34話 ぶってるっつってんだよ
今回はトウカの話です
トウカはえづきそうになった。
仁義がにっけの脇腹にケリをいれて起こすシーンが、理不尽に拉致って理不尽に叩く光景が、トラウマと重なったのである。
トウカ、紙魚、仁義の三人はモール内の狭い空き部屋に、にっけを連れ込み。
後ろ手を縄で縛って寝かせていた。
拉致監禁。犯罪。スナッフフィルム。
連想ゲームのようにトラウマを想起させられ、トウカは今すぐ立ち去りたかったが、我慢していた。
「どういうつもり?」
目覚めたにっけはトウカ達に聞きながらも、トウカ達を一瞬で観察する。
状況判断につとめていた。
こんな時にも冷静に状況を分析するにっけを、トウカは凄い事だと思った。
「人質はとった、が、俺等はコイツを殺せねーと知ってる漁火せつな達が全力で逃げて体勢を整えるみたいな作戦を取ってきたら面倒だ」
仁義がにっけを無視してトウカ達に説明をする。
「お前のせいでな」
睨まれ、トウカは目をそらした。
「だが、相手の大半は倫理や道徳、愛を持ったタイプだからそこを利用する」
「漁火せつな見たけど、あれ冷たい」
面倒そうに本を読みながらも、紙魚が指摘する。
「安心しろ、ヤツは合理的だ、だからやりようはある」
仁義が、手の拘束をほどこうともがいていたにっけを踏みつけて止めた。
「で、結局具体的にはどーするワケ」
トウカが聞くと、「こうする」と仁義は勢いよくにっけの腹部に蹴りを入れた。
にっけは急な攻撃に咳込む。
「囚われの姫作戦?」
問いながら紙魚が本を閉じた。
トウカは気づいた。
本のタイトルは“囚われた姫‼50万ペソ払わなかったら姫をきりもみ回転させて太陽に突っ込ませる!”に。
そして、紙魚が何を言わんとするのかわかった。
“こっちの思い通りにしないと人質をひどい目にあわす”と伝えるワケだ。
「それじゃ、漁火せつなの仲間はともかく本人来ないんじゃね」
トウカはせつなと何度も会っているから、知っていた。
初対面の時、誰かを助けようとして失敗して見捨てなかったことを後悔していた。
しかし。
「それでアイツと仲間の関係が悪化して、孤立でもするならそれはそれで殺しやすくなるだろ」
仁義の説明は納得できるものだった。
だが。仁義が「指を折るか、それとも足を折るか、単になぐるだけでもいいか」とぶつぶつ言いながら考えているのを見て。
「ひどい目にあわすって説得力のためにいたぶるワケね、んじゃぁ時間かかるでしょ、外の見回りしとくからアンタらだけでやっといて」
「ん、まぁこの間に漁火せつな達にうろつかれて準備されててもまずいしな、頼むぜ」
トウカは返答もせずドアを開け外に出る。
閉めたドアにもたれかかって閉めつつ、ズルズル崩れ落ちる。
「 」
口は開けたが喋らない、たった一枚のドアを隔てて仁義達がいるのだから。
気持悪さを吐き出すように何でもいいから叫びたくなったが我慢する。
とにかく嫌悪した、無慈悲かつ、無機質かつ、凄惨な暴力を。
地球再生党の治療によって目立たない程度に治った、スナッフフィルムによってつけられたいくつもの傷が痛む気がしてならないのだ。
トウカは誰かを傷つけたり、戦うのは好きではない。
目的のためには仕方ないが、極力避けたかった。
ドアの向こうでバキャ、や、どか、と殴打の音がして、トウカは吐き気がした。
トラウマがフラッシュバックしそうになって、足を引きずるようにその場を離れた。
トウカは見回りと言いつつも、特にやる気は起きなくてゲームセンターにやって来た。
「……あ」
にっけ達との戦いが忙しくて気づかなかったが自分達が所属する組織が撒いた特殊な毒ガスによって、スタッフの男が倒れて痙攣しているのを見つけた。
少女には効きにくいし鍛えている人間にも効果は薄い。効いたとしても人を殺すには弱い。
そういうガスだった。
だから死にはしないとわかっている、せつなを殺す邪魔にならぬよう倒れてもらっているだけだ。
だが、店員は苦しそうに呻いている。
「……アタシが、アタシが毒ガス撒こうって言ったんじゃないし、地球再生党の人達がそうしてるっていうか、だいたいこの人運が悪いっていうか、事故みたいな?まぁ死なないし」
誰にも届かない言い訳をした。
トウカはそれを、自分の頭の中で何度も反復した。
