12話後半 「家族なんだから」
なんか。
どっと、疲れた。
部屋に戻って来た瞬間、私はとりあえず仰向けに倒れた。
急速に瞼が重くなる。体力がだいぶ無くなってるらしい。
でも、この時間に寝ると晩御飯の時に起きることになって余計消耗する。
牡丹とゴチャゴチャしたせいでもう時間がない。
キリ悪く長い夕方に辟易としながら無理やり目を開いて抵抗する。
よし、一旦なんか食おう。
転がってうつぶせになり、持ってきたバッグを探した。
壁の隅っこにある。
気力も削れてるみたいで立ち上がるのは億劫だ。
芋虫になったつもりでのそのそ這って近づいて、それから腕を伸ばす。
指先が丁度触れる距離だ、どうにか人差し指と中指で掴んでこちらに少し引っ張り、それから五本の指で一気に引き付けた。
よし。
一気にジッパーを開け、中に手を突っ込むと慣れ親しんだ感覚があった。
きたきた、来たコレ。
ソレを握って、取り出す。
風船ガムオレンジ味、持ってきておいてよかった。
これで気力も体力も回復できる。
包み紙を外し、口の中に入れて噛みだすと駄菓子らしい雑な甘みが広がった。
美味い。
変に上品ぶったりしない親しみやすいテイストが流石である。
うつ伏せに寝っ転がったままだと、噛みにくいので
とりあえず仰向けに転がり、腕枕を組んだ。
目をつむって、味に集中。
どんどん味が薄くなっていく。
その中から、細かくなってしまった味を探すのもまた一興である。
そのまま、少しだけ寝ることが出来た。
でお、くつろいでいたら入り口である襖の方から。
ガラガラと音がした。
急に音がして驚き。
せっかく寝っ転がってたのに上半身を起き上がらせ入り口の方を見ると、牡丹が入って来ている。
「ねぇねぇ、今暇? 今あそぼ、ってかお話しようよ」
暇っちゃ暇だけど、だからといって誰かと話したいとは思わない。
というかさっき遊んだようなものだろう、暇になるのがはやすぎる。
彼女よりも口の中で広がるガムの味の方が大事に思う。
「……宿屋の従業員って、宿泊客のプライベートに過干渉しないんじゃないの普通?」
ガムが口から吐きでないように遠回しに拒絶する。
基本私は一人でいたい。
「べつに私完全な従業員ってワケじゃないもん、それっぽい事はしてるけど」
あ、やべ。
「掃除してたのは私がここに住んでるからだし、家だからだし」
私が質問したことによって、会話が続いてしまった。
うっざい、とっとと追い出そう。
この部屋に備え付けられたティッシュにガムを吐き出して、立ち上がった。
「とりあえず出てってくれないかな」
「他人に見られたら恥ずかしい事でもするの?」
牡丹は澄んだ瞳で聞いて来る。そんな真面目な顏で聞くことがソレか?
