婚約破棄
頭に浮かんできたのは「婚約破棄する!」と叫んでいた王子の姿。
「ミリア、貴様との婚約を破棄する! 可愛らしさも可愛げもない上にエイミーをひどくいじめていたそうだな。貴様のような底意地の悪い奴を王子妃などとできるか。エイミーは優しく可愛く誰からも好かれている。笑顔も可愛いのだ。この純情可憐なエイミーに対する態度、許せるものか。しかもどこかの伯爵令息と懇意にしているそうだな」
後ろにいる清純そうに? 見えないこともない、見えるかな? 男好きと評判の平民…何という名前かエイマー?だったような? 分からない…制服の胸元を必要以上に大きくだらしなく下品に開けた厚化粧の女が王子の服の裾をつまんだ。その仕草、夜の商売の人みたいだ。
「ダリエット伯爵令息です、王子! ミリア様はダリエット様と親しくされていたのです」
「そうだ! ダリエット伯爵令息だった」
何を言う。
人目をはばかららず抱き合いキスをしていたのは王子と平民の何だったけ? 名前は。そうだ。エイマーではなくエイミーだ。
私の横に立ちすくんでいた本当に清純そうなミリア様の白い頬に涙がポロリと流れた。
「それは……わたくしの一存では…」
綺麗な綺麗な涙だった。
ありえないだろう。こんな可愛くて純粋そうな人を泣かすなんて。
しかも、王子とやらの横の女はどう見ても阿婆擦れだろうが。
綺麗な綺麗な雫のような涙を見た瞬間だ、覚醒してしまったのは。
「ミリア様は同じクラス委員として先生から頼まれた教材を伯爵令息と先生のところまで持って来たりしていただけだ!」
令嬢らしからぬ低い低いダミ声は修羅場と関係のない所から響いてきた。
私の口から。
「みんなの前でキスしてたのはお前らのほうだろう!」
令嬢らしからぬ平民の男のような話し方で私はすごむと、なぜか足が王子に向かって高く上がったのはその瞬間だ。
思い出して小さく頷いた。
「やっぱ、私悪くない」
綺麗なお姫様を守る正義の味方じゃない。
何度、思い返してもそう感じる。
「でも、やってしまったみたいだよ」
あの時、考えるより足のほうが無意識に動いてしまったのだ。
だが令嬢の私が『まずいですわ!』と声にならない声を上げていた。