二話 「そんなもんだろ」
「……ふぁ」
お日様が窓からガンガン光を浴びせてるってのに大きなあくびが出た。
昨日忙しかったせいで眠い。
けどこんなところで寝れない、目立つ。
このACBファミレスという、大した良いところもないが悪いとこも無い店の席に私はついてメニューを開いているのだから。
昨日は借金取りの人が来て、ソレを取り押さえた男の人が誤解で警察に連れて行かれそうになって、そして私が弁護した。
……それから、男の人と私は事情聴取を受けた。
もちろん参考人としてだ。
で、そんなごたごたの中で私が探している”糸川にっけ”と知った彼は私に言った。
「午後3時にACBファミレスに行くので待っていてください」
そして私に千円札一枚を渡してくれた。
……ファミレス?何で?というかこのお金で何か買えとでもいうの?と思ったのだけれども、そんなことを聞く暇がなかった。
で、こうして席につき待っているというわけだ。
あんなよくわからない相手の頼み、聞いてやる恩義なんて無い。
だけど、あの人は私を探しに来た。
つまり身バレしてる。
逃げたって、私を見つけようと思えば見つけられるかもしれない。
ならば、たぶんこの待ち合わせを反故にして良いことは無い。
とはいえ暇だ。
何か注文しようか?
でも、怪しい人から貰った千円札を使うのは怖い。
偽札で無いのは確認したが、コレどっかから盗んできた金だったりしないだろうか。
だからといって、自分の金を使うことも選択肢に入らない。
空き缶拾いだとか、自販機の下に手を突っ込んだりしたおかげで324円は手元にある。
逆に言えばそれだけしか無いわけだから、躊躇する。
でも……美味しそうだな、メニューに載ってるものだいたい。
親父が連帯保証人になってあげた叔父さんがいなくなる一年と半年くらい前には結構こんなものを気楽に食べてたんだっけ?
もうだいぶ昔のことに思える。
”あの頃はよかった”なんてのは、今を受け入れられない奴のよく吐くセリフだから、好きじゃない。
でも、自分の家族に関してだけは言える。
“あの頃はよかった”
そういえば、昨日からずっと帰って来てないや。私の両親は。
今、何してんだろうか。
想像はなんとなくつく、たぶんろくでもないことだ。
まぁ、それはそれとして。
お腹が空いてきた、飯の匂いが漂ってるせいだ。
「牛丼とかないかな」
メニューを見ても、載ってない。
がっかり。
「あの」
独り言を言う私に声をかける人がいた。
「待っていてくれたんですね、よかった」
昨日見た男の人がやって来たのである。
男の人は、私の目の前に座る。
「……牛丼はこのお店無いんですよ、すいません」
独り言を聞かれてたことで、ちょっとだけ不快になる。
そんな私を尻目に彼は店員を呼んでハンバーグ定食を注文した。
「アナタは何も注文しないんですか?」
男の人は聞いて来るから、クビを縦に振った。
「お金は渡しましたよね、使ってもらって構いませんよ」
彼の言うようにご飯は大事だ、めっちゃ食べたい。でも今はそれより大事な話があるだろう。
「……先に聞かせてください、まずあなたが何者か、そしてセーフキリングってなんですか、最後になぜスカウトしに来たのか」
まくしたてた。途中でゴチャゴチャ話す邪魔をされたくなかった。
男は少し考え込んで、それから一気に言った。
「あぁ、そうですね、まず僕の名前は桂木で徳宮テクノロジーで働く25歳、結婚はしていないしする予定もない、こんなところでいいですか?」
徳宮テクノロジー、ソレは私にとって聞いたことの無い会社だ。
やはり、何もわからない。
それでも、平静を装ってたずねる。
焦りや怯えは隠す、ソレがしたたかに生きるコツだ、たぶん。
「じゃあ、セーフキリングっていうのは?」
「一年ほど前出来たスポーツですよ、テレビや新聞のスポーツコーナにも載ってますがあまり見ないのですか?」
「前はどっちもよく見てましたよ?今はち新聞買う金は借金の返済に、テレビをつけるためのお金も借金の返済に……ってことでね、見れるのなんてそこら辺のゴミ箱に捨てられてる雑誌程度ですよ」
「すみません、嫌な事を思い出させましたか?」
桂木は頭を下げる。
そういう気づかいがむしろ鬱陶しい。
「べつに、それよりセーフキリングのこと、聞かせてくださいよ」
「セーフキリングは、お互いに”本物の”銃やナイフ等の武器を持ちより、それで互いを攻撃して勝利を掴む競技です」
本物?
何言ってんだこいつ。
「そんな武器使ったら、死人が出るじゃないですか」
「試合の際には選手の体にバリアを発生させます、そしてある一定量までバリアを消耗させられた方の負けです」
「え、バリア?」
当たり前のように言うけど、それはまだSFの世界のモノだろう?
「最近出来たんですよ、僕が借金取りと喧嘩になって無傷なのもそれを使ってたおかげですし」
「信じられませんよそんなぽんぽん科学進歩するなんて」
「……まぁ、納得してもらうのにマイフォークくらい捨てますか」
桂木はフォークを取って、高々と振り上げた。
なにしてんだあんた?