「そういうわけじゃないけど」
「ちなみに私は作った曲に歌詞をつける時周りに人がいるとなんか恥ずかしいよ」
……そんなこと聞いてない。
「曲の話してたら思い出した、にっけちゃんは、ピアノ以外に楽器できる?私はピアノと鍵盤ハーモニカ!ベートーヴェンだいたい弾けるよ」
ピアノと鍵盤ハーモニカはだいたい一緒だろう、と言いたいがそこら辺の経験はロクにない。
ツッコミはやめとく。したら間違った事言いそうだし。
「……ハンドフルート」
一応答えたけど、楽器じゃない気がした。
「後、普通のハーモニカと、縦笛も一応……どれも本気で人生捧げてる人には絶対負けるけど」
ついでに明確に楽器と呼べるものを列挙。
しかし、何でコイツ、こんなに距離が近いんだ。
まるで友達かのような程私の近くにいる。
少し腕を動かせば肌が触れそうな距離に少し嫌悪感があって、私は一歩後ずさりした。
牡丹が追うように身を乗り出す。
「あ、あと普通に言いに来たことあるんだけど、今日普通のお客さんいらっしゃるらしいよ」
……今日は私以外にもここに泊まるのか?ソレは興味がある。
誰かが近くに来るという事は一緒に危険も来るという事だ、だから会う前にどんな人か知っておいた方がいい。
「……誰が来るの?」
「セーフキリングの選手、名前はちょっと忘れた」
私が名を知っているのはほとんどいないので聞いても多分わかんないだろうなぁ。
「なんでたった一晩だけ泊まりに?」
「さぁ?」
牡丹の様子から見るに彼女は本当に、ロクに知らないらしい。
「ん――――」
牡丹が唸っていた。
そしてふと思い出したように口を開く。
「もしかして、この部屋が霞ちゃんの泊まってた部屋っていうのと関係あるかも」
「え?」
牡丹の口から気になる言葉が出た。霞ちゃん。つまり不動霞のことだろう。
「知らないのにっけちゃん?ここ霞ちゃんが使ってた部屋だよ」
「へぇ」
そう言われても、実感は湧かない。
不動霞がここにいた痕跡が無いからだ。
最初っから、いなかったかのように。
「だから、それを知ってる人は来る人もいるかも、消えてしまった人と会うには、過去に思いを馳せるしかないから」
曲を書いてるといってた、そのせいだか詩的だった。
「そういう人の気持ち、私も霞ちゃんと友達だったからわかるな」
牡丹は寂しそうにうつむく。
まるで死者を慈しむように。
いや待て。
ちょっと待て。
「不動霞は、死んだわけじゃないでしょ?」
たしか桂木が昏倒と言っていた。
「え」
牡丹が目を丸くする。
「まだ消えてない、不動霞はこの世界にいる、目覚めるかわかんないけど、生きてると死んでるってのには明確な一線があって、その一線をまだ超えてないから、その、不動霞って人も頑張って生きようとしてると思うし、まだ消えてない」
なぜだかベラベラと言葉が出て来た。
「……励ましてくれてるの?」
そういわれると、答えに困る。
自分でもなぜ言ったかわからないのだから。
「そうだね、ちょっと私ネガティブだった……」
牡丹はそう言ってまたうつむいた。
そして、顔をあげようとして、やっぱり下げて、そしてまたしても上げ、私の顔を正面から見据える。
「……ね、家族の事聞かせて」
いきなり牡丹がそんなこと言い出す。
な、なぜ?何かさっきまでの話と繋がってるのか?
「やだ、せめて他の話に」
脈絡のない話だったせいで。
反射的に、何も考えず、言ってしまった。
「なんで?」
「……どうでもいいから」
言った時胸の中に毒ガスが満ちる感覚がした。
家族といて嫌だったことを思い出してる。
なんで、あんなに私は嫌われてたんだっけか?
思い出せない。
「私はきょーみ、あるなぁ」
牡丹は私に向け、笑顔を向けて来た。
「普通、人に家族のこととか聞く?」
ぶんぶんと牡丹は首を縦に振った。
「だって私、複雑だから普通の家族って興味あるもん」
「……複雑?」
ちょっと気になって聞いてしまった。
聞けば面倒なことになりかねないのに。
「え――っと、4年前子供の頃お父さんとお母さんが死んで今のお母さんのトコに引き取らて来てね、」
へらへら笑いながら牡丹が語る過去はわりと重たいものだった。
まぁ本人の様子を見るにあんまり気にしていないようだ。
「ソレ引きずってるから、霞ちゃんが帰って来るって信じてあげられないのかな……」
牡丹は、私から目をそらした。
でも、すぐに何度も見た笑顔で
「でさ、にっけちゃんはお父さんもお母さんもいる?」
「一応は」
正直に答える。
嘘をつく必要もないと思った。
「良いなぁ」
あぁ!?
