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36話  「善人のフリ」

バイク駆けるはショッピングモールの廊下。

愛とせつなは二人乗りで、ぎゃんぎゃん音をあげながら、爆走していた。



だがその途中、愛が「人がいるなぁ」と言って、せつな前方を見て

「あの人轢いてください、さっき私を殺しに来た人です」

にっけとともにこのモールに来るさい、襲い掛かってきた男だったので先手を取ろうと思ったが

「デリケートなんだ、この悔血子観号(ぶちこみごう)は、そんなのさせらんねぇ」

愛はある程度男と距離を取ってバイクを止めた。

「フッツ―に倒すから大丈夫」

せつなは出来るのか、と問おうとしたが。

それをかき消すかのように

「よォ、また会ったな!」

と男が呼びかけた


「お前に会いに来たらしいけど?」

「地球再生党の奴から依頼もされてねーけど来てやったぜ、へへっ、もう一回お前と戦いにな」

男は愛の事を無視して、べらべら大きな声で喋る。

どうやって来たのだろう、せつなは考えた。

この男は誰からも依頼されずに来た、と言っている。

だがこのモールは封鎖されてるのだ、真っ当な方法では入って来れない。

もしかして、気づきもしなかった出入り口があるのだろうか。それならばそこから脱出出来る。

「どうやって来たんだテメぇ?」

同じことを愛も疑問に思ったようだった。

「飛んだんだ、近くのビルの屋上からここの屋上にマットレスをなげて、そこに」

答えは至極単純、ごり押しだ。


せつなは落胆した。

その曲芸は脱出には使えない。

モールの屋上からマットレスを投げて、飛び降りるような芸当せつなには出来ない。

それに、そんな目立つことをしていて、入り口を封鎖している敵に脱出がバレたらゲームオーバーだ。


「……なぁ、俺はお前と会った時恍惚だったね!どんな状況でも諦めなければ希望に至る可能性はあるし、人間の可能性は無限だと証明している!」

男はせつなの落胆がどうでもいい様子で、楽しそうだった

「俺は仕事で人を殺して来た、抵抗されるのが楽しいからな、諦めない人の強さや美しさを間近で体験できるんだ!そして漁火せつなと糸川にっけ!お前達は俺にそれをあまりに鮮烈に見せた!だからもう一度やって来たんだ!」

