第14話 私は殺すつもりだったかも
徳宮テクノロジー 応接室にて。
もう慣れたこの部屋で柔らかいソファに私は座ってる。
社長達を待っている。
喧嘩の落とし前をどうするか相談するため、ここに来ていた。
しかし眠い。
相談するため、風火とごたついてからすぐここに来た。
今は朝の5時だ。もうちょい寝たかった。
まぁでも仕方ない。
企業の契約選手同士が起こした暴力事件だ。
下手なケジメをつければ互いに会社の評判は落ちるし、警察沙汰レベルだ。
些細なことに構ってられないくらいの大事だ。
――ちょっとしたことでも、致命的になりかねない危うい経営状況―――
思い出す。
「……私のせいで、ここ潰れるのかな?」
かなりネガティブな想像だなと自分で自分をあざ笑う。
弱気になっているのが表層にあらわれてきた感じだ。
でも、この悲観的未来が現実になる可能性はあると思う。
“そんなことありえない!”と否定したくなる現実は確かにやってくるのだと。
私は知っている。
ため息も出ない。身体的にも精神的にも、最低の状況だった。
自分で応急処置はしたが、いまだ痛む拳で風船ガムを一個取り出して噛むと、美味さで少しだけ気分が晴れた
その味は、私に”まぁちょっと落ち着けよ”と言っているように思えた。
大人がタバコを吸うのってこんな気持ちなのだろうか。
べつに不安や恐怖が取り除かれるわけじゃない、だけど”落ち着け”と自分の中の理性に優しく諭されてるような気分になった。
ちょっとした気休めにはなった。
逆に言えば、気休めでしかなかった。
ガムの味が無くなって、包装紙に吐き出して包み、もう一個を取るか迷っていると。
ガチャ。
桂木がドアを開けた。そして社長と秘書が入ってきて、それから桂木も入った。
もう見慣れてきた顔だ。
社長は真っ青だ。
どう考えても私の起こした事件のせいだ。
秘書は多分、怒ってる……と思う。彼女が無表情に近いせいで、ハッキリとは言い切れないが。
桂木は秘書以上によくわからない、険しい表情はしているが不安は無いように見える。
表情を作るスキルでも持っているのだろうか。
ソレとも、ホントに怒ってるのか。
桂木は私の隣、それ以外は向かいに座った。
「……電話で大空生命グループ重役と話したが、風火君は軽症ですんだそうだ」
社長は開口一番にそう言った。
重症じゃなかったことに少しだけほっとする。
何も解決なんかしてないのに。
「さて、今後の方針を決めるため今から話すがいいかね」
私は頷くと、社長は話を始めた。
「あー―、今のところ風火君は、喧嘩の事情をこう説明しているそうだ」
「風火君が宿に泊まったところ、偶々君が泊っている宿と同じだったので、挨拶に行った、だがしかし君は何故だか激昂し風火君に襲い掛かった……本当かね?」
一瞬、脳みそ中に?が湧いた。
その話は明らかに、嘘だったから。
真実を言った方がいい。
「……私のした事は”防衛”です、向こうが先に首を絞めてきたんです」
「首を?」
社長は前のめりになる。
「……それが本当なら、どうしてそんな事を彼女はしたんだ?」
不動霞のいた場所に私がいるのが気に入らないらしい。
そう伝えると社長は、うぅんと唸る。
私の話をあまり信じてない様子。
風火の適当な虚言が私の語る真実と相反してしまっているから、私の語りは疑われる。クソ。
「まぁそれよりも大事なのは私が正当防衛だってことです」
しかし不愉快さを顏に出さず言った。
「どうして、反撃せず逃げなかったのですか?」
秘書が前に出た。威圧感があって。
ちょっと下がりたくなった。ソファに邪魔されて無理だった。
「逃げる事は多分不可能でした、向こうも結構速いし」
風火は牛丼屋で全力ダッシュを見せた。
その事から判断すると、多分4割くらいの確率で逃走は失敗しただろう。
「本当に?」
さらに秘書が前のめりになった。
「助けを呼ぶことも出来ましたよね?」
「……あ」
ソレはちょっと思いつかなかった。そういえば。
「馬乗りになって殴り続けたと聞きました、それほど実力差があるなら拘束に留められなかったのですか?」
……秘書の人にそんなことを言われ、今さらだが、風火ともっと上手くやる方法が思いつく。じゃんじゃん湯水のように。
ある程度殴ったのは仕方なかったが、ここまでやる必要はなかった。
じゃあ、なぜ私はあそこまでやった?
「過剰防衛をしてしまえば、罪は被害者のモノになります」
秘書が言った。明らかに怒っている。
でも、ソレがイマイチすとんと入ってこない。
何となく、なんとなくなのだけども。
風火を私は殺すつもりだったかもしれない。
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう、それより未来のことを……」
桂木が秘書を制止しようとして、逆効果だった。
「社長は無能で誰かが補助しないと大惨事を引き起こしますが‼社員の事を第一に考えた立派な人間なんです!迷惑をかけないでください!」
秘書は声を荒げ、拳を握りしめていた。
「なんてことを言うんだ君は社長に向かって!」
社長がしかりつけた。
「……でも初歩的なミスを繰り返してるのを私はいつも見てますが」
「過ぎたことを言ったところで仕方がないだろう!」
だいぶ熱くなってる社長は私のミスの事を言うなと言ったのだろうか?それとも自分のミスの事だろうか?
どちらかわからないが、そもそもどちらでもいいので聞きはしない。
それより大事なことが今はある。
「あの、暴力事件のことの方が今は大事じゃありません?」
桂木が聞くと社長たちは、ふと我に返って。
少しの間、えほんえほんと社長が咳払いをして気を持ち直してから。
「とにかく、君の言い分もよくわかった」
私に向けた言葉だ。
「君の話はよくわかった」
「それで、どうなりますか?」
「私としては君を信じたいのだが……おそらくは、この事件はこちらが悪くなるだろう」
「なぜ?」
「こちら側には、君が悪くない証拠がない」
確かに逆に、風火が悪くない証拠は一応ある、牡丹と女将の目撃。
ソレと、怪我だ。
私には大した怪我が無いが、風火には軽症といえ多くの怪我がある。
社長は腕を組んで、ううむ。と唸る。
「……潰れるかもな、うち、へへへッ」
ポツリと社長は呟いた言葉には夢も希望もない。
語尾に笑いがついたが、乾ききっていた。
私等に向けた言葉じゃなく、この人自身に向けた言葉だろう。
それからしばらくは誰も何も言わず、緊張と不安が混ざった静寂が続いた。
そしてソレに耐えるのも辛くなったころ社長が
「よし、方針は決まった」
と立ち上がって静寂を破る。
「どうするのですか?」
桂木が聞く。
「直接大空生命グループと話し合うことでしょう?」
秘書がそう言うと、その通りだと社長が頷いた。
「桂木君!にっけ君の試合は午後だったな!」
桂木は頷きながら「はい」と肯定した。
「よし、今からアポを取って直接会いに行くんだ!」
「そうそれだ、向こうは古臭い隠蔽体質を持った企業だから選手の事件を公にはしたくない、コレまでも何度か怪しい事はあったしな」
にっこにこと笑顔で語られる嫌な世界。
あぁ、なんとなく今からやる事を察してヤな気分になる。
たぶんロクな事では無い。
私は潔癖では無いが、基本的には積極性を持って汚れたいわけでもないから。
喜べない。
「上手くやれば大事にせず収拾をつけられる、安心したまえ皆!」
安心しろ。
そう言って拳を突き上げられても、出来るワケが無かった。
希望なんて、持てない。




