六話 名声をかすめ取った姑息な卑怯者
勝った私は、また控室に戻って座っていた。
なんだ、勝ったっていうのに、この胸糞の悪さは。
あきらかに私の勝利を歓迎されてなかった。
なんでだ。
サイクロンガールに勝ってほしかった人がいっぱいいたのはわかる。
でも、だからって
あんなに冷たい拍手があるか。
あんなに冷たい目があるか。
私が何か嫌われるようなしたのか、いいや、してない。
だって、今日この場所にやって来たんだからそんなことする時間はない。
じんわりと、不快感が染みわたる。
まぁ、深く考える必要無いのかもしれない。
人なんてそんなものだ、そう思えばいい。
いややっぱ、むかつく。
なんだあいつら。ざけんな。
急にガチャ。とドアが開いた。
穏やかで優しく落ち着いた開け方。
桂木か、別に警戒する必要はないよなぁ。
そう思ってそちらを見やると。
知らない少女がいた。
「……ッ!誰だッ!」
私は立ち上がって椅子を武器として構えた。
知らない人だった。
当たり前のように、入ってきやがった。
なんだこの不審者は、と私はしっかりと観察した。
黒い髪。
アニメでしか見たことない瓶底眼鏡。
赤いカチューシャ。
年齢はたぶん私と同じくらい。
気弱で真面目そうで”委員長”なんてあだ名が似合いそう。危険は無さそう。
でもそういう一見危なくなさそうな奴ってなのがむしろ私にとっては怖い。
私は油断しない。
人は見かけによらない。
親父から金を借りるだけ借りて逃げ出した叔父さんだって、人のよさそうな風貌だったじゃないか。
そのことを私は絶対忘れないぞ。
というわけで、相手に悟られない程度の速度で後ずさる。
「わかりませんか?」
おとなしい声で聴いて来る。
「なにを?」
「……恥ずかしいんですけど……ちょっと待っててください」
彼女は、なぜかドアを開けて部屋の外に出て、律儀にドアを閉めた。
それから、今度はバン!と荒々しくドアを開けて、バク転、側宙、側転、ロンダート、そんな動きの組み合わせで入室してきた。
凄まじいアクロバットなこの動き。
そうかわかった。
さっき戦って私に負けたサイクロンガールか。
委員長みたいな印象でわからなかった。
それから彼女は、ぴたっと動きをとめ、私にピンと人差し指をたてた。
「君との因縁の相手だっ!……これでわかりましたか?」
どこか張りの無い抜けた声で質問。
「サイクロンガール、でしょ、何しに来たのさ」
「謝りに来ました、すいませんでした」
彼女は、頭を下げた。
そうするなんて思って無かった私は、ちょっと驚いた。
「なんか、あったっけ?謝られること」
「初対面で勝手にノックもせず控室に乗り込んだじゃないですか、驚かせたし、し、失礼だったでしょう?」
「え、あぁ、まぁうん」
色々あって、気にもならなかったがそういやあの行為は迷惑だ。
「なので、こうしてお詫びに来たわけです」
「サイクロンガールとして来なかったから、誰だかわからなかった」
「あの格好でいると、さらに無礼をはたらいてしまいそうだったので」
なんか調子狂う。
彼女=サイクロンガールという図式がイマイチしっくりこないせいだ。
顔も体型も声も同じで、身体能力も同じ、つまり99パーぐらい同一人物なんだろうけど。
ただただ、彼女の性格がソレに違和感を持たせてる。
――――まぁ、キャラ作りを頑張ってるってことなんだろう。
「これ、無礼に釣り合うかはわかりませんがどうぞ」
彼女は私に向け包みを差し出した。
「菓子折りです」
え?
”菓子折り”?
あのおいしいモノはいってるヤツ?
私は、気づけばソレを手に取っていた。
「マジで!?良いの!?」
彼女は”良いよ”という顔をしてた。たぶん。
やった。
うれしい。お詫びとして持ってくるお菓子なんてぜったいおいしい。
すばやく包みを破き、中に入った高級そうな箱とこんにちはした。
”カステラ”と箱には筆のような書体で書いてる。
すごい久々だこんな贅沢。
――食べよう。
そう思って包みを剥がしだすと、サイクロンガールが、私のことを奇異なものを見る視線で見つめてた。
そういえば、こういうのって、そういえば相手の人が帰った後で食べるようなものか。
「ありがとう」
そういえば忘れてた、感謝を伝える事を。
「気にしないでください」
彼女は、首を横に振った。
「なんで、あんなことしたのさ?」
せっかく彼女がここにいるのだし、この機会に、聞いておこうと思った。
こんな風に本性が謙虚な人がわざわざ控室にまで乗り込んできたワケを。
「そうですね、糸川さんにも関係がある話ですしお話しておきます」
私にも関係がある?どういう事だろうか。
彼女の様子は、”コレからそれを喋る”といった感じなので邪魔せずに私は黙った。
「実は私の控室にまで無茶な取材をする記者が来たんです」
”記者”か、なるほど。
そういえばスポーツ選手にはそういうのがつき纏うこともある。
そのうち私のトコにも来る可能性あるな。
変な姿を撮られないよう気を付けないと。
まぁでもそれより――
「――選手の控えてるトコにそんな簡単に部外者入れていいって警備ザルすぎない?」
選手は皆少女だっていうのに、マズいだろうソレは。
「記者、といっても偶にいる”妙に優秀な記者”です、普通はそんなこと出来ないくらい警備はしっかりしてます」
「”妙に優秀な記者”も突破出来ちゃダメなんじゃないの?”」
「す、すいません」
なんで謝るんだ。
べつにいいじゃんか、彼女が悪いわけでもないのに。
……私の言ってる事も彼女に言ったってしょうがないか。
「……で、キャラを崩さないためにために私のトコに来たの?」
「えっ、ええ、その記者の目があるから私は”サイクロンガール”を保つために不動霞の代役である糸川さんのところに向かったのです」
こくり。凄く真面目に彼女は頷いた。
やっぱり。
「サイクロンガールは熱くて、考える力はあるけれど感情を優先しがちな少女なのです、そんな彼女が仲良しな”不動霞”の代わりに来た人間のところに会いに行くはずなんです」
キャラのイメージが崩れるっていうのは、キャラの魅力が崩れるってことにもなりかねない。
だから記者なんていう、情報を自由に発信しえる奴にキャラのイメージを崩壊するような姿を見せられない。
っていうことなんだろうか。
だけど。
「とはいえ、それが無かったとしても私はあなたのトコロに来ていたでしょう」
彼女はそう言葉を続けた。
「セーフキリングだとか、サイクロンガールだとか関係なく彼女のことを私は好きでしたから、不動さんの代わりとしてきたあなたに不動さんを否定されたみたいで腹が少しだけたって居ましたし」
彼女の目から涙が一筋零れる。
今、事故に遭って一生意識が戻らない可能性が高いらしい彼女を思っているのだろう。
「べつに無理して話さなくてもいいけど」
流石に泣きながら話されると気まずい。
正直焦る。
ちょっと、大丈夫か?