そんな声が喉まで出かかった。
返答にイラっと来たのである。
脳裏に、父の そうか知らなかったな というあの言葉が浮かんだ。
旅立ちの日にやってこなかった母の事が浮かんだ。
くそ、私、そんなのどうでもいいだろ、くそ。
「まったく良くない……いない方が良かった」
自然と口から声が漏れ出ていた。
「そんなこと言っちゃダメだよにっけちゃん、家族なんだから」
牡丹はちょっと怒り顔だった、といっても彼女の幼い顔つきではあまり怖さはない。
「にっけちゃんが育って来れたのは家族のおかげでしょ?愛してくれたからでしょ?そんな風に言っちゃだめだよ」
牡丹は当たり前のように、私が間違っているかのような態度だった。
「確かに、私を育ててくれたのは家族だよ、それは認める、ありがたいと思う」
「でしょ」
「でも、愛に関しては断言できる、そんなモノない」
「だからそういう事言っちゃダメだって!」
なぜだか牡丹が声を張り上げるのに私もつられた。
「事実を言ってるだけじゃないかッ!!?」
「家族だから良いとか、そういうの嫌いなんだよ、自分の家族の構成員が素晴らしかっただけのクセに、皆そうだと思ってそうじゃない相手に”家族だから仲良くしろ、愛しろ”なんて人に押し付けんなよ」
「でも」
「だいたい!家族がいないって言ってるような奴がッ!偉そうに語るのおかしいと思わない!?」
この話題は、互いに熱くなってしまうモノなようで。
それで冷静さを欠いてしまうようなモノで。だからなのか私は、きっと絶対言っちゃいけない事を言った。
とにかく目の前の相手を鋭く傷つけることが目的になってしまっていた。
だから。
牡丹に対して相当酷いことを言ったと、すぐに悟って。
胸糞が悪い。
「ご、ごめ―――」
謝ろうとした瞬間。
「にっけちゃんのバーカ!バーカ!」
牡丹がぽかぽか私を殴りだした。
「あっ、ちょ やめ……」
彼女はあまり暴力に積極的なタイプではないらしく、顔を殴られても力がこもっておらず全く痛くない。
だというのに、向こうの怒りに引っ張られて、それで私の心がまたしてもヒートアップした。
だから
「……出てけ!」
言ってしまった。
無理やりグイグイ牡丹を押して、部屋の外に追い出して、あえて襖を強く閉める。
”バンッ”と大きな音が出た。
一瞬、入り口がイカレたかと不安になったが大丈夫そうだ。
まったく。
……あぁ、くそ。家族のことなんてどうでもいいハズなのに熱くなってしまった。
カラ。襖の隙間から頭だけ牡丹が出して聞いて来る。
「そういえば、晩御飯私が持ってこようか?」
さっきまで怒っていた彼女は、あっけからんと普段と変わらぬ顔をしていた。
「出てけ!」
無理やり頭をグイグイ押し出して、バン!としめた。
ふぅ。
さすがにもう来ないだろ……振り向いた瞬間。
ガチャ
「家族の話題は嫌だった?だったら話を振ってごめんね」
牡丹がまた顔を出す。今度はちょっと粗相をした犬のように申し訳なさそう。
「だから出てけっての……!次来たら蹴り飛ばすから」
「あ、忠告はしてくれるんだ」
イチイチ言動が鬱陶しくてグイグイまた押して追い出した。
まったく……
またすぐ ガチャ と音が鳴った。
うおらぁッ!
私は今度は自分から襖を開けた。
そのまま即効床を蹴り、跳ぶ。
牡丹に蹴りをぶちかますことにしたのだ。
――あれ、いない。
襖の先には消えたかのように誰もいなかった。
でも、私はもはや止まれなかった。
ドゴッ。
私は壁を蹴った。頑丈な壁だ。
手加減していたとはいえ、蹴ってしまうと想定していなかった壁だ。
ぐき。
嫌な音がした。
「うわ―――、大丈夫?」
後ろから声がする。牡丹は思ってるよりも横にいたらしい。
そして牡丹はしゃがみ込み私の脚を見て
「大丈夫だと思うよ」
他人事だからって適当に言ってないか?
