三話 私も壊れてるのか?
赤く染まる空の下私は家に帰って来ていた。
この場所も今日で見納めというワケだ
夜にはセーフキリングの開催地である東京に出発だから、家族への挨拶と服などの準備をすましてこいと桂木が私に言うからこうしている。
しかし、やだなぁ。
ドアがやはり壊されたままで、ちゃんと閉まらず馬鹿みたいにぽかんと開いている。
誰でも入れるから物騒だ。
……まぁいいや、さっと入ってすぐ出ることにしよう。
どうせ空き巣が入ろうと盗まれて困るものは持ってない。
玄関は、真っ暗で電気もついていなかった。
……いないのか、誰も?
とりあえず”ただいま”と言って一歩踏み出す。
みしみしと床がなった。
先が見えないが、私はすいすいと歩く。
うちは電気代を節約して暗くしておく傾向があるから、この状態でも問題ない。
そして、中学用のデカいかばんから教科書を全部取り出して思いつく限りの必要なものを詰めていく。
安服いくつか、小銭、針金、安くて美味くて延々と噛める風船ガム数個。
あと、暇つぶしになるので辞書と辞典。
以上。
ほとんど私はモノを持ってない。
だから、さっそく背負ったかばんは微妙な重さ、辞書のウェイトが大きい。
もう今すぐにでも出発できる。
でも、出発する前に一応家族と会っておくべきだろうという思いがあった。
流石にこのまま行ってしまうのは、なんとなく良くない気がした。
もはや、ぶっ壊れてしまった家庭でも行って来ますくらいは言うべきかと思う。
ただ、ちょっとだけ期待もある。
私がセーフキリングに行って、借金を返せるかもっていう状態なら。
その、なんというか多少マシになるかもしれないから。
いないんだろうか。
そう思ったのを見透かされたみたいに、ガチャ、と玄関の方でドアが開いた。
無言で誰かが入って来ている。
何となくそれが誰なのか察したので、私も玄関のところへ行った。
親父が、仕事から帰って来て靴を脱いでいるところだった。
「……おかえり」
「ただいま」
ぼそり。
そういう擬音がかなり似合いそうな二人の声量。
母さんは帰って来てないのか、そんな文句を言いそうになって、口をぎゅっとつぐむ。
だいたい察しはつくん。
母さんが返って来ない日が増えたから親父につれられて尾行していた時期があるが、結果知らない男の人とホテルに入るのを見た。
それが仕事なのか、娯楽なのかはわからない。
……どっちにしても、気に入らないことではある。
「昨日なんで父さんは帰ってこなかったのさ?」
理由はもう、察している。
でも、正直に話してくれたらうれしい。
「……仕事だ」
目をそらした。
嘘だ。嘘をつくといつもそうするんだ。
昨日は私のいる場所に帰って来たくなかっただけだろ。
玄関に座り込んで親父はじっと動かない。
「私、セーフキリングとかいう選手に選ばれたそうだよ、まぁ危険な競技らしいけど」
「……そうなのか、知らなかったなおめでとう」
また目をそらした。
「桂木と、行ってくるから」
「……」
「借金、返せるかもね」
親父はこっちを見ない。
目を合わせてくれない。
こっちを見ろ。
実の娘が、態々借金返済のため行くっていうのに。
なんだアンタ。
頑張れとか、気をつけろとかの一言も言えないのか。
私の頭が沸騰して顔面を殴り飛ばしそうになった。
でも、まだ一個だけ気になってることがある。
だから拳をおさめて聞くことにした、たぶんそうしないと永遠に疑問をいだきつづけるから。
「徳宮テクノロジーと話を進める途中で、お金貰った?」
娘を危険な場所に行かせるなんて話でお金が絡まないと思えない。
だから、私の事も金で売ったような状態なのでは?
