18話 「身勝手だって解ってても 世界を壊しても」
「んぎッ、がぁ」
右肩から鮮烈な激痛が襲う。
「……ギブしますの?」
もんどりうつ私の後ろ側から声。
「このッ!」
怒りに任せ左手を軸に、脚を思い切り後ろに振る。
風火に向けた蹴りだが、標的を見もしていないので外れた、まぁいい。
立ち上がり、彼女の方を向き。
それからとにかく、距離を取った。
片腕しかない状態で、しかもこんな気持ちで、近距離で激しくど突き合うのは不利だ。
……私の右肩は、力なくぶらぶら揺れている。
意思通りに動かない。
左手でどうにか嵌めようとしたが上手くいかない。
パワードスーツのせいで力が入り過ぎる。クソ脱臼だ。
骨がゴツゴツと、骨にぶつかってハマらない。
おまけに、さっきの爆風のせいでキーンキーンと耳鳴りが酷い。
だけど、むしろありがたい。
右肩が焼けるように痛いのに、耳鳴りがあまりにひどいおかげで気にせずすむ。
だけども。
汗がだくだく流れてる。
「はッ……はッ……」
息が乱れている。
キツイ。どうする。やばい。
「はっ……アレは最初っから地面に隠してた?ありなんだ……そんなの?」
声もとぎれとぎれにしかならない。
「セーフキリングに“地面に武器を隠しておいてはいけない”というルールはありませんわ」
とにかく呼吸を整えないと。
「降参した方がいいと思いますわ、泣き叫んでギブも出来ない状態にしてあげてもよろしくてよ」
風火が私に言う。
サディスティックな後半はともかく前半は正論である、この状態で戦い続ければ怪我は悪化しかねない。
下手をすれば今している怪我は一生つきまとうモノになる程重い。
しかし、今すぐ治療すれば確実に治るだろう。
このまま戦い続けるのは、馬鹿だ。
あえて損をするのは馬鹿だ。
だいたい、最初から八百長試合をすると決まってたんだから
このまま負けていいじゃんか。
よし言おう。
降参します。と
たった五文字、簡単なことだ。
そう思ったのに。
「……まだAP自体は残ってる、終わってない」
え?
何言ってんだ、私?
「かなり戦った、でも戦い”きって”はいない、出し切ってない、」
いや、待て。
私の口が、勝手に動く。
どこで悪く頭でもぶつけたのか?
それとも精神的病気か?
どちらのせいかわからないが。
そういった糞とカビをないまぜにしたような、情熱と似通った偏執が、怪我や興奮のせいか私の中から吐き出された。
でも。
馬鹿みたいなことに言葉は実際の事だった。
私はまだまだ戦える。
APが3000も残っているのだ。
キーンキーンとなり響く耳も、動かない右腕も。
立ち回り次第で、どうとでもなる。
負けたくない。
そういう至極当然に近い叫びが私の中で反響する。
負けろ。
冷静な部分がそう叫ぶ。
なのに、止まらない。
戦い続けろと。
本能が、欲望が、自分の心が叫ぶ。
「では、楽にしてさしあげます」
風火が腕を振り上げると、パンジャンヨーヨーが彼女の右横地中から1つ出て来た、そして回転を始めた。
背を向け、走る。
作戦はこうだ、ある程度距離を取ってタイミングを計り、走ってきたヨーヨ―の側面に回り込みそれから銃を爆薬部に撃てば安全に爆発させられる。
全速力で、観客席近くまで走り。
振り返る。
腰部から、5丁ある銃の中の一つを取り出した。
そして、混乱した。
「はッ!?」
なにこれ、ただの拳銃じゃない。
銃身が開くような形で4つ分かれている。
ダックフットピストル。そう呼ばれる銃だ。
ショットガンの様に広範囲に攻撃できるが、一発撃ったら弾切れなうえ、リロードが面倒という弱点がある珍武器。
そういや、桂木が何やら試合前に言っていた、それか。
クソ、なんでこんな銃に?
