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 21話 ベラベラ喋らずかかって来れば?

月明かりが、眩い。


寂れた公園の茂みで蠢く塊があった。

それは二つ、密着している。

「はぁッ、はぁッ」

上にあるモノは荒い息を吸っては吐いて、溜まった欲望をぶちまけようとしている。

「……」

下にあるモノは、ただ静かだった。

目を閉じていた、男に後頭部を殴られたから。

その”塊”からはとくとくと赤い液体が流れている。

二つの塊、それは肉や水で出来ている獣の一種。

それは人だ。

金髪でサイドテールな健康的少女を押し倒して、大柄な男が目を血走らせている。

ロクでもな場面であった。


男は少女の学生服の裾をつかみ、ご馳走をゆっくりと味わうかのように、丁寧にぬがしていく。

出来うる限り、長く楽しもうと。

だがしかし、男はどくどくと心臓を高鳴らせて。

息を荒くして。

せっかちだったから我慢できなかった。

ゴクリと生唾を飲み込み、もはや我慢できないと、少女に強く抱きつき、少女の唇と自分の唇を重ねた。

舌を入れ、少女の服の下に手をまさぐり突っ込む。

性欲を思いのままぶちまけたいという欲と、いやこのままもう少し楽しもうという葛藤を二十秒程続けた。


そして、ある瞬間男は自分の腹のあたりが寒くなるのを感じた。

ある種の爽快感すら覚える程の寒さだ。

だがそれも長くは続かない。


激痛。

激痛が襲い掛かった。

下痢にでもなったか、そう思ったが違う。

彼のへそから脳天に向け長さ5㎝程の傷が出来ていた。

手を突っ込めば腸を握りしめられる程の深さである。


そここからぼとぼとぼとぼとぼとぼと血が落ちる。

「いや、まぁ、ある程度はいい思いさせてやったし、いいっしょ?」

男は金髪の少女が喋っていることに驚く。

気絶している、そう思っていたから。

恐怖した。


自分の腹の怪我は誰のせいか、目の前の彼女が原因だ。

彼女は自分を殺そうとしている。

そう察知した。だがそれももう無意味だった。


誰か助けてくれ、そう叫ぼうとしたが。無音だけが響く。喉がゴッソリと死なない程度に抉れていた。

「抵抗しない方がいいっていうか?抗うっていうのは苦痛を伴うワケだし?」

少女の体の上で、男の脚が吹き飛んだ。


そして、男は首元に衝撃を感じた。

そのまま、後ろに急速に吹っ飛んだ。ゴロゴロ転がって視界がぐるぐると回る。

なんだ、なぜそんな事が起きる。それを必死で考えるが、焦っているせいで彼の脳はロクに働かない。


そして、背中を打ち付けて男は止まった。

男は自分を見下ろす存在がある事に。

「ひっ」

短く悲鳴を漏らす。

クジャクバトを連想させる、異様に黒目が大きくて不気味な鳥の仮面をつけている。

正体をはかることはこの場にいるモノに不可能であった。



宵闇の中で不気味に佇むその者は仮面の印象があまりに強すぎた。

さらにに背中にゴルフクラブのケースをつけているが、其処には6本程の木刀が入っているのが見える。

しまいには右と左の腰に一本ずつ、短木刀を巻きツけているのである。


そのたたずまいは、はっきり言って狂気的だ。

間違いなくまともでは無い。


だが男は鳥仮面が少なくとも今は自分の味方と判断した。

今自分は危険な金髪少女から離れることが出来ている。

それをしてくれたのは、鳥仮面。


だから男はズルズルと、手と足で地面を擦るようにして金髪少女から離れ、鳥仮面の後ろに行こうと努力する。


男の努力等どうでもいいかのように、鳥仮面は金髪少女だけに顔を向け続けた。

