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価格と価値

掲載日:2021/10/13

 どこにでもいる普通の青年。

 車が好きで自動車整備の専門学校を卒業後、ディーラーに就職。

 1年足らずで退職。

 仕事も探さず5年ニートに。

 ある日母親からアルバイトを勧められる。

 母の友人の紹介らしい。

 仕事はトラックの運転。

 積載車で車の運搬だ。


 「おはよう御座います。

 今日からお世話になります日生(ひなせ)です。

 よろしくおねがいします。」



 「あー、はいはい堅苦しくしなくていいよ。

 豊島です、よろしく。

 早速、車取りにいこうか。」



 「はい。」


(正直、車なんて見たくもない。

 車業界に、嫌気がさしてる。

 こんな半グレみたいなやつと、悪ぶったオタクしかいない。

 一見マトモそうに見える奴でも、ある程度の期間業界にいれば十分芯まで毒が染み込む。


 自分もその一人だ。

 断らない客に必要もない添加剤を勧める毎日。

 それから1年も続ければ、だいたい自分の行く末、将来像が見えてくる。

 メカニックとしてがんばっても営業と客に振り回され、例え努力して出世してマネージャーになったとしても…

 今度は売り上げで部長に説教される毎日。


 すぐにやめてやった。

 整備士なんて、安い給料で搾取され続けるだけだ。

 公園で昼寝してる営業より給料安いんだから、やるせない。

 バカな選択をしたばっかりに、会社を辞めたあとも人に紹介される仕事は車関係ばかり。

 ずっと無視してたけど、さすがに親がうるさくて、不本意だけどその中でも一番楽そうな仕事を選んだ。


 トラックで車を運ぶだけの仕事と聞いてきたが、陸送会社というわけではないらしい。

 自社の車で、オークションで買った車がメインだそうだ。

 客がいない仕事なのがいい。)


 「今日はどこまで行くんですか?」



 「大阪まで、

 オークション会場と、1台は中古車屋。」



 「車はなんですか?」



 「いろいろ。」



 「……」



 「着いた。

 この名刺持って、車受けとってきて。」




 「え、僕だけですか?」




 「そう、

 法人名義だから、従業員のフリして受けとってきて。

 怪しくないから大丈夫、求められたら免許証も提示して。」




 「わかりました。」

(怪しいよ

 なんで俺がそんなことしなきゃいけねーんだよ)





 「受け取ったら、そのまま指定の場所まで乗って帰って。

 ガソリンいれる時はこのカードで。」




 「はぁ…」

(いきなり自走かよ保険あるんだろーな)




 「場所はここね、会社の近く。

 スマホも渡しとく。

 車置いたららそのまま帰っていいから。」




 「わかりました」

(やっぱりロクなもんじゃなかったすぐに辞めてやる)




