28話 なんでたかが子供の命一個でそれが出来ると思うの?
「なんで、アンタ」
金髪少女がゆっくりと、階段を下りてくる。
その表情はまさに怪異を見た時のソレ。
畏怖と疑問がグチャグチャに混ざり合った歪なものだ。
「あ、起きたの?」
牡丹もそんなことを言いながら、階段を上がる。
「朝起きて、ちょっと話したらまた気絶するみたいに寝たから心配したんだよ?」
牡丹が階段を上がる。
階段を上がる。
今のせつなの耳に、牡丹の言葉はもう入ってない。
金髪少女の姿だけが、視界にうつる。
気持ちを切り替えるため、無意味な感覚全てを意識から排除していた。
そのまま、怯えもせずにせつなは階段を2段飛ばしで駆けあがった。
鬼神の如き勢いで、金髪少女に刀を振りかぶって飛び掛かる。
だけどその瞬間だった、牡丹が突如せつなの目の前にに出てきて邪魔をした。
「ダメッ‼‼」
「ちょッ?!」
反射神経は大したこと無いせつなである
いきなりそんな事をされても攻撃は止められない。
せつなの体はベストな体勢だった、目の前の相手を傷つけるためには。
木刀もしっかり、相手を痛めつける事に関して最高品質の高級品だ。
攻撃するのはマズイ。
無理してでも止めなければ。
そう必死に体を捻る。
だがすぐに無理だとわかった。
牡丹の位置も、せつなの体勢も、タイミングも何もかもが最悪だった。
「あ――」
せつながもう無理だな、と悟って、眼をつむるある種の開き直りをして、木刀が振るわれる。
然しその瞬間であった。
木刀があらぬ方向からの衝撃で弾かれ、きゅりきゅりと回転して空を舞う。
壁にガツガツとぶつかって、階段を転げ落ちて、床を傷つけて止まった。
いったいなんだ、と衝撃のした方向を見ると
不服そうな顔をした糸川にっけがいる。
右手を、抑えてじっと見ていた。
「あ、あぁ」
せつなは理解した。
金髪少女の影に隠れてしまっていたせいで見えなかったが、いたのであろう。
そんな彼女が木刀をその右手で弾き飛ばした、真っ赤に腫れあがっている。
彼女は高速な木刀を、当たり前のように前に進みでて防いだのだ。
「なんなんだ、お前」
にっけはせつなを睨む。
「―――ッ!」
何を考えずとも、敵意があると判断出来る程怒気に満ちた声。
せつなは階段を一気に飛び降りた。
にっけの右回し蹴りが空ぶった。
ガッ‼‼
壁にぶち当たり、木片が飛び散る。
やベッ、とにっけが小声で漏らし、女将が悲鳴をあげた。
そんなことどうせもいいせつな、着地して脚の異常に気づく。
ズキズキとふくらはぎが熱い、着地を少しミスった
「……不利か」
痛みは我慢できない程じゃない。
しかし、戦いにくくなった。
が、せつなは焦らない。
とりあえず吹き飛んできていた木刀を拾って、階段の三人に向け構える。
そのまま、彼女達を観察。
金髪少女は案外ここで戦うつもりは無さそう。先日戦った時の印象より穏やか。
牡丹は言わずもがな、あまり争い事を良く思っていないようだ。
にっけは……、何となくせつなは自分の父を思い出した。
似てるのではなく極端に正反対な奴だからだ。
怒りに満ちたソレは、感情的で、敵と対峙した肉食獣の様。
なんというか獣臭い。
せつなを殺そうとしているかのように睨み付けている。
しかし、状況に応じて動こうとしているらしく今のところ待ちの姿勢だ。
「……」
「……」
瞬間的に沈黙。
互いに相手の隙、動作の中に生まれる油断。
それを感覚や頭脳、経験や勘によって探っている時間。
しかし
「なにがあったかわかんないけど、喧嘩なんてやめようよ」
牡丹が懇願する。
先程木刀で大怪我しかけたとはいえ、一切動じていないようである。
せつなは冷静に逡巡した。
―――どうする?
