五話 君は天才かッ!?
ブオッ!なんて、轟音。
それと共に、巨人の掌に思いっきり押されたような感覚が来る。
急速に私の体が、後ろへ吹き飛ばされていた。
私は地に落ちて芝の上をゴロゴロ転がった。
地面が見える。天井が見える。観客席が見えてサイクロンガールが見えて、また地面が見えて
ぐるぐるぐるぐる、視界が回る。
今の攻撃何?と考察する前にとにかく立ち上がらないと。
立ち上がろうと地面に手をつけ力を込めた瞬間。
「ぐゥッ!」
頭に衝撃が来た、大人の男に椅子の脚で全力殴打をくらったくらいのモノだった。
まぁそんな経験はないけど。
視界が一瞬だけ黒く染まった。
この感覚は気絶しかけたのだろう。
ギリギリ踏みとどまれた。
くそ、桂木はバリアが体の周りに作られるって言ってたけど普通に痛い。
下手したら今の一発で気絶して負けてた。
……もしかして、コレでもダメージは軽減されてる方なのだろうか?
歓声が盛り上がってるのが聞こえてきた。
私が大ダメージを受けたことに対するものみたいだ。
うん、バリアはある程度柔らかくしてるんだろう。過激な競技の方が嬉しい奴向けに。
いや、そんな事、気になるけど考えてる場合じゃない。
サイクロンガールがどんな攻撃をしているのか、見極めないと。
今の彼女は銀色の装飾がほどこされた銃のリロードをしてる。
……彼女がアレを撃ったってことか。
それともう一つ気づいたことがある。
バイザーの5500っていう表示が3000になってる。
攻撃を受けたら減ったってことはコレがAPとかいう奴なんだろう。
私は今、凄くマズイ状況にいると理解した。
5500ー3000=2500だから、一発攻撃を食らえば私は2500ダメージを受ける。
つまり、あと二発攻撃を受けたら私の負けだ、APが0になる。
じゃあどうする?
感嘆だ、先に相手を倒すしかない
先手必勝は失敗したが、反撃で倒せばいい。
私は拳銃を一発、リロード中のサイクロンガールに撃った。
ちゃんと構えなかったせいかパワードスーツに反動を軽減してもらってるハズなのに、少し肩が痛い。
……それでわかった。
ぞわりと鳥肌がたつ、コレは実銃だ。
競技用のあまり威力が無い銃を使っているかと思ったけれども、手にあるのは普通に人を殺せてしまうようなモノだ。
いくらスポーツ内で安全に気を使っていても子供に持たせるものじゃない。
なぜこんな危険なモノを平気で他人に持たせられる?
まさか、陰謀か何かが……っと、私よ、落ち着け今はそんなこと考えてる場合じゃないんだ。
相手を見ろ。
私は見た。
私が撃った銃弾は外れていた。
まぁでも、”そりゃそうだな”と思った。
ロクに狙いもつけず撃ったしサイクロンガールと私の間には結構距離がある。
しかも銃弾を命中させる、というのは見た目以上に結構難しい事らしい。
……もっと落ち着いて戦おう、相手を観察するんだ。
サイクロンガールは何やら側宙だのバク転なんかをして観客を沸かせている。
私を舐め腐ってやがるように見えるが、巧妙な立ち回りだ。
銃の狙いをつけようとしても、縦横無尽に動き回る彼女に対しては難しい。
素人の私が当てていくのは無理だ。
考え無しに撃っても貴重な武器の弾切れを速めるだけ。
近距離で撃つか、ナイフでないと攻撃できない。
でも、どうやってそれをする?
近づく前にあの巨人の掌みたいな感覚が来て押し出されてしまう。
そうだ、手のひらを地面につける→手の甲からナイフを貫通させ地面まで突き刺す→それを止め具にして押されるのを耐える。
どうだろうか?
……いや、違うな。ナイフを私の周りに薄いバリアがはられてるらしいからナイフを突き刺して貫通するか疑問だ。銃弾みたいに多分”痛い”だけで弾かれる。
そもそもそんな事したって身動きが取れなくなるのだし普通に近づかれてボコボコにされるだけだろう。
やれなくはないけど。
別の方法を考えないと。
そうやって相手の軽業披露時間にかまけて考えていると。
「容赦はしないぞっ!」
サイクロンガールが、私に銃を向けていた。
「ッ!」
作戦タイムは終わりか!