「いえ、これもやはり、あなたにも関係のある事ですから話します」
しっかりとした強い声だった。
それは ”あ、この人がサイクロンガールなんだ”と私にようやくうまく納得させた。
「先程試合に勝ったあなたへの反応がよろしくないのはあなたもわかっているのでしょう」
うん。それはわかってる。
「不動霞のことを間違いなく誰もが好いていた、性格も、声も、動きも、戦い方も何もかもが見る者を圧倒し虜にしていた」
そんな人、いるんだろうかと疑問に思う。
でも、この人は本気でそれを言っていた。
だから実際、不動霞は人気があったんだろう。
この人は”不動霞の凄さ”をもっと具体的に語りたそうだし。
だけど、それをやるとあまりに話が冗長になるからか、しなかった。
「しかし勝利数13勝0敗を達成してから事故に遭って意識は二度と戻らないかもしれない程になった」
そんなに凄い戦績だったんだ。
さっき一戦しただけだけども、セーフキリングは勝ち続けるのが難しいって私にはわかる。
結構キツイスポーツだってのに、無敗だなんて。
驚嘆以外の何物も出てこない。
「そして、あなたは徳宮テクノロジーの選手のため、その戦績を引き継いだ、彼女が事故に遭いあなたへの引継ぎがおこるまでの試合が不戦敗となって10勝6敗になってはいますがそれでも優秀な戦績です」
その彼女の言葉、真面目で重苦しい口調はなるほど私が観客に歓迎されてない理由をだいたいわからせた。
つまりこういうことだろ。
「私は――」
「―――不動霞から功績をかすめとり、誰も期待していないのにでしゃばって来た姑息な卑怯者」
不動霞がいなくなって、そこの位置に私がついて。
それは周りから見たら、私が不動霞という存在を”塗りつぶそうとした”ように見えるんじゃないか?
私にそんな意思がないとしてもだ。
だから私が負けることを観客にのぞまれていたんだろう。
きっと、不動霞を好きだった人間にとって不動霞を否定する不届き者だから。
言うなればヒーローを否定する敵だ。
やっと理解できた。
私は、この場所、この位置に望まれていない。
不動霞という英雄がいるべき場所と思われてる。
こくり。
彼女は静かに頷いた。
「でも、あなたが不動霞と少し似ていてよかった」
「ん?」
「顔や戦法は似ていませんが、どこか面影があるような気がします、運命でしょうか?」
褒められてる……のか?
だけれども、あまり嬉しくない。なぜだろう。
「それでは、おさらばです」
「え?」
彼女は静かに入り口に手をかける。
もう話は終わりだ、という事なんだろう。
でも、ふと振り返って彼女は言った
「不動霞とやりたかったとはいえ、あなたとのセーフキリングも存外、面白かったです、私はあなたのこと結構好きですよ」
真面目で険しい顔をして。
そして今度は真っ直ぐ私の前から去っていった。
……”好き”だなんて今の言葉は意図せず嫌われモノになった私への気遣いか?
うーむ、違う気もする。
それとも。本当に私が好きだったんだろうか、いや、多分それは無い。
考え込みそうになったが、腹に強い虚無を感じた。
お腹が空いている事を思い出す。
さっき貰った菓子――カステラ、小さいのが幾つも個包装され箱の中に入っている。
一つまみして、食べる、
ん、んまい。
甘いけど穏やかさがあって、食べやすい。
コーヒーと一緒に飲めばもっとおいしいハズだ。
そうしながら、先程の疑問の答えを探すが出てこなかった。
ガチャ。
急に穏やかにドアノブが回った。
今度は誰だ。
桂木だと思うけど、そう思った時は桂木じゃない経験ばかりある。
じゃ、誰だ?
もしかして、さっき話に出てた”妙に優秀な記者”か?
いや、でも試合初参加の私のとこに、こんなに早く来るか?
なんだか不安になって
すばやく口の中のカステラを飲みこんだ。
椅子を掴んで武器として構える。
ゆっくりとドアが開いた。
桂木だった。
「初勝利おめでとうございます!」
そうやって賞賛しながらも、私の姿を見て彼は目を丸くした。
「……なんで椅子構えてるんですか?」
「いえ、べつに」
……気まずかった。