そしてそのしばらく後だ。
トウカが適当にぶらついて、仁義らのいる部屋の前まで戻ったのは。
おそるおそる。ドアを開けて、顔をしかめる。
血の匂いが充満している。
にっけは仁義と紙魚の足元で倒れ、うずくまっている。
「よう、特に問題は無かったみてーだな」
トウカに言いながら仁義がにっけの脇腹を蹴飛ばした
げほ、と辛そうな声をあげてにっけが転がる
その姿は酷く生命力が少なく、呼吸はメチャクチャだ。
あちこち破れるくらいボロボロ服の隙間から見える肌には、無数の痣が出来ているし右脚は脱臼している。右目がしっかり開けなくなっているようだった。
いつの間にやら腕の拘束が取れているのに、上手く動かせていない。
トウカがパッと見ただけでも、にっけには死なないギリギリレベルの屈辱と暴力を加えられたことはわかった。
「そこまでする必要あるワケ?もう充分じゃね?」
「そうだな、こいつを使った交渉の時傷つける余地を残しておくべきなんだが……」
仁義がトウカに目配せして、にっけの顔を見ろと誘導する。
トウカが見る。
驚くべきことに、既に息も絶え絶えなにっけの表情は委縮や恐怖が主ではない。
どうにかしてこの状況を抜け出せないかなんて考えている前向きなモノが主であり、今すぐ助けなければならないような要救助者のモノでは決してない。
なぜだか安心感すらある。
「もっと助けなきゃ不味いって説得力出さなきゃ、作戦の成功率は下がる、が、暴力じゃ死ぬまでやることになる」
仁義はうむむ、と悩んでいた.
「つまり、暴力以外でどうにかしないといけないってワケね」
それなら多少、トウカの気が楽だった。
つまり精神的ストレスを与えればいいのだ、殴る蹴るよりは平気だった。
とはいえ気持ちいいわけではない。多少楽というのは“嫌だけど”と枕詞がつく。
「先にお前に頼むぜ」
しかし仁義はトウカに頼んだ。
「え、なんで」
「一番肝心な仕上げは俺がするからだ」
目的のためにはやらないわけにもいかない。
トウカはにっけの心をいたぶることに決めた。
「よし、アンタと話したいことがあるワケでさ」
トウカはにっけの傍にかがむ。
「こんな事して、なんになる?」
にっけが突如、声を出したことにトウカは驚く、まだそんな体力と気力があるのかと。
しかし心の揺らぎを悟られぬように無表情を作りつつ話を続ける。
「この歪な世界を救える」
トウカにそう言われて、にっけが浮かべた表情はとても深刻でなぜか憐れみが混じっていた。
トウカにはなぜかはわからなかった。
当たり前だった、それはにっけがスナッフフィルムを見ているから生まれた顔。
人の過去に思いを馳せる程度に賢い少女が、トウカの辛い過去を知ってしまっていたら、少し狂気的な部分があろうと同情や憐れみを抱いてしまうから。
「そっちの都合じゃんか、犠牲者からしてみればそっちが勝手にやりたいことに巻き込まれて殺されるだけ、説得も何も無しに無理矢里」
にっけの声は震えていた。
体調だけでなくトウカの過去を知っていることもあって舌戦に向かない状態にある。
「じゃあ、説得すればアンタ受け入れるワケ?」
「そんなわけ、ないけれど」
にっけは、トウカを睨んだ。本気の殺意が何割か混じっている。
彼女はまだまだバイタリティが溢れているといえた。
だからトウカは話題を変えることにした。
言いたい愚痴はあった。
にっけに対する口撃にもなりそうだった。
ので使う。
「アタシね、セーフキリングの選手って、嫌いなんだよね」
「……?」
にっけは急に何を言うのか、と思っている顔をしていた。
「あんな風に銃や刀で戦ってるけどさあ、社会的にはどういう利点があると思う?」
「色々あるだろうけど、一番は技術の発展?」
にっけは意味不明な話の転換に食いついていく、話の”先”を気にして。
こんな状況でも未知に惹かれる好奇心は変わらない。
「……つまり争いは技術を著しく進化させていく、戦争の中で高度な暗号が作られて解読のための機械が作られて、それがあってこそコンピューターが生まれたり、だから人の目が集まる場所で企業どうし技術をぶつけ合って争うセーフキリングは文明の発展に貢献する事もある」
「その通り、賢いじゃん」
「戦争は技術を発展させる、けれど倫理的にも絶対に戦争なんてダメ、なら戦争の代用品を作ってしまえばいい?」