焦りつつも腕でガードする。今度は、右手に衝撃!痛い!
やばい、今のAPは500しかないハズだ。
マズイすでに追い込まれてる。
と思ったんだけども、驚いた。
私の残りAPは2500。
あんま減ってない。
もしかして。
頭は急所だからAPが減りやすく、腕は急所じゃないからAPが減りにくい。
そんな感じじゃなかろうか、いやたぶんきっとそう。
弱点がある方が戦略性が出て面白くなるし、そういう設定なのは納得だ。
ゲームとかではヘッドショットを決めたら一撃で相手を殺せたり出来るし。
まぁ私、あんまりコンシューマーゲームしないけど。
とりあえず両腕で頭から胸の辺りをサイクロンガールから隠した。
パワードスーツがまぁまぁデカいおかげで、腕は”盾”としてシッカリとして機能するだろう。
「守りを固めたか!」
腕の隙間から見えるサイクロンガールは私に銃を向けていた。さっきまで向けていたものと違う。銃口が大きいし、緑色を基調としたデザインがある。
……そっか、二つの銃を持っているのか。
「だがしかし守っているだけじゃ勝てないぞ!」
その言葉とともに、前から風が吹いて来た、それから急に巨人の掌に押される感覚がして私はまたしても吹き飛ばされた。
“物凄い風圧”……まるでサイクロンだコレ!緑色が”巨人の掌銃”か!
よくわかった!
私はまた、転げる。
でも、今度は上手く受け身をとって、素早く立ち上がり腕でガードした。
バチュン!
腕に攻撃を受け私のAPは2000に減った。
私の心臓が刻むビートが速くなってた。
あッぶね、今ちょっとでも腕が遅れたら頭に当たっていた。そしたら2500ダメージで負けてた。
ゾクゾクとした冷たいモノが体中駆け巡った。
でも不快じゃなくてソレがどこか心地よい、高揚感ってやつなんだろう。
やべ。
体が熱くなる。
楽しくなってきた。
「どうした!不動霞ならばもう私を倒しているぞ!劣勢に追い込まれることもない!こんなに隙だらけの私拳銃でもう倒している!」
ちょっぴり苛立って、舌打ちする。
私は不動霞なんて知らないし。
だいたい私にその真似事出来ないってアンタ言っただろ。
そんなこと言われても困る。
そう心の中でぐちぐちいうが、緊張感や勝利への渇望が無意味に喋って体力を消費するのを否定した。
無駄に喋る、それは体力の無駄な浪費と同じだ。
そして私にそんな無駄をする余裕なんてきっとないのだ。
さっきまでより、もっと勝ちたいという意志が強くなる。
私は、落ち着いて、防御を亀のように固めじっと相手を観察した。
観客達から“動けよ!つまんねェだろ!”や“諦めんな―!”等の声が聞こえるが、勝負の方が私にとって大事らしくあんま気にならない。
いやまぁ、ちょっとはむかつくけれども。
……ちょっとじゃない、かなりか。
とにかく、今自分にできる事を考えよう。
ガードしてれば今すぐ負けることは無いだろうから。
時間はある。落ち着け。
考えろ。
ー上手く集中出来たようで脳みその回転が速まっていると、自分でもわかったー
まだセーフキリングに慣れていない、この状態で突っ込んでも普通に押し負けるだけだ。
相手の弱点を理解しないと。
で、巨人の掌銃の弱点だ……どうすれば攻略出来る?
観察して探ろう。
私はサイクロンガールを両腕の隙間からじっと見た。
立ち止まって”巨人の掌銃”から何か黒くて四角いモノを出して、同じものを入れ替えてる。
もしかして、アレはバッテリーか?
