23話 詳しいね?
熱すぎてプールが禁止になるレベルの気温の中。
コーラがダバダバ入った2L用ペットボトルを咥え、口だけで飲みながらアスファルトを後ろに蹴って、両手に大きな袋を持ってせつなは歩いた。
途中、熱さで虫が死んでいたが、せつなにとってはどうでもいいことだ。
その中でミミズを踏んでしまったので、アスファルトでこすって汚れをとった。
せつなは徳のトコロに戻って来た。
汗だくである。コーラはもう空っぽ。
「ほら、助けてくれたお礼、度数はそんな高くないよ」
右手の袋を出す、高値の酒が一本と、幾つか保存の効いて腹に溜まる菓子類入っていた。
せつなが頑張って買ったものだ。
未成年には売ってくれないので年齢を偽ったり頑張った。
罪悪感は無いが、バレてはいけないと思っている。
徳はソレを受け取って、一気に飲み干した。
「……おぅ、そっちは?」
徳が手を左の袋に伸ばす。だが、すっと袋は上げられて届かない。
二人の間にあるのは利害関係のみ。
ホームレスでありながら賢く様々な知識を持つ彼は情報屋として近所の人間に評判だ。
せつなにとっても情報屋だ。
そして徳にとってせつなは酒屋。
だから、左の袋は情報料として持ってきた。今は渡せない。
「で、こっちは情報を教えてほしいから持ってきた」
「なにが聞きたい?」
徳は冷たくせつなを睨む。
「惨劇の証拠が隠されて、トンボの羽したギャル……私と同年代くらいかな?がいたトコに、そこら辺について詳細を」
「俺は知らねぇな、そんな奴ら」
「え――、でも、あの娘私より胸大きかったよ」
そう言い張るせつなも、10代前半という事をふまえればかなり発育は良い。
「知らねえな、悪いが俺はガキに興味ねぇんだ」
せつなは、左の袋をより高く上げた。
「ウソでしょ、それ」
「だから、俺の恋愛対象は40代以」そっちじゃない、とせつなが割り込んだ。
「さっきトンボ少女の事言った時、そんな”奴ら”って言ってたけど、なんで?」
徳はニヤリと笑った。
「そのくらいの事に気づけるくらいに賢しい奴じゃなけりゃ、教えたくねぇんだ」
せつなは無表情を使って話の続きを促す。
徳はソレに応えた。
「もっとも、大した情報じゃないがな、お前の話を聞くまで俺も忘れてたくらいだ、ソレでも関わるのはマズイ、お前は可愛いだけでどう見てもロクなヤツじゃない、情報の出処というヤツを漏らしそうな馬鹿だったら絶対教えたくない」
「……」
雰囲気の重量が増すのに気付き、せつなは姿勢を正した、正座だ。
ロクなやつじゃないと言われたが、せつな自身も自分を聖人君子だとかは思っていないので突っ込まない。
徳はゆっくりと、きょろきょろ辺りを見回して二人以外誰もいないのを見計らって話し出す。
「茨城一閃、知ってるか?」
正直にせつなは首を横に振る。
かっこつけて縦に振っても今は得がない。
「まぁ色々なトコに寄稿してる記者だな」
「最近はセーフキリングメインに記事執筆してるみたいだが……基本は危険な事にばかり首を突っ込む奴だ」
「うんうん、それで?」
「一番大きいのは地球再生党の悪事を暴いたあたりか」
「詳しいね」
地球再生党についてイマイチ詳しくないせつなには、そう感じた。
「俺は色んな雑誌とか新聞拾って読むの好きなんだよ、特に奴の記事は良い、情報に信頼性があるものか、ハッキリと書く」
ふーん、とせつなはその話を吟味せず飲み込んだ。彼のプライベートに大して興味も無い。
それより早く茨城一閃と怪物少女の関係を話せと思っていた。
「そいつがまぁ都市伝説的な与太話として、小話に書いていたが、空を飛ぶ羽がついただとかそんな感じの変な少女”達”の目撃情報があるをまとめててだな……」
「よし!会いに行こうその人」
手がかりだ、間違いなく。
立ち上がって、せつなは素早く走り出そうとした。
だが、一歩目で立ち止まる。
徳の方を向いて、聞いた。
「……あの、どこにいますかねその人」
「住所も電話番号もわからん」
「げ、そんなんどうしろって?!」
「うるせぇな、自分で考えればいいだろ」
「やだなァ、めんどくさい」
「酒もう一杯持ってきたら、教えてやるけどな」
せつなが手に持っている酒の残りは0mlだった。
せつなは少し迷ってから、どか、と胡坐をかいて座った。
人差し指を額に当て、大袈裟に考えること数十秒。
「……茨城一閃自体を探さなくていい、取材するであろう人物の近くで待っていればあっちが来る」
「ま、そうだな」
せつなは既に、一閃が取材する人物の候補を5人程脳裏に浮かべた。
その中で、一番取材される可能性が高いであろう人物は不動霞という英雄の後釜として居座る、糸川にっけだ、何の疑問も無く思った。
今後の方針が決まったことに満足して、せつなは伸びをする。
そんな彼女に徳が少し不思議そうに聞く。
「ところでお前、油売ってていいのか?」
「え?何が?」
「セーフキリングの選手なら、試合に行くべきなんじゃないのかよ?」
「あ」
せつなはあんぐりと馬鹿見てぇに口を開けた、というか馬鹿そのものである。
今日は朝っぱらから試合である事を思い切り失念していた。
「あの、今の時間は?」
スマホも無いし、腕時計も無い、わからない。
「ファッ!?徳さん!?今何時!?」
「日の出から何時間かは間違いなくたってるぜ」
「ごめん行かなきゃ、また会おーね」
振り返って、それからまた特に向き直った。
「あと、私は可愛いじゃなくて美しいだと思う」
言葉にしてから、どうでもいいことだったと思う。
そうして、せつなは走り出した。
走っても試合に間に合うかわからない、既に手遅れかもしれない、だけどとにかく急ぐ。
成功するか失敗するかどうでもよくて、とりあえずもがいてみる。
全てはそれからだ。
とはいえ、失敗したら暇つぶしにアリの巣でも探そうとぼんやり思った。