「そんなことはしていない」
また、目をそらした。
「そっか」
びっくりするほど、掠れた声が出た。
馬鹿だ、私は。
ちょっとでもホントの事を言ってくれるのに、せめて誠実ではあってくれる事にそんなに期待してたのか?
馬鹿だ。こんなのでショックを受けるなんて。
くつくつ喉の奥で、音が鳴ってる。
多分笑い。
もはやムカつきもしない、ただ自分が馬鹿だと思う。
そうだ、他人に期待したのが間違いだったんだ。
むしろスッキリした。
もう出て行こう。
ここに私がいるべきじゃない。
私は行ってきますも言わぬままスニーカーを履き、外へと踏み出した。
それからドアを思いっきり蹴って、閉める。
バ――ン!とおっきな音が出た。
うるさい、耳痛い。
初夏とはいえ、夜は寒い。
反射的に身を縮めながら私は5歩程進んで振り返り、なんとなく家を見つめた。
コレは私が今、離れようとしている世界。
……世界、なんて大袈裟な表現な気もする。
だけれども、家族という一つの世界が間違いなくここにはあるのだ。
私の蹴りで完全に壊れて、ちゃんと閉まらないドアは、私にもお似合いなものに思えた。
「私も壊れてるのか?」
自問自答してみる。
声が響いて、耳に入ってくる。
この質問に答えは求めてない。
ただ少しだけ、ほんのちょっとだけ、気になっただけだ。
しかし、ドアを直せそうにないほど壊してしまった。
物を大切にする気持ちが足りない。
とりあえず、反省はする。
そのまま、目を逸らそうとして。
「……死ねよオおおおおおおおおおおおおッ‼‼」
蹴りを入れようとした。ドアに。
だけども、私の中にある、そういう事をしちゃいけないという常識がギリギリ踏みとどまらせ
地面で靴を削る程度の事しかできなかった。
なにやってんだ私。
バカらしさに自分でも情けなくなる。
無駄に叫んでしまったのが気恥ずかしくて、とりあえず足の裏を玄関にゆっくり押し付けてみた。
はい蹴った、これで蹴った。イライラを抑えようこれで。
なんか恥ずかしい。
……桂木はまだだろうか
それから体をこすって体温を保持しているとブロロロロ、と青色の自動車がやって来て、私の目の前にとまる。
「糸川さん」
桂木が運転席から顔を出した。
「早いですね」
この車に乗れば、出発だ。
後部座席のドアが開く、私は家の方に振り向かずそれに乗り込んだ。
よく知らない相手の車に乗るなんて、嫌だけど仕方ない。
車が早速ゆったりとしたスピードで前進を始める。
とりあえず安全は心がけてくれそうだ。
「ところで」
突如桂木が話を切り出す。
運転中だからか、前を向いたまま。
「何です」
「一緒に来てくれて、ありがとうございます、」
そういう事を言うのは、私に友好的態度を取った方が得だという判断なんだろうか。
「べつに、自分のためですから」
とりあえず適当に返答する。
さらに桂木は話を続けた。
「それと、お父さんが帰るよう仕向けたのは僕なんです、その方がいいかと思ったんだけど結果不快にさせてしまったようですね」
バックミラーに写っている私の顔は見るからに不機嫌な奴のソレだった。
でも。
「べつに構いませんよ、もうどうでもいい」
今日のは忘れたってかまわない程度の出来事だ、と出来うる限り思う。
そう、確かに嫌だった。
だけれども、ソレはせいぜい当たりつきのアイスを期待して買ってやっぱりハズレだった時程度の落胆。
そういう事にすればいい。
出来事なんて頭に浮かぶ度にどうでもいいと思えば本当にそうなっていくものなんだ。
車窓から見える景色は後ろに流れていく。
家も当然見えなくなった。
家族との別れはホントにアレでよかったのか?そういう疑問が胸に沈殿している。
……いや、どうでもいいだろ、そんなの、どうでもいい、どうでもいいハズだ、そうだどうでもいいんだ。
どうでもいいだろうが。