せつなに男のその歪な感情は理解出来なかった。

理解するつもりもなかった。

愛もそうだった。


だから。

「残念だったな、私は子供を積極的に戦わせはしねーよ」

グキグキと、首の骨を鳴らしながら愛が男に近づいていく。

本当に大丈夫か、手伝うべきじゃないのかとせつなが聞くと。

「大丈夫、死なねーよ、私は」

愛はにやりと笑って。


「べつにお前と戦いに来たんじゃねえどいてろ」

男が文句を言い切った瞬間、愛は躊躇なく腰につけた拳銃を取って撃った。

男は素早く姿勢を低くして、避けるとともにナイフを愛に投げた、愛が体を捻って避ける。

だが、ナイフはあまりに速い。

拳銃にぶち当たり、愛の手元から離れて滑っていく。


愛はそれを取りに行こうとしたが、男が懐からもう一本のナイフを取り出すのを見て止めた。

そんなことしている隙に投げナイフが来ると判断して。

むしろ、男に向かって走る。

愛と男の間合いは、一瞬で殴り合えるものになった。


せつなは何となくバイクの後ろに隠れた、いざ戦いの流れ弾が来たら愛のお気に入りを犠牲にしてでも生き残るつもりで。


「ヒャッハ――‼徒手空拳だっ‼」

男の流れるようなナイフコンビネーションを、まるで苦ともせず避けながら愛は男に間合いを詰め。

微かに触った。

その瞬間だった。


”バチ”ととてつもなく、大きな破裂音がして、男が苦悶の声をあげ怯む。

愛の掌には、小型スタンガンが仕込まれていた。

「オラララッ!でりゃりゃ!だりゃ――‼コラぁ、どれぁ!死ね」

愛はその隙を逃さず、男の顔面を、首を、膝を、あちこちを的確に打撃で攻撃していく。

純粋なパンチも、肘うちも、蹴りも、頭突きも、体の全てを完璧に使いこなす愛の猛攻が男に反撃の隙はあたえなかった。


愛が圧倒的というより、この男が弱いようにすらせつなに見えた。

せつなはこの男が強いと身をもって知っているのに。

愛が信じられないほど異様な強さを持っているゆえに。


その強さは、単に反射神経が良いだとか、先読みが出来る、だけではない。

戦い方をよく知っていて、それが体に染み込んでいる。

愛は殺し合いの経験が豊富なのだと、せつなにはわかった。

「ヒャハハハハ!傷つけ‼くたばれ!ひざまずけぇ‼」

と愛の攻撃は。嵐のようであった。


愛はスナイパーライフルで狙撃されたら普通に死ぬし、ナイフで刺されても死ぬ、病気になっても死ぬ。

そもそも寿命でいずれ死ぬ。

なのに、絶対に死なないんじゃないかと間近でせつなにはそう錯覚させる程の強さを持っていたのだ。

男は強かったが相手が悪すぎた。

RPGゲームで言うならばレベル70まであげてラスボスに挑戦しようとしたら、レベル100で無いと歯が立たない裏ボスに挑戦したようなモノ。だとせつなはぼんやり思った。


戦いは終わってみれば、あっけなかった。

愛が男に完全勝利。

男は廊下の壁に、もたれかかって動けずにいる。

でも死んでない。

それだけの結果。



「よし、いこーぜ」

愛が落としてしまった拳銃を取って、脚の関節を壊され動けなくなった男に見向きもせずせつなに言った。

そして小走りにバイクにまたがる。


せつなもそれにならおうとした。だが。

「お前と俺は似ている」

なんて唐突に男が声を出して、自分でもわからぬうちに立ち止まった。

以前聞いたものとまったく同じその言葉が、なぜ今はそんなに気になるのか自分でもわからなかった。

気まぐれに近いモノなのだろうとせつなは分析した。


「置いてくぞお前」

愛が言い放つ。

「ちょっと待ってくれませんか」

置いて行かれても、せつなは別に良かった

だが、愛はせつなが何か男の話に興味があるのを察し、待ってくれた。


「お前は自分の事しか考えていない、他人を思いやるのも自分のためでしかない、……だから俺と戦って仲間を見捨てて一度逃げたんだろ?」

ぼろぼろの体なのに、平気でベラベラと男は喋る。

喉も何度か殴られたはずだったが、それを感じさせない。

やはりこの男は異常だと感じ、話を聞きつつもせつなは男の動きに注意を払う。


「お前が周りに受け入れられているのは、単に周りが気づいてお前は平気で人を踏みにじる、悪と呼ばれ排除される存在と化すんだ、お前の本質は俺と同じく人に受け入れられないモノだ」

「そりゃまぁ私は自分を正義と一回も思ったことは無いけど、一応良心とかはあるよ」

「ならお前は何のために戦っている?」

「家族を止めたい、多分悪い事をしてるから」

「本当にそうか?」

男の一言は、せつなの根幹を問いかけるものであった。

だから、せつなは答えに詰まった。


「そんな曖昧な理由で動いているのに、なぜ自分の行動が平気なんだ?なんで殺しあっていられる?」

「そんなのどうでもいいよ」

少しだけ、せつなの声は震えていた。

「ならなぜ立ち止まった?」

せつなは、それを言われ、はっとし、口をつぐむ。

「同族のよしみで教えてやる、お前はおかしくないフリをしてる、お前は自分の異常性に気づいていないか気づいていないフリをしてんだろ」

「皆どこかしら変なとこあるモンじゃないの?」

「お前は”皆”から大きく逸脱して変だ」

そう言われて、再びせつなは閉口した。


「お前が戦うのは善性や愛情をほとんど持ってないと自覚しているからだ、人のために命を賭けたり、愛する者のために努力したりする程は持ってない、つまりそんなのに憧れているだけだ」

