちの男子たちの興奮たるやいなや。


 この学校はクラブかなんかか?

 乗っけからテンションが高すぎて、熱気で溶けそうになる勢いである。


「どうしたの、キョウちゃん?」


「……いいや、なんでも」


 瑠璃からのウィンクを前に苦笑しながら、列の横にいた2年女子文化系チームの松尾は首を傾げる。


「来た」


 それも束の間、春乃校長に向いていた視線が一気に次に現れた者へと集中砲火する。


 春乃校長に向けていたものとは別の不安と緊張を露わにした強張った表情。

 中には期待の眼差しを向ける者、朗らかな笑みで迎える者、眼光炯々とした者もいて、多種多様な反応が見て取れる。


 それも仕方ないのかも知れない。


 長重を1年の頃から知っているという者もいれば、知らない者だっている。

 ましてや、生徒会長になって積み上げてきた実績は、今のところ目安箱の設置と挨拶運動、壇上での挨拶など、突出したものは何もない。


 ただ成績が良いだけの、どこにでもいる優しくて真面目な女の子。

 笑顔が素敵な、素直で可愛らしい。

 ただそれだけの女の子。


 榊先輩を除けば、今までもそんな感じの優等生が生徒会長という座に君臨してきたようで。

 だから別段、上に立つ者が普通の女の子であろうと構わない。


 だが長重は今、前代未聞の取り組みを行っている。


 故に生徒たちは、どういう反応を示したらいいのかわからない。

 迷い戸惑いを露わにし、現状取れる選択肢は『見定める』の一択だった。


 『長重美香ながえみか』は本当に生徒会長に相応しい器なのかどうか。

 皆の期待に副える人物なのか、カリスマになれる逸材なのか、そこへ至る存在なのか。

 榊先輩の後を継ぎ、次代を担える実力を有しているのか。


 それが今、問われている。


 彼女の発言、一言一句に重みは増し、その姿勢が皆の明日を左右する。

 生徒会長とは、それほど大した権力を持ち合わせているわけでもないのに。


 人は自ずと、不安と恐怖を肥大化して捉えてしまう傾向にあるから。

 知らないものに対する見解が、いい加減で粗削りになりやすい。


 大人であろうと子供であろうと、ものの見方は人それぞれ。

 それをどうまとめ上げ、収束できるかによって先導者たるものの地力が問われる。


 つまりは、『長重』生徒会長の第一印象が断定される場。

 現状、長重の地位は、彼女の人徳を買われて榊先輩の指名により昇級して、半ば威を借りている状態。

 榊先輩が選んだ後見人だから、彼女もまた資質があるのだろうと思われている段階。


 そこから脱却するためには、周囲に『個』を見せつけるしか他はない。


 先代を超える人財になること。

 一歩も二歩も先を行かれている先輩に追いつくのは、並の努力じゃ敵わないことだろう。


 今まで通り平凡に生きていれば、歩むことのなかった道。

 そこに綻びが生じたことで、彼女の人生は大きく歪んだ。



 ――いや……歪ましてしまった、か。



 自分が巻き込んでしまった。

 引きずり込んでしまった。 


 それでも長重自身が選んで進んできた道筋。

 選ばざるを得なかった道だったとしても、最後に決断したのはいつも彼女だった。


 何があろうと、彼女は『彼女』。

 それを見せられてきたからこそ言える。


 『彼女には素質がある』と。


 榊先輩とは別の誰もを屈服させる力。

 振舞いの一つ一つに『華』があり、虜にした相手を無自覚で焚きつける。


 誰もを魅了し、先導する。

 記憶を失くす前の『彼女』が時折見せていた、秘めたる才能。


 記憶を失くしたこと、自由な校風の五市波高校という環境が『縛り』を解禁して、やたらめったらと発揮されている力。

 気兼ねなく乱用され、目覚めつつある力。



 ――『王』の素質が。



「えー、皆さん……今日は球技大会です。でも、ただの球技大会ではありません。今までにない取り組みとして、色々と改変したThe produce:『生徒会』による新たな催し。不安に思われている方もいると思います。かく言う私も、上手く行くか不安でなりません」


 その風貌は、恰も『平静』という言葉がよく似合う。

 人前に立つと、人は少なからず緊張するものだが、長重の表情もまた強張ってはいても、口調は明るく毅然とした態度で振る舞っていて。

 