この人は何やら奇行をする人だ、やっぱこんなとこ来るんじゃなかったか
そう私が思った、その直後だった。
彼はソレを自分の腕に思い切り振った。
えっ、ちょ、やめ……
このまま行けば深く突き刺さ……
グロいシーンから目を逸らそうとする暇もなかった。
”バチン”という音がしてフォークが弾かれる。
へ……?と間抜けな声が私から抜けるように出ていた。
刺さるはずだったフォークは、桂木の肌に触れた瞬間ポッキリ折れた。
「……すご!」
SFの世界じゃん!
やっべ、どういった仕組みだ!?
私はいつの間にか前のめりになっていた。
桂木がちょっと引いてる、ここまで私が興味を持つと思っていなかったらしい。
……体勢を戻す。
今度は先程より深く座った。
「ね、これならば実銃も防げるでしょう?」
桂木はなにやら自慢げだ。
「……でもバリアなんか、少なくとも一年前は理論体系化も出来ていなかったはずです、そっから実用化までどうしてこんなに早くできたんですか?」
「一年前大幅な法改正がありまして、科学者に対する資金援助が大幅に影響だと思いますよ」
法改正?そんなの初めて知ったな。
たぶん私が知らないっていう事は、丁度借金でごたついた時期だったんだろう。
一年半くらい前のあの時。
たしかあの頃は、色々あった。
ありすぎて、記憶がおぼろげになってしまっている。
「セーフキリングの話に戻りましょう」
桂木がそう言った。
そうだ、その話を続けなければならないのだった。
「この競技は“少女と会社が契約して”“会社が契約した少女に自社テクノロジーを注ぎ込んだ武器を与え””少女が会社の広告をしつつ戦う”という場なのですよ」
桂木は淡々と、でもどこか嬉しそうに語る。
ちょっと話が見えてきた。
セーフキリングは少女という、誰もが”弱者”というイメージを持つものに武器を持たせ、強大な力を発揮させることで自分達の会社を目立たせる場所ということだ。
良く言うならば企業が野球選手にスポンサー契約をしてもらい、自社のロゴマークが入ったバットを使ってもらうみたいな。
……それより大事なのは、バリアを張る必要があるっていうのは相当危険を伴う競技であるということだ。
そんなのに参加する人間は、確実に少なくなる。
だから、競技の参加者をわざわざ頑張って探す必要があるのだろう。
……でも、なおさらなんで”私”のとこに来たんだ?
もっと他の人を探す努力をした方がいいハズだ。
そのことを聞いてみよう。
「その競技が宣伝に大事とはわかりましたけどなんで”私”を参加させようとしてるんですか?」
「実は私達の会社と選手契約してくれる方がいらっしゃったのですが……先日事故に遭い植物人間状態なのです」
一気に桂木の声のトーンが下がった。
葬式だとかこんな感じだろうなって風。
「だからってなんで私のとこに?」
「漁火重工というセーフキリングの主催会社から紹介を受けたんです、あなたならばかなり高確率で助けになってくれると」
さらっと、異常なことを桂木は言った。
「……っ!?」
私は素っ頓狂な声をあげそうになり、すばやく口を手で押さえた。
漁火重工なんてところからなんで紹介を受ける?
おかしい。
漁火重工と私の間には何もないのに。
私はそんな会社のことを今初めて知った。
なのに向こうは私のことを当たり前のように知っている。
……なぜだ。
右目が急にしみた。
汗が入った。
反射的にまばたきしても、痛みはひかないからほっとく。
疑問を抱く私の気持ちを知ってか知らずか、桂木は自分の懐から、札束を取り出して机に置いた。
……えっなに急に。
私の心の臓が高速beatを刻む。
いや落ち着け私。
焦るな。
焦りは思考力を奪う。
だんだんと、落ち着きが戻ってきた。
理解出来ない行為に気持ち悪さを感じつつも。
まったく急にそんなことしないでほしい。びっくりしたじゃんか。
「……ちょっと、調べていいですか」
桂木は無言だけど、たぶん肯定……ってことか?
手にとって、傾けたりしてみた。
すぐにわかった。
やはり偽札じゃない、本物だ。
ウン十万はある。
これ程の大金を手にするのはビビッて、机に素早くまた置いた。
そんな私に桂木が身を乗り出して言う。
「糸川にっけさん、もしもわが社と契約してセーフキリングに参加していただけるのならばコレはあなたのものです」
……あ―――、なるほど。
私の中にある気持ち悪さが、投げやりな納得に代わった。
その言葉一つで私の中で、なんだか腑に落ちるものがあったからだ。
私の抱く疑問の答えをおおまかに察してしまえた。
「もしも、あなたが契約してくれる場合に渡すこのお金にファイトマネーを足せば借金が返せるかもしれません」
桂木は、堂々と私にその札束を差し出した。
早く取れ、と言っているかのよう。
ほら、そんなもんだろ?