違う。そう叫ぶびたくとも男の言葉があまりにせつなの身に染みた。

にっけを見捨てようとした記憶が新しすぎて。


「だが善人でもない奴が、悪い事してるヤツを止められるワケが無い、底なし沼に沈んだ人間が、同じく沈んでるヤツを助けようとするもんじゃねーか」

せつなの中に、男のその言葉が入り込む。

腹の中で、なんどもぶつかってあちこちに反響する。


「これまで善人のフリは苦しくなかったか?まともなフリなんて、やめるべきだぜ?俺達みたいな社会不適合者の幸せと道徳はそぐわねぇ」

男は似ていると本気で言う程度には、せつなが何を考えているか何となく理解出来るようであった。

だが、せつなにとっては男の発言に受け入れがたいものがあった。

「嫌だ」

男に向けられたその否定は、弱弱しくも自然とせつなの口から出ていた。

「お前には親近感が湧く、だから言ってやってるんだ、お前の中にある微かな情に従って生きる事は苦しいぞ」

べらべらと喋る男に対し、何も反論できなくなったせつなの代わりに。

愛が口を開いた。

「似てるからって、勝手にこいつの生き様をお前が決めつけんじゃねぇバ――カ」

ずけずけ男に近づいて、愛が、ぺちぺちと男の頬をスタンガンで触る。

男は白目をむいた、気絶だ。


「自分がこーだから他人もこーって決めつける、くっだんねー話だったな、行こうぜ」

ヘラヘラ笑いながらも、愛はバイクにまたがる。

だが、せつなはぼんやりと、突っ立っていたように見えた。

考え事をしているがゆえに、張り詰めた気持ちを表情として作る事すら忘れていた。

「……ホントに誰も助けられないし止められないのか?私?」

せつなが真剣に悩む様子を見て、しばし考え込んで。


愛は話し出す。


「私は、人が殺したかった、べつに誰かに恨みがあるわけでも無く単に人を殺したらと思うと興奮してワクワクした、まぁ殺すのは犯罪だし悪いって言われてるからどうしようもない時以外ほぼやってないぜ?」

愛の悪魔のような発言は、これまでせつなが聞いてきた愛の言葉の中で、一番優しさに溢れていた。

「だけど、一応優しさがある私は、人を無駄に不幸にすんのも、何の罪も無い子供が被害の巻き添え食うのも、そこそこ嫌だったから殺す替わりに誰かを守れる仕事を選んだぜ、ヒャハ、殺すために人を守る私を悪と言い切れるか?」

言い切れなかった、せつなには。

だからといって、せつなはそれが正義と口が裂けても言えないし愛も言わないのだが。


「そして私は一閃を助けた、お前を助けた、あとついでにお前の友を助けに行く、人を殺したい異常者が人を思いやって助けたんだぜ、ケケケ、かっこいいだろ?」

べつににっけはせつなの友達ではないが、それを言わない程度にせつなは空気が読めたし、それ以上に愛の言葉を集中して聞いていた。


「狂人のフリが出来るヤツは狂人って偶に言うじゃぁん?じゃ、善人になりたいなら、微かな善性を大事に、善人のフリを一生出来たらいいじゃん、ケケケ」

「善人のフリを出来るって思います?今から殺し合いに行く自分が」

「生き物なんて矛盾を抱えても生きてける、殺すのダメって思いながら豚だの人参だの殺して食ったり、誰かを助けるために自分をないがしろにしたり……まぁんなことよりそろそろバイク乗らねーと置いてくぞ、ギャハハ」

少しだけ、迷いながら愛とともにせつなはバイクにまたがる。

そして再び駆け出した。


せつなは愛の言葉全てを飲み込めたわけでもないし、納得を完璧に出来たワケでも無かった。

しかし、せつななりになにかの答えのヒント程度にはなった。

そもそも彼女は迷いを持ってもあまり続かない。

だから湧いた戸惑いは、疾走と共に一つずつ、彼女の中で様々な形を取りながら溶けていく。








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