32話 愚者が暗雲を断ち切る
「流石にセーフキリング優勝候補が相手にいると手ごわいな」
仁義が二階にあがってくるなり呟いた。
トウカもそう思う。
せつな達がいないのだ。
右のそこそこデカい百均を見ても左の馬鹿みたいにデカいゲームセンターを見てもどこにもいない。
目の前の、モールらしいデカい通路を見てもいない。
気配もない。
一瞬で隠れたらしい。
時間的に、遠くまで行くのはムリだから右と左のどちらかにいるのは間違いない。
しかし真っ暗だから、探すには骨が折れそうだ。
「おい紙魚、トウカ、手分けして殺そう」
仁義が提案した。
「……めんどい、やっといて」
「手強い相手に戦力を分散するのは愚策なワケで」
コイツは馬鹿なのだろうか、とトウカは仁義を心の中で馬鹿にした。
だがしかし、仁義の方が強いので口や態度に思いを出さぬようにした。
「バケモンであるオレらの方が普通にやりゃ強いんだ、なのに相手に戦闘準備時間を与える方が……馬鹿だろ?」
そう講釈をたれる仁義へ針がめがけて飛んできた。
「ほら、もう準備してやがる、た」
仁義はそれを手でガッシリ掴んで止めた。
先端部分は濃ゆさの違う白色に塗られている、何らかの薬品だ。
百均の方から飛んできたモノだ。
仁義はどこから発射されたのかじっと見る。
トウカもつられてそうする。
いまだにモール内の照明は非常用のためおぼろげで、目を凝らさねば先が見えない。
そこにはクロスボウだけがあった。
輪ゴムと割りばしで作る単純なモノだ。
出来は悪い、あわてて作ったのが見て取れる急ごしらえのようである。
が、使用する輪ゴムの一部分だけに少し切り込みを入れ、勝手に千切れるようにすることで
クロスボウの使用者本人がいなくても発射できるようになっている。
「この罠……にっけとか呼ばれてたヤツだろうな、一番しなやかな手の動きしてたし」
「たった今の一瞬で?」
「人間の可能性は無限だ」
トウカはさらに観察を続けた。
無人のレジには無造作に一万円札がいくつもおかれていた。
よく見れば、クロスボウに使った以上に品物が消えている。
「いくつも罠貼ってるっぽいんだけど?」
トウカは震えた。
罠の知識は無いが、とにかく怖い。
だが仁義は、鼻でそれを笑う。
紙魚は本を読みながら欠伸している。
トウカは緊張感の無さに腹がたった。
「あのクロスボウは、オレらをビビらせるためのもんだろうよ」
「はァ?それだけのためにわざわざ時間かけたワケ?」
「向こうにとって、こっちが追うのを躊躇して諦める状況ってのがベストだろ?んで、罠っていうのはそういうプレッシャーをかけるのに使える」
「まぁ、確認するぜ、ここに誰かいるのか」
仁義はゲームセンターの手前にある格闘ゲームの筐体を掴んだ。
「フ―ッ、流石に力使うか」
そう言って、力むと彼女の右腕は筋肉が膨張した。
血管が浮き出る。見るからに、凶悪で破壊的な腕。
獣のように……ヒグマのように茶色い毛が、それから生えていく。
「おおッと、やりすぎか」
仁義は持った筐体をぽいっと、ぶん投げた。
いくつもの他のゲーム機にゴンゴンあたってぶち壊しながら、そして床に落ち、ガンガンと両替機などにあたり軌道を変えながら何十メートルも滑った。
そして止まる。
仁義の腕は急速に元に戻った。
毛が抜けてあたりに散らばる。
トウカは、能力を使うために散らかるのは何か嫌だなァと思った。
べつに掃除する気も無いのだが。
それはそうと闇夜の中で、少しだけ気配が強まった。
筐体にひき殺されるないよう、動いた者が何人かいたようであった。
「紙魚、行けって、アンタが一番速いんだから」
そう言いつつもトウカは蜻蛉の羽を背中に出現させた。
とりあえず聞いては見る者のめんどいなんて言っている紙魚が行くと思ってなどいない。
「控えさせてろ」
仁義はトウカの提案を否定する。
当の紙魚本人はじゃあがんばってと、ゆらゆら手を振る。
トウカはそんなこと気にしている余裕は無い。
仁義とトウカは、ゲームセンターに踏み込み、それぞれ別々にせつな達探し出した。
トウカはふよふよと浮かぶように進む。罠に怯えつつ。
羽を出してみたものの屋内では、ぶんぶん飛び回るワケにもいかない。
もしそうすれば、あちこちぶつかってお陀仏し罠の解除もどうしようもない。