「いやぁ、なんというか、見なかったことにしてくれない?そんでさ、ちょっと回れ右して帰っちゃっってホシイんだけど?」

金髪少女苦笑いをしながら、鳥仮面に頼んだ。

鳥仮面は、両手に木刀を持ちバツマークのように交差させる、立ち方はあまり地面を強く踏まず素早く動き出せる。

頼みは拒絶している、明らかだった。


「見られたからには、殺せないといけないっていうか?」

鳥仮面は、ピリピリと痺れを実際感じてしまう程の張り詰めた空気に気圧されているワケではないようだが無言だ。

「最後の忠告だから、コレ、死にたくないなら回れ右して?」

彼、もしくは彼女の意思は固い。

男を守ろうと一歩も弾かない。

二本の木刀を構えたまま。


「じゃあ、どいてて」

金髪少女は、右足を出して、左足を出して、淡々と

ブンッ‼‼と、空気を切り裂く音がした。

それと同時に鳥仮面の腹へと衝撃があって、くの字になって後ろへ思い切り吹っ飛んだ。

「……ッ!……ッッ!」

壁にあたって止まりでもしたら、体中がはじけ飛びそうな速度だ。

空中で体を捻って素早く後ろに一回転し、地面へ足がぶっ刺せそうな程の速度で突き出した。

ガッ!と勢いが急激に止まる。


だがまだ駄目だ。勢いはついたまま、ゴロゴロと転がった。

鳥仮面は素早く立ち上がって誰が見ても驚いているとわかる程、びくりと体を震わせた。

理由は二つ。

持っていた木刀が二本とも手元の少し先から無くなっている、つまり折れている事。

それと、鳥仮面の前にも横にも後ろにも、この公園には誰もいないという事だ。


鳥仮面は手に持っている木刀を投げ捨て背中から新たに二本を手に取った。

そして何度も首を振ってあたりを見回すが、周囲に男や金髪少女の姿が無い。

「ッ!」

仮面の下から舌打ちが響いた。

その時、彼もしくは彼女の足音で水が跳ねる音がした。


「……!」

危機を察知したらしく、すばやく鳥仮面は飛びのく、さっきまでいたその場所にぼとりと落ちるものがあった。


跳ねて、ところどころ引きちぎれた。


先程まで怯えていた男だった。

ダラダラと、彼の股あたりが濡れていく。尿だ。先程水音がしたのは彼の尿が落ちた音だったのであろう。

もっともソレは大して問題じゃない、肝心なのは男の首は生まれたての赤子でも曲がらぬという程後ろに曲がり、大部分が千切れて赤い血がドバドバ出てるということだ。


男はビクビクとその身を震わせている。

治療は不可能、どうせすぐに死ぬ。

誰が見てもそうわかる。


そして男を一瞥しただけで、鳥仮面は見上げた。

男は上から降って来たのだから、上を確認するのはおかしいことじゃない。


黒い空の中で、月の光が金髪を怪しく美しく照らす。

金髪少女が空に飛んでいた、比喩ではない。


彼女の背中からは羽が生えている。

まるで人の夢の中に出てくるような。

といっても天使の様に幻想的なものでなく、トンボように薄く長くて生物的なので悪夢だ。


鳥仮面は、木刀を握りしめたまま人差し指をその羽に伸ばす。

――いったい、なんなんだソレは?――そう聞いているのは明らかである。

「ま、魔法や幻覚なんかじゃないって事だけは言っとくわ、科学の塊?後は機密なんでよろしく」

それっきり。

ソレから金髪少女は自分の羽について語ろうとしない様子である。



鳥仮面は強く木刀を握り直した。



「そんな最低な男守らなきゃ良かったのに」

金髪少女が、嘲るように嗤う。

「男を守ろうとしたんじゃない!」

初めて鳥仮面がまともな言葉を発した。

