24話 そっちも同じかぁ
歓声に次ぐ大歓声の中。
スポーツ観戦用大型ドームの広大な空間を使って、二人の少女が向かい合っていた。
ここはセーフキリングBブロックの選手が戦う会場である。
しかし、にっけや風火が使っている会場から5㎞程西に離れている。
向かい合う二人は対照的であった。
試合時間に間に合わせるため全力疾走して息を切らしている者―せつな―とは正反対に、相手は平然とクールな態度をした眼鏡っ子。
せつなは何の装備も身に着けていないが、眼鏡っ子は普通の服の上から青色のパワードスーツを腹やみぞおち、首といった急所に身に着けている。そして右腕に対物砲のついたデカい青円筒を装着している。
防御を捨てて動きやすさを優先している。
「生身で戦うワケでも無いのだろう?速く武器を取れ」
眼鏡っ子が覇気のある声でせつなに指示する。
「あ、どもども」
軽く答えて、せつなは懐から”ソレ”を取り出した。
手のひらに余るくらいの、大きさな白いひし形。
緑色のラインが一本、ぐるりと一周するよう入っている。
「……タナトスシステム!」
せつなは大声で叫ぶ。
パリン、とガラスが割れる音。一瞬せつなの周りに蒸気が出現し、共に衣が変貌した。
先程までの動きやすく普通の服とは打って変わり、白銀のパワードスーツとなった。
頭部と、肩から肘にかけてと、両脇腹以外のせつなの全てを守っている。
それは、ありがたい守護神の様に神々しさを醸し出していた。
さらに、日本刀も右手のひらに吸い付くよう現れていた。
どう見ても日本刀である。
せつなはじっと刃を観察して、ソレが相当な切れ味を持つと理解してから、両手で握って敵に構えた。
『おや、今日のタナトスシステムはなんだか違います!普段は赤黒い装備なのに!初めて見る装備だ!?いったいどんな能力を持っているのか!?』
ナレーションが叫んだ。
――タナトスシステムとは。
戦車が何十台も買える程の金をかけ、せつなの契約社、漁火重工が作ったシステムだ。
使用者の服や大気中の物質を分子レベルで崩壊させ、再構成して、使用者に適した戦闘用装備を作る。
問題点としては、再構成した分子は非常に不安定なので20分使用したら10分程度クールタイムを設けなければならない事、まだ未発達の装備なので形成できるアーマーの量が少ないため事など、があげられる――
もっとも、せつなにとってはそれらの問題は大した事で無い。
現在せつなはセーフキリング優勝候補筆頭の実力者であったから。
多少装備の性能に足を引っ張られてもどうにかなる。
せつなは腕についた砲台を構え、弾を相手の足下に発射した。
それがゴロゴロ転がりながら割れてブワッ!と一気にケムリが巻き上がる。
煙は大きく、相手を中心に半径5m以上を包む。
「ッ!」
敵の一瞬焦る表情を見て、無言で駆けだした。
あまりにも速かった、せつなの間合いに敵が入ったのは。
何も見えぬ煙の中刀を横に大きく薙いだ。
少しだけ、勘違いかと疑わざるを得ない程度浅く掠った。
この鎧は――
煙を纏う、権謀の鎧。
潔白のような白色をしていながらも、聖騎士のような誠実な姿であろうとも。
その煙は人を欺き、全てを覆い隠す。
その煙は隙を見せれば自分すら狂わせる幻影。
その煙は―――傲慢な欺瞞。
全てを騙し、全てを意のままに操るためのもの。
「そこッ!」
せつなは、掠った感覚は間違いなく本物だと確信して、刀を振るう。
煙の中で見えないが今度は直撃した。
眼鏡っ子の3000あったAPが2000になる。
「……ッ!クソ!」
相手の舌打ち、そして悪態がして、地を強く蹴る音がする。それは遠くなっていく。
刀は確実に届かない。
「ダメか!」
すばやく逆方向に向け駆けだした。
このまま煙の中にいるのは不利。
ドチュ、ドチュと脚元で砂煙が上がっている。何も見えない中銃で攻撃を受けているらしかった。
せつなに直撃ギリギリのかなり”惜しい”位置の着弾である。
眼鏡っ子の装備には赤外線センサーでもあるのか大してこの煙に意味が無い様だった。
せつなは、一気に煙を引きちぎるように飛び出した。
またしても、せつなは振り向く。煙で見えないが、今度は敵がいるのであろう方に。
「……?攻撃が止んだ?」
相手がリロードしているのか銃弾が来ない。
もう少し待てば、煙ももうすぐ晴れそう。
そんな、反撃の好機にせつなは呟いた。
「煙屋はあんま好みじゃないなぁ」
せつなは、”これ”……を使うのは初めてであった。
この煙を出したり一本デカイ刀が出たりする装備は慣れていないのだ。
普段全く違うモノを使っているのである。
この隠密性や攪乱性に優れた鎧の”煙屋”を使っているのはせつながセーフキリングをする上で契約している”漁火重工”から、使えと言われたから。
タナトスシステムの真の力を見せつけるためにだ。
だからこの力より好む、鎧の名前をせつなは叫ぶ。
「血喰――ちぐらい――‼‼」
その言葉と共にきいいんと高い金属音が会場中になり響く。
せつなのあちこちから蒸気が噴出す。
タナトスシステムを起動したときのように、切なく爽やかなガラスの音がした。
『普段のモノ変った―――‼‼』
一瞬で、せつなの装備は変貌を遂げた。
先程が守護神ならば、こちらは破壊神。もしくは悪魔や殺人鬼のようであった。
はっきりいって異常だった。
たかがセーフキリングという、安全な殺し合いなどというふざけた名前の競技で、そんな心底不気味な物が出てくるのは。
せつなが纏うそれはまるで、呪いそのものであった。
全体的に棘々としていて……あまりにも冷たい印象を観客に与える。
腹や胸元、顔面、曝け出すそれは装着車に対する思いやりなど一切ない。
そして、おぞましい色をしている。
血が欲しいか?