……そうか、一発撃ったらリロードしなきゃいけないのか。
エネルギーの消費が激しくて連発出来ないんだ。
たぶん銀色の銃も連発出来ないのだろう。
連発してきたこと無いし。
……勝ちに行くのならばそこを突くしかない。
次に来る巨人の掌銃を乗り越えたら攻撃のチャンスだ。それからリロードするまでの間は隙ってことだから。
で。どうしようか。
既に向こうはリロードを終えてるからあんまり考えてる時間はない。
かといって考えずに倒せるほど私に出来ることは多くない。
限定された手段で勝利を狙う、まるで詰将棋だ。
ちょっと考えてみる。すぐ思いついた、
単純な作戦だが。
それを実行するため拳銃をパワードスーツ脚部にあるホルスターに入れ込む。
ソレから、サイクロンガールが銃を構えるのを見て同時に全力で跳んだ。
力を入れやすい、前方……サイクロンガールに向けて。
ぶぉ。
風の音がした。でも私は後ろに今度は飛ばされてない。
地面が遠くに見える、4mくらい下に。
私は、素早く高く跳んで避けたのだ。
右や左に避けるのは当たり前の事で予測されやすい、腕を地面に突き刺しクサビがわりにして風を耐えることも考えたがそれでは動きが止まり銀色の銃を当てられる、だから”上”に行った。
どの位この装備で跳べるかわからないから、賭けだった。
そして賭けに勝った。
でも。
「あぁあ」
私から声が漏れる。
怖ッ!高ッ!なにこの高さ!どんどん地面が遠ざかっていく。
これ以上はマズイってマジで、既に。着地失敗したら足がイカレるくらいの高さ……いや落ち着け成功すれば何の問題も無い。
大丈夫、ちゃんと着地すれば大丈夫なはずだうん。転がるようにして衝撃を逃せばオーケーだ。
サイクロンガールが私の事を銀色の銃を構えて出迎えているのが見えた。
……あ。
私、どうしたら巨人の掌を避けれるかだけ考えて“避けた後どうなるか”考えてなかった。
やべぇ。撃たれる。
というのは、ウソだ。
「おりゃッ!」
私はろくに拳銃をサイクロンガールに向け真っすぐ投げた。それは私に向け放たれた弾丸と真っ向からぶつかって、弾かれる。
元々正確無比だったはずの弾丸の軌道もそれたようで腕をかすっていく。
私の残APは1500。
よし。どうにか一旦の危機はさッ―――あ、やべもうこんなに近くに地面
どすっ。なんて音がした。
サイクロンガールの目の前に私は両足で着地したけど
思いっきり、膝で重さを受けるという失敗をした。
それで痛みのあまり転がった。
「へげ」っと私の口から反射的に悲鳴があがりつつの出来事である。
サイクロンガールがそれを見て口をぽかんとあけている。
たぶん私の今の声のせいだ。
色んな人の感情こもった声を聞いたが、あの悲鳴は情けなさトップクラス。
そしてそれが自分のものだというのは切ない。
「大丈夫か?」
サイクロンガールが、私を心配して聞いて来る。
けど銀色の銃を構えて私を撃とうとしてるから、”大丈夫だよ心配しないで”なんて言う暇はない。まぁ言うつもりは無い。
「先程の悲鳴はそうとう痛くないと出てこないような……」
悲鳴のことは言うな。
速攻で殴りかかった。
私の頭上を弾丸が通過していく。
サイクロンガールは私の不良が如き大ぶり右ストレートをかがんで避けたが、ソレはフェイントみたいなもんだ。
うらッ!
本命の左ローキック!これで機動力を潰す!
まさかの側転で、手でまたぐように避けられる。
カポエイラかなんかか?