トウカは速すぎる。
という事で、天井スレスレをゆっくり飛んだ。
そうしてトウカはうろうろうろうろ。天井に剣山が貼りつけられてあったらしくぶすっと刺さる。せつなが自分の能力を知ってたことを思い出しつつ回収。
じゃあ飛んでる相手用の罠もあるんじゃないかと怯えつつ、ゆったりうろうろ。
うろうろしてトウカが、なんだか眠くなってきた時。
白いものが落ちているのを見つけた。
”誰も、理由も知らずに無為に死にたくない、それは恐ろしい事だ”
と、百均で買ったらしいメモに書かれている。
走り書きで字はぶれているが、落ち着いていて旨い大人の字だ。
よくみればあちこちに、メモは落ちている。
「……精神的に動揺を誘っている?ってワケね」
せつな達の目的はトウカ達を殺す事では無い。
精神攻撃だろうとなんだろうと、やり過ごせばオッケーなのだからこういう手も使ってくるかなとトウカは思った。
なんとなく他のも拾ってみた。
“こんなことよくないよ”
トウカはどきりとした。よくない。
「よ、よくなくないっつーの」
言いながら、これは牡丹だろうなと確信した。
先程と違う字、よくもわるくも感情的な字。少し荒れている。
“そっちが殺すつもりならこっちも戦う”
旨い字だが、どこか子供っぽい。
感情と理性が織り交ざったような、中途半端な字だ。
にっけだろうと確信。
“糸川にっけを差し出したら漁火せつなを見逃すとかない?”
一瞬、にっけかと思った。自分を犠牲にして他の人間を助ける事をする気はする。
だがせつなだと確信。
まるで晩御飯のおかずをメモしてるだけと言わんばかりに自然な字。
荒れも無いし、過剰に丁寧というワケでも無い。
ただただ、自然体。
ぞっとした。
メモを投げ捨てた。
「……なにやってるワケ?ばっかじゃないの?時間が無駄」
自分をいましめて、トウカは再び羽ばたく。
再びうろうろしながらメモを他にも見た。
もう手に取らない。
トウカはせつな達がそういう手段を取る事に強く深く納得した。
自分達を殺そうとしてくる相手に真正面から戦うつもりも無いだろう。
不意打ちや、だまし討ち、話し合い。
だが。
もっといい手段があるとも思う。
「……アンタ達は馬鹿だ、一人の命を差し出せば皆助かるのに、なんでその選択に縋らない、一人で死ねば皆を助けられるのに、なんで一人で死なない」
言ってみて、気になった、なんでだろう。
どうして、誰も犠牲にしない。それが賢いハズ、皆助かる選択なのに。
そう考えて、トウカはふと気づいた。
自分達の話はとても、唐突だったことに。
いきなりあまりにも、重大な選択肢をつきつけ過ぎた。
当たり前だ、だから犠牲を出そうとしないのだ。
この場合、自分達の方が悪い。
そう思ってしまった、だから、トウカの行動は速い。
一歩前に進み、姿勢を正し
トウカは口を大きく開いた。
「あ、あ、アタシ達はッ!アタシ達地球再生党はッ!」
トウカは震え声で大きな声をとどろかす。
地球再生党にて“言うなよ”と言われている機密事項を話すから当然だ。
「アタシ達はな、すごい設備作ってる、それを起動させるためにたくさんのエネルギーがいる、物理的なものもそうじゃないのも、光も熱も、とにかくたくさん要るワケ」
声が反響して、闇に消えていく。
それでも構わずトウカは叫び続ける。真実を。
「そして”特殊な遺伝子、通称“供物因子”を持つレアな人間が五人ぐらい必要……で、なんで五人かっていうと供物因子には、5つタイプがあってそれが全部無いといけないの、んで漁火せつなと、それと糸川にっけが同じの持ってて……だから邪魔になりそうな漁火せつな殺しても糸川にっけいればいいやってなって……」
返答はない、とても大事な情報だが。
トウカはそれでも叫びを止めない。もはや何も考えられなかった。
「……それでそんなの探して何作るかって言うと無から有を生み出し続ける、エネルギーを永遠に生産する、そんな”第三種永久機関”を!もう理論とかそういうのは出来てて、無から有を生み出すにはどうするかデータ取りとかのためにタナトスシステムを」
「機密事項だろーが!」
まるでトウカの予想だにしていない叫び声がして、トウカが吹き飛びクレーンゲームにぶち当たった。
仁義がトウカを殴り飛ばした。