 吐いた言葉に皆と同様の気持ちが含まれているのだから、共感しないわけがなかった。


「ですが、それを掃ってくれた人がいました。それはとても……とても頼もしい仲間たちでした」


 気持ちの籠った一言に今朝の風景が蘇る。


 駅で交わした、くすぐったい会話。

 集計所で見せた、膨れっ面の顔。


 そのどこにも彼女という存在がいて、そこには必ず笑顔があったこと。

 君にかけた言葉の一言一言が無駄ではなかったと教えてくれた。


 その一言が心に沁み渡る。


「皆さんにも、そんな存在がいることで救われること、より学園生活が楽しくなることを実感してもらいたいと思い、今回の球技大会は『交流を深めよう!』というスローガンのもと、その出会いの場も含め、人との繋がりを強く感じられる『交流会』として、このような二分割したチーム編成となっています」


 本当はこじつけとも呼べるスローガンさえ、長重が口にしてしまうと『それっぽい嘘』から『真実』へと塗り替わってしまう。


 長重は心の底から相手を思いやれる『優しさの権化』であり、善意の塊のような存在だから。

 たとえ記憶を失っても、その根っこだけは変わらない。


 ほんとどうして、君は笑って救いの手を差し伸べられるのだろう。


「類は友を呼ぶ。同じ穴の狢。自分と近しい存在、波長が合いそうな人。そういう人たちを集め、私たちの独断と偏見でチームを組ませてもらいました。それが文化系と体育会系という極端なチーム分けの正体です」


 実際は、アンケートをもとに本人たちの意思を尊重して選んだもの。

 自分たちが書き記したミスさえ、恰も『私たちはわかっていますよ』とでも言いたげに何かを狙っている風を装って。

 そこに理由はあるのだと、ないものをあると言い張っている。

 まるで裸の王様。


 その真実がどうであれ、周りの目に長重がどう映っているのか。


 見渡してみる限り、真剣に捉えている。

 心に刺さっている人間の多いこと。


 これが一番、恐ろしい。


「知っている人が多い中、知らない人もいるでしょう。関わったことがある人もいれば、名も知らぬ誰かが混じっている。ならばこそ、知っている人とはより深い関係を築き、知らない誰かと関わることで、関係の輪を広げてほしい……そうしたらきっと、世界は変わるはずだから。勇気を出して、どうか一歩踏み出してみてください」


 彼女は優しく素直だから。

 その人柄に惹かれ、純粋な笑顔にすぐさま虜になってしまう。

 無垢な自然体に誰もが心を開いてしまう。

 

 彼女の発した言葉に『嘘』はないと、そう信じ切って。


 妖艶で、ちょっぴり悪戯っ子。

 無邪気で無自覚という、なんともタチの悪い。


 そんな小悪魔の術中に皆はまんまと嵌っていく。


「体育会系諸君! 我らが取り得は運動のみ! それこそが専売特許なり! 文化系に圧勝するぞー!」


「「「「「おおおおー!!!!」」」」」


 声高らかに宣誓する長重に乗せられ、自軍チームである体育会系チームは活気づく。


「文化系の一同! 君たちには、私が信頼する優秀な人材がついている! 恐れることなかれ! 全力でついて来てくれ……っ!」


「「「「「おおー!!」」」」」


 迷い戸惑いつつも、長重の演説に鼓舞されて、文化系チームもまた多くの者たちが声を張り上げる。

 体育会系ほどとまでは行かないが、普段そんなに声を出さない者まで、周りの空気に当てられて、慣れないことをやって咽ている。


 そういう者まで介在する中、彼女の『やってやったぞ! ドヤッ!』とでも言いたげなしたり顔に自分はただ呆けていた。


 たとえ彼女の言葉でも、この空気に身を委ねるほどの気概を自分が持ち合わせているはずもなく。

 盛り上がる周りに冷ややかな目で、馴染めない自分を人混みに隠してやり過ごす。


「んん……?」


 そこへ長重の不審に思う顔が人混みの隙間から垣間見え、すかさず視界に入らないところへ身を潜めるのだが、只ならぬオーラが伝わってくる。

 その不穏さに長重の方を一瞥してみれば、鋭い眼光で不満を露にする姿があり、遠目にも『お前もやれ』と訴えかけられているのがわかる。


「えぇ……」


 人混みに紛れてやり過ごそうと思った矢先、すぐさま長重に見つかってしまい、このフェスのようなノリについていけない自分を『後生だから見逃してください』と願う今日この頃。


 長重の諦めの悪いジト目に根負けするまで僅か3秒。

 思い悩んだ末、潔く左手の握り拳を天に掲げた。


「ふふ」


 ただの挨拶という短い時間の中で、皆に合わせるというただそれだけの一瞬の動作に長重は満足げな笑みを零す。

 