静かな着地とともに、彼女の右脚が私の側頭部を狙って半月のような軌跡を描く。
すんでのところで屈んで回避。
この技、メイア ルーア ジ フレンチ(前方半月円蹴り)……さっきのアウ― (側転)やアクロバットとあわせて考えれば彼女はやっぱりカポエイラの使い手か。
カポエイラには投げや打撃も一応あるが、足技が主軸の格闘技だ。
となれば、足技を使うのは止めた方がいいだろう。
パンチよりキックの方が強いものを出せるが、仕方がない。
足技に慣れていそうな相手に足技で戦ってもダメだ。
考えるサイクロンガールが私の顔面にベンサォン(前蹴り)を飛ばす、ブリッジで避けて、そのままバク転し立ち上がって、3歩程後ろに下がって彼女に向き直る。
お互い、この距離を詰めようとしていない。
多分“どうするか”互いに決めかねている。
でも私はもうすぐ決められる、うむ、考えて、よし決めた。
すばやく、埃でもはらうように右脚部パワードスーツの装着を緩める。
サイクロンガールにむけ、右脚を少しだけ強く踏む。
まるでさも“蹴るための軸足”のように。
さぁ、どうする?コレは罠だ。本当は一切蹴るともりはない。
攻撃を警戒して遠ざかれば、手痛いぞ。
「なめてくれるな!」
サイクロンガールは、思い切り距離を詰めてきた。
コイツ、見抜いたのか。
攻撃するフリだと。
だったら予定変更。
私も距離を詰める。
全身全力猪突猛進に。
「ッ!」
顏と顔が接触しそうなほど、近く。
これならば、カポエイラの技の大概が使いにくいだろう。
「この!」
私の耳狙いで、ボクシングのフックみたいな軌道で掌底が迫る。
上体を後ろにそらし、どうにか技を使いやすそうな距離を探して下がるサイクロンガールの脚に向け
私は拳を振るった。
普通なら微妙に届かない距離から。
しかし、いまいち緩い右腕の装備は外れ、勢いで飛んで行く。
ロケットパンチとでも呼ぶべきか自分でも驚くほど激速で腕が伸びるかのように彼女の脚を急襲。
美味く虚を突けた。直撃。装備が反動で腕に戻って来る。
一瞬の出来事であった。
サイクロンガールはダメージに脚が痺れたらしく顔を歪める。
距離を離そうとしているが、遅い。
タックルをブチかます。
わたしは低い姿勢で突進した。
かなり綺麗に決まって押し倒せた。
それから、腰のあたりに馬乗りになった。
で、素早く銀色の銃と巨人の掌銃を奪い取って、投げ捨てた。よし。オッケ。
―――
私の表情が見えた、相手の瞳の奥に。
普段は使わない口呼吸で必死に酸素を取り込んで、まだまだ動こうとしてる。
あぁ、頑張ってるなぁと自分でも思った。
―――
拳を振りかぶって、ふと気になりだす。。
さっきのこの人がまるで、ありえないことを私がしたかのような反応だったのだ。
まさか?とふと思いいたる。
ちょっと不安になったので一度止まって、聞くことにした。
戦いの流れが一瞬止まる。
「……え、もしかして殴るのはルール違反だった?」
「いやぁ、ただ単にすごいパンチだなぁと思って」
「あ、そう」
なんだ、そういうことか。
安心して私は拳を振り下ろした。一発入ったが、そこまでのダメージではない。
しょうがないので脚部からナイフを取り出し、馬乗りになったまま切りつけようと振り回したり突いたりした。
だがしかし、刃が届かない。
バリアによって防がれているのではなくて、全て躱されている。
「良い太刀筋だッ!どこで習った!?」
右に払ったナイフを彼女はかがんで避けながら聞く。
「独学!」
喋る必要などない、だが、話に集中させさえすれば彼女の格闘の精度も落ちるかと期待して返答する。
「それは凄いッ!驚きだ!」
だげども、私に乗られてて体が上手く動かないだろうに、ナイフを上手にさばいてる。
このマウントポジションが私は得意なのに、なんだこの強さ。明らかに初戦で戦う相手じゃない。
でも、だからこそ燃える。
勝ちたいといつの間にかくっきりハッキリ思っていた。
「じゃあッ!もっと驚かせてやるッ!」
ナイフ戦に関して彼女の造詣は深いようだし、このまま攻めても無駄だからナイフはまたしまって、”拳銃”の銃口を彼女の顔面に突き付けた。
「なにぃッ!?さっき捨てた武器を!?どうやって!?」
なんでコレを持ってるのか?という疑問に対しては明快に答えられる。
私を銃弾から防いだコレがこの辺に落ちてたのを、さっきを拾っただけ。
つまり
「幸運!」
顔面に向かって連射する。
ばきゅーんと耳をつんざく音が5回。
カチカチと引き金を弾いても、弾が切れたみたいで出てこなくなった。
仕方ないので銃は再び投げ捨てた。
轟音の連発から、うってかわって静寂が辺りを支配している。
サイクロンガールは何も喋らなくなった。
つか動かない。
……え、まさか死んだ?