トウカが怒る暇も、怯える暇も無く、仁義の後ろからナイフが迫る。
せつなが、ナイフ二本の二刀流で切りかかろうとしていた。
「仁義ぃッ!後ろォ!」
トウカはそれを見て、叫んだ。今争っていても一応同じ隊のメンバーなのだからというのもあるし。
これで仁義が死んだら物凄い罪悪感に襲われそうで嫌だった。
「フンッ!」
仁義は裏拳を放つ。
「……」
せつなは膝を折り曲げ、姿勢を低くし裏拳をやり過ごす。
そのまま仁義の脇腹に二本の切り込みを入れる。
すれ違うよう仁義の背中側にまわって、心臓に向けてひと突き。
トウカはやばい、と思った。
でも、危険を伝えなかったわけではないと思いじっと仁義の傷口を見る。
せつなの攻撃ははっきり言って最高クラスの一撃であろう。
普通ならば、重要な内臓にまで怪我が達し動けなくなるか死ぬ。
しかし。状況は普通では無いのだ。
ナイフは根元から、仁義に刃を吸い込まれるように折れた。
当然だ、熊のような頑丈性も仁義がカイブツ隊にぶち込まれている理由だ。
せつなは焦りもせず、走った。
トウカの方に一瞬だけ視線を配り、警戒してるぞと伝えてから。
そして、その先はゲームセンターと他の空間の境い目、そこには紙魚がいた。
「あ、逃げねば――」
紙魚がやる気なく逃げようとするが、せつなの動きは異様に速い。
紙魚の後ろに滑るよう回り込み、紙魚の首筋にナイフを突きつける。
変に動けばこいつ殺すぞと仁義らに、脅していた。
「”漁火重工”が作ったタナトスシステムの話は本当?」
漁火重工、のところをとくに強くせつなは喋る。
「答える義理なんて無いよな?」
せつなに答えず、脈絡なく仁義はトウカの方を向いた。
疑問の答えを求めているのだと気づいたが、トウカが答えるより早く仁義はせつな達に向き直る。
トウカは嫌な予感がした。
「いっとくが、人質なんて無駄なんだよオオオ!」
仁義が叫ぶ、近くにあったガンシューティングゲームの筐体を握りしめ。
「えっ」
紙魚があどけない、珍しく気だるげでない声を出した。
そして一瞬。
紙魚がいた場所はぐちゃぐちゃになった。
それを成したガンシューティングゲームの筐体は、もはや絶対使い物にならない。
だが、その場所に赤黒いものはなかった。
誰にも視認されることはなく、紙魚は仁義の後ろに回り込んでいた。
光速と言ったら過言であるが、尋常ではないくらいの速度で紙魚は動いた。
「ぶは――、ぶは――、だから力を使うのめんどいのに」
紙魚は、汗だくで、目を見開き息も絶え絶えになっている。
今にも死にそうだ。
彼女は身を着ぐるみのようなもので纏っていた。
灰色で、赤い二つの目をしたチョココロネのような形。
それの穴から頭を出していた。
まるで家に出てくる紙魚という名の虫の口当たりに穴を開け、中をえぐり取ったかの様なモノ。
その中に入り、頭を出していた。
せつなはその上に乗っていた。
「……私まで助けて貰っちゃっていいの?」
「たまたま」
「じゃあ死ね」
せつながナイフを振りかざす。
突き刺そうとした瞬間、紙魚は大きく回転してせつなを弾き飛ばし。
闇夜に消えた。
トウカはそれを追ってみたが、もうどこにもいない。
近くにはいるハズだが、それがどこかわからない。
「……振り出しじゃね?アイツがどこにいるかわかんなくなった」
「まぁいいんじゃないの、どうでも」
紙魚は欠伸をして、本を懐から取り出す。
ペラペラとめくり出したそれは漫画であった。
その舐め腐った態度を見て、仁義の心が、苛立ちを得る。
「おいおい、ふざけんじゃねえぞ」
仁義がモノを取り出す、それはタナトスシステムだった。
「ふざけてない、本気だよ?本気でめんどい」
仁義はタナトスシステムを使った。
仁義の体が、暴力的で、凶悪な鎧に包まれる。
それは軍隊で使われるようなパワードスーツだった。
仁義の熊のような怪力を補助するような。
「お前を殺すとこ見せたら、向こうもせつな差し出すぐらいにビビっちまうかもな?」
紙魚もタナトスシステムを取り出し使った。
彼女の体の側面にいくつも銃がつく。
シルエットだけを見るならばまるで装甲車だ。
ともかく、二人は殺しあうつもりで向かい合っていた。
ヤバイ。止めなければ、紙魚と仁義の殺し合いになるなんて焦るもののしかしトウカは動けずいた。
どうすればいいのかわからない。