 ~場面転換~

 日生が車に乗っている




 はぁ疲れる。

 乗りにくい車だ。

 昔はスポーツカーが好きだったのに、この車種は困った客のせいで嫌いになってしまった。

 市場でも人気はないし、何よりダサい。

 観音開きのドアなんて、どうかしてる。

 燃費は悪いし、もらってもいらない、と言われる車だ。


 ……


 でもこんな僕でも、まだ乗りたい車はあるんだ。

 日産スカイラインGTR BNR34

 最近のスポーツカーの高騰で、今は高くて買ないけど、いつか必ず買うと決めている。

 スタイル、歴史、走り、全てにおいてこんな車とは違う。

 車が好きになったきっかけの1台だ。




 ~ヤード~




 着いたここか。

 広いヤードのような場所。

 車の刑務所のような場所。

 ずっと置いて動かしてない車には、生気がない。


 それにしても広い場所だ、

 200台くらいはあるだろうか。

 屋根付きのほうにバイクもそれ以上に置いてある。

 車種は5、6種類で、同じ車が並んでいる。

 どれも両手で買えそうな車ばかりだ。

 ダサい、遅い、金かかる車。

 ファンのいない車。



 なんだ、ただの輸出業者か。

 安い国産スポーツカーを買い漁って、輸出し、少ない利益でなんとかやっている、といったところか。


 こういう奴らのせいで、スカイラインも高くなってしまったんだ。

 国は早く規制するべきだ。

 国産の名車を守っていかなくてどうする。

 国民が好きな車を買えなくて困っているというのに。


 やるせない、今日は帰ろう。


 ~次の日~


 「おはよう御座います。」



 「おはよう

  行こうか。」



 「……あの、豊島さんは輸出業者なんですか?」




 「違うよ。」




 「え…」




 「何で?」




 「ヤードにいっぱい車があったんで…」




 「あんな人気無い車、海外でも売れないよ。

 君もわかるでしょ。」




 「そ、そうですね。

 でもそれなら人気ある車を買えば…」




 「例えば?」




 「スカイラインGTRとか…」




 「好きなの?」




 「え?!あ、はい。

 いつか、ほしいです…

 でも最近輸出業者のせいで高くて…許せませんよ。

 国産スポーツカーは日本のものです。

 値段上がる前の相場なら、すぐにローン組んででも買うのに。」




 「………」




 「5年前は働いてたんだよね?」




 「?…そうですね。

 聞いてるんですか?」




 「軽くね。5年前なら300万くらいからあったよね。

 どうして買わなかったの?」




 「それは…働いてすぐだったし、会社も辞めちゃったから…」




 「そうか、それは残念だったね。」




(…嘘だ

 その時僕はスカイラインのことなんて、値段すら調べてなかった。

 300万くらいだったのか。

 買おうとする選択肢になくて、新型のGTRの記事ばかり読んでいた。

 言われてみれば、どうしてあの時買わなかったんだろう。

 とりあえずで先輩に売ってもらったアルトがあったから?

 でもスカイラインなんて、意識すらしてなかったような…)




 「お疲れ様でした。」




 「お疲れ

 明日はオークションに車を持っていくから、ここに集合で。」




 「はい。」




 「じゃあね。」




 「あ、あの。」




 「ん?」




 「ここにある車持っていくんですよね?

  売れるんですか?」




 「売れるよ。」




 「どうしてわかるんですか?

  …人気ない車なのに。」




 「…高いから、かな。」




 「はぁ…」

(高いから?安くても売れないのに?)



 ~3日後


 気になる。

 どうしてあんな商売成り立つんだ。

 いくらスポーツカーが値上がりしてるとはいえ、いつ値上がりするかもわからないのに、場所と在庫リスクを考えたら割に合わない。

 売れなくてもまたオークションで同じ値段で売ればいいだけとはいえ、手数料もバカにならないし、陸送代もかかる。

 なにより中古車販売店で客のフリまでして買っている。

 割高でも、だ。


 今日は休み。

 豊島さんは多分オークションに行ってるんだろう。


 僕は今、あまり会いたくない車屋の友人に頼んで、オークションをネットで見させてもらっている。

 またナビの取り付けの手伝いにでも呼ばれてしまうだろう。


 会話していても口を開けば客の文句と、保険会社相手の悲しい武勇伝しか出てこないが、仕方ない。

 少しだけ我慢すればいい。



 そろそろだ。



 相場を確認しておくか。

 うまくいっても20といったところか。



 …


 …


 つい直近で、30~40の値がついている…


 急に相場が上がったんだろうか。


 …


 次のせりだ


 …


 …


 48.4万円




 すぐに2台目がセリ開始



 …


 54.9万円



 …ありえない、ただのラッキーか?





 ~次の日~



 「あの、豊島さん」




 「はい?」




 「あのオークション出品の車、何か特別仕様だったんですか?」




 「見たの?」




 「すいません…友達が車屋で」




 「謝らなくていいよ

  何も特別仕様じゃない」




  「…」




 「不思議?」




 「何があったんですか?教えてもらえませんか?」




 「グーかカーセンサーであの車種検索してごらん?」




 スマホで検索する

 掲載は25台


 …


 …


(最安値が70万になってる…

 100万以上もチラホラ…)

 「これって…

 相場が上がったってことですか?

 タイミングを見極めて売った?

 そんなこと可能なんですか?」




 「違う、

 その相場にしたんだよ。」




 「え?」




 「多くの中古車販売店が、どうやって値付けしてるか、知ってる?」


 「グーとかカーセンサーの営業に、{他店の相場をみて、決めてください}って言われるの。

  ほとんどの販売店は自分の意思で値付けなんてしてないの。」


 「だから掲載されてる車が最安70万だったら、それより程度が良ければ80.90.100と値付けしていく。」




 「だからたまに掲載されてる車を買ってたんですか?」



 「うん、安く掲載されてる車を買えば仕入れも同時にできるしね。」




 「でも個体は減ってるとはいえ、そんなに珍しい車でもないし、ちょこちょこ買ってるだけで相場操作なんてできるんですか?」




 「もちろん一人では限界あるから、何人かでやる。

 俺なんて仲間内では一番規模少ないほうだよ。

 高い車でなければ、何人か集まればある程度は流通の車を抑えられるから。

 同時にネット掲載の金額も上げていく。

 ある程度個体が減ってくるタイミングは見分けないとダメだけど。」




 「でもそうやって相場を上げたって、人気無かったら売れないじゃないですか。」




 [そうだね、そう思うよね。」




 「そう思うって、そうじゃないんですか?」




 「34GTR、どうして買わなかったの?」




 「それは…」




 「GTRのことなんて、頭になかったんじゃない?」




 「……そうです…」




 「欲しくなったのって、ここ最近だよね?