―――いや、、広範囲に攻撃できる奴くれって自分で言った気がする――
あぁ、クソ。私のせいかよ。
「これじゃ逃げるしか―――!」
焦っていたら、もう目の前に車輪はあった。
あ、やべ避けられねぇ。
とっさにパンチで吹き飛ばそうとしたが、上手く行かず目の前で横倒しになるだけだった。
爆発から逃げるのは間に合わない。
だけどせめて音だけでも防ぎたく、耳を塞いでうつ伏せになる。
右手が使えないから左耳しか塞げない。
やべ、どうしよ。
首を傾けて地面に耳をくっつければいいんじゃないの?と
アイデアを思い付いた瞬間目の前で大爆発が起きた。
世界が終わる時、こんな感じかなと言ったくらいのバカでかい奴。
「ガぁッ!」
ソレは、今度は直撃して。
ぎィィ―――ん、そんな脳みそに氷柱が突き刺さったこのような音が鳴り響く。
左からも右からも、右の方はしばらくは使えないレベル。
右肩から激痛もした。
爆風で、一回転したのだ。
髪の毛もちょっと焦げたかもしれない。
2200。それが私のAP。
ヤバイ、このままじゃ。負ける。
立ち上がって、爆発の煙が未だはれぬ中銃を正面に向け構える。
風火への威嚇だ。
近づいてこさせないように。
脚がガクガクふらつく、目がかすむ。
頭が、上手く回らない。
火薬の臭いが、鼻についた。
嫌いじゃない。
そして、ようやく晴れると。
風火、真正面で突っ立っていた。
なぜだか横を向いて髪をくるくる優雅にいじくっている、多分そういうパフォーマンス。
だけど、隙が無い。視線、耳、腕の位置。全てがこちらが攻勢にうつればすぐ対応できる状態。
そして、一言だけ。
風火が言った。
「……お客様方のお声、聞こえていますの?」
……え?
やめとけばいいのに。
興味本位で耳をすます。
きぃんきぃんという不愉快音をかき消すかのような。
大歓声だった。
「押し切れ」「頑張れ」「強いぞー!」「そのままいけ」
明らかに風火へのメッセージばかり。
応援。
声援。
私が負けることへの歓喜の声が良く伝わって来る。
銃が手から落ちた。
誰も、私の勝利を望んでない。
というかむしろ、否定したがっている。
だとしたら、私はなぜ頑張っているというのか。
こう、なぜだか勝とうとしてしまうのは単なる私の意地なワケで。
めっちゃ無意味。
というか有害。
せっかく借金を返すチャンスをくれた社長や桂木や秘書の人や、徳宮テクノロジーに迷惑をかける。
私にとっても、奇行愚行。
じゃ、耳と肩がイカレてまでやる意味ってなんだ?
皮膚が一部焦げたのか、焼き過ぎた焼き肉の匂いがして食欲が無くなる。
なんか、どうでもよくなった。
勝ちに行くとか無駄だろ。
はいやめやめ、こんな馬鹿見てーな事。
降参しよう。
そう思って口を開いた瞬間。
「頑張れ――!」
私の後ろから、声援が聞こえる気がする。
耳鳴りを越えてまで聞こえてくるのはスタンド席近くにいるからだろうか、それともその声が非常に大きいのか。
たぶん両方。
聞き覚えがあったので振り向くと、牡丹がいた。
そういや、突き飛ばしたのまだ謝ってないや。
だから風火の方を応援してるんだろう、まぁそれも仕方ない。
私が牡丹の立場なら、そうする。
でも
「”にっけちゃん”頑張れ――!」
……は?
一瞬だけ、何を言ってるのかわからなかった。
風火は、私を見ていた。
私を名指ししている。
ハッキリと、明確に。
幻聴か?
「頑張れ――――!」
沢山の声援に混じって、一個だけ私へのモノがある。
違う、幻聴じゃない。
確かに彼女は実在している。
馬鹿か。あいつ?
応援する理由、無いじゃんか。
むしろ風火を応援するのが普通だろう。
どういう意図・魂胆があってこんなことをしてる?
まさか風火の嫌がらせで私を勝たせて、徳宮テクノロジーを不利な状況に追い込もうとでも。
……いや違う。
彼女に徳宮テクノロジーと大空生命グループの裏取引を知るきっかけは無いハズだ。
ソレに嘘をついてる様子は無い。
純粋に、私のために応援してくれてる。
そう考えるのが一番合理的だ。
真っすぐに”私自身”の勝利を望んでいると言ってくれる人がいる。
そう思ったら。
ふと、徳宮テクノロジーのことを脳裏に浮かべたが。
――――――世界を壊してでも欲しい何かがあったらどうする?
言い訳みたいだが一閃の言葉も、ともに思い出してしまう。
今の私にとって最重要なのは、牡丹だったのだ。
理由など、自分でもわからない。
だというにたった今この瞬間、彼女は私にそう思わせる程の存在だった。
なぜだろう?
延々とストレスを食らったせいか、私はついに発狂したのだろうか?