そう不安になったが。
体の微細を見る限りいちおう呼吸はしてるっぽい。
もしかして、私勝ったのか?
多分、勝ったと思う、だいぶ攻撃したし。
拍手は無いし、歓声もなんか無い。
今気づいたんだけどバイザーの右下になんか出てる。
縦長な緑色の四角形の中に白い文字。
”100”と読めた。
多分敵のAPだ。
……あれ、じゃあサイクロンガールのAPはまだ0じゃないのか。
そう思った瞬間。
「お前が"不動霞"だったら勝っていた」
その言葉と共に急に空が動いた。
そして、緑色の人工芝に頭から私は突っ込んでソレからゴロゴロ後ろに転がった。
私は地に手をつけていた。
なんだ。なんなんだ。
とにかく起きなきゃ。
「残念だったな、君の銃ではほんとうに少しだけ威力が足りなかったみたいだ、もっとも実力も不足しているワケだが」
見上げると、サイクロンガールは立って私を見ていた。
大喝采が起きている。
やっぱり”100”っていうのは、”相手のAP”のことだったわけか。
やばい。まずい。
弾は切れてるから銃は使えない。
とはいえ、私のナイフ術で相手を倒せる気もしない。
胸ぐらを捕まれ、私は無理やり立たせられた。
それから頭突きを受けて眉間のあたりに震動が来た。
一瞬。視界が暗転、そのまま意識が吹き飛びかけた。
舌を強く噛んで耐えると、次の瞬間私は殴り飛ばされた。左手で。
まるで、私がさっきソレをしたことの仕返しのように。
私は地面にたたきつけられた。
もう何度目なんだ。初心者だからちょっとくらい勘弁してくれていいと思う。してよ。しろ。
激しく運動してたら髪留めとしてお勤めしてた針金が外れたようで、背中が私の枝毛まみれな長髪ごしに地面につく。
バイザー越しに天井が見える。
今の格闘攻撃で私のAPが減ったみたいで500になっていた。
……まだだ。立ち上がらないと。
終わってないじゃないか。
素早く跳ね起きしようとしたけど、体力が足りずに失敗。背中から落ちた。
「あっが!ぐあっ!」
はらわたに震動が来て、ジンジン痛む。体中熱い。
やっばい、そうとう疲れてる。
なんか知らないけど、私が負けそうな時にこれ以上ないくらい歓声が盛り上がってる。
たぶん観客全員がそうしてるんじゃないかってくらいの熱で。
いやまぁ知った事かそんなの、皆が私が勝つのを望んでないからって、負けてたまるか。
落ち着け私。
まだ完璧に動けないってわけじゃない、
ダイナミックな事を”し続ける”のが無理なだけで、多少無茶すればできる。
まず転がってうつ伏せになってから立ち上がるんだ。
転がる補助になりそうな地形を、視線を横に倒しナイフを持たぬ左手で探す。
芝生を適当につかみながら立ち上がった。
「不動霞ならそんな風に醜態は晒さない」
……知るか。
ふらつきながらも二本足でようやく立ち上がれた私に声がかかって。
びく、と私の心臓が跳ねた。跳ねるんじゃないと心で言ってもどうしようもなかった。
無性にイラっと来た。
……‼‼いつの間にやら、視界の中にサイクロンガールの脚が入ってる。近い。
「不動霞は……もっと強かった」
いいかげん不動霞のことを言われても困る、知らない人だぞ。
「さて、そろそろトドメだ」
あ。やばい。
彼女の胸上から顔あたりを見る。
銀色の銃を私に向けていた。
そっか……その銃を取りに行ってたから、私がもがいてる間攻撃してこなかったのか。
―――彼女がトドメに銃を選んだこと。
契約会社から“この武器でトドメを刺してね”なんて言われたのだろうか。
それとも、彼女自身が持つ何かの矜持ゆえか。
でも確実といえることがある、私の実力を彼女が相当下に見ているということだった。
だって、隙だらけでボロボロでスグにトドメをさせる私をほっといて無視して。落ちた武器を回収しに行ってしまったのだ ――
まぁ、ともかく。
今が最大級のチャンスであった。