「技術の進化は戦争”だけ”がもたらすワケじゃないけど」
紙魚が突如口を開きつけくわえたが、トウカとにっけは無視した。
両方とも彼女を相手する余裕は無い。
「でも、セーフキリングはふざけた種目名を響かせながら、当たり前のように本物の銃や刀で戦っているワケで」
「それが?なにか?」
「おかしいでしょ、いくらバリアがあっても子供に本物で殺し合いの真似事をさせるなんて」
「だけど私は受け入れてそれを始めた、お金が必要だったから」
子供に対してそんな競技をさせてるのはおかしい、いう観点からにっけを責めるつもりだったが無理そうなのでトウカは別のところから傷つけることにした。
「それで、アンタ知ってる?セーフキリングって激しい戦場の中で作られた強力すぎる武装が海外の紛争地域に横流しされたりする計画があって殺し合いが激化するだろうってコト」
「え」
「セーフキリングに参戦して盛りアゲちゃってるアンタは気づいて無いかもしれないけど、アンタのせいで死んでるヤツがいるかもってコト!じゃあ世界のために殺されても文句言えないんじゃね?」
「誰だって自分のせいで、気づかないうちに誰かを傷つけてる可能性はあるし、だいたい発展した技術が戦争に使われるのはセーフキリングに限ったことじゃないし、あと……」
にっけの尋常ではない量の反論を覆い隠すように、紙魚が大きな声をだした。
「髪留めのアクセが違和感」
と。
トウカはそれを聞き、にっけのポニーテールの根元を見る。
「なるほど」
確かに変だった。数本の針金などという武骨なモノを使ってまとめられている髪だが。
それだけではない、ハートのアクセサリーがついていた。
それはにっけのセンスによるものでは無い。にっけの服と比べて違和感がありすぎる。
これは誰かからの贈り物だ、しかもセンスに反するものでは無いのにつけているから相当大事な相手からのモノ。
そう理解したトウカは一瞬躊躇したが、それを引きちぎった。
にっけの髪が解放され、ブワと放埓な軌道を描いて地面にべたりとついた。
纏めていない髪の毛は、ツインテールを解いた自分くらいに案外長いなと、トウカは気づいた。
「……返せ」
骨が折れているはずのにっけがよろよろと体をムリやり起き上がらせて、トウカの胸ぐらをつかむ。
「お前、返せよ」
にっけの鬼気を帯びた表情にトウカはたじろいだ。
だが、殺し殺されの中でそういう恐怖にはある程度慣れていたから。
「やだね、返すつもりで取るワケ無い」
と気丈に返せた。
そう聞いたにっけがトウカの足元に、倒れ込む。
そして、躊躇なく嚙みついた。
「あがッ‼‼」
骨にまで達するかというような攻撃に、トウカは反射的悲鳴をあげる。
「ったく、油断すんな、こいつ全然ヘタレねーぞ」
しかし仁義がにっけの後頭部を踏みつけて、トウカの足から引っぺがした。
床と衝突したらしく、にっけの歯の欠片が一つ飛んで滑った。
「クソ、アンタ痛いんだけど?ふざけないでほしいわマジで、セーフキリングなんてやってるし」
にっけは反論できなかった。床で顔面をすられているのだ。
「よし、じゃあ、お前それそこに置け」
トウカは仁義に言われて、何故そんなことを言うのかわからぬままアクセサリーを床に置いた。
そして、離れる。
「よし、紙魚とトウカ、手伝え」
仁義が、にっけをむりやり立たせて羽交い絞めにする。
「ぶっ殺すぞ!死ね‼」
にっけが騒ぎ出した。
トウカはなぜ彼女がそこまで急に暴れるのかわからなかった。
にっけの不幸は、これから仁義のする事を理解してしまえる程度に賢かったことだ。
喋って傷口を広げては絶対にいけないような怪我した状態にもかかわらずにっけは騒ぎながらもがく。
しかし、彼女がいくら平均的な少女と比べて強い力を持っていても、怪物のような力を持つ3人相手に出来る抵抗はささやかなものにすぎなかった。
だから、彼女がこれからの事に気づいたのはただ苦しみを増すだけであった。
「紙魚は左脚、トウカは右脚おさえろ」
指示された二人とも言われた通りにした。
もがくにっけに何度か蹴られたが致命傷にはならなかった。
すり傷程度はついたのでトウカはにっけの足に爪をたてておいた。
何となくこれからする事を理解して、トウカは紙魚を見つめる。彼女が珍しく協力的だ。
にっけが嫌いな理由でもあるのかと思ったが、その事について聞く理由が無かった。
「ふざけんな!」
涙目になりながらももがくにっけに仁義は
「お前立場わかってんのか、やめてほしいなら態度ってものがあんだろ?」
冷たく吐き捨てる。
「ごめんなさい!私が悪かったですから!」
叫ぶように謝ったところで、仁義がやめるわけはない。
わかっていながらもにっけは痛む喉で叫んだ。
「ぜんぜん足りねーなぁ」
仁義は器用に、にっけの胸のあたりを圧迫する。
「ふ……んっ、ん―――‼ごめんなさっ、やめっ」
苦しい呼吸の中では、もはやまともな言葉も出せない。
「あ――、まともに言えねーな、よし紙魚、やれ」
「了解」
紙魚が、無理やりにっけの左脚を抱え、正面のハートのアクセサリーへと向かわせる。
「ん―――‼こ‼やめ」
そして、それをにっけの足はゆっくりと、友達からもらったモノを踏みつけさせられた。
ゆっくりと丁寧に、それを押しつぶす。
間違いなくアクセサリーが壊れたことを証明する、小さな破壊音がして。少し遅れてにっけの力が急速に抜ける。
「……よし、9割仕上がった、離れていいぞ」
紙魚とトウカはにっけの拘束を解く、未だ仁義に羽交い絞めにされているにっけは確かに人質としては完璧だった。
蒼白の顔で、涙をぽろぽろと流す彼女には生気が無い。
それでも視線は定まっているし、この状況をどうにかしよう考えていること自体は変わらないが
ひどく弱々しい。
「脆いんだ、人って」
紙魚がにっけの顔をのぞき込みながら、少し楽しそうにつぶやいた。
「殴られても蹴られても、折れない人がこんな事で折れるワケ?」
トウカは少し驚いていた、暴力が我慢出来てしまえる人間がこうもあっけないものかと。
仁義に目配せして答えを求める。
「肉体の痛みが効果が無いわけじゃなくて、それに精神的な負荷が加わった結果だろう、まぁこいつの性格もあるだろうな、誰かをそこまで大切に思えるなんて意外と俺コイツ好きになっちまいそうだぜ」
仁義の言葉を聞きながらトウカは違和感を感じた。
「そういやさっき9割って言ったっしょ?もう人質としたら10割なんじゃない?マジでさ」
仁義がにっけの拘束方法をすばやく変える。
背中から捕まえていたにっけを、グルリと回して、真正面から抱きしめるような形に。
そのまま持ち上げて、
ゆっくりと仁義は力を籠める。、にっけのからだが反る。
反射的ににっけが力を込めて抵抗したのもまったく無意味であった。
仁義は怪物の力を発動したまま相手の配慮なく強く抱きしめた。
ベアハッグと呼ばれるものだった。
「ま、好きでも嫌いでもやること変わんねーんだよな」
ミシ、ときしむ音がして。
にっけの指がぴん、と伸びぷるぷると痙攣している光景を見て。
トウカが目を逸らした。
それからベキベキと、骨が折れる音と形容し難いにっけの悲鳴が断続的に続いた。
少女から出たと実際に見ていなければ信じられないような音が、部屋中に響いた。
トウカは耳を塞いでおかなかったことを後悔した。あまりにもグロテスクな音だった。
それが数秒。
仁義がようやくにっけを拘束から離した、しかし受け身もとらず倒れて横たわる。
彼女はもはやまともに動くことは出来ない。
無意味に目を見開き、痙攣をしている。
彼女のよだれや涙といった体液が作る水溜まりが広がっていくことも気づいていないし、気づいたところでどうしようもない。
拭おうと少し手を動かすことですら、激痛に繋がる状態の身体だ。
絶望と苦痛以外、今の彼女には無いと見れば誰でもわかった。
トウカは確かに、まともな神経をしていれば、助けたくなるような脆弱で惨めで無様な姿だと納得する。
しかし、ここまでする必要はやはりないのではと思った。
「ちょっと可哀想じゃね」
つい、感情を表に出した。
「お前も共犯だろ、善玉ぶってんじゃねぇ、悪なら悪らしい態度でいろよ」
仁義がトウカにあきれた様子を見せる。
「……べつに、犠牲になってくれる相手に敬意払ってるだけ」
「“くれる”?それをぶってるっつってんだよ」
主人公であるはずのにっけちゃんが最近ボコボコにされてばっかりですが、まぁコレはせつな編なので。
にっけちゃんの活躍はにっけ編がまた来た時に書きます。