だけども、とても心が澄んでいた。
苦痛、不安、それ以上にもっと戦えというただ一つの意思だけが胸を占めていたから、落ち着く。
コレが狂ったのだというのであれば私はずっとこのままでいいかもしれない。
ともかく。
もう、選んでしまった。
進む道。
じゃあ、哲学はもういらない。
今いるのは理屈と情熱。
いかに相手を倒すかの合理性。
風火に向かって、私は前へ前へと脚を進めゆく。
迷わなくても、良いんだ。
だから一気に跳んだ。距離を思い切り詰めた。
風火が、目の前から消えるような感覚がまた来た。
どこに行ったか、わからなくなる。
でもビビる必要なんてない、私はコレを知ってる。
牡丹を見て思い出したのだ。
彼女がやっていたモノとほぼおんなじ。
牡丹を本気で、蹴り飛ばしに行った時。
彼女が消えたような感覚に襲われた。
ソレは、ただの錯覚。
多分、私が普通の人の何倍も鋭く素早く踏み込めることと、相手が上手い脚さばきで攻撃を避けるから”そう見える”
消えてなんかない。
解ってしまえば簡単なこと。
恐れる必要などない。
「右に避けるクセがあるからさ、お前」
ロクに見ずダックフットピストルを撃つ。普段の射撃なら絶対当たらない。
でも攻撃範囲が広いこれならば、当たる。
風火のAPが減った。
反射的に何度も引き金を引いたが、一回しか射撃は起きない。
一回撃ったら残弾ゼロだから。
反撃が来る可能性を考慮し左に素早く跳躍した。
着地と共にダックフットピストルを風火に向け投げ捨て……風火が避ける、その瞬間。
私は一歩だけ距離を詰めた。
互いにギリギリ腕が届かない間合いを取る。
どうせ片腕で格闘戦なんてロクにやれない。
かといって、遠距離戦をやるには武器が足りない。
だからこの間合いを取る。
この近さがあればパンジャンヨーヨーの予備があろうと封じられる。
大爆発を起こすアレはこの距離で使えない、風火も巻き込まれるから。
だがこの遠さがあれば格闘戦にもなりにくい。
踏み込んだ瞬間のカウンターを警戒して互いに踏み込みにくい。
そして私は風火を中心として、右や左に風火を中心にような軌道で、ステップを踏んだ。
出来るだけ早く、右へ二連続で踏んだり、急にステップの速度を変えたりしながら。
だけど、全力は出さないように。
風火は攻撃するにせよ、防御にせよ、一旦逃げるにせよ、私の動きを追うしかない。
だから。視界を動かして隙をこじ開ける。
右へのステップが終わった瞬間、私は脚に力を込めた。
風火が構える。攻撃にうつると思ってる。
少しだけ、ストレートでもうつかのように前に跳ぶ。
でもその瞬間、詰めた距離をバックステップで戻す。
フェイントにかかったらしく、風火の拳が空を切る。
私は思いっきり、左に低く、鋭く跳んだ。
コレまでで一番速い、全力。
手を抜いた私のステップに慣れてしまった風火には、追えない速さ。
そして、着地と同時に風火の側面から彼女にダックフットピストルを取って向ける。
「この―――ッ!」
叫んで、撃つ。
風火は、腕でガードした。
やっぱ凄いコイツ、素直に感心した。
風火の反射神経は、私の七割くらいはありそうだ。
つまり、私以下だ。
ピストルを投げ捨て、すばやく右ジャブを風火の腕に撃つ。
意識を上半身にいかせて、そのまま全力右ローキック。
まともに入った。ビリビリと衝撃が私にまで伝わって来る。
「っぐッ!」
風火の顔が歪む。
そこだ。
今度は左ロー。しかし恐ろしいことに風火が右脚をあげて受け、コレはカットされた。
右ローの激痛の中で冷静さを失なわないとは。
でも、連撃はまだ続く。
「身勝手だって解ってても……」
ぼそぼそと、私の声が自然と漏れる。
強い意思が零れていた。
とても強い決意。
だけれども他人からしてみれば脳にガンガンダメージを受けておかしくなったとしか思えないのだろう。
まぁ、知ったことかよ。
私は左脚を戻した瞬間。一瞬だけしゃがみ、下段をもっと攻めて行くフリをした瞬間右脚で跳ねた。
風火の下段蹴りが空を切る。
私が跳ぶとは思っていなかったのか焦った様子で、私に手を伸ばす、掴むためだろう。
でも。
跳びまわるサイクロンガールに私が狙いをしっかりつけれなかったように。
焦った状態ということもあり風火の手はまたしても空を切った。
狙い通り。540°キックをくらえ。
右腕が放埓に暴れてズキズキ痛むがそれは我慢して、腹のあたりから腰を回すよう脚を振る。
そのまま空中で側宙のように回転しながら風火の側頭部に足の甲をブチ当て。
叫びとともに「……世界を壊しても!」脚を、振りぬく。
まわる、全てがまわる。
いいや、私がまわってる。
それもすぐ終わり、着地した。
風火がふらついていた。
どうする?罠か?なんて迷って、じっと観察していると風火が仰向けに倒れ、背中を地面にくっつけた。
気絶したのか?