私にトドメをさそうとしている彼女は、私のことなんてみそっかすに思ってる。
そうやって油断してると、負けるはずが無い相手に寝首を搔かれて死ぬ。
ぐんっ、と左手を開き、芝生をサイクロンガールの顔に思いっきり投げつけた。
「うわ」
命中。
ダメージは無いが一瞬隙が出来た。
私は彼女に向け、一歩大きく踏み込む。
サイクロンガールは突然の突撃に驚き腕で頭をガードしに入る。
弱点だからそこを狙うと読んだんだろう。
でも私が狙うのは”そこ”じゃない。
彼女のAP残量から考えれば”そこ”を狙う必要が無い。
今だ。
思いっきり、ヘッドスライディングに近い形で滑り、相手の脚元にナイフを突き出した。
私の攻撃は後先考えない完全な特攻で、仮に避けられたらとんでもない反撃を確実にされるようなものだった。
だからこそ、完全に意表をついてナイフがサイクロンガールの足にぶち当たった。
けど突き刺さりはしない
激しい反動が来て、桂木がフォークでバリアの実演した時みたいに私の手からすっぽ抜けた。
でも構わない。
強い反動は、強く当たったという証明だ。
そして、この勝負のルールにおいては突き刺さる必要は無い。
ダメージさえ与えればいいのだから。
『初参戦の糸川選手―――!勝利――!決め手はフェイントからのナイフ!経験者相手にいきなりそんな技をぶちかますなんて君は天才かっ!?』
テンションの高い実況が響く。
私は、勝ったのだ。
勝った。
その言葉のおかげで、どうしようもない熱いモノがこみ上げてきた。
久々に純粋に楽しい思いをした気がする。
でも、疲れた。
そこら辺の公園に生えた花の蜜吸いたい。結構体力や気力の回復になるんだアレは。
まぁ毒には気を付けないといけないけど。
そう考えて、私の口元が緩む。
セーフキリングをやれば、ファイトマネーが出るって言ってた、良いモノ食べれるだろう。
そこらの蜜なんか要らない、高級ガムとかイカの天日干しとか食べたい。
私の頭の血管とか心臓とかバクバク言ってる。
汗もだくだく出てる。
地味に体が熱い。パワードスーツの中が普通に蒸れるってせいもある。
下手したら熱中症になるなコレ。
通気性考えてないな徳宮テクノロジー。
ふぅ。しかし静かだなぁ。なんでこんな静か。
……静か?
決着がついたっていうのに変だ。
普通拍手だとか声援だとかあっていいんじゃないのか?
私はそもそも金のためにやってるんだし、人気とか名声が必要なわけじゃない。
でも、あったほうがうれしい。
ぱちぱちぱち、と小さく響いてきた。
あぁそうそう。いきなりルーキーが勝ったから驚きのあまり忘れてたって事か。
じゃ、そろそろもっと拍手は大きく。
……ならなかった。
まるで義務的に、やっつけ仕事のようにまばらな拍手音が響いて。
それだけだった。
バリアについて。
セーフキリングの選手は全員一定以上の強度を持つバリア発生装置をつけなければ試合する資格がない。
実弾が飛び交っているのに、バリア無しで戦えば死者が出るからだ。
しかしバリア発生装置を用意できる会社は、地球規模で考えても数えるほどしかない。
だから、漁火重工はセーフキリング参戦会社へバリア発生装置を貸し出している。
小さいから装備の中に埋め込みやすくて試合の邪魔にならないし、バリアに衝撃を受けなければ一週間ぶっ続けで起動することもできる、おまけに頑丈で壊れにくい優れモノ。
そんな高級品を貸し出すのはべつに善意ではない。
自社製品を通じて技術力が素晴らしい事を誇示しているのだ。
こういう事をするから漁火重工の製品はよく売れている。
余談だが、糸川にっけや桂木が使っているものは、にっけの契約会社である徳宮テクノロジーが頑張って作ったものだ。
漁火重工に貸してもらおうかと考えてもいたけど恩を作りたくなかったから頑張った。
さらなる余談だが、徳宮テクノロジーのソレは何をとっても漁火重工のものよりも性能が劣る。