17話 ーー断る!―
五月蠅かった観客どもや、ナレーションの声を意識から上手くシャットアウト出来ない。
うるさい死ねよくたばれ糞が。
私は、十メートル程距離をとって風火と向かい合っていた。
今から、試合が始まる。
もはや私にとってご存知、セーフキリングの試合だ。
いつも通り。どうだっていいいつも通りだ。
いつも通り風火の装備を一応見る。
私のように彼女もパワードスーツを着ているが、赤を基調としたスマートかつスタイリッシュ。
ゴテゴテしてる部分がほぼ無く、洗練されている。
彼女ならメカ少女としてプラモ化されてもおかしくないレベルに、頭からつま先まで、かっこいい。
全体的にダサい装備の私とは、大ちがいである。
正直、羨ましい。くそが。
『さて!風火選手は非常に好戦績を残している選手です!一方糸川選手は未だ未知数な部分が多い選手!どのようなfightを行ってくれるのでしょうか!?』
とうとうナレーションが流れる。
『ソレではセーフキリング!レディゴ―――!』
どこぞの格闘ロボアニメみたいなテンションで、試合は始まった。
野暮ったい脚部のパワーを活かし
私は、風火の横へ回り込むよう走り出した。
わざと負けるにしても、ある程度は戦わないといけない。
手を抜きすぎると、八百長とバレるからだ。
風火の側面が取れたので、強く地面を蹴って一気に距離を詰めた、このまま右腕でストレートを撃つのだ。
……外れるかなぁ。
体力が多く残っている相手にいきなり突撃しても、避けるか。
そんな気もしたが、まぁそうなってもいいかと思ったので拳を振るうのは私は止めなかった。
”すっ”と私の視界から風火が消え――拳が空を切る。
そして、手になにか掴まれたような感触が来る。
あ、やば、コレ。
そう感じた瞬間に、私の体は放埓な状態で宙にあった。
「……ッ!」
投げられたのか、理解するとともに背中に衝撃が来た。
受け身を忘れていたせいで、一瞬息が出来なくなる。
頭は打たなかったので、APは少ししか減らなかったと思う。
確認する暇は、無い。
風火は倒れた私を、見つめていた。
上から、こちらをその真っすぐ歪んだ目で見つめている。
追い打ちもせずに。
このままただ負けるのもしゃくだ。
そういう単純な思いが私を捕らえる。
「……なめんなッ!」
跳ね起きをしてその勢いを乗せまま、拳を振るう。
技を出せ風火。
APが残り多いうちに、お前の技を見極めるくらいはしておきたい。
風火は消えた。
私の右腕が掴まれた。胸ぐらも掴まれる。
”来た”
その瞬間、視界が異常に低くさかさまになっていた。脚は空を向いている感覚がある。
「はッ!?」
また投げられた。
でも、心の準備は出来ている。
手を地面に伸ばしてつける、そのまま体についた勢いを流し、上手く脚から着地しノーダメに抑える。
片手ハンドスプリングのような形になった。
カポエイラとかブレイクダンスで似たような技があった気がする。
確かマカコだ、アレはバク転っぽいけど。
……ちょっとだけ、体をぶんまわす勢いが気持ちいい。
「なッ!?」
まさかノーダメにしきるとは思っていなかったようで風火は驚いていた。
今だ!心の中で、そんな声が響く。
「このッ!」
ソレに従って私は風火へ前蹴りを繰り出した。
腹にあたったが、風火が少しだけ下がっていて衝撃はロクに伝わらなかった。
風火は一歩踏み出せばお互いの腕が届く距離ですぐ退却を止め、私に向け構えた。
昨日と似たように頭部へのガードが薄い構え。
なのに、彼女には隙が見えない。
彼女の構えはハッタリじゃない。無意味に飛び込めば、手痛いカウンターを食らわせられる可能性がある。
とりあえず私もボクサーのようなファイティングポーズをとって威嚇するが、どうすればいいのか迷う。
あの投げ技は多分合気道で、相当な実力が無いと使えない空気投げでもされているのだとわかったが、彼女が消える技の正体が掴めない。
なんだアレ。なんなんだ?