その疑問の答えはすぐに出た。
風火は猫のように体を丸め、その反動で私の膝に向かって蹴りを放った。
「うわ!」
反射神経でどうにか右に体をそらして避ける、風火は素早く立ち上がって。私に手を伸ばす。
何度も何度も、手を伸ばす。
彼女もまた必死だった。
右手が来たのをはたき落しても、左手が来る、ソレを避けると右手が来る。
右手左手と、速すぎて手がいくつにも見える。
掴むつもりだ。
「あなた!わかってますの?!」勝つつもりか?そう聞いているのは自明だ。
「私は……八百長の練習はした事が無いから!一生できない!」
全ての攻撃を避けて、宣言。
喉がちぎれそうな勢いで。
はっきり言って容易かった。風火の攻撃を避けるのは。
そんなもんかと、私は彼女に向け笑む。
泣き叫べと言われたから、バカを嘲るように口角を思いっきりつり上げる。
「……ふざけるなぁッ!」
嘲笑と理解した風火が、叫び私を睨む。
眼光は鋭い。獣のように。
そしてしかし、仏像のようにどっしりと構える。
カウンター狙いみたいだった。
うかつに飛び込めば跳ね返されるという事実はビリビリ伝わって来る。
普通だったらこの状況で私は一旦退却した。
APも残り僅かで下手はうてない。
だが、今の状況は違う。
いける。戦える。勝てる。
そういう確信で一杯であった。
今の私は獣だ。
狼でも熊でもいいが、とにかく荒々しく波打つ私の全てがたった一つの目的のために動いていた。
バラバラだった理性と感情と、肉体の細部が、要するに全てが風火を倒す目的のもと協力している。
迷いはない。
逃げ出さない。
このまま。攻めきる。
彼女を狩るのだ。
息を大きく吸って、むしろ風火へと強く踏み込んだ。
踏み込みながら、急速に体を捻って風火の拳を流すよう避ける。
その勢い任せに「このォオオッ!」裏拳を放ち、風火の側頭部にヒット。
「あなたはッ!あなたのような卑賎が!」風火の拳を頭を後ろに傾け避ける。
「うりゃ!」風火に向け、跳び、額を鼻にヒットさせる。頭突き。
「なぜ不動様のッ!位置にいるッ!」頭めがけた掌底を、左腕で払いのける。
「ッ!りゃあ!」風火の膝に向け、プロレスのようにタックルをかけようとしているが如く姿勢を低くして私は走った。
やはり、風火の反応は速い。
さっき風火の猛攻を私が捌きまくったせいか、インファイトを一旦避け、慎重なことにすばやく飛びのいた。
でも、でもな。風火。
私に回し蹴りした時のことを私は理解してる。
例えば明らかに打撃レベルが低くて、私が対処しやすかった事に関してだ。
今思えば、私に拳を振るわせる囮なのだ。
私が”反撃をねじ込める”くらいに、あえて隙のある攻め方を選んだんだろう。
んで、だ、なにが言いたいかおいうと。
私の投げは打撃よりレベルが低いだろう。
自分の策の猿真似で、くたばりやがれ風火。
タックルなんかせず、私は強く立ち止った。
ダックフットピストルを、構え。
風火の頭めがけて、引き金を引いた。
「うぁあ―――――――――――――――‼‼」
「ッ!」
風火が目を見開く。防御しようと腕をあげたが
間に合うワケがない、予想外の銃撃に対応出来るはずが無い。
しかし、射撃の前に風火の頭は腕で隠れていた。
何故だ?なぜ銃弾が発射されない?
安全ロックははずしてる。
……どこかに答えは無いかと、記憶を探る。
徳宮テクノロジーの装備は、あまり良くないみたいなことを聞いた。
まさか弾詰まり?ここに来て!?