「襲われてる女の子がいたと思った!助けようと男を引き剥がした!」

だが仮面は喋るのが億劫になるくらい分厚いようでくぐもっている、声から性別や年齢の反別をつける事が出来るモノは数少ないだろう。

「だけども!逆だった!!殺されそうになってるのは男だった!」

「……そういう理由で来られると、殺しにくいじゃない」

か細い声で金髪少女が呟く。それは彼女自身以外誰にも聞かれることは無いボリューム。


「だいたい、なんでこんなトコロに!そんな仮面をつけて来たワケ?最近この辺じゃ行方不明が多発してるっていうのにバカみたい――!」

「行方不明になってる人がいるから!調べに来た!最近のあの事件お前のせいか!?」

鳥仮面は叫んだ。

「……ッ運がワリ―ねぇ、好奇心で死ぬなんて」

金髪少女は一瞬言葉を言いよどんだ。

体はもっとよどみ、その場にホバリングしている。

空にさえいれば鳥仮面の木刀が届くこともないという余裕の表れなのか、それとも別の感情ゆえかは本人しか知るよしも無い。


鳥仮面が仮面の下で

「べつに好奇心というワケではない」

と言ったのも、本人しかわからない。


まぁ、空を飛ぶものに木刀を届かせる方法はある。

それに気づいた鳥仮面は思い切り木刀を金髪少女に向けて投げた、やり投げの様に真っすぐ飛ぶそれがぐんぐん迫っていき、あと少しで金髪少女の顎に直撃する。

ブン。と空気を切り裂く音。

そこで金髪少女の姿が消える。


「ッ!」

鳥仮面は素早く振り返った、その空に金髪少女がいる。だいぶ遠い。

彼女は消えたように見える程高速で動いたのだ。

方法があっても、これではあまり意味がない。


そのまま、金髪少女が突撃してこようとしたその瞬間鳥仮面少しだけ体を右に倒した。

そして金髪少女がまた消える。

その結果1cmにも満たぬほどギリギリを金髪少女が通り過ぎていく。

掠りでもしていたら鳥仮面の体が腰からもげる速度で。

砂を巻き上げて金髪少女の視界を妨害しなければ、当たっていただろう。

ソレは鍛錬を積んだモノ以外見る事すら叶わない程に瞬く間の出来事だった。


どうにか鳥仮面は攻撃を避けた。怪我はしていない。

だけど、すこしだけ、”掠った”

鳥仮面は、もう鳥仮面とは呼べない。

ぱっくりと仮面が二つに割れ、地に落ちて重たい音を鳴らす。

仮面の下にあったのは先程までとは違って表情を持った顔であった。


「あっ、知ってる、あんた……ッ」

金髪少女は驚いていた、その仮面の下を見て。

其処には少女の顔があった。

息を呑むような、100万人に一人といったような繊細な美少女顏。

きめ細やかな肌も、真っ直ぐで大きな瞳も、肩にかかるくらいの長い赤毛も、全てが眩い。

あまりの美しさに、世界が違うと他の少女から嫉妬すらされないレベル。

「アンタはセーフキリングBブロックの優勝候補選手のせつな!」


――ペッ!

「だったら、なんだってぇの!?」

せつなと呼ばれた彼女は、口に溜まった唾を地に吐いてから強い語気で返した。

「あたしあの競技嫌い、アンタも嫌い、本物の銃とか刀で戦って殺し合いごっこで楽しむなんて、常軌を逸してる、絶対おかしい」

「人殺しが、ソレ言う?」

「その死んでる男は、家出した娘だとか、帰る場所が無い娘を食い物にしたクズ、殺したって問題ない」

「ふーん、だから私刑で死刑?」

“なんで自分の価値判断が正解だと思いこめるんだ?”とか“気持ちもわからなくは無いかな”とか“そういうのは裁判所に任せとけば?”だとか、共感、見下し、冷静な評価、人殺しに対する嫌悪感、どうでもいいかなという倦怠感、色んな含蓄を持つ言葉であった。