なぜ消えられる?
『両選手!にらみ合って、お互い相手の出方を窺っているようです!』
そんな実況されるくらいの間迷っていると。
「投げの経験は薄いのですわね?打撃の強さと比べて……弱い」
風火が、どこか嫌味ったらしく問いかけてきた。
返答する意義は無い、無言でコレからどう戦うか考える。
でも、風火は平気で続ける。
「打撃は一人でも練習できますけど、投・極は一人では難しいからですわね」
……なにが言いたいんだ。
「あなたには、そんな事に付き合ってくれる仲間がいないのですわ」
べつにいいだろう。
一閃の言う事と被るが、人は一人でも生きていける……と思う。
いや、物理的な話ではない。米や野菜を作る人、水道を工事する人、治安を守る人とか色々いないと人は生きていけないのは間違いない。
これは精神的な話だ。友達や、恋人、家族、がいなくても人は生きていける。
風火は話題を切り替える様に、一つ瞬きをした。
それはなぜだか、ただの瞬きじゃないように見えた。
そう見えたのはたぶん、私だけに与えられた感覚。
「調べてきましたわ、あなたは家族とも上手く言ってないらしいですわね、お可哀そうに」
「……どうでもいいことだ」
つい、答える。
強く激しく答える。
ソレはどうでもいいことだ。
「……本当に?わたくしには、随分怒っているように見えますわ」
うるさい。どうでもいいのに、私の心はむかむかとしていた。
躊躇なく心に踏み入られたようで。
「あなたは、一人ですのね」
「黙れ!」
叫びと共に私は素早く風火と距離を詰めた。
そして、彼女の表情が余裕なのを見てすばやく全力で後ろへ飛びのく。
私を掴もうとしていたのだろう風火の手が鼻先を掠った。
後ろに滑って人工芝をギャリギャリ巻き上げながら、私は着地した。
挑発は、ムカつく。
でも、一旦退却しなければ掴まれていた。
ヤバイ時は、躊躇いなく逃げる。ヒットアンドアウェイが戦法だ。
いつの間にか勝つことばかり 考えてた。
負けないといけないのに。
……とりあえず、風火のAPが2000くらいになるまで本気でやることにした。
問題を先延ばしにして。
私は、また風火に向け走り出す。
まだ迷ってるクセに。
「このォ―――!」
握った右拳を振りかぶり、”激昂してるぞ殴るぞ”とあえて風火に伝えながら走る。
風火は、構えたまま動かなかった。じっと私を見ている。
近づいちゃいけない。
ひしひしと感じる。
こんな馬鹿みたいにわかりやすい隙だらけな突撃をすれば、カウンターを食らうだろう。
だけど、問題無い。
だって、突撃なんてしきらないから。
私は互いの拳が届かないギリギリで、ぴたりと止まった。
そして、ここで拳を振り下ろすとともに、力を緩めた。
ついさっき、飛びのいた時に手に取っていた、”ナイフ”……巨大なパワードスーツに隠れていたソレ……が風火の顔に向かって飛んで行く。
「なっ!?」
驚いて腕を上げガードようとする。
だけど
もう遅い。
「くッ!」
風火は素早く、首を思い切り、折れてしまうんじゃないかという程素早く傾けた。
直撃しそうだった、ナイフは風火の頬をかするだけだった。
風火のAPが500減り、5000になる。
改めて私と彼女のAPを確認すると同点。
意外と互いにAPが減って無くて驚く、そういえば私はまだ一回も頭部にダメージを受けてない。
……ともかく、まだ攻撃は止めない、一瞬崩せたペースにつけ込む。
さらに鋭く飛び込み、顔面に向け腰を捻りストレート。
でもギリギリ外れた、風火が左脚を後ろに引いて体を上手く倒したのだ。
せめて掠れば脳震盪の可能性もあったのに、まぁ仕方ない。
そのまま私に向け彼女は踏み込む、その勢いで迫る風火の右手を、左手で払って風火の腹に向けつま先をぶち込んだ。
痛かったようで風火の顔が歪む。
隙が出来た。
今なら、溜めを加えた大ぶりな右ストレートでもぶち込める。
そのまま、反撃の機会を与えなければ……かなりの大ダメージが見込めた。
実際そうしようとした瞬間。
「負けるな―――!」「頑張れ―!」
観客席から、そんな声が響く。
時間が止まったかのように、世界が引き伸ばされる。
私の耳に、それらの声が泥のように浸食する。
それは風火に向けた言葉。要するに私に勝たせるなという応援。
皆が私の勝ちを望んでない。
私以外、望んでない。
そもそも、私は勝っちゃいけない。
だったら私は―――何をしてる?