今はとにかく、彼女達と私が敵じゃないと強く主張して納得させるのがベスト。
戦う意味が私には今無い
じゃあどうする?
……にっけとかいうヤツは基本的に牡丹の主張を立てようとするから―――
「ごめん、少し事情があって」
せつなは牡丹に謝った。
あえて牡丹にだ。
「でも、そっちの言う通り、こんな事は良くない」
……それから、木刀をしまう。
「話し合ってみるよ」
「めちゃんこって何?」
「すごい、とかそういう意味、昔の言葉」
早口かつ小声で牡丹が聞いて、小声なおかつ聞き取りやすくにっけが答える。
「でも、そいつと二人きりで話したいことがあるんだ」
せつなは金髪少女を指さす。
「トウカちゃんと?」
牡丹の確認を耳に入れて、せつなは彼女の名がトウカである事を初めて知った。
もっとも名前などもどうでもよいのだけれども。
「あたしは構わない」
トウカと呼ばれた金髪少女、つまり金髪少女と呼ばれていたトウカが返事する。
だが。
「あの、お客様では無いならば、お外でお願いします」
宿の女将が言った。遠回しに、はよ帰れと。
だが先程の諍いを見て、下手に刺激するとマズイと思っているから表面的態度には出さないだけ。
だからせつなは懐から黒い長財布を出した。
一万円札を適当な枚数出して、女将に差し出す。
「泊ります」
「宿泊日数は」
「二時間」
ソレは泊りと呼ばないのではないか、そんな疑問を皆思い浮かべたが
今はそんな事問題にする雰囲気じゃなくて、牡丹だけが「宿泊じゃないじゃん」と口にした。
――――――――――それから。
せつなとトウカは誰も使っていない部屋で二人きりになった。
そうなってから2分ほど静寂を持て余している。
トウカの方が緊張している。
だから、せつなは会話をしやすい状態になるまで待っていた。
その結果がこの気まずい沈黙だ。
それに耐えて耐えて、ようやく切り出したのはトウカであった。
「怖くないワケ?あたしが」
「べつに」
せつなは即答。
彼女はつい先日殺しあった程度の存在。
だけれども、怖いと思えなかった。
むしろトウカの方がせつなに恐怖していた。
「で、なんで、あんた生きてるワケ?」
ニヤニヤ笑うトウカだが、少しぎこちない。
「さぁ、どうだろう」
せつなが適当に返すと、トウカの表情はやや険しくなった。
そうやって、牽制してから本題にせつなは入る。
「……殺人の証拠隠滅とか、子供一人だけの力であんなに精密に出来る訳ない、単刀直入に聞くけどバックにいるのは何?」
きっと、漁火重工だと思いながらたずねた。
「それ聞きたいなら、頼みを聞けっつーか」
「頼み?」
せつなは続きを促すような雰囲気でたずねた。
「死んで」
「え、無理」
衝撃的なトウカの返答にせつなは即返答した。
だがトウカは聞いていないかのように続ける。
「……そしたら世界が救える、人類が救える」
トウカは本気でそう思っている様子だったので、せつなは少し驚いた。
コイツ、イカレてる。
「なんでたかが子供の命一個でソレが出来ると思うの?」
とりあえず、話を合わせてあげることにした。
イカれてようが、そうでなかろうがやる事は変わらない。
上手く情報を引き出すことだ。
「理由は言えない、でも」
大真面目な表情で、トウカは懇願するようにせつなの手を取ろうとした。
「やだ」
当然せつなはその手を払う。
理由もロクに教えてくれないのにそんな事で死ぬ人間ではない。
「じゃあ、そっちが知りたいことを全部何にも言えない」
「ふーん……改造生物だから、大変だよね」
「……ッなぜあたしを改造生物と知ってる?!」
トウカが驚愕して、警戒。
「いや、べつに知ってるワケじゃないけど、だいたい推測できたし……やっぱそうなんだ?」
「カマをかけやがったのか?」
「ちょっと前まで携帯電話は数字しか送れなかったのに今じゃタナトスシステムなんて当たり前に生まれてくるこの時代、そのくらいあって当たり前かなって」
苦虫を嚙み潰したような顏で話を聞いていたトウカが、ふとたずねる。
「……電話が数字しか送れないって、ちょっと前どころじゃないんだけど」
「どうでもいいってそんなの、それよりも」
「なに?」
「殺し合い以外の道は無い?」
「アンタが運命を受け入れて死ねば、いいんだけど」
運命。
そんな大層なモノを出されても、せつなはあまり怯まず
どこか不敵に笑んだ。
「じゃ、しょうがないか」
それから、軽くため息をつく。
宝くじを“当たったらいいな”とぼんやり買って、外して、やっぱりかとボンヤリ落胆するような適当なものだ。
さて。
殺し合いの時はどうするか。
せつなの脳裏にはその事が浮かぶ。
実際にトウカと相対して。
手を出せば触れ合える距離まで来て。
今すぐ殺しあえる距離で話し合って。
些細なしぐさなどから確信した。
タナトスシステムくらいに強い武器があれば確実に勝てる。
せつなの契約会社、……そして父親がトップを務めている会社の”漁火重工”は強力だからタナトスシステムをセーフキリング外に持ち出せないようしっかり管理しているが……。
とにかく、武器をどうにかして用意すればどうにかなる。
さて、では、どうどうにかする?