  GTRやスポーツカーが高騰してるって、話題になったあと。」




「…そうかもしれません…」




 「そうやって思い出して、

{あぁ、あの時買っておけば良かった、昔から欲しかったのに}

 って思う。」


 「でも、俺は日生くんが5年前に300万円のGTRを見ても買わなかったと思うな。

{こんな古い車に300万円!}

 とか、

{もっと安くなるかな}

 とか言ってたんじゃないかな。」





 「欲しいときに迷わず買えって話ですか?」




 「違う。

 全く同じ条件の車でも、300万のGTRより、1000万のGTRを人は欲しがるの。」




 「GTRが1000万になったから、僕が欲しがってるってことですか。」




 「別に責めてるわけじゃない。

  それが普通だから。」





 「違う車種でも、理屈は同じということですか。」





 「そう、値段を上げれば、みんな価値を感じて欲しくなる。

 ただ一般ユーザーが欲しがるまでには時間がかかるけど。」


 「でも、車屋は別。

  他店の値段をみて価格付けしてるようなところは、その値段で車が売れていると勘違いする。」


 「今値上がりしてるから、今がチャンスだ!ってね。」


 「そしてオークションで高く売れてる実績をサクラでもいいから少し作っておけば…

  焦った魚は針にかかるよね」





 「でもそれだけだとすぐにバレませんか?」





 「もしそのまま売れないとね。

  で、次の手。

  一般ユーザー層が欲しがるように仕向ける。」




 「どうやって?」




 「すごく簡単。

 適当なやつに、SNSでこの車種がこんなに高騰してる!って騒がせればいい。

 よくグーとかカーセンサーのスクショして高騰を嘆いてる投稿見るでしょ?」





 「あれ全部サクラなんですか?!」





 「全部じゃない、ほぼ最初の投稿だけだよ。

 いいねやリツイートで盛り上げれば、それを見たぜんぜん関係ないやつが、同じような投稿をしてくれる。

 わざわざオークション相場の上昇ランキングとかご丁寧に載せてくれる人もいるし、

 ブログやサイトで最近高騰している車!とか記事にしてくれる人もいる。

 ほとんど何もしなくてもいいよ。」


「一般ユーザーに値段の高騰が浸透すれば、欲しがるひとも現れるってわけ。」


 「そして一般ユーザーもネットで相場を知るから、個人売買や下取りの値段も中古車相場に準じたものになる。」


 「ここまでくると価格は安定するから、あとは在庫車を捌くだけだね」


 「虚構の相場ができあがったわけ。

  インターネット時代ならではだね。」





 「……罪悪感は、無いんですか?」





 「罪悪感?」





 「欲しくても高くて買えないひとがいるんですよ?!」





 「…」


 「…」


 「ここにある車は、誰も欲しがらなかった車だよ?」




 「……」

(そう、

 わかってる。

 全て言われた通りだ。

 ネオクラシックや90年代スポーツカーが今流行ってるから、ぼくもGTRを欲しくなったんだ。

 そしてその欲しいという気持ちは、自分の中から出てきた欲望じゃなかった。

 流行りや目につく情報に流された結果を自分の気持ちと勘違いしてただけだ。

 心から欲しかったわけじゃない。

 心から好きだったわけじゃない。

 自分が一番好きだと思っていたものですら、他者に操作されたものだった。)





 「日生くん」




 「はい」




 「偉そうなこと言ったけど、このやり方も最善なわけじゃない。」


 「同じようなことをしているグループはいくらでもあるし、資本があればもっと大きい規模で同じことだってできるし、逆の現象も起こせる。」


 「ぼくらも毎日不安だよ。」


 「でも、きちんと自分で考えた結果だから、楽しさもある。」


 「日生くんも、誰かの言葉ではなく自分の考えで判断するようにやってみれば、いいんじゃないかな。」





 「はい…ありがとう……ございます。」

(ずっと、そうだった。

 何も考えてこなかった。

 子供のときから熱中することもなく、勉強をするわけでもない。

 高校は平均以下。

 学校は嫌いだけど、いきなり働くのは怖い。

 そしてなんとなく車が好きだったから、自動車整備の学校になんとなく入った。

 名前を書けば入れる学校。

 整備業界の待遇のことなんて少し調べればわかることなのに、調べもせず最初に内定もらったディーラーで働きだした。

 そして調べればわかることを中に入ってから目の当たりにし、文句を言う。

 ツイッターでディーラー整備士の待遇の悪さを呟くアカウントを見ながら、共感したり見下したりする。

 待遇を変える努力もせず逃げるように会社を辞め、自分の能力と経歴の弱さを棚に上げて世間の文句を言いながら怠惰に日々を過ごす。

 挙げ句の果てには好きなものまで嫌いな世の中に操作されたものだった。

 もう27歳、ここから自分で判断することなんて、できるのだろうか。)





 終わり。

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