肉が欲しいか?
誰かを殺したいか?
その鎧を見た者は、そう尋ねてしまいそうになる。
誰が尋ねようとその鎧は答えない。
当たり前だ、それはたかが鎧だ。
例えどれ程、狂鬼的、悪魔的に見えても錯覚にすぎないのだ。
赤と黒が混じって血肉のような色彩を放っているだけの、ただの鎧だ。
腰のあたりから漆黒の、尻尾のようなものが伸びる。
せつなの意思に合わせ、ソレは踊るように空気を切り裂き走る。
まるで本物の尻尾で、余計に悪魔らしさを醸し出す。
あまりの禍々しさは、纏う者までもを飲み込んでしまいそうなほどおぞましかった。
然しせつなは、気にしない。
ただただ、この鎧と共にある。
――これがタナトスシステムの力の一つ、アームチェンジ。
せつなは今日この日初めて使った能力だ。
タナトスシステムは装着者の身体能力に最適な装備を提供する。
しかし、絶対的最適というものは無い。
あくまで“多くの状況で最適に近い”ものがあるだけ。
例えば、煙で相手の視界を奪う事を主軸にした装備は、強力な生体反応レーダーなど情報収集機器を持っている相手と相性が悪い事もある。
だから、タナトスシステムの使用者は基本二つ。――せつなの場合はもう一つあるが今はどうでもいいことだ――
最適解、の中から選ぶことが出来る。
「ふんっ」
せつなは鎧と共に出現した二本の刃を振って低く構えた。
右手と左手には呪われたような赤い刀身が怪しく光る、野太刀二つを持ち、せつなはただ相手だけを見て走り出した。
相手を倒す事、ソレ以外考えず。
鋭く飛び込みながら、アルファベットのエックスを描くように刀を振るう。
命中。
そのまま、二つの刀はそれ自体が意思を持っているように自由に踊る。
せつなの目の前の相手を倒さんと、二本の刀が相手の攻撃を弾き、相手に攻撃する。
生身でもあまりにも速く、力強く、装備によって強化された彼女の剣捌きを目で追うことは熟達した剣の名人にも難しい。
しかも、時折尻尾による攻撃を織り交ぜるから相手は剣だけに集中するわけにもいかない。
相手のAPがガンガン削れ、もはや三桁。
せつなはまるでキリングマシンであった。
戦うために生まれてその使命を果たそうとしているような猛攻である。
眼鏡っ子は、とにかく絶対に攻撃が届かない後ろに下がり続けるしかなかった。
そんな状況が数秒続いた。
しかし、眼鏡っ子はせつなを睨みつけ立ち止まる。
「寄らば、撃つ!」
人工芝に対物ライフルをぶちかまして巻き上げる。
せつなの視界がふさがる。
芝の壁を、対物砲の弾丸が突き破ってせつなに飛ぶ。
なかば偶然気味に、刀でガードする。
さらに眼鏡っ娘が隠し持っていたのであろう、刀の切っ先が壁から飛び出し襲い掛かった。
突きである。
右の刀でガードする。
しかし、想像以上に威力が高くせつなは手から剣をおとしかけた。
この状態で間合いが近いままはマズいと、スー、と滑るような後ろ歩きで下がる。
そうしつつ、せつなは体勢を立て直す時間稼ぎに眼鏡っ娘へ話しかけた。
「そっちも同じかぁ、得意な装備使わずやってたんだ?!」
眼鏡っ娘は装備の中に収納されていたらしい一本の太刀を上段に構えている。
そうして静止しているだけで様になっており、彼女は銃よりそちらの方が慣れているのだと感じさせた。
「やはり、そちらも?」
「大変だったでしょ、好きな刀を使っちゃダメで、銃を使わされるの」
自分と状況を重ね合わせてせつなは言った。
「刀を一度や二度使わない事は私の魂や命を掛けておらぬ選択、どこが大変と言おうか?私にとって大変とは……」
そう堂々と胸を張って語る眼鏡っ子を見てせつなは思った。
隙がある!と。
眼鏡っ娘が力強く語った瞬間感情の揺らぎと共にできる隙をせつなは見逃さない。
ソレをつけるうちに強く駆ける。
眼鏡っ娘は半ば反射的にせつなの頭部へ刀を振り下ろした、しかしせつなが少しだけ体を横にそらして掠らせる、1ダメージ。
その攻撃に対する返答のようにに右から左へ、左から右へ、挟み込むように二本の刃が軌跡を描いた、眼鏡っ娘の頭部へ。
『せつな選手の勝利だ――!』
実況の声が響き渡る。
眼鏡っ娘は、しばし呆然としていた。
せつなは戦いの中会話する事で無理やり隙を作り完全に相手の虚を突いた。
眼鏡っ娘からしてみれば、何が起きたのかわからないままやられたのだ。
然し彼女はそういう場合、相手が技術を高く持っていると知っていた。
だから、納得した。
何が起きたかわからないという事は、せつなの技術が優れているという事だと。
「いい試合だと言わざるをえん」
戦い終わった眼鏡っ子が、爽やかにせつなに手をだす。
「あ、ども、こちらこそ」
握手を求めているとすぐ気づき、せつなも手を出し返した。
互いの手が、相手の手を握る。
そうせずにいるのは、無為に周りに嫌悪感を与えてしまうだけの行為。
だからせつなはニッコリと爽やかに笑った。
頭の中は、試合と別の事で一杯だった。