考えを巡らせるせつなにトウカが少し怒っていた。
「ふん、アンタ最低」
「なにが?」
「一人の命が消えて世界を幸せで満たせるなら、差し出すべきじゃね」
トウカはそんなことを吐き捨てたら、これ以上ここにいる意味は無い。
そう判断したらしくトウカは出口へ向かう。
「バイビー」
せつなのわかれ言葉にトウカは振り向いた。
「あ、あぁ、バイバイって意味?……なんでそんな変な言葉使いしてんのアンタ」
それから、再び出口に振り向き、そしてせつなに振り向いた。
「……いや、一個だけあったわ、教えてあげられる事」
こういう優柔不断で、うっかりミスをするような精神性のせいで隙だらけなんだろう。
そうせつなはトウカを思った。
しかし、耳は音に集中する。
「私の後ろにいるのは、地球再生党」
トウカはそれだけ言って、すぐに外に出た。
「……えっ?」
何も想定していなかった返答が来て、一瞬硬直。
トウカをそれ以上問い詰めることはせつなに出来なかった。
―――――――――――――
にっけが玄関あたりで待っていると、トウカが階段から降りて来る。
どうやらとうとう外に出て行くらしい。
「あ、ちょっと」
にっけは、トウカを呼び止める。
「なに?」
「ほら、欲しいの一個選んで」
牡丹が、トウカに袋を差し出す。
中にはあんぱんやほうれん草パンだ。
「頼んでないし?」
「ご飯食べてないだろうから、牡丹が渡してって」
にっけは、出来る限り平静、穏やかに答えた。
しかし、心の内は警戒に満ちている。
「その牡丹はどこにいるワケ?」
「そこ」
にっけは廊下の隅を指さす。
汗だくで座り込み、ペットボトルに入った水(500ml)を少しづつ飲んでいる。
沢山飲むとむせるのだ。
「遠くのコンビニへ走って買ってきたから、ちょっと今は話をするの無理だと思う」
「そんゴッフ、なゲホ、な……ガヒュ、ガヒュことない……ゲホッ!ゲホッ!」
牡丹は否定しようとしたが、その結果疲労が異常な事を強く伝えた。
にっけは、少し申し訳なくなる。
この猛暑の中走り回ればかなり疲労すると予想していたが、牡丹を止めなかったこと。
牡丹にあまりトウカと近づいて欲しくは無かった。
トウカをあまり、良い存在と思えなかったのだ。
返り血まみれで倒れてて、救急車を呼ぶのを断って、せつなとかいうヤツが彼女を見た瞬間切りかかろうとした。
はっきり言って不穏である、間違いなく厄介事は抱えている。
しかも、せつなもあまり良い存在と思えなかった。
木刀で牡丹を殴りそうになった瞬間“まぁ、しょうがない”と諦めてしまう表情をにっけはシッカリ目に焼き付けていた。
だけれども、牡丹に“あの二人は絶対危険だから彼女らが出て行くまで、どこかに身を隠してろ”なんて言おうとも無意味。
性格上、絶対納得しない。
だから、熱い中コンビニに買い物に行く牡丹を止めなかった。この宿に二人も危なそうなヤツがいるのだし、ここを離れるのは悪い選択肢じゃない。
もしも牡丹が帰って来る前にせつな達がここを出て行ってくれたら最善だろうと。
まぁ、その最善には案外牡丹が速く帰ってきたせいでならなかったわけだが。
それから、直接パンを渡そうとする疲労しきった牡丹からビニール袋を貸してもらい、こうしている。
「ま、貰うわ、せっかくだし」
トウカはあんぱん一個を掴んだ。
「後で食うわ、ありがとさんきゅー」
そのまま、牡丹に礼を告げ脚をとめないまま。
ズンズンと、やる事が何やらある様に急ぎ気味。
そんな彼女の背中を、にっけはじっと睨みつけた。