 お気に召したようで何より。


 フードの下で羞恥心を噛み殺しながら、視界の隅で微笑する松尾を捉え、右腕を堂々と突き上げ「おー!」と声を出す姿に意外に思う。


 大声を出す松尾をマジマジと見つめ、珍しい光景に釘付けになっていると、はにかむ松尾のなんとまぁ煌びやかな笑顔。


 危うく成仏しそうな勢いである。


『それでは、球技大会を開始します。各学年、チームごとにグラウンドへ集合し、リーダーは総当たり戦・第一回戦のメンバーを選出してください』


 ウグイス嬢(by放送委員:島岡)による素朴なアナウンスのもと、生徒は散り散りにグラウンドの四つ角、3隅に張られたテントのもとへ足を動かす。


 氷室がこちらのもとへ肩を組むようにして現れたのち、松尾と手を振り別れ、松尾と合流した長重がこちらを目にガッツポーズを送る。


 そこに一瞬、目を点にするも口元は緩み、肩の力が抜け落ちる。


 ただ沸々と煮え滾る熱を腹の奥底に仕舞い込み、気を引き締めながら軽く手を振り返し、背を向け、その場を後にする。


「そういや今回は、どこもいきなり試合が始まるんだな」


 背後から聞こえる呑気な声に『何を今更……』と、気が滅入る。

 せっかく長重からのエールで士気が高まったというのに台無しである。


「そりゃそうだろ。学年ごとに源氏と平氏に分かれて試合してるようなもんなんだから」


 この場合、どちらが源氏でどちらが平氏か。

 比較的、歴史が苦手な自分でも、平氏が滅ぼされたことくらいは覚えている。


 現状、体育会系が優勢であることは否めない。 

 どちらが源氏かなんて言わずもがな。

 滅ぼされるは、返り討ちに遭う文化系だろう。


 もっとも、今のところはの話である。


「あ~、なんか懐かしいな。小学校の紅組と白組みてぇな……って運動会かよ!」


「わかりやすくていいだろ」


 個人的に意外なのは、源氏が白で平氏が赤という話。

 字面的に源氏が赤というイメージがあり、滅ぼされた平氏という点から『白旗』を彷彿とさせ、それが余計に印象を混濁させていた。


 赤と言えば戦国武将の真田幸村だが、紅白の色分けに関連するものの、詳しくは知らない。

 白旗というのも時系列的には戦争にあたるため、事象の繋がりはない。

 故に単なる勘違い。


 ただゲーム類では、赤は情熱、白は冷静な印象が強く、主人公は『赤』をイメージカラーにされることが多い。

 白をメインに扱うものはクールなエリート気質で、常に主人公の上を行く存在。

 だが最終的に勝つのは常に主人公と相場が決まっている。



 よって、今この場における源氏と平氏は――。



「まぁ、待ち時間も短いし。出番増えて、たくさん試合できるし。退屈しなくて済むか……」


「そういうことだ」


 予定通り、全ては順調に進んでいる。


 しかし、ここからは未知の領域。

 どれだけ上手く事が運ぶことやら。


「……そんじゃ」


 各々チームで集合し、リーダーが声掛けを行っていく。

 そんな中で、2年男子文化系チームのリーダーはのんびりと最後に現れ、振り向くメンバーの眼差しに不敵な笑みを返していた。


「お前ら、準備はいいな」


「おう」


「いつでもいいぜ、キャプテン」


 自然と円陣を組み、今まで溜め込んできた熱は沸々と煮え滾り高ぶっている。

 それが肩を組んで触れた手から背中へと伝わり、伝染していく。

 顔を見合わせれば、緊張感とワクワクと、高揚感で満ち足りた雰囲気に誰もが頬を綻ばせている。


 そこへ氷室から試合前最後の一言が送られる。


「ゼッテー勝つぞぉおおお!!!!」


「「「「「おおおー!!!」」」」」


 誰よりも大きい声はグラウンド中に響き渡り、周囲の驚き顔の多いこと。

 その気合の入りようは、まさに異様とでも言うべきか。

 張り上げた声だけで他チームを牽制している。


 のちに負けず嫌いの者たちは次々と腹から声を出していくのだが、うちより大きな声は一つもなく。


 各自、それぞれの試合会場にて整列し、礼をして、ポジションに散っていく。

 

 初夏を通り過ぎた仲夏の候。

 夏本番を告げるかのように熱い戦いが今、始まる。



 球技大会、開幕――。



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