私が先程いきついた答えは正解だった。
やっぱ、借金絡みか。
なんて私は察しが悪いのだろう。
借金がある私は、多少危険でもチャンスさえあればファイトマネーの出るらしいセーフキリングに参加する可能性は他の人よりも高いだろう。
だからスカウトが金に頼るなんて予測をつけられて当然なのだ。
……なんで漁火重工の人が私を指名したのかも大まかに予想がついた。
スカウトが来たのは、多分私の借金にも関係があるわけだ。
要するに叔父の作って親父が背負いこんだ借金がこの状況に繋がっているのだろう。
そして、糸川にっけを借金を返させるために戦わせようと思った奴がいて、こんな状況を生んでる、そういうことは有り得無くない気もする。
だいぶアバウトな想像だけれども多分的外れでは無いふず。
しかし。
「……その話、私の親ともしたんですか?」
ふとそう思って、たずねてみた。
なぜなら昨日、男の人は私がポニーテールだと知っていた。
昔は短かったけど、散髪代を少なくするため最近伸ばすようにしたのである。
だから私の現在の髪型を知っているのは、せいぜい“私の身近にいる家族”程度だ。
「……はい、既に、あなたの親御さんとはお話をさせていただきました、あなたに話したことは既に全て話しています」
桂木は正直に答えた。
「ご家族は、あなたがセーフキリングに参戦することを承諾しています……応援しておられますよ?」
応援?
応援か。
私は自分の家族のことを、よく知ってるが、そういう事する人達だろうか?
いや、してくれたら嬉しいけど。
「じゃあ、もう一つ、セーフキリングで事故が起きることはどのくらいあるんですか?」
「死者は出ていませんが、一般格闘技よりも事故率は高いです、重傷者は多数、気を失ったまま意識が戻らない子もいます」
桂木は正直に答えている様子だった。
そうした方が信用させられると踏んでいるのか、それとも怪我程度でビビる選手はいらないという事か、どっちかはわからない。
……気に入らない。
私は誰にも聞こえない程の小さな舌打ちをしていた。
本人のあずかり知らないとこで勝手に話を進めて、その話に乗らないといけない状態にさせてるじゃないか。
「それで……セーフキリングの期間は?」
「この夏が終わるまでです」
フ―――ッと、私は息を吐いた。そしてその反動で空気を吸い込む。
「はいはい、わかりましたわかりました、やりますよやりますよ、銃で撃たれたりナイフで切られたりしますよ、一か月間、やりゃいーんでしょ」
私はいらつきを桂木にぶつけるように、あからさまに鬱陶しく答えた。
「一応断ってもいいんですが」
桂木は業務的にいい放った。
それが余計むかつく。
断れないって、わかってんだろ?
針金突き刺してやろうか。いややらないけど。
「私の父と母が帰って来なかった理由がわかりました、金のために子供をそんな危ない場所に送りつける顔がないんですよ、逃げてんですよ」
勝手に、私の口からとめどなく言葉が出てきている。
イラついてた。
けど、そんなもんだろ、どこか冷めた目で場を見つめる私もいた。
「もしかしたらやむを得ない事情があったのかもしれないじゃないですか?」
「私はずっとあの家族と一緒にいたんだ、よくわかりますよ私には」
彼らはいくら相手が叔父とはいえ連帯保証人になってやって、結果借金漬けになって、それで人生に行き詰るような人間だ。
「あの……」
なにか反論しようとしたらしく桂木は口を開く。
言わせるかよ、勝手なことを。
「受けます、受けますよ!」
私は、手を”バン”とテーブルに叩きつけて立ち上がる。
だいぶ私はうっさかったようで、桂木は驚いているし、私を見ている他の客もいた。
迷惑だと思われてるだろう。
申し訳ない。
「……すいません」
とりあえず他の客に謝って、再び座った。
それから私は机の上に置かれた札束を握りしめた。
いいじゃないか。やってやる。
桂木、なんだあんたその顔は。
私にやって欲しいんだろ。
もっと嬉しそうにすればいいのに。
いくらでも戦ってやるのだから。
イライラと心の中でゴチャゴチャ騒いでいると、ハンバーグ定食が桂木のもとにやってきた。
匂いが鼻から入って、腹を刺激する。
涎が大量に口の中で生産され、非常に空腹だという事を主張した。
腹は減る、飯がなければ、そして人は死ぬ。
だが、信頼出来る金さえあれば自由に食えるし生きられる。
そんな金を私が手に入れることのできる者なのだという。
……生きたいのか?と問われたら私は答えられない。
だけど死にたいのか?という問いには答えられる。
死に伴う苦痛が怖いし、取り返しのつかない物事が苦手だからとりあえず死にたくない。
かくして私はセーフキリングへの参戦を決めた。
なかばヤケッぱちだった。
今よりもよくなるかもしれないと期待しているのかもしれないが、それは淡い夢のようなもで。
将来に期待できない者が、宝くじに人生逆転をかけ続けるような行いに思えた。
でも、そうする以外の事を今の私は思いつかなかった。