何してる?
誰のために、何のためにココに来た。
負けるため?
いや、でも私は勝ちたいと思って……なぜ、何の意味が?
わからない。
さっきまで解ってたはずなのに。
「油断、ですわね」
「え」
思考が真っ白になった時にだろう、私の腕が掴まれてた。
風火が、一瞬で後ろへ倒れる。
それに引っ張られて、私の体も前のめりに落ちた。
寝技?合気道にあったっけ?コイツ合気道以外もアリなのか?
「関節技はこの競技では、正当な手段なのですわよ」
そして、彼女の脚は私の右腕に絡みつこうとしていた。
腕ひしぎ逆十字、そんな有名な技が行われようとしていた。
ヤバイ。
全力で、腕を拘束から引き抜く。
自分でも驚くほどの力が出た。
それ程まで、今の状態を私は危険に思ったというワケだ。
「このッ――」
仰向けになった風火の足にローキックをブチかまして、それから一気に、バックステップ。
パワードスーツの出力調整が上手く行ってないのか、私が想像以上にビビっているのか
1メートルくらい下がるハズが、10メートルくらい下がった。
息を一気に吐いて、吸う。
汗がどっぷりでていたのを、拭う。
ストライカーとしては多分私の方が上だが、グラップラーとしてはあっちの方が大いに上みたいだ。
でも、この距離なら大丈夫だ。
格闘戦が不可能な間合いなら。
銃を取るか?そろそろ。
脚部には1丁しかなかった昨日と違い、なんと5丁の銃が収納されている。
凄いね、最初っからつけといてくれよ。
ともかく勝ちに行くには、コレを使うべきだ。
掴まれたくないなら、近づかないのが最も安全である。
そう思うと、やはり迷ってしまう。
”勝ちに行く”それは、私にとって問題行動なのだから。
「……間合いを取れば安心とでも?」
突如風火が両手を交差させ振り上げると、私のすぐ傍だったり風火のすぐそばだったりあちらこちらで地面が盛り上がった。
え、なんだアレ。
ボコボコとあちらこちらで5つ”ソレ”が出た。
ソレは、2つの車輪の中心部になにやら黒っぽい円柱を差し込んだモノだ。
車輪は自動車に使うようなモノより何周りもデカい木製。
「……パンジャンドラム?」
どう見てもそれだったので、思いがけず呟く。
試合前から地中に埋まってたの?それルール的にありなの?とかそういう疑問は川に流れるよう薄れていく。
パンジャンドラムの衝撃はデカい。
爆弾積んだ車輪を転がして敵にぶつけて殺そうという目的で作られたけど、ロクに狙い通りの場所に向かってくれない。実際にあったクソ兵器だ。
「半分正解ですわ」
風火が親切なことに教えてくれた。
……”半分”なのか?