しかし、そこに見えるのはただ普通の。いや、普通よりもどこか弱弱しい華奢な印象を与える少女の背中である。
そして見えなくなった次の瞬間。
「あ、一閃って人、どこで会ってくれるって?」
今度はせつなが降りて来た。
「……ABCDEモールにいるから、今日中にそこに来いって」
「へ――、どこにあるのソレ?」
ABCDEモール、といえばビッグなモールでポピュラーだ。
「え、いいな、行きたい」
今だに立ち上がれないままの牡丹が掠れた声で騒ぎ立てる。
彼女がそういうのも無理はない、そこは中に映画館、服屋、ゲーセン、なんでもござれなナウビッグ。
昔からあるモールだ。
昔は大人気であったが、今はソコソコ人気だ。
「遊びに行くんじゃない、だいたいよく知らない人にホイホイついてっちゃダメ」
にっけが牡丹を止める。
せつなに対して警戒しての事。
「でも、あそこちょっとわかりにくい場所にあるからたどり着けないかもよ?」
牡丹はようやく疲労から立ち直ったようで、立ち上がってスマホの地図画面を見せた。
「ここだから案内する!」
彼女は画面の中心を指さす、ABCDEモールは確かに複雑な道の中にある。
例え地図があっても、そういう細かいモノを見るのが面倒で嫌いなせつなは辿り着くに難儀すること確実だ。
「うん、案内してくれたら、助かる」
せつなは本心からそう言った。
「うん!行こう行こう!一緒に行こう!にっけちゃんも来るよね?」
牡丹がはしゃぐ。
「……自分で歩いていくのが無理でもこの人は道に詳しい地元のタクシーなり使えばいいし、牡丹とは今度別の機会に一緒に行く」
にっけが反論。
「今行きたいの!こういう機会がある時すぐに行くのが一番楽しいもん!」
「あと、距離的にはそこまで遠くないみたいだし私タクシー使わない」
牡丹とせつながほぼ同時に言った。
「えッと、……」
にっけが牡丹の方を見やる。
しかし、彼女に反論される前に。
「やだやだ行きたい行きたい行きたい」
牡丹が駄々をこねた。
にっけが困る。どういえば牡丹は納得して、せつなについていかずココにいてくれるか。
無意識のうちに頭を掻いていた。
せつなはその様子を見ながら、口にこそ出さないモノの早く話をまとめてくんねえかなぁ。と少しだけ苛立っていた。
早くそのモールとやらで一閃に話を伺いたい。
金髪少女のトウカは漁火重工では無く地球再生党と名乗った。それが無性に気になる。
が。牡丹達に話をまとめる事を促そうとすると苛立ちを表に出してしまいそうだ。
そうすれば相手に不快感を与えてしまわないか。その結果、自分に不利益が生じないか、で迷っていた。
言うか、言わないか。
そして、決めた。
言おう。
「早く話をまとめ―――」
が。その一言はより大きな一括でかき消される。
「牡丹‼‼」
ずっと黙っていた女将が一喝する。
「糸川様はお客様……友達である以前にお客様なのです、迷惑をかけてはいけません」
「う―――」
牡丹が唸る。従いはするが納得はしない様子。
せつなは、ただただ、この退屈な時間を眺めていた。
いつ、「速くモールにつれてって」と切り出すのがベストか感覚で計りながら。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方。
電柱。猫。あと、埃。
そんなモノくらいしか着目する事が無いような、寂しい道で
トウカはパンの袋を開けた。匂いをかいでみようとしたが、未だに昨日せつなが木刀で殴ったダメージが残っている。イマイチわからない。