代わり、のように別の人間が仁義と紙魚の間に割り込む。
トウカは一瞬わけがわからなかった、それは牡丹だった。
「待って、待って待って、やめようよ!絶対おかしい、なんで当たり前に殺し合うの!?」
なぜお前がここでこうして、敵同士の仲介をしようとするのか。
完全に馬鹿だとトウカは思ったし、それどころかぞっとした。
なぜここまで殺しあっておいてそのような行動が出来るのか、牡丹の内面を思うと不気味な事しか考えられないが。
当然「うるせぇな、頭おかしいのかお前」「どいてて、牡丹、死ぬから」仁義と紙魚は止められない。
トウカは目を逸らした、人が死ぬところが見たいわけじゃない。
ただ殺さねばならぬから殺すだけ。
でもやはり、見たいわけでは決してない。
しかし、牡丹の声は途切れなかった。
紙魚の銃撃と、仁義の拳ををうずくまって小さくなりギリギリで躱し、牡丹は叫ぶ。
「殺しあってるのが平気になる方が、まともだって言うの?なんで積極的に、当たり前みたいに殺そうと出来るの!?」
「うるせぇな、見せしめにするぞ」
仁義が床を殴りつける。
ぴきぴき亀裂が走る。
だが牡丹はそれを気にしない。
「なんでこんなことするの!?なんで仲間同士で殺しあえるの!?トウカちゃんも紙魚ちゃんも!なんで!?」
その牡丹の叫びは中断された。
にっけが陰から飛び出して、牡丹を担いだ。
「ちょ、ちょっとにっけちゃ、なにをす」
「うがあっ」
牡丹を遠くへぶん投げる。
今度は牡丹が陰に隠れ、どこにいるのか本人以外わからなくなった。
「お姫様を守るナイト気取りか?」
仁義がにっけに語り掛ける。
「そういう忠義あるなんて、お前の事嫌いじゃないぜ」
本心からの言葉だった。
「でも、お前にだって殺さなきゃ、何したっていいんだぜ?」
仁義がにっけに、嗤った。
その直後、にっけと仁義の足元が割れた。
仁義が落ちる、先程まで牡丹がいた位置にいるにっけも落ちる。
ぼちゃぁっ、と水しぶきの音をたてながら。
トウカはかけよって、開いた穴を手で探る。
水の音が帰ってくる。
それがどうしてするのか、知っている。
「休憩所にデッカイ水槽あるじゃん?あーあ、あそこに仁義と一緒に入ったら皆殺されるッ」
トウカが適当に忠告する。
だけどソレを聞かず牡丹は再び陰から出て来て、助けに行こうと靴を脱ぐ。
思ってるよりは冷静だなとトウカは少しだけ感心した。
それから飛び込む予備動作を見つけ、トウカはソレから目を逸らす。
死にに行く人間も見たくない。
その瞬間頭に強い衝撃を受けた。
「ッ!なぁッ!?」
無理矢理頭を動かして、状況を確認するとバイクが視界の端に見えた。
こんな屋内で走っている。
あいつにぶん殴られたのだと理解して、トウカはイラつきながらそれを目で追う。
「や、め、と、けッえええええええええええ‼‼‼」
飛び込もうとしている牡丹は、その叫びでフリーズした。
女狐、と呼ぶのが似合うグレーのボディースーツの女性がバイクに乗っている。
トウカはその人を今日初めて見た。
そしてその後ろに初めてじゃない奴がいる、一閃が抱きつくように乗っていた。
バイクがゲームセンタを縦横無尽に駆け巡る。
牡丹を左手で掴み、脇に抱える。
「えっ、ちょ、にっけちゃん助けなきゃ」
牡丹の意思は無視だ。
「次はそっちぃッ!」
バイクはさも意思があるかのように百均の方へ近づく。
そこからせつなが飛び出して、「あぁ、一閃さんの援軍ってこの人?」なんて言いながら右わきに抱えられた。
いまだ疲労が抜けない紙魚にも、トウカにも、追えないくらい速い。
おまけに発煙筒を投げられ、目でも追えない。
トウカの遠くから、音だけが聞こえてくる。
エンジンの音と、いきなりの出来事に騒ぐ牡丹の声を空気がトウカに運ぶ。
それをトウカは、追うつもりもなかった。
どうせ、このモールは包囲されているのだし
脱出はムリ、それに、にっけがこちらにいれば逃げ出すつもりにならないだろう。
そう考えてちらりと、水面を見やる。
ぶくぶくと時折、酸素のような泡が浮かんでくる。
中はどうなっているのか想像すると不気味で、近づく気にもならない。
だが、にっけが負けるだろうなとトウカは確信していた。
にっけに勝てる理由は無く、代わりに負ける理由がいくつもあった。




