第15話 「我々に間違えと?」
今日の試合は、午後5時からだ。
だいぶまだ開始まで時間の余裕がある。
だから私は、昼下がりの今この場所で立っていた。
会議に使ったりするのであろう、長いデスクとソレに対応する椅子が10個くらいある広い一室だ。
ただ、大空生命グループの所有するビルの一室だからなのだろう、不気味に感じる。
「「この度は本当に申し訳ありませんでした」」
私と桂木同じことを言っては頭を下げる。
前方と、右方向と、左方向で椅子に座ってる人達に。
彼らは大概が大空生命グループの重役という奴である。
そして”大概”から外れるのが、顔のところどころに傷用のガーゼを貼った風火。
前方に彼女はいる。
最悪なことに彼女に向け、真っ直ぐ頭を下げる形だった。
「……まったく、これからはこんなことしないで欲しいモノだ、しっかり選手は教育しておけよ」
桂木に、右方向の中の一人が言う。
ずぶりと胸に言葉が嫌な刺さり方をする。
私のせいで、彼がそのように言われなければならない。
精神的薄弱を抱えた私が、勝手な理由で一方的に風火を痛めつけた。
詳しいところは知らないが、そういうことになってるらしい。
とにかく大事なのは、私が一方的に悪くなっていることだ。
べつに私が悪くないとは言わないけど、なんだそれは、なんなんだ。
理屈はわかる。
徳宮テクノロジーは小さい、大空生命グループを事件の加害者として大ゴトにしてしまえば潰されかねない。
正義がこちらにあろうと、力で押し切られたらどうしようもない程度の関係性。
だから、マズは相手をたてる必要があった。
そのための、謝罪である。
でも、いくらこの選択が理性的で正しいとは思っても。
ニコニコと、申し訳なさそうな顏を浮かべることは出来ても。
心の底から納得できるわけがない。
「……では徳宮テクノロジーは……わかっていますね?」
左方向の一人が、桂木に言った。
桂木は「はい」と語る。
「我々としても、大きな自体は望まない」
「わかっています」桂木はそう答える。
「……事態はハッキリとしたものは無いが、ゆえにどちらが正しいかはあやふやだ」
「我々に間違えと?」
こんな風に淡々と、しばらく桂木は遠回しな話し合いをした。
しかし向こう側の話の意味はとてつもなく単純だ。
“暴力事件のどちらが悪いかはっきりした証拠は無いが徳宮テクノロジーが悪い、しかし大空生命グループは徳宮テクノロジーの糸川選手が起こした暴行を表沙汰にしないでやる”
とかそんな感じ。以上。
私になにか言う機会は無かった、子供ではこういう話に割り込めない。
そして、大かたの話し合いが終わって、私と桂木は重たい気分のまま帰ることになった。
そんな私の背中に、声をかける者がいた。
「わたくしは、あまり気にしていませんわ」
風火だった。
「そりゃ、どうも」
あんまりな物言いにイラついたが、ココで喧嘩になるのはマズイ。
なので、簡素に返答する。
そして、とっとと帰ろうと、歩き出すと。
「……わたくしは、許しますわ」風火が、淀みなく言った。
……許す?
なんなんだ、お前。
振り向いて、後ろ回し蹴りをするのは我慢して睨み付けると、紅茶の香りを嗜むときの様に優雅に目を閉じて、私を彼女は拒絶した。
彼女はあまりにも屈託なく見える。
私から見ればあまりにもおぞましい風火だが。
他から見れば、きっと歪んで見えるのは私なのだろう。
気分が悪い。
現況の何もかもが、気に入らない。
でも、どうしようもない。
胃の中でぐるぐる回る吐き気も、血管がはち切れそうな悔しさも、しょうがないのだ。
そう思うしかない。
そうやって、私はこの場所を後にした。
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大空生命グループのビルまで行くために一回。
それから徳宮テクノロジーのビルに帰るためにもう一回。
本日計二回目となる桂木の車の中にいる。
渋滞に巻き込まれることも無く、交通法を守った速度で桂木が車を走らせていると。
突如ブーブーと、電話が鳴った。
桂木のポケットからだ。
「……にっけちゃん、ごめん、代わりに出てくれる?」
桂木が、私に言ってくる、そして丁度やって来た赤信号で止まり
その隙にポケットからスマホを取り出して私に差し出した。
受け取る。
そしてすぐ、青信号に切り替わり、車はまた動き出した。
スマホの画面には”社長”と表示があった。
なんとなく用件を察して、出たくないなと思った。
とはいえそういうワケにも行かない。
取って、電話を繋げる。
「あ、僕にも話が聞こえるよう」「もうしてます」
どうやら通話は滞りなくツナ型ようだ。
「糸川です、桂木さんは運転中なので私が出ました」
『おぉ、そうか、いやまぁ君でもこの話は問題ない』
社長はやはり、大空生命グループとどうなったか聞いてきた。
私がただ淡々とありのままを伝え、それが終わると電話の向こうで社長が唸った。
ちょっと耳から電話を離す。
かなりうるさい。
何秒か待った。まだ唸ってる。
十秒も待った。まだだ。
もしかして、何か迷ってるのか?
「……あの?」
そう呟き話を続けることを促すと、社長はやはり話し出した。
『向こうが、何を”わかっているか?”と聞いたか君は理解しているか?』
そう聞かれ、少し逡巡。
迷いながら回答。
「……いいえ」
嘘だ。私はホントはわかってる。
向こうが私達になにを求めてるかなんて。
そのはずなのに、社長が、何か予測と違うことを言ってくれるんじゃないか。
そういう現実逃避と同等な希望がどうしても湧いて来る。
『申し訳ないのだが……』
凄く真面目な声色だ。
耳をスマホに近づけ、しっかり耳を澄ます。
社長の一言を聞き漏らさぬよう。
『……負けてくれないだろうか?』
予測通りだった。
胸の中に、鈍い痛みが走る。
腹のあたりがきゅっと寒くなる。
『わかっているだろうが、うちは大空生命グループの機嫌を損ねてはいけない――』
『だから――』
社長の声が、頭に入ってこなくなる。
私は思った以上にショックを受けていたらしかった。
絶対に負けたくない相手に、報復をしたい相手に、負ける。
ソレが、私の務めだった。