思い切り鼻に近づければ、わかる程度の嗅覚は残っているが
そんなこともしないで少しちぎり、口に放り込んでみる。
「……美味い」
トウカは呟き、モグモグと食いながら道を歩いた。
「おい」
しかし、声が後ろからかかる。
「なに?」
振り向くと同時に腹に衝撃が来た。
「ごほッ」
パンを噴き出してうずくまる。殴られたのだ。
「なにしてんだテメェ」
トウカの前には、少年……のような見た目の少女がいた。
あまり手入れが無くぼさぼさで長い髪、荒い口調、筋肉質、強気な表情。
そんな特徴を兼ね備えた少女である。
名は 戦 仁義。
トウカの知り合いだ。
「べつに、何もしてないんだけど?暴力なんてサイッテー、あと食べ物粗末になっちゃったんだけど?」
「……ホントはお前何してた?」
どう見ても全てを知っている様子だった。
なのでトウカは言い訳を止めた。
「血まみれな姿を見られて、保護されて、宿に泊めさせられた、以上が異常!」
「俺らのやってる事はな、秘密なんだよ、無駄に他人と交流すんじゃねぇよ」
「べつに秘密明かしてないし」
「そういう問題かよ‼‼」
仁義がキレてトウカをぶん殴った。
トウカの口の中もキレた。血が噴き出す。
「漁火せつなとも接触しただろ」
倒れそうになったトウカの首を、仁義はわしづかみにして止めた。
「偶々だし、それに怪我の僥倖ってヤツがあるんですけど」
「怪我の善行だろ?」
「いや、功名じゃね?」
「……ことわざなんてどうだっていいだろ、」
お前が突っ込み始めたんじゃねーか、とは思ったが
首をわしづかみにされたままなのでトウカは文句を我慢した。
「……糸川にっけは”二人分”、しかも、レアものと、漁火せつなの分」
本人達にしかわからぬ、会話だった。
遠回しで、わかりにくい。しかし、仕方がない。
なぜならば、この会話は重大な機密情報に関する事。
ホイホイ素直な話し方をして、うっかり誰かに聞かれてしまってはいけない。
「……じゃあ、アイツが”贄”……人身御供か」
仁義は重苦しくその言葉を吐いた。
――――――――――――――――――
一方、未だにどうするか迷ってゴチャゴチャやっているにっけ達。
「ぶえックシュ!」
ついていけない事に未だに気持ちよく納得せず、隅っこでいじけていた牡丹がくしゃみした。
「誰か噂してんのかな」
せつながそんなことを言う。
「その迷信、もう古い」
にっけが、呟いた。
「とにかく、速くモールに連れてってよ」
せつなが微妙なタイミングで切り出した。
「……じゃ、私がつれてく」
少し沈黙の時間をえてから、にっけが宣言する。
「道、わかるの?」
せつなが質問。
「まずここを出て右、それから――」
にっけはモールまでの道を、目を瞑ってスラスラと喋る。
先程の数秒で初めて見る道を完全に覚えていたようであった。
せつなは、凄いと感心した。
しかし。疑問に思った。
「……ホイホイ知らない人についていくのは良くないって言ってたのにね?」
「一閃さんと……引き合わせてしまったのは私、だからこそ私が連いていく、それが責任だと思うから」
にっけの返答は本心を語っていた。
しかし、全てを口にしたわけではない。
牡丹を一緒に行かせたくないという意思は黙っている。
その事にせつなは気づいた。だが。
「ま、どうでもいいんだけどねそんな事」
つい、口をついて出てしまった。
“じゃあ聞くな”と思っているのか、にっけが少し嫌そうな表情になるのもまた、せつなにとってはわりかしどうでもよかった。