風火が素早く気持ちを切り替え、すばやく接近してきた。
掌底が、焦っていて反応が遅れる私の顎へ迫る。
ダメだ、今からじゃ避けきれない。
かといって、ガードも間に合わない。
負け―――その結果が頭に浮かぶ。
頭突きでカウンター?いやダメだ、こっちのAPも削れて負ける。
クチラータ、えっと、なんだっけそれ。
あっ、蹴りを合わせるカウンター……ダメだ間に合わない。
思考があまりにも速すぎて、まとまらない。
じたばた脳みそが無為にもがく。
そして。
バキャといった、掌底を私が食らった音とドキュン、という銃声が同時になった。
装備込みの掌底はパワーがでかくて、ぶっとばされ、照明を見上げさせられた。
疲労が、立ち上がるのを妨害する。
静寂が続いた。
ソレを破る様に
『引き分けだぁ――!』
ナレーションが叫ぶ。
大歓声が起きている。
立ち上がって見回すと観客席の人達は皆騒いでいた。
絶叫、批判、ブーイング。
さまざなな感情がある。
なぜ、今こうなっているんだろう。
手元のダックフットピストルを見やると、
確かにコレから弾丸が発射されたようだ。残団ゼロである。
……多分、ダックフットピストルの弾が出るのがちょっと遅れた。
そのせいで撃たれる前に、風火の掌底と私の銃撃が同時にあたったってことか?
『風火選手!糸川選手の猛攻をしのぎきって引き分けに留めました――!!』
とりあえず、風火への大歓声。
いっそう、彼女の人気は上がるのであろう。
これなら大空生命グループの機嫌も取れるだろう。
一方私への歓声はほぼ無い。
……私は、負けてはいないが、勝ってもないのか。
なんか、残念な気がする。
落胆。
ソレが今の私だ。
『糸川選手も、上位選手である風火選手によく食らいつきました!』
え。
褒められて。
少しだけ。少しだけだけど。
胸があったかい。
だけど物足りない。
「……あの」
声がした方を見ると風火が私を睨んでいる。
「なに?」
そういえば、こいつは何がしたかったんだろう?
不動霞の後釜である私が嫌いなのはわかる、迷惑をかけたいのもわかる。
でも、私に公衆の面前で勝ちたかったのか、いたぶりたかったのかとか、そういう細かいところは全然わからない。
こいつに興味も無い。
「わたくしは、あなたを決して認めません」
「……うん、知ってる」
態度を見りゃその程度わかる。
「……不動霞の後継者としては、決して」
……答えは不動霞の後継者としてはか。
そのまま、彼女はぷいとそっぽを向いた。
なにを聞いても、答えてくれそうにない。
……わからずしまい。
ただ。
ソレが当たり前なのだと思う。
人の事なんてわからないのだ。
人と人との間には大きな溝がある。
親兄弟恋人親友、どんな人間も、相互理解出来ない場所はある。
自分ですらわからない自分がいるのに。
だから、だからこそ。
真っすぐな彼女は美しいのか?
牡丹の方を見ると、私に手を振っている。
牡丹の方を見て、手を振った。
右肩は上がらないのでもちろん左手だ。
牡丹は多分、立ち上がって笑ったのだと思う。
視力が2.0を余裕で越えてるのに、なんだかぼやけて良く見えないが。
良かった。
牡丹は、まだそこにいてくれる。
何故だかとても嬉しくなった。
あと、右肩がズキズキ痛みだした。
後で治さないといけない。
耳鳴りもヤバイ。地味にヤバイ。まだ治る予兆が無い。
この調子で試合が続いたら、私死ぬんじゃ?
そう思った瞬間、私の視界は光を見ていた。
会場の照明だ。
なんで上を私は見てる?
風火に再び投げられたのかと思ったが違う、そんな感覚はなかった。
首だけ動かして客席を見るとなんだか、会場がざわついてる気がする。
あぁ、なんか知ってるわこの光景。
確か親父が見てた野球のテレビ中継で、デッドボ―ルを受け倒れたヤツが出た時のソレだ。
あぁ、倒れてるってことね。
……え?これ私、倒れてる?
自分で気づいて、頭の中で復唱。
明らかに私は、倒れている。
え?ヤバくね?
さっきの野球の話、たしかその倒れた選手は死んだっけけ?
まさか私、死ぬのか?頭もボーっとするし脳みそがいかれてんのかもしれない。
ヤバイ急速に意識がまどろんでいく。
気を保たなければ、そうは思って必死で抵抗しようとするのだけどもはや力が足りない。
意識と無意識の隙間でもがいて、でも、結局は後者に転げ落ちていった。