そして、風火はバレエだとか、そんなダンスのレベルで大きく腕を動かした。
鶴の舞とか言おうか、まぁ優雅だろう。
私から一番に近いのと二番が鋭く回転しだす。
「……!」
どういうわけか、意志を持っているかのようにこちらに向かってくる。速い。円を描くような機動で向かってきて左右から私を挟み撃ちにしようとしている。
どうする!?
迎え撃つか!?拳で抵抗するか!?
……パンジャンドラムだし殴ったら爆発するに決まってる。
「避けるしかないッ!」
私は正面に向け全力で大地を蹴って、飛び出した。
パンジャンドラムの間を通り抜けてやるつもりで。
が、しばらくして、進まなくなった、体が。
「ッ!」
なぜか脚にひっかかるものがあって、私は転んだ。
手を突いて受け身をとったが膝を打ち、APが4900に下がった。
脚を取ったのは何かと考察する間もなく、後ろでガツンと衝突音があった。
パンジャンドラム同士が激突したんだろう。
つまりは、やべぇ。
すばやく耳を塞いで、体を低く丸める。
ボガギャァと破壊的な爆発音が後ろでした。パンジャンドラムどうしでぶつかりあったらしい。
背中が熱い。
……くそ。APがもう4300だ。
立ち上がろうとしたが、引っかかるものが脚にあって邪魔だ。
糸が絡みついている。
なるほど、コレで操ってるのか。
なんかヨーヨーみたいだ。
パンジャンヨーヨ―と呼ぼう。
とりあえず、普通に引きちぎろうとしたが案外丈夫だ。
捻じるようにすると、案外脆くどうにかなった。
そして、立ち上がりつつ前を見る。
その瞬間、風火がこちらに向け走って来ていた。
低い姿勢で私の懐に彼女はもぐりこむ。
もう目と鼻の先に彼女がいた。
これじゃ逃げるには間に合わない、反射的に手が出そうになる。
この低さは拳に近い、顔を殴りやすい。
全力で思い切り、殴り飛ばしそうになる。
その瞬間。
「それでいいのですか?」
私の右拳が、止まった。
負けなくていいのか?それと同義の問いを投げかけられて。
困惑と、混乱が、私を支配する。
「フッ!」
風火が鼻で笑う。
私が出そうとした右腕は払いとられて。
脇の下に出来た隙、そこに風火の体がもぐりこむ。
それが見えた瞬間。
また投げられた。
世界は回っている。
……脚から着地すればノーダメだ。
でも、その後どうするんだよ。
何も、何も決断出来てないのに。
んなこと、考えてるから受け身に失敗して頭から落ちた。
「ガッ!?」
激痛が来た。
「まだ、終わりじゃないですわ」
すばやく、うつ伏せになっている私の腕が風火に取られ
そして、肩が背中に回される。
……やべぇ、取り押さえられた。
「ギブしますの?」
風火がソレを言った瞬間。
「……ッ」
肯定しそうになる。
だけど。心の奥の奥に、ソレを否定するものがあって。
私のギブアップを食い止めた。
そこでは自分でも聞こえない程小さい声が、繰り返される。
だけど、聞こえて来る度ソレは大きくなる。
その声は、口から洩れた。
「……断る」
泥の底から這い出たような、声だった。
その瞬間初めて聞く音がした。
似たものは知っている。
小さなころ、戦闘機のプラモを作ってる時落として割れた時だ。
他には、えぇと、椅子の脚が折れたときに似てる。
でも違う。
似てるっていう事は、違う。
だいたい、ソレはプラスチックからじゃなく私の肩から響いたのだ。
観客の声が響き渡る。
大歓声である。
……その中に、見てはいけないモノを見た時のような悲鳴が混じっている。
ざわめきとどよめきと、歓喜の声で会場中が満ちていた。
肌が焦げるかのような熱が、私に満ちる。
私の右肩は脱臼し、あらぬ方向に腕は曲がっていた。