そう思ったビビりながら怪我の具合を確認。
本当に大丈夫そうだった。
しばらくは痛みが引かなそうだけど。
「あ、晩御飯持ってこようか」
牡丹が聞く。
それさっきも聞いただろ。
「……自分で取りに行くから、気にしないで」
私は立ち上がった。
いくら大怪我じゃないといっても、足首が痛い。
よろめいた。
「大丈夫?」
牡丹が私に肩を貸そうと。触ってきた。
「ッ!」
反射的に突き飛ばしてしまった。
「うわっ」
悲鳴をあげ尻餅をつく彼女を慌てて見る。
大丈夫、怪我はしてない。
良かった。
牡丹は立ち上がりながら、やはり笑みを崩していない。
「いや、ごめんごめん、私もどっかで足を怪我したかな?それかもうちょっと力つけたほうがいいかな?」
一瞬彼女が何を言ってるかわからなかった。
だが、気づいた。
“自分のうっかりで転んだ”と勘違いしてるらしい。
ほっとして私は歩いた。
――
え。
いや。
え?
私は今“ほっとした”のか?
――
吐き気がした。
なんだ、今の私は。自分の蛮行がバレなくて、ほっとした。
最低だ。
自分が善人とは思っていないが、ここまでとは。
それから今日一日、牡丹と私が話すことはなかった。
向こうが気を使ったのか、私を嫌ったのかはわからないが。
このままコレが続けば彼女との関係性に悩まなくてすむのでコレもいい気がした。
今日の晩飯は豪華だった。
刺身、高級茶、味噌汁等々。たくあんもあった。
だっていうのに私の行為の一つ一つが最低で、気分が悪かった。
美味しく無かった。
でも、お腹が空いてたのでゆっくりと完食した。
なんであいつと話すと、こうも心が荒むんだ?
未だこべりつくように、私には不快感が残っている。
あのヘラヘラと何も考えてなさそうなツラがどうしてあんなに気に食わない?
そんな事を考えながら後片付けをして、すぐ寝る準備を始めた。
風呂に入って、それから柔軟体操。
歯磨きをしてトイレに行き、部屋に布団を敷いた。
最後に電気を消す。
世界の色が真っ黒に塗り潰された中布団に潜り込み、目を瞑った。
明日もたぶん試合がある。
しっかり休みたい。
願い通りすぐに、”あ、このまま何もしなければ寝られるな”という感覚が来た。
それに私は従った。
全てが、まどろみの中に落ちていく。
明日、諸々のことは、ちゃんと謝るべきだよな。
あ、ね、ねむ、い。
そうい、うこと、を、思い、ながら。
眠、り、に、つ、く。
―――――――――――
疲労の回復度。脳みその調子。直感。
等々から時間を判断する。
多分私が寝てから3時間くらいの頃。
息ができなくて私は起きた。
首に圧力がかかっていた。
呼吸出来ない程の。
心が恐怖で満ちている、いったいなんだ!?と。
でも頭が逆に冴えわたる。すぐに現況を解決しろ!と生存本能がパニックになった体中へ命令してるようだった。
理解する。目の前に、人がいる。
私の上に乗って首へ手を伸ばしている。
絞殺。
私にそれをしようとしている奴がいる。
「……だ……だれッ!?だッ!」
相手の顔を見た。
知っている。
真っ暗でわかりにくいが、しっかり覚えている。
大して長い付き合いでは無いが、忘れるわけがない。
―――風火。
林山風火。
牛丼屋で出会ったセーフキリングの選手。
それが私を殺そうとここにいた。