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33話 水中戦 「生存本能が三途の川の渡し船となる」

この回はカットした方が物語のテンポはいいかと迷ったんですけど、水の中で苦しむにっけちゃんが書きたかったので書きました。

軽やかに動くことも、息を吸うことも、地上だから出来るにすぎない。

妙に生ぬるい水の中に落ちたにっけには、叶わない願いであった。



視界は黒。

上下すらわからない。

どのくらい深い所まで落ちたのかも当然わからない。

まるで都会の夜空のよう。


「……」

にっけはじっと静止した。

そうして、体の力を抜く。

はやくこの闇から抜け出したいが、少し泳げばどの方向が上なのかわからなくなりそうだった。

ポニーテールを触ってみて、浮力の方向を考える。背中側が地上だろう。

そっちに泳ぎだしたくなる。

だが、このような場所でそうしていれば気づかぬうちに間にか下へ下へと泳いでしまうケースを知っていた。

だから、ただ体の力を抜き浮力に頼り切ることにした。

にっけは自分の感覚が、こんな場所ではどうしようもなく頼りなかった。


そうして脱力しながら、敵はどこにいるだろうかと考える。

仁義と名乗っていた彼女は自分と一緒に落ちたのだからどこかにはいるのだ。

ではどこにいるのか、当然わからない、ゆえに警戒しなければならない。


まぶたを閉じても開いても変わらぬ景色に、自分が目を開けているのか、疑問に思いながらにっけは考え続ける。


カイブツ隊の話から察するに、殺されはしないとは思う。

だから、腕や脚といった致命傷になりにくい個所を狙って来るんじゃ。


とん。と、にっけの頬に触れる者があった。

「!」

水中で思いっきり息を吐き、。水の重さのせいでゆっくりとした殴打を放つ。

拳は命中した。


魚だった、そういえばここは水槽だった、だいたいここがぬるいのはどう考えても魚の生態に合わせてじゃないか。そうにっけは気づき。

ほっとして、ため息をつきそうになり、口をすばやく手で塞ぐ。

どこまでいけば水面かわからない。酸素はまだ必要だ。


はやく体が上がり切れと、強く願う。

しかし足を掴まれた。

「‼‼?」

理性でも感覚でもわかった。

それは敵だと。



―離せ!―

心の中で叫び、足で、相手の手を踏みつける。

しかし効果はロクに無い。

何度踏んでも、意味は無い。効いていない。


にっけは考える。

焦りながら、困惑しながら、考える。

―ゲームの筐体ぶん投げるような相手、熊みたいに腕部が異常発達してた、本気で戦う熊にステゴロで人は勝てない――


体を曲げ、相手の顔がどこにあるか感覚ではかって殴りつけてみた。

命中した感触はあるがロクな効果はない。代わりに足首への圧迫が強まる。


にっけは自分の後頭部に手をのばした。

髪留めとしてにっけの頭をポニーテールたらしめている、三本ある針金から一本外す。

苛立ちをぶつけるようぶんぶんと、相手の顔や手に突き立てる。

そうしているとたまたま良いところにヒットしたらしく、ズブリと針が深く突き刺さる感触がかえってきて、その瞬間拘束がゆるまった。

そんな隙を見逃さない、針金を回収することもせず相手の腕を蹴って勢いで脱出。

そのままとにかくしばらく適当に泳いだ、敵から離れるべきだと思った。


そうしてからようやく、力を抜いて再び命を浮力に任せる。

上手く逃げられたのか、にっけは自分の状況を鑑みて横に首を振りたくなった。

水中で無駄にスタミナを消費したくないので、実際にはしない。

なぜ、この暗闇で容易く拘束されたのかが疑問なのだ。

すぐに解は彼女自身が導き出した。

それは相手は普通の人間ではないこと。

腕力だけでなく、嗅覚や視覚などの感覚器官も強化されている可能性はあるのでは。

―もしも、それがホントなら、私に勝ち目無いじゃんか―


そう考えながら。じっと、焦りながら浮かぶのを待っているとよく観察できてしまう、どこまでも続く闇を。

スタッフロールが終わった後の、ただただ闇だけが続く状態をにっけは思い出す。

停電のせいで温度調節装置が作動しておらず、水温が下がったせいなのか。それとも別の理由か。

にっけは身震いした。


唐突な出来事である。

にっけの腹が、急に巨大なモノに捕まれた。

ガボガボと、肺を圧迫されて、残りの空気を吐き出す。


巨大な腕に捕まれた、という事をにっけが理解するのに数秒かかった。


自分を掴んでいるそれを、もう一本針金を取って攻撃する。命中。ずぶずぶ突き刺さる。

無駄だった。

先程逃げられたのは不意をうてたからだ。

今回はもはや、その程度の攻撃が来る前提で相手もやって来ているのだ。

ちょっとやそっとの痛みではどうしようもない。


にっけはじたばたと腕と脚を振り回す。

目の前を殴ってみたが、そこに相手はいない。

さっきは正面にいたせいで攻撃を受けたから後ろから拘束しているのか、と気づけたが、だからといって特に有効な攻撃を持っているわけではない。


ならば。どうする。

自分が持っている武器は。相手の弱点は。自分に出来ることは。どう動くのがもっとも逃げやすいか。

にっけには、色々考えるべきことはあった。

が、考える余裕が無い。

にっけの酸素は、限界に近い。

既に、思考に必要な量が無い。


にっけの口が大きく開く。呼吸しようと体が勝手に。

にっけは知っている、“そんな事は出来ない”

だが、止められるものでは無い。

熱い時、汗をかくなと言われても無茶なように。

にっけの体中が本能のまま酸素を求めていた。

彼女が持つ生への執着が、死に真っすぐつながる道を歩ませる。

にっけの体は、吸ってはならないという理性に反して、酸素を吸うために、水を肺にぶち込んだ。


「!」

その一瞬は、この戦闘の勝利者を確定させる。

だが、にっけは無作為に攻撃した。

可能性が無くても足掻くのをやめられるものではない。


表情は苦悶が向き出しで、涙を流し、目はひんむき、無力にもがくしかない姿はどこか扇情的であるが

この闇の中ゆえ、誰もそれを見るものはいない。

あちこちにぶんぶんと、水中ゆえ威力の出ないパンチとキックを放つ。

いつの間にか手から針金は零れ落ちてしまっていた。


にっけはパニック状態になっていた。

どうすれば助かるかを考える余裕は無い。

苦痛に泣き叫ぶこともゆるされぬこの闇の中では。

ただひたすら、苦しいという一念だけ、この場所から離れるため滅茶苦茶にもがきつづけた。




しかしそれは無為に終わって。

そして彼女は静かかつ虚ろな目で、水の中を揺れた。


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