「ベラベラ喋らずかかって来れば?」

せつなは挑発。

ソレに応えるかのように、またしても金髪少女の突撃である。

だかしかし、せつなは脚を小刻みに動かし、木刀で突撃を受け流し、最小限の動きで避ける。



せつなは鋭い観察力によって気づいていた。

なぜ、わざわざ男を殺してからすぐせつなを攻撃すれば殺せるのにしないのか。

なぜ、一度突撃を避けた後金髪少女はせつなの遙か後方にいたのか。

つまり金髪少女は”速すぎる”のである。

そのせいで細かい軌道修正・方向転換、そして急ブレーキが不可能なのだ。

空を飛んでいるから負けるハズが無いという自信もあるらしく、非常に大雑把な動きしかできない。


せつなは先読みが上手い。

筋力や柔軟性は”わりと良い”程度だが、先読みに関してだけなら“神に選ばれた子”とでもいえる。

だから、反射神経に頼るのがあまり意味の無いこの状況も、対処出来た。


だからせつなは金髪少女の猛攻だけに全意識を集中して、何度も攻撃を防ぎつつ木刀で鋭く攻撃を与えていくことが出来た。

そして、4本の木刀が折れて新しいのをせつなが取り出した時。

「え」

何かにつまづき。よろめいた。


戦闘に集中していたせつなが知るよしもない事だが、男は首が折られ地面に落とされても尚数十秒生きていた。

意外と人間もしぶといものである。

暗黒の中もがき、ただ目標も無く、それでも生きたくて必死にこの場から逃れようとしてズルズルと這いずっていたのだ。

それが、せつなにとってはよくなかったのである。

男の体が偶々せつなの邪魔な位置にあった。


せつなは常に、ギリギリの戦いをしていた。

スタミナの消費は抑えられるが少しミスをすれば、即お陀仏。

当然、こんな大きなミスは許されない。


金髪少女の体当たりが、直撃した。

「ぁッ!」

せつなの視界がぐるぐる回る。脚を動かしてないのに、ブレイクダンスでも踊っているかのように。

そして視界は地面に寝そべっているかのように、低くなった。

腰が高速で右方向に何巻きも捻じれ、引きちぎれてせつなの上半身が地に落ちたのだった。


「あ――……」

とてつもなく低いテンションでせつなはため息をつく。

そこそこ生への執着がある彼女に、血と臓物をぶちまけてこのままでは明らかに死ぬ状況は恐怖以上に落胆だった。

もう無理だな、何もしない方が楽だという諦めがせつなの片隅に落ちる。


普通ならば、ソレに従うだろう。

だが、せつなは虫が好きだった。

ただ単に見た目や生態が好きなわけじゃない。

好きなのは羽をもがれても、脚がいかれても、ジタバタと無駄でも何かしようともがくことだ。

虫は納得のいかない死を前にして悟らない、必死で生きようとする。


スッと諦めるよりは、泥に塗れて糞を漏らし醜態を晒しても、為したい夢や目標がある。

それはせつなの憧れる生き方であった。


だから。

今ここで何もしないのは嫌だった。

無意味だとわかっていても。

彼女の心の中の大半が乾いていても、少しだけ残った熱い部分が叫び轟き蠢き彼女の体を支配する。


せつなは腕の力で自分の体を転がして、空へと腹を向ける。

金髪少女が、トドメを刺そうと突っ込んできていた。

「―――――――――!」

タイミングを見計らって、潰れたらしい喉で叫び声をあげてせつなは拳を前に突き出した。

掌底である。


金髪少女はとてもつもないスピードであったから、カウンターとして機能した。

鼻の骨が折れたようで、血が噴き出る。

彼女の軌道がズレ、せつなの頭をめがけていたのだが、少しだけ下に軌道がずれた。


だからといって、ソレはせつなを救う事にはならない。


ゴチュ。

そんな、どこか滑稽で生々しい肉と骨が潰れる音が響く。

せつなの、胸の下は完全にひしゃげていまった。

「―――!」

激痛に、悲鳴をあげる事すら出来なかった。

肺が潰れ、せつなの血が口から噴き出した。



急速に、せつなの体から意識がはがれていき

せつなの機能は止まっていく。

もう、必要が無いといったように。


目から光が失われ、筋肉から力が失われ。

せつなは動